27 / 53
楽しい運動会
しおりを挟む
〈八坂視点〉
二学期になると、席替えがあった。
そのせいで、前の席だった持田さんはあっさりと遠い存在になった。
いや、距離が近くても、元々遠かった。彼女にとって俺は、後ろの席の男子というだけの認識だろう。
でも俺は、毎日学校が楽しみになる程度には、彼女を好きだった。
彼女が学級委員長に立候補したとき、副委員長の座を巡って若干揉めた。なりたがる男が大勢いたのだ。俺は勇気が出なくて、他の男が相棒になるのを黙って見ているしかなかった。
持田さんは、相変わらず倉知先生を好きだった。ノートを集めたり、プリントを配ったり、自ら仕事をしょいこんで、いつも忙しそうに動き回っていた。
忙しそうではあるが、常に笑顔で、元気いっぱいの彼女は輝いていた。
運動会でも全力で、輝くどころか迸っている。
「にっくっみ! にっくっみ!」
二年男子による騎馬戦を、女子たちが応援している。ダンスが可愛い。女子がダンスで応援しているクラスは二組だけだ。ラッキーだ。
本物のアイドルにだって負けていない。センターにいる持田さんが、誰よりも可愛かった。
可愛すぎて、奮い立つ。なんとか報いたい。
俺は騎手の一人で、責任が重大だった。鉛筆のような頼りなげな俺がなぜ重要なポジションを任されているのかというと、単に騎馬になる腕力も体力もないからだった。
運動場のあちこちで争いが起きているのを、俺と騎馬たちは端のほうに逃れて眺めていた。
「くっそー、もっちー可愛いぜ」
一人が言った。もっちーというのは、持田さんのことだ。女子は町子、男子はもっちーと呼ぶことが多い。
「ジャージでも天使」
「もっちー、三組のサッカー部のなんとかってやつ、フったらしいぞ」
「まだ告るやついるの? アホじゃん」
「倉知先生しか見てないもんな、もっちー」
「一途で純粋なとこ、めちゃ可愛い」
可愛い、可愛い、と騎馬たちがメロメロになっている。気持ちはわかるし同意見ではあるが、何か爪痕を残したい。
「あの、みなさん」
下のほうにあるクラスメイトの顔を見回して言った。
「そろそろ動かない?」
「でも八坂、ああいう中に飛び込んでいける?」
運動場のいたるところで激戦が繰り広げられている。砂煙が巻き起こり、さながら戦争だ。
「お前みたいなひょろい奴、瞬殺じゃん?」
「あそこ見て。後ろから近づけば、いけると思うんだ」
もみ合っている敵の大将の背中がガラ空きだ。
「俺は常日頃、教室で幽霊だから。気づかれない自信がある」
「何その渾身の自虐ネタ」
「まあでも確かに」
「説得力すご」
騎馬のみんながわははと笑う。
「俺は気配がないから。行けるよ、行こう」
騎馬のみんなが俺の下で「行く?」「行こう」と段取りをして、そろそろと動き出す。
「みんな急いで。大将首獲れば、持田さんが喜ぶよ」
「大将首て」
「八坂、なんか面白くね?」
「てかお前ももっちーのファン?」
「うん、俺は、持田さんに褒められたい。みんな、頑張ろう」
小さく、静かに、うおおおお、と雄たけびを押し殺し、敵の大将に忍び寄る。他の騎馬との対戦に気を取られている大将の背後に手を伸ばし、ハチマキを引き抜いた。
「え、何、誰?」
敵の大将が振り向いて俺を見る。
「あ、獲られてる」
誰かが言った。
「こいつ、本当にやりやがった……」
俺の下で騎馬がうなる。俺はハチマキを高々と掲げ、叫んでいた。
敵将、討ち取ったり!
