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「来る」
〈西村先生編〉
「西村先生に高木印刷さんがお見えです」
内線電話の事務員の声に、違和感があった。彼女の声は、まるで緊張したように上ずっていた。
なぜか。
高木印刷の担当は、原田さんという気のいい陽気な男性だ。いつもの彼を想像していたのに、随分毛色の違う人物が職員室に現れて、なるほど、と思った。洗練された雰囲気の、いい男だった。
「お世話になっております。本日原田に代わって、納品を」
「あれ? どこかでお会いしましたよね?」
名刺を差し出す彼の言葉を遮った。彼は笑顔を崩さずに「いえ」と少しだけ首をかしげてみせた。
「本当に? 初めて会った気がしないんですけど」
「はは、そうですか? 初めまして、加賀です」
差し出される名刺を受け取って、目を落とす。名前には見覚えがなかった。
「加賀さん……、初めましてですよね……」
でも、どこかで確かに会っている。
「もしや、芸能人の方」
「いえ、高木印刷の者です」
彼はおかしそうに笑って、キャビネットに置いた段ボールに手のひらを向けた。
「こちら、念のためご確認いただいて、よろしければ受領書にサインをお願いいたします」
「あっ、はいはい、そうですよね」
照れ隠しに声を高くして、いそいそと段ボールを開封し、一部取り出した。
厚さ数ミリの薄い本。淡い緑一色の表紙には、うちの制服を着た女の子のイラストが描かれているが、漫研でもイラスト部でもない。顧問をしている文芸部の部誌だ。年々、文章の割合が減って、なぜかイラストや漫画が幅を利かせるようになったが、みんなで形にすることに意義がある。
「はいはいはい、綺麗に刷れてますね。いつもありがとうございます」
ページをめくりながら真新しい紙とインクのにおいを嗅ぐ。この瞬間が、毎年のご褒美だ。
「こちらこそ、ご利用ありがとうございます」
美しい顔立ちで、美しいお辞儀をする。しばし見惚れて、「やっぱり」と腕を組む。
「やっぱり、どこかでお会いしてる気が……」
「あれ、なんか見たことある人がいると思ったら」
ホームルームを終えて職員室に戻ってきた浅見先生が足を止め、加賀さんの顔を覗き込んだ。
「加賀さんだ。ああ、高木印刷さんか」
「浅見先生、ご無沙汰しております」
「どうも、お久しぶりです」
「あらら? お知り合い?」
会釈する二人を見比べて、慌ただしく訊ねた。高木印刷の担当はいつでも原田さんで、それ以外のこともまれにあったが、こんな人が来たら女たちが黙っていない。今も、デスクからこっちの動向を気にしている先生が数人いる。
「西村先生も彼のこと知ってるはずですよ」
「知ってるはず?」
「ほら、倉知先生の」
「あ!」
誰かの大声が、職員室に響いた。
声の主は、職員室の入り口で立ち尽くしている。口をあんぐりと開けた放心状態の倉知先生の手から、バサバサと教材が落下した。
「はっ、えっ、なっ、なんで」
倉知先生が後ずさる。後ろ向きのまま廊下に出て行くと、ドアの向こう側に大きな体を隠し、高い位置からチラッと顔を覗かせ、「なんで加賀さんが」と言った。
「やっ、べえ……」
小さなうめき声が聞こえた。振り返ると加賀さんが顔を覆ってうつむいていた。散らばった教材をせっせと拾う浅見先生も、様子がおかしい。いつも無表情な彼らしくない。ニヤニヤしているように見えた。
「高木印刷さん、部誌の納品にいらっしゃったのよ」
この状況はなんだろうと訝りつつ説明すると、倉知先生が困惑気味に訊き返してきた。
「ぶし? ってあの、刀を持った……?」
「その武士じゃなくて。武士を納品って、学校で武士を何に使うの」
「あっ、そうか、部活の冊子の、部誌、ですよね」
「そうそう、ぶーし、語尾上がりの部誌ね」
倉知先生はたまにこういうそそっかしい面を見せる。しっかりしているようで抜けているところがまた可愛くて、生徒からも教師からも愛されている。
「そんなとこにいないで入ってきたら? どうしたの?」
「すいません、なんか、照れ臭くて」
