千年花の櫻守

石田空

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紅華

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 だんだん土の匂いが濃くなってきて、それと同時に血の臭いがきつくなってくる。それで思わず鬱金は「うっ……」と顔を九尾の狐にうずめた。その生臭い臭いに軽くえずきそうになるものの、どうにかそれを堪えて辺りを見回した。
 物の怪の死骸が散らばっている。そしてその殺し方は櫻守のものではない。
 鬱金は九尾の狐から降りると、死骸を確認する。
 刀を使って致命傷を与えた上でさっさと焼き払う櫻守のやり方に比べれば、本当に無我夢中で殺したという残虐な死骸であり、どの物の怪も口が血塗れな上に、傷口が乱雑だ。
 何体も何体も死骸を確認し続け、これ以上見続けることができず、とうとう鬱金は目を逸らす。それはあまりにも、死に対する冒涜に思えたのだ。

「これって……櫻守でも庭師でも、ありえないんじゃ……」
──共食いですね

 その言葉に、鬱金は怯む。

「共食いって……物の怪が物の怪を襲って殺し合ったということなの?」
──飢えで我を忘れたのでしょう。空腹を睡眠で凌いでいたところで、巣をつつき回されたんです。怒りと飢えで、仲間すら食料にしか思えなかったのでしょう。本当に愚かなことです
「そんな……」

 そのさんざんな死骸に、鬱金は自然と唇を噛み締めた。穴を掘る時間すら惜しいために、せめてもと腐葉土をそれぞれの死骸にかぶせた。
 櫻守は殺した命すら、山に還るように循環させる。
 だがそのやり方を忘れてしまった庭師は、物の怪に対してそんな感傷的な方法を取らず、物の怪同士ではそもそも互いを腹に沈めるというやり方以外わからない。だから死はここまで虚しい。
 全ての命は、千年花の上では平等だというのに。全ての命は、循環させなければ止まってしまうというのに。
 ぱたり、と腐葉土に滴が落ちた。今は雨も雪もないというのに。
 鬱金は自分が泣いていることに、ようやく気付いた。
 人間である薄墨や紅華もだが、やはり鬱金は物の怪を殺したくないのだ……こんな山に還ることすらできない死に方をして欲しくないのだ。
 こんな死に方は、いくらなんでもあんまりだ。彼は心の底からそう思う。
 どれだけ人間にとっては脅威である物の怪ですら、鬱金は彼らを憎むことが、どうしてもできなかったのだ。
 物の怪たちに腐葉土をかけ終えてから、鬱金は中断していた話に戻す。

「ねえ、九尾の狐。どうしたら化身を探し出せるの? 化身が見つかったら、なにもかも上手くいくんでしょう? 庭師が余計なことをして山を荒らすこともなければ、櫻守と物の怪が殺し合いをしなくっても済むんでしょう?」

 それにしばらく九尾の狐は静かに見守っていたが、やがて再び伏せた。

──あなたには、まだ見つけ出すことはできません。ただあなたがこの騒動を鎮めれば、あるいは

 その言葉に、鬱金は目をぱちくりとさせる。

「ぼくが、棟梁たちと物の怪、どちらも鎮めるの?」
──はい
「あなたは、ぼくが何者なのか、知っているの?」

 それはどうしても聞いておきたかった。九尾の狐は知っているみたいだが、何度もはぐらかされてしまったのだから。九尾の狐が答えようとしたとき。
 人形がこちらにまで飛んできた。
 それはいつか、紅華と鬱金が諍いになった際に庭師が仲介のために飛ばしてきたそれだ。鬱金はそれを木刀ではたき落とすと「おや」と声が欠けられた。
 こちらを見ているのは、庭師たちだった。いつか紅華と鬱金の仲介をしてきた見知った顔に、全く覚えのない数の者が三人いた。

「……まさか、櫻守が物の怪にさらわれている? こんなの初めて見ました」
「違う! ぼくは九尾の狐と一緒にいるんだ! さらわれてなんかない!」

 そう鬱金は抗議の声を上げるが、それに九尾の狐は制する。

──無駄です。あなた以外、私の言葉はわかりません
「で、でも……!」

 鬱金と九尾の狐の会話を、庭師は憐憫を込めた目で見つめる。

「物の怪の中には、誘惑するものがいるとは聞いていたけれど……可哀想に、物の怪に誘惑されてしまったんですね? 大丈夫、すぐに助けますから」

 その言葉に、鬱金は寒気を覚えた。
 庭師はあくまで憐れな櫻守を救出しようとしているだけ、庭師の使命を果たしているだけ。だが、当事者である鬱金の心境なんてまるで無視している。
 これではただの、庭師の自己満足だ。

「だから、違う……!」

 鬱金の叫びは、庭師たちの飛ばす術によりかき消された。
 人形が九尾の狐の動きを制しようと飛んでくる。
 九尾の狐の動きは軽やかで、そう簡単に人形が触れることはできなかったが、それでも九尾の狐に届きそうになったものは、必死になって鬱金が背中に佩いていた木刀で叩き落とした。何度も何度も紅華に鍛錬を付けてもらった腕は、物の怪を倒すことこそ適わないものの、人形を払い落とすには十分だった。
 ひと振りするごとに、木刀からは木が焦げて、爛れた甘苦い臭いが漂ってくる。
 庭師たちはなおも人形を操って来る。狩衣の下に、それこそ何個も何個も術を仕込まれた人形を仕込んでいるようだった。
 鬱金はそれに焦る。
 人形がなにをしてくるのかはよくわからないが、紅華と鬱金の諍いを止めたとき、人形が飛び込んできたときに明らかに紅華の気性が落ち着いたのだ……あれは感情を抑制するものだろうと推測する。
 だとしたら、九尾の狐に無理矢理人形を貼られてしまったら、最悪九尾の狐は彼らの操り人形になってしまう。
 庭師は鬱金に呼びかける。