叫んだのは脳内でだ。そんな科白を大声で喚くキャラでもない。掲げていた腕を下ろし、小さく「すみませんでした」と敵の大将に頭を下げた。
力と力のぶつかり合いをしていたのに、謎の伏兵にやられるというあっけない幕引きで、申し訳なくなってしまった。パラパラと控えめな拍手が風に乗って運ばれてくる。
でも自陣に帰ると、女子たちに褒め称えられた。もちろん、持田さんも大喜びだ。
「八坂君! すごかった! なんか、ぬるっとしてた!」
「ぬるっとしてた……かな?」
独特の表現方法が持田さんらしい。
「騎馬の男子もちょっとカッコよかったよね」
「見直した」
男子より、まさかの女子たちの視線が温かい。
「敵将、討ち取ったり! って感じだったね」
持田さんが突然そう言った。思わず「えっ」とのけぞってしまった。
「しびれた!」
持田さんが立てた親指を俺に向けて、にかっと笑う。
陰キャのオタクが何かしたところで、と思っていたが、がんばってよかった。何より、持田さんが嬉しそうなのが最高だ。
八坂君八坂君と興奮気味にまとわりつかれ、これはもしやお昼は一緒に弁当を食べる流れではと淡い期待を抱いたが、無駄だった。
昼休憩になると、倉知先生が教室にやってきたのだ。今日は特別にみんなと食べようと思って、と照れ臭そうに弁当を持参する先生に、生徒が群がった。無論、持田さんも飛びついた。
「どうする? どんなふうに机セッティングする? みんなで輪になる? そして倉知先生を真ん中にする? それとも奪い合う? じゃんけん? 入札する?」
「落ち着け町子」
「もっちー、平和的に解決しようよ」
発狂する彼女を、クラスメイトが優しくなだめて提案する。いつもこうだから、みんなもう慣れてしまった。今日の持田さんは特に朝からやかましい。ジャージで現れた倉知先生を、血管が切れそうな勢いで褒め称えていた。
「ああああーっ、早く倉知先生のお弁当見たい! 奥さんが作ったんですか? それとも先生が?」
「朝、ちょっと早起きして二人で……」
倉知先生がはにかんで答えると、みんながワッとなって、持田さんが「尊み! とうとみひでよし!」と自分の弁当を振り回した。
「はい! 先生と食べたい人! どうしても一緒に食べたくて死にそうな人だけ手を上げてください!」
持田さんが号令をかけると、次々と手が上がる。
「うそ、どうしても一緒に食べたくて死にそうな人がこんなに!?」
別にそこまで、と思いながら、先生と弁当を食べるというレアな経験を逃したくないという思いで俺も手を上げていた。
結局、全員が食べたがったので、机をくっつけた島を先生が順番に移動するという至極面倒な方法で弁当タイムが始まった。小学校みたいだ、と思ったが、悪くはない。
「先生のお弁当すごい」
「可愛い」
「美味しそうがすぎる! とうとみひでよしいいいぃ!」
倉知先生の弁当を、みんながスマホで撮っている。わいわいする声に紛れて持田さんの奇声が聞こえてくる。可愛くて、笑ってしまう顔を伏せて、弁当を掻き込んだ。
「もっちーって倉知先生のこと好きすぎじゃね?」
「あいつ一年ときからあんなだよ」
「なんつーか、裏表ないのがいいよな」
「いややっぱ顔だろ?」
同じ島で弁当を広げているのは、さっき騎馬戦を戦った騎馬役のメンツだ。なぜか自然とこうなった。彼らと一緒に昼を食べるのは今日が初めてだ。
「つか、奥さんと仲良く作った弁当に興奮してんの、どういうこと?」
「あんだけ好きなのに嫁を敵視しないの、意味わかんねえよな」
「俺はわかるけど……」
つい口を挟んでしまった。みんなが俺を見る。仕方なく口を開いた。
「……幸せな倉知先生を見るのが嬉しいんだと思う。推しを幸せにしてくれる相手も丸ごと尊いって感覚、俺はわかるかなって……」
馬鹿にされるかも、ドン引きされるかも、とドキドキしながらそう言うと、みんなが「ああ」と共感の色を含んだ声を上げた。
「まあまあ、わかる」
「先生追っかけてるもっちー、可愛いもんな」
「もっちーが可愛いの、先生のおかげか?」
理解を得られるとは思わなかったが、ホッとした。
というか、持田さんの、ああいう本能むき出しでぶつかっていく変態的な姿を、可愛いと思うのが自分だけじゃないというのが意外だった。