おずおずと職員室に入ってきた倉知先生は、顔がほんのりと赤かった。何が恥ずかしいのかよくわからない。
バシバシバシ、と音が聞こえた。浅見先生と加賀さんが、お互いの腕やら背中やらを無言で叩き合っている。おそらく武士と部誌を間違えたことがおかしいのだろう。二人とも声を出さずに、はちきれんばかりの笑顔で静かに爆笑している。浅見先生がこんなにも素直に笑っている姿は初めて見た。
「お二人、随分仲がよろしいようだけど、顔見知りなの? 倉知先生も、加賀さんと面識が?」
三人が視線の交換を始めた。目だけで相談しているらしい。ドアをぴしゃりと閉め、職員室の中を見回したあとで、倉知先生がうなずいた。加賀さんが私に向き直り、背筋を伸ばして再び綺麗にお辞儀をした。
「いつもうちの倉知先生がお世話になっております」
「うちの? って、……あっ」
どこかで会ったと思っていた。思い出した。ハワイの挙式の写真だ。倉知先生のとなりで笑っていた、タキシードの彼だ。
大声で叫ぶことも、写真で見るより美しいですねと褒めることも、ご結婚おめでとうございますと祝福することも、我慢した。
もう放課後だし、いつ何時生徒が入ってくるかもわからない。だから小声で「見たことあると思った」と囁いて、親指を立てるに留めておいた。
「あの、西村先生すいません。今度会わせるって約束してたのに」
倉知先生が申し訳なさそうに頭を掻く。会わせてね、とお願いしたことをやんわりと思い出した。半年以上も前の話だ。でもあれは社交辞令のようなものだし、今の今まで忘れていた。
「約束は守ったじゃない。今会えたんだもの。そっか、そっかあ。高木印刷さんにお勤めの方だったのね。こちらこそ、倉知先生にはいつもお世話になってます」
顔を上げると目が合って、にっこりと素晴らしい笑顔を見せてくれた。
「弊社ともどもこれからもよろしくお願いいたします」
「ひえー」
と、思わず声に出た。クラクラしそうだ。本当に美しい人だ。顔の造形が整っているのもあるが、全体的に、美しい。立っているだけで綺麗だった。
私の半分くらいの細い体に、私の倍以上の長い脚。ダークグレイのスーツ姿は清潔感に溢れ、完璧な笑顔でこちらに安心感を与えてくれる。
倉知先生は、この人と暮らしているのか。家にこの人がいる生活とは? 自分の夫と入れ替えて想像してみると、気を遣ってしょうがない。
高貴というか、上品だな、というのが第一印象。下ネタなんて口が裂けても言わないだろう。
「失礼しまーす。あさみん、ノート集めてきたよー、重いー、褒めてー」
女子生徒が積み上げたノートを抱えて職員室に入ってきた。
「お、早いな。サンキュー、偉いぞ」
浅見先生がノートの束を受け取ると、女子生徒が加賀さんを二度見した。
「え、だれだれ、イケメンじゃん」
「こら、失礼よ、業者の方だから。ほら、用が済んだらすみやかに退室」
手を叩いて急かすと、「はーい」と振り返りながら職員室を出て行った。
「では、そろそろお暇いたします」
加賀さんが、スーツの内ポケットからペンを取り出して言った。
「サイン、よろしいですか?」
「はあ、なんだか名残惜しいわぁ。またお会いできるかな?」
サインをした受領書とペンを返すと、彼は爽やかに「はい、いずれまた」と微笑んだ。
「ありがとうございました。失礼いたします」
加賀さんが職員室内に向かってお辞儀をすると、何人かが「お疲れ様です」と返してきた。みんな忙しくて、この人が誰だか気づく余裕はないようだった。
「倉知先生、玄関までお見送り頼める?」
浅見先生が言った。元の鋼鉄の無表情に戻っている。
「やっ、はい、いきます、任せてください」
今、明らかに「やったー」と言いかけた。私宛の来客なので私が送るのが筋なのだが、嬉しさを隠しきれない倉知先生を見たら、細かいことはどうでもよくなった。
並んで廊下を歩く二人の後姿を見送った。隣り合う背中だけで、なんだか目尻が下がってしまう。
「倉知先生だー」
バッグを背負い、帰り支度を済ませた女子生徒たちが集まってくる。彼女たちは特に用がなくても倉知先生を見つけると寄っていく習性がある。
「えーっ、こちら、どちら様ですか?」
「新しい先生? ラッキー」
