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パン屋の男たち
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数日前にオープンしたばかりのパン屋は、朝から多くの客でにぎわっていた。
静かに鼻から息を吸い、パンの香りを堪能する。それだけで、幸せだ。
私はパン屋が好きだ。
特に早朝の、焼きたてのパンがぎっしりと並んだ香り高い店内が大好きだった。トレイとトングを持って吟味する人々との妙な一体感も好きだ。
私はうきうきとクリームパンをトレイに載せた。それから塩パンに、ウインナーパンと、次々とゲットする。
どれもこれも美味しそうで、目移りする。明日も明後日も買いにこよう。これからしばらくランチはパンだ。
嬉しくて、トングを控えめにカチカチしていると、後ろのほうでも同様の音が聞こえてくる。なぜ人は、パン屋のトングをカチカチ鳴らすのか。
音を鳴らしながら「ふふっ」と笑みをこぼし、仲間意識を抱いて振り返ると、カチカチしていた男性が「あ」と目を上げた。
「すいません、めっちゃユニゾンしてた」
そう言っておかしそうに笑う彼があまりに美しかったので、めまいがした。
細身のスーツ姿、さらっさらの黒髪、人懐っこい笑顔。
なんかわけのわからないイケメンがいる!
心の中で叫んで、舞い上がる。
「これカチカチしちゃいますよね」
彼がトングを振って優しく微笑んだ。
「は、はい、しちゃいますね、カチカチ」
まるで少女漫画のワンシーン。トングの音色がシンクロした二人は、恋に落ちる。
きっとこれは、運命の出会い。
脳内が薔薇色に染まる。都合のいい妄想の世界に飛び立とうとした瞬間、「ユニゾンってなんでしたっけ」と長身のスーツ男子が彼の後ろで首をかしげた。
「ツインギターとかで同じメロディラインを音階変えてハモるやつ」
「完璧にわかりました」
「ほんとかよ」
「カエルの合唱のあれですよね」
「それは輪唱」
「かっ」
かっ、と言ったのは私だ。「可愛い」という言葉が、自然と口をついて出そうになったのだ。彼らは私の「かっ」には言及せず、それぞれトングとトレイを持って、店内を進んでいく。
「あ、イートインのコーナーありますよ。え? イートインでしたっけ?」
「イートインで合ってるよ。コーヒーも飲めるみたいだし休みの日にまた来るか」
「いいですね、マダムみたい」
「マダムて」
「セレブでした」
「セレブて」
スーツの二人がキャッキャしながらレジに向かう。
息苦しい。胸を押さえ、ハァハァと空気を貪った。なぜかはわからないが、息を止めて二人のやりとりを見守ってしまっていた。
「なんか楽しいですよね、パン屋さんって」
「パン屋さん可愛い」
「パン屋、あの、パン屋です」
二人が店の外に出るまで、パンを物色するフリで耳をそばだてていた。大人の男の人たちなのに、会話が可愛くて膝が震えそうだった。
「こんな近くにパン屋できたらめっちゃ通うよな」
ドアを開けながら、美形の彼が言った。
「全部のパン、制覇しましょう」
どうやら近くに住んでいるらしい。
二人で? 一緒に?
その可能性は高い。
パン屋のガラス窓の向こうに二人が見える。手を振り合って、別方向に歩き出す。高身長男子がすぐに足を止め、振り返った。数秒後、笑顔で大きく手を振った。大きな体で、長い腕をブンブン振り回している姿が、尻尾を振る大型犬のようだった。
は? 大好きか?
頬が痙攣し、唇はどうやっても笑みの形になってしまう。
私の恋は始まらなかったが、二人の恋を俄然応援したい。
とりあえず私も、全部のパンを制覇しよう。
〈おわり〉
静かに鼻から息を吸い、パンの香りを堪能する。それだけで、幸せだ。
私はパン屋が好きだ。
特に早朝の、焼きたてのパンがぎっしりと並んだ香り高い店内が大好きだった。トレイとトングを持って吟味する人々との妙な一体感も好きだ。
私はうきうきとクリームパンをトレイに載せた。それから塩パンに、ウインナーパンと、次々とゲットする。
どれもこれも美味しそうで、目移りする。明日も明後日も買いにこよう。これからしばらくランチはパンだ。
嬉しくて、トングを控えめにカチカチしていると、後ろのほうでも同様の音が聞こえてくる。なぜ人は、パン屋のトングをカチカチ鳴らすのか。
音を鳴らしながら「ふふっ」と笑みをこぼし、仲間意識を抱いて振り返ると、カチカチしていた男性が「あ」と目を上げた。
「すいません、めっちゃユニゾンしてた」
そう言っておかしそうに笑う彼があまりに美しかったので、めまいがした。
細身のスーツ姿、さらっさらの黒髪、人懐っこい笑顔。
なんかわけのわからないイケメンがいる!
心の中で叫んで、舞い上がる。
「これカチカチしちゃいますよね」
彼がトングを振って優しく微笑んだ。
「は、はい、しちゃいますね、カチカチ」
まるで少女漫画のワンシーン。トングの音色がシンクロした二人は、恋に落ちる。
きっとこれは、運命の出会い。
脳内が薔薇色に染まる。都合のいい妄想の世界に飛び立とうとした瞬間、「ユニゾンってなんでしたっけ」と長身のスーツ男子が彼の後ろで首をかしげた。
「ツインギターとかで同じメロディラインを音階変えてハモるやつ」
「完璧にわかりました」
「ほんとかよ」
「カエルの合唱のあれですよね」
「それは輪唱」
「かっ」
かっ、と言ったのは私だ。「可愛い」という言葉が、自然と口をついて出そうになったのだ。彼らは私の「かっ」には言及せず、それぞれトングとトレイを持って、店内を進んでいく。
「あ、イートインのコーナーありますよ。え? イートインでしたっけ?」
「イートインで合ってるよ。コーヒーも飲めるみたいだし休みの日にまた来るか」
「いいですね、マダムみたい」
「マダムて」
「セレブでした」
「セレブて」
スーツの二人がキャッキャしながらレジに向かう。
息苦しい。胸を押さえ、ハァハァと空気を貪った。なぜかはわからないが、息を止めて二人のやりとりを見守ってしまっていた。
「なんか楽しいですよね、パン屋さんって」
「パン屋さん可愛い」
「パン屋、あの、パン屋です」
二人が店の外に出るまで、パンを物色するフリで耳をそばだてていた。大人の男の人たちなのに、会話が可愛くて膝が震えそうだった。
「こんな近くにパン屋できたらめっちゃ通うよな」
ドアを開けながら、美形の彼が言った。
「全部のパン、制覇しましょう」
どうやら近くに住んでいるらしい。
二人で? 一緒に?
その可能性は高い。
パン屋のガラス窓の向こうに二人が見える。手を振り合って、別方向に歩き出す。高身長男子がすぐに足を止め、振り返った。数秒後、笑顔で大きく手を振った。大きな体で、長い腕をブンブン振り回している姿が、尻尾を振る大型犬のようだった。
は? 大好きか?
頬が痙攣し、唇はどうやっても笑みの形になってしまう。
私の恋は始まらなかったが、二人の恋を俄然応援したい。
とりあえず私も、全部のパンを制覇しよう。
〈おわり〉
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