改めて実感する。ライバルが多い。
いや、ライバルというと語弊がある。別に俺は、持田さんと付き合いたいとかじゃない。仲良くなりたい願望はあるが、付き合えるなんて、思っていない。
彼女が付き合うのは一体どんな人なのだろう。
まず、倉知先生以上の男が想像しにくい。先生を基準にすると、どの男も見劣りしてしまいそうだ。
背が高くて顔も性格もいい。優しくて、ちょっと天然が入っているのが面白くて、バスケが上手くてスポーツ万能。
高校三年生に交ざって走っても、引けを取らないほどに脚が速い。ぐんぐん加速して、前の走者に肉迫する。
運動場がドッと沸く。
運動会の締めくくりの学年別リレーは、教師チームが一緒に走る。普段、澄ました顔で大人ぶっている先生も、必死の形相で走っている。それだけで面白くて、去年もすごく盛り上がっていた。
多分、去年の倉知先生も速かった。でも去年の俺は、倉知先生になんの興味も持っていなかった。今年は、違う。クラスメイトと声を振り絞り、絶叫する。
「いけーっ!」
「倉知先生、速い!」
「がんばれーっ!」
「抜けー!」
倉知先生は全校生徒に人気があるが、俺たちのクラス担任だ。自分たちの仲間、自分たちの先生、もっと言えば自分たちの所有物的な感覚すらおそらくあって、そのせいか応援に熱が入っている。俺も、我を忘れて腕を振り上げていた。
陸上部の三年生と競り合ったまま、先生がコーナーを曲がり、二年二組の前に差し掛かる。クラスメイトの歓声が、ひときわ大きくなる。先生がこっちを見た。俺たちの応援に気づき、笑顔になった。笑ってピースサインを向けながら、嵐のように駆け抜けていく。
みんなで体を弾ませて、抱き合ったり、叫んだり、タオルを振り回したり、すごいことになっている。
不思議な感覚だった。同調して激しく昂りつつ、胸のうちでは「カッコイイな」と冷静につぶやいていた。倉知先生は、本当にカッコイイ。尊み秀吉、と言いたくなる持田さんの気持ちがわかってしまった。
沸き立つクラスメイトの隙間から、持田さんが見えた。感情を爆発させてキャアキャア言っていて、可愛い。ほわ、と幸せになった。
推しを幸せにしてくれる相手が、丸ごと尊い。
我ながら名言だ。自分の科白がこうも的を射ているとは。
「よっしゃーっ、抜いた!」
となりにいたクラスメイトが肩を組んで揺さぶってくる。
難しいことは置いておこう。
人生で初めて、運動会が楽しい。
〈おわり〉
二学期になると、席替えがあった。
そのせいで、前の席だった持田さんはあっさりと遠い存在になった。
いや、距離が近くても、元々遠かった。彼女にとって俺は、後ろの席の男子というだけの認識だろう。
でも俺は、毎日学校が楽しみになる程度には、彼女を好きだった。
彼女が学級委員長に立候補したとき、副委員長の座を巡って若干揉めた。なりたがる男が大勢いたのだ。俺は勇気が出なくて、他の男が相棒になるのを黙って見ているしかなかった。
持田さんは、相変わらず倉知先生を好きだった。ノートを集めたり、プリントを配ったり、自ら仕事をしょいこんで、いつも忙しそうに動き回っていた。
忙しそうではあるが、常に笑顔で、元気いっぱいの彼女は輝いていた。
運動会でも全力で、輝くどころか迸っている。
「にっくっみ! にっくっみ!」
二年男子による騎馬戦を、女子たちが応援している。ダンスが可愛い。女子がダンスで応援しているクラスは二組だけだ。ラッキーだ。
本物のアイドルにだって負けていない。センターにいる持田さんが、誰よりも可愛かった。
可愛すぎて、奮い立つ。なんとか報いたい。
俺は騎手の一人で、責任が重大だった。鉛筆のような頼りなげな俺がなぜ重要なポジションを任されているのかというと、単に騎馬になる腕力も体力もないからだった。
運動場のあちこちで争いが起きているのを、俺と騎馬たちは端のほうに逃れて眺めていた。
「くっそー、もっちー可愛いぜ」
一人が言った。もっちーというのは、持田さんのことだ。女子は町子、男子はもっちーと呼ぶことが多い。
「ジャージでも天使」
「もっちー、三組のサッカー部のなんとかってやつ、フったらしいぞ」
「まだ告るやついるの? アホじゃん」
「倉知先生しか見てないもんな、もっちー」