キャーキャーと騒ぎ始める生徒たち。
「こんにちは。元気だね」
加賀さんのたった一言に、彼女たちのキャーキャーが止まらなくなった。騒ぎにつられて女子が増えていく。なぜか「結婚してますか?」「いくつですか?」と質問攻めに遭っている。
「どうする? 助ける?」
となりの浅見先生を仰ぎ見ると、「いや」と返ってきた。
「面白いから見てよう」
この人はこういうところがある。とはいえ私ももう少し見ていたい。
「ちょっと、みんな落ち着いて」
倉知先生が、両腕でバリケードを作り、体を張って加賀さんを守っている。
「この方は、新しい先生じゃなくて、外部の業者の方です。大切な、お客様です」
「先生が大きすぎて、見えませーん」
「先生どいてー」
笑いが起きた。倉知先生の背後で、加賀さんも笑っている。
「見なくていいから。早く教室に戻りなさい」
「えー、うちら今から帰るんだけど」
ドッと場が沸いた。みんな倉知先生が好きで、可愛くて、からかって遊んでいるのだ。
「わかった、じゃあ、みんなで一緒に玄関にお見送りに行こう。ね?」
賛成、わーい、と飛び跳ねる生徒たちの後ろで、加賀さんが倉知先生の背中に触れた。こっそり顔を見合わせて、困ったように笑う倉知先生の横顔は、不思議と幼く見える。素が出たのだと思うと、可愛いなあと吐息が漏れた。
「西村先生、今のって」
興奮した鼻息が、首筋にかかった。杉浦先生が、私の肩越しに廊下を凝視していた。
「もしかして、もしかしなくても、倉知先生の」
教職員全員が、知っている。今さら隠すこともない。無言でうなずいて肯定する。
「やだ、やっぱりお似合い……」
「幸せそうですね」
「甘酸っぺぇなあ、おい」
「新婚の頃、思い出すわ」
「若いっていいなあ」
いつの間にか先生方が背後にずらりと並んでいた。競うように廊下を覗き込んで、二人を見守っていた。
加賀さんの存在に気づいていながら、騒ぎ立てることをしなかったのだと悟り、今すぐ円陣を組みたくなった。
みんなのまなざしは、優しい。
私の胸は、切なく、温かい。
〈おわり〉
〈西村先生編〉
「西村先生に高木印刷さんがお見えです」
内線電話の事務員の声に、違和感があった。彼女の声は、まるで緊張したように上ずっていた。
なぜか。
高木印刷の担当は、原田さんという気のいい陽気な男性だ。いつもの彼を想像していたのに、随分毛色の違う人物が職員室に現れて、なるほど、と思った。洗練された雰囲気の、いい男だった。
「お世話になっております。本日原田に代わって、納品を」
「あれ? どこかでお会いしましたよね?」
名刺を差し出す彼の言葉を遮った。彼は笑顔を崩さずに「いえ」と少しだけ首をかしげてみせた。
「本当に? 初めて会った気がしないんですけど」
「はは、そうですか? 初めまして、加賀です」
差し出される名刺を受け取って、目を落とす。名前には見覚えがなかった。
「加賀さん……、初めましてですよね……」
でも、どこかで確かに会っている。
「もしや、芸能人の方」
「いえ、高木印刷の者です」
彼はおかしそうに笑って、キャビネットに置いた段ボールに手のひらを向けた。
「こちら、念のためご確認いただいて、よろしければ受領書にサインをお願いいたします」
「あっ、はいはい、そうですよね」
照れ隠しに声を高くして、いそいそと段ボールを開封し、一部取り出した。
厚さ数ミリの薄い本。淡い緑一色の表紙には、うちの制服を着た女の子のイラストが描かれているが、漫研でもイラスト部でもない。顧問をしている文芸部の部誌だ。年々、文章の割合が減って、なぜかイラストや漫画が幅を利かせるようになったが、みんなで形にすることに意義がある。
「はいはいはい、綺麗に刷れてますね。いつもありがとうございます」
ページをめくりながら真新しい紙とインクのにおいを嗅ぐ。この瞬間が、毎年のご褒美だ。
「こちらこそ、ご利用ありがとうございます」
美しい顔立ちで、美しいお辞儀をする。しばし見惚れて、「やっぱり」と腕を組む。
「やっぱり、どこかでお会いしてる気が……」
「あれ、なんか見たことある人がいると思ったら」