「あなたは操られているんです! 目を覚ましてその木刀を振るうのをお止めなさい!」
「いやだ……! ぼくはぼくの意志で九尾の狐を守っているんだ! あなたたちこそ、どうして物の怪の巣に入ったの!? そんなところに化身なんている訳ないでしょう!?」

 鬱金の叫び声に、あからさまに庭師は顔をしかめた。

「何故あなたが化身のことをご存じで?」

 人形を操る庭師に、ぶつけられた人形を木刀で突き刺しながら鬱金は答える。またも木が焦げた匂いが漂う……だんだんと爛れてきて、木刀から木酸が流れてくる。

「……櫻守が知っていたら、駄目なの?」
「いえ、いえ。ただ、櫻守だったら雑務が仕事で、余計なことを知らずともよいというだけで」
「……その傲慢さが原因で、ぼくたちがどれだけ迷惑しているか、あなたたちは本当にわかってないの!?」

 鬱金はそう言いながら、未だに到着していない物の怪たちのなだれのことを思い、未だに救援要請が成されてない中で必死で戦っているふたりのことを思った。
 薄墨も紅華も、本当に生きていてくれるだろうか。
 物の怪たちをちゃんと燃やして、山に還してやれる暇があるだろうか。ただ死骸だけが転がっていても、春まで放置されるだけで、櫻守としての仕事もなにも終わらない。
 千年花の代替わりが行われれば、千年花の化身が見つかれば、櫻花国は救われる。
だが。桜を守る櫻守の仕事をないがしろにしていいのか。平民をないがしろにしていいのか。困っている平民の声を無視していいのか。
 結果がこれじゃないか、冗談じゃない。
 鬱金はぼんやりとした気質ではあるが、ふつふつと感じているものがある。それは怒りであった。理不尽に対して、その理不尽を必要だからと押し通そうとする傲慢さに、はらわたが煮えくり返ったのである。
 今すぐにでも、薄墨と紅華を助けに行きたいのに、それを邪魔する庭師に対しての怒りが、鬱金の脳天から爪先までを駆け巡っていった。

「九尾の狐、行こう」
──はい

 庭師から逃げ回っていた九尾の狐は、鬱金の呼びかけに応じて彼の元に向かってくると、鬱金はそれに飛び乗った。
 庭師は焦り「待ちなさい!」と声をかけたとき。

 日頃から、大人しい性分のあどけない少年から出たとは思えない、低い声が鬱金の喉から出た。
 その声自体はそこまで大きくない、九尾の狐の走る足音のほうがよっぽど大きい声量であった。
 だが。庭師たちはそれを無視できなかった。
 木刀を焦がし、木酸を噴き出すほどに飛び交っていた人形の勢いが鈍る。

「な……んだ?」


 鬱金の声に含まれた怒気が、それ以上に有無を言わさぬ語彙が、庭師たちの動きを塞き止め、彼らの膝を折ったのだ。

「この力は……言霊《ことだま》? だが……」

 言霊は言葉を使って、人に有無を言わせず言うことを聞かせる術だ。しかし言霊に限らず術を使うにはいくら力の強い庭師であっても、人形に術式を書き込まなければ、使用することはまず不可能だった。
 だが鬱金はそれを、文字通り言葉だけで使ったのだ。

「君はいったい……何者ですか?」

 庭師の問いかけは、鬱金にはもう届かなかった。
 鬱金は必死に九尾の狐を走らせて、物の怪のなだれに突入しようとしていた。
肉眼で見える、木々をバキバキと降りながら進行していく様は、さすがに麓に住まう人々に正体を気付かせ、彼らを恐怖のるつぼに突き落とすには十分だった。
 どんどんと澱んでいく空気の中、必死で鬱金は辺りを見回す。

「棟梁! 紅華!」

 無事でいて欲しい。助かって欲しい。
 本当だったら、ふたりともちゃんと逃げていて欲しいが、仕事熱心なふたりが物の怪を放置したまま逃げ出すとは考えらなかった。
 やがて、腹を減らした物の怪が襲いかかってきた。
 それに鬱金は必死で声を張り上げる。

 
 その声が響いた途端に、物の怪たちの強攻がぴたりと止まる。
 本来なら、こんな都合のいい展開に疑問を持つところなのだが、鬱金はそれどころじゃなかったので、必死に辺りを見回していた。

「棟梁! 紅華! どこなの!?」

 ふたりの無事を祈りながら、必死に九尾の狐にしがみつく。

──探しましょう

 九尾の狐の静かな声に、鬱金は小さく「うん」とだけ答えた。
 鬱金は目の奥の痛みに必死に耐えた。もう先程、物の怪たちが尊厳を踏みつけられたのを見て、充分に泣いた。もう泣いたところで、なにも変わらないとわかっているのだから。
 ふたりの無事を見るまで、泣く訳にはいかない。
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