「一途で純粋なとこ、めちゃ可愛い」
可愛い、可愛い、と騎馬たちがメロメロになっている。気持ちはわかるし同意見ではあるが、何か爪痕を残したい。
「あの、みなさん」
下のほうにあるクラスメイトの顔を見回して言った。
「そろそろ動かない?」
「でも八坂、ああいう中に飛び込んでいける?」
運動場のいたるところで激戦が繰り広げられている。砂煙が巻き起こり、さながら戦争だ。
「お前みたいなひょろい奴、瞬殺じゃん?」
「あそこ見て。後ろから近づけば、いけると思うんだ」
もみ合っている敵の大将の背中がガラ空きだ。
「俺は常日頃、教室で幽霊だから。気づかれない自信がある」
「何その渾身の自虐ネタ」
「まあでも確かに」
「説得力すご」
騎馬のみんながわははと笑う。
「俺は気配がないから。行けるよ、行こう」
騎馬のみんなが俺の下で「行く?」「行こう」と段取りをして、そろそろと動き出す。
「みんな急いで。大将首獲れば、持田さんが喜ぶよ」
「大将首て」
「八坂、なんか面白くね?」
「てかお前ももっちーのファン?」
「うん、俺は、持田さんに褒められたい。みんな、頑張ろう」
小さく、静かに、うおおおお、と雄たけびを押し殺し、敵の大将に忍び寄る。他の騎馬との対戦に気を取られている大将の背後に手を伸ばし、ハチマキを引き抜いた。
「え、何、誰?」
敵の大将が振り向いて俺を見る。
「あ、獲られてる」
誰かが言った。
「こいつ、本当にやりやがった……」
俺の下で騎馬がうなる。俺はハチマキを高々と掲げ、叫んでいた。
敵将、討ち取ったり!
叫んだのは脳内でだ。そんな科白を大声で喚くキャラでもない。掲げていた腕を下ろし、小さく「すみませんでした」と敵の大将に頭を下げた。
力と力のぶつかり合いをしていたのに、謎の伏兵にやられるというあっけない幕引きで、申し訳なくなってしまった。パラパラと控えめな拍手が風に乗って運ばれてくる。
でも自陣に帰ると、女子たちに褒め称えられた。もちろん、持田さんも大喜びだ。
「八坂君! すごかった! なんか、ぬるっとしてた!」
「ぬるっとしてた……かな?」
独特の表現方法が持田さんらしい。
「騎馬の男子もちょっとカッコよかったよね」
「見直した」
男子より、まさかの女子たちの視線が温かい。
「敵将、討ち取ったり! って感じだったね」
持田さんが突然そう言った。思わず「えっ」とのけぞってしまった。
「しびれた!」
持田さんが立てた親指を俺に向けて、にかっと笑う。
陰キャのオタクが何かしたところで、と思っていたが、がんばってよかった。何より、持田さんが嬉しそうなのが最高だ。
八坂君八坂君と興奮気味にまとわりつかれ、これはもしやお昼は一緒に弁当を食べる流れではと淡い期待を抱いたが、無駄だった。
昼休憩になると、倉知先生が教室にやってきたのだ。今日は特別にみんなと食べようと思って、と照れ臭そうに弁当を持参する先生に、生徒が群がった。無論、持田さんも飛びついた。
「どうする? どんなふうに机セッティングする? みんなで輪になる? そして倉知先生を真ん中にする? それとも奪い合う? じゃんけん? 入札する?」
「落ち着け町子」
「もっちー、平和的に解決しようよ」
発狂する彼女を、クラスメイトが優しくなだめて提案する。いつもこうだから、みんなもう慣れてしまった。今日の持田さんは特に朝からやかましい。ジャージで現れた倉知先生を、血管が切れそうな勢いで褒め称えていた。
「ああああーっ、早く倉知先生のお弁当見たい! 奥さんが作ったんですか? それとも先生が?」
「朝、ちょっと早起きして二人で……」
倉知先生がはにかんで答えると、みんながワッとなって、持田さんが「尊み! とうとみひでよし!」と自分の弁当を振り回した。
「はい! 先生と食べたい人! どうしても一緒に食べたくて死にそうな人だけ手を上げてください!」
持田さんが号令をかけると、次々と手が上がる。
「うそ、どうしても一緒に食べたくて死にそうな人がこんなに!?」
別にそこまで、と思いながら、先生と弁当を食べるというレアな経験を逃したくないという思いで俺も手を上げていた。