ホームルームを終えて職員室に戻ってきた浅見先生が足を止め、加賀さんの顔を覗き込んだ。
「加賀さんだ。ああ、高木印刷さんか」
「浅見先生、ご無沙汰しております」
「どうも、お久しぶりです」
「あらら? お知り合い?」
会釈する二人を見比べて、慌ただしく訊ねた。高木印刷の担当はいつでも原田さんで、それ以外のこともまれにあったが、こんな人が来たら女たちが黙っていない。今も、デスクからこっちの動向を気にしている先生が数人いる。
「西村先生も彼のこと知ってるはずですよ」
「知ってるはず?」
「ほら、倉知先生の」
「あ!」
誰かの大声が、職員室に響いた。
声の主は、職員室の入り口で立ち尽くしている。口をあんぐりと開けた放心状態の倉知先生の手から、バサバサと教材が落下した。
「はっ、えっ、なっ、なんで」
倉知先生が後ずさる。後ろ向きのまま廊下に出て行くと、ドアの向こう側に大きな体を隠し、高い位置からチラッと顔を覗かせ、「なんで加賀さんが」と言った。
「やっ、べえ……」
小さなうめき声が聞こえた。振り返ると加賀さんが顔を覆ってうつむいていた。散らばった教材をせっせと拾う浅見先生も、様子がおかしい。いつも無表情な彼らしくない。ニヤニヤしているように見えた。
「高木印刷さん、部誌の納品にいらっしゃったのよ」
この状況はなんだろうと訝りつつ説明すると、倉知先生が困惑気味に訊き返してきた。
「ぶし? ってあの、刀を持った……?」
「その武士じゃなくて。武士を納品って、学校で武士を何に使うの」
「あっ、そうか、部活の冊子の、部誌、ですよね」
「そうそう、ぶーし、語尾上がりの部誌ね」
倉知先生はたまにこういうそそっかしい面を見せる。しっかりしているようで抜けているところがまた可愛くて、生徒からも教師からも愛されている。
「そんなとこにいないで入ってきたら? どうしたの?」
「すいません、なんか、照れ臭くて」
おずおずと職員室に入ってきた倉知先生は、顔がほんのりと赤かった。何が恥ずかしいのかよくわからない。
バシバシバシ、と音が聞こえた。浅見先生と加賀さんが、お互いの腕やら背中やらを無言で叩き合っている。おそらく武士と部誌を間違えたことがおかしいのだろう。二人とも声を出さずに、はちきれんばかりの笑顔で静かに爆笑している。浅見先生がこんなにも素直に笑っている姿は初めて見た。
「お二人、随分仲がよろしいようだけど、顔見知りなの? 倉知先生も、加賀さんと面識が?」
三人が視線の交換を始めた。目だけで相談しているらしい。ドアをぴしゃりと閉め、職員室の中を見回したあとで、倉知先生がうなずいた。加賀さんが私に向き直り、背筋を伸ばして再び綺麗にお辞儀をした。
「いつもうちの倉知先生がお世話になっております」
「うちの? って、……あっ」
どこかで会ったと思っていた。思い出した。ハワイの挙式の写真だ。倉知先生のとなりで笑っていた、タキシードの彼だ。
大声で叫ぶことも、写真で見るより美しいですねと褒めることも、ご結婚おめでとうございますと祝福することも、我慢した。
もう放課後だし、いつ何時生徒が入ってくるかもわからない。だから小声で「見たことあると思った」と囁いて、親指を立てるに留めておいた。
「あの、西村先生すいません。今度会わせるって約束してたのに」
倉知先生が申し訳なさそうに頭を掻く。会わせてね、とお願いしたことをやんわりと思い出した。半年以上も前の話だ。でもあれは社交辞令のようなものだし、今の今まで忘れていた。
「約束は守ったじゃない。今会えたんだもの。そっか、そっかあ。高木印刷さんにお勤めの方だったのね。こちらこそ、倉知先生にはいつもお世話になってます」
顔を上げると目が合って、にっこりと素晴らしい笑顔を見せてくれた。
「弊社ともどもこれからもよろしくお願いいたします」
「ひえー」
と、思わず声に出た。クラクラしそうだ。本当に美しい人だ。顔の造形が整っているのもあるが、全体的に、美しい。立っているだけで綺麗だった。
私の半分くらいの細い体に、私の倍以上の長い脚。ダークグレイのスーツ姿は清潔感に溢れ、完璧な笑顔でこちらに安心感を与えてくれる。
倉知先生は、この人と暮らしているのか。家にこの人がいる生活とは? 自分の夫と入れ替えて想像してみると、気を遣ってしょうがない。
高貴というか、上品だな、というのが第一印象。下ネタなんて口が裂けても言わないだろう。
「失礼しまーす。あさみん、ノート集めてきたよー、重いー、褒めてー」
女子生徒が積み上げたノートを抱えて職員室に入ってきた。
「お、早いな。サンキュー、偉いぞ」
浅見先生がノートの束を受け取ると、女子生徒が加賀さんを二度見した。
「え、だれだれ、イケメンじゃん」
「こら、失礼よ、業者の方だから。ほら、用が済んだらすみやかに退室」
手を叩いて急かすと、「はーい」と振り返りながら職員室を出て行った。
「では、そろそろお暇いたします」
加賀さんが、スーツの内ポケットからペンを取り出して言った。
「サイン、よろしいですか?」
「はあ、なんだか名残惜しいわぁ。またお会いできるかな?」
サインをした受領書とペンを返すと、彼は爽やかに「はい、いずれまた」と微笑んだ。
「ありがとうございました。失礼いたします」
加賀さんが職員室内に向かってお辞儀をすると、何人かが「お疲れ様です」と返してきた。みんな忙しくて、この人が誰だか気づく余裕はないようだった。
「倉知先生、玄関までお見送り頼める?」
浅見先生が言った。元の鋼鉄の無表情に戻っている。
「やっ、はい、いきます、任せてください」
今、明らかに「やったー」と言いかけた。私宛の来客なので私が送るのが筋なのだが、嬉しさを隠しきれない倉知先生を見たら、細かいことはどうでもよくなった。
並んで廊下を歩く二人の後姿を見送った。隣り合う背中だけで、なんだか目尻が下がってしまう。
「倉知先生だー」
バッグを背負い、帰り支度を済ませた女子生徒たちが集まってくる。彼女たちは特に用がなくても倉知先生を見つけると寄っていく習性がある。
「えーっ、こちら、どちら様ですか?」
「新しい先生? ラッキー」
キャーキャーと騒ぎ始める生徒たち。
「こんにちは。元気だね」
加賀さんのたった一言に、彼女たちのキャーキャーが止まらなくなった。騒ぎにつられて女子が増えていく。なぜか「結婚してますか?」「いくつですか?」と質問攻めに遭っている。
「どうする? 助ける?」
となりの浅見先生を仰ぎ見ると、「いや」と返ってきた。
「面白いから見てよう」
この人はこういうところがある。とはいえ私ももう少し見ていたい。
「ちょっと、みんな落ち着いて」
倉知先生が、両腕でバリケードを作り、体を張って加賀さんを守っている。
「この方は、新しい先生じゃなくて、外部の業者の方です。大切な、お客様です」
「先生が大きすぎて、見えませーん」
「先生どいてー」
笑いが起きた。倉知先生の背後で、加賀さんも笑っている。
「見なくていいから。早く教室に戻りなさい」
「えー、うちら今から帰るんだけど」
ドッと場が沸いた。みんな倉知先生が好きで、可愛くて、からかって遊んでいるのだ。
「わかった、じゃあ、みんなで一緒に玄関にお見送りに行こう。ね?」
賛成、わーい、と飛び跳ねる生徒たちの後ろで、加賀さんが倉知先生の背中に触れた。こっそり顔を見合わせて、困ったように笑う倉知先生の横顔は、不思議と幼く見える。素が出たのだと思うと、可愛いなあと吐息が漏れた。
「西村先生、今のって」
興奮した鼻息が、首筋にかかった。杉浦先生が、私の肩越しに廊下を凝視していた。
「もしかして、もしかしなくても、倉知先生の」
教職員全員が、知っている。今さら隠すこともない。無言でうなずいて肯定する。
「やだ、やっぱりお似合い……」
「幸せそうですね」
「甘酸っぺぇなあ、おい」
「新婚の頃、思い出すわ」
「若いっていいなあ」
いつの間にか先生方が背後にずらりと並んでいた。競うように廊下を覗き込んで、二人を見守っていた。
加賀さんの存在に気づいていながら、騒ぎ立てることをしなかったのだと悟り、今すぐ円陣を組みたくなった。
みんなのまなざしは、優しい。
私の胸は、切なく、温かい。
〈おわり〉
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