結局、全員が食べたがったので、机をくっつけた島を先生が順番に移動するという至極面倒な方法で弁当タイムが始まった。小学校みたいだ、と思ったが、悪くはない。
「先生のお弁当すごい」
「可愛い」
「美味しそうがすぎる! とうとみひでよしいいいぃ!」
倉知先生の弁当を、みんながスマホで撮っている。わいわいする声に紛れて持田さんの奇声が聞こえてくる。可愛くて、笑ってしまう顔を伏せて、弁当を掻き込んだ。
「もっちーって倉知先生のこと好きすぎじゃね?」
「あいつ一年ときからあんなだよ」
「なんつーか、裏表ないのがいいよな」
「いややっぱ顔だろ?」
同じ島で弁当を広げているのは、さっき騎馬戦を戦った騎馬役のメンツだ。なぜか自然とこうなった。彼らと一緒に昼を食べるのは今日が初めてだ。
「つか、奥さんと仲良く作った弁当に興奮してんの、どういうこと?」
「あんだけ好きなのに嫁を敵視しないの、意味わかんねえよな」
「俺はわかるけど……」
つい口を挟んでしまった。みんなが俺を見る。仕方なく口を開いた。
「……幸せな倉知先生を見るのが嬉しいんだと思う。推しを幸せにしてくれる相手も丸ごと尊いって感覚、俺はわかるかなって……」
馬鹿にされるかも、ドン引きされるかも、とドキドキしながらそう言うと、みんなが「ああ」と共感の色を含んだ声を上げた。
「まあまあ、わかる」
「先生追っかけてるもっちー、可愛いもんな」
「もっちーが可愛いの、先生のおかげか?」
理解を得られるとは思わなかったが、ホッとした。
というか、持田さんの、ああいう本能むき出しでぶつかっていく変態的な姿を、可愛いと思うのが自分だけじゃないというのが意外だった。
改めて実感する。ライバルが多い。
いや、ライバルというと語弊がある。別に俺は、持田さんと付き合いたいとかじゃない。仲良くなりたい願望はあるが、付き合えるなんて、思っていない。
彼女が付き合うのは一体どんな人なのだろう。
まず、倉知先生以上の男が想像しにくい。先生を基準にすると、どの男も見劣りしてしまいそうだ。
背が高くて顔も性格もいい。優しくて、ちょっと天然が入っているのが面白くて、バスケが上手くてスポーツ万能。
高校三年生に交ざって走っても、引けを取らないほどに脚が速い。ぐんぐん加速して、前の走者に肉迫する。
運動場がドッと沸く。
運動会の締めくくりの学年別リレーは、教師チームが一緒に走る。普段、澄ました顔で大人ぶっている先生も、必死の形相で走っている。それだけで面白くて、去年もすごく盛り上がっていた。
多分、去年の倉知先生も速かった。でも去年の俺は、倉知先生になんの興味も持っていなかった。今年は、違う。クラスメイトと声を振り絞り、絶叫する。
「いけーっ!」
「倉知先生、速い!」
「がんばれーっ!」
「抜けー!」
倉知先生は全校生徒に人気があるが、俺たちのクラス担任だ。自分たちの仲間、自分たちの先生、もっと言えば自分たちの所有物的な感覚すらおそらくあって、そのせいか応援に熱が入っている。俺も、我を忘れて腕を振り上げていた。
陸上部の三年生と競り合ったまま、先生がコーナーを曲がり、二年二組の前に差し掛かる。クラスメイトの歓声が、ひときわ大きくなる。先生がこっちを見た。俺たちの応援に気づき、笑顔になった。笑ってピースサインを向けながら、嵐のように駆け抜けていく。
みんなで体を弾ませて、抱き合ったり、叫んだり、タオルを振り回したり、すごいことになっている。
不思議な感覚だった。同調して激しく昂りつつ、胸のうちでは「カッコイイな」と冷静につぶやいていた。倉知先生は、本当にカッコイイ。尊み秀吉、と言いたくなる持田さんの気持ちがわかってしまった。
沸き立つクラスメイトの隙間から、持田さんが見えた。感情を爆発させてキャアキャア言っていて、可愛い。ほわ、と幸せになった。
推しを幸せにしてくれる相手が、丸ごと尊い。
我ながら名言だ。自分の科白がこうも的を射ているとは。
「よっしゃーっ、抜いた!」
となりにいたクラスメイトが肩を組んで揺さぶってくる。
難しいことは置いておこう。
人生で初めて、運動会が楽しい。
〈おわり〉
67
あなたにおすすめの小説
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる