電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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1st anniversary ※

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〈倉知視点〉

 温泉旅館に来ている。
 付き合って間もない頃に二人で泊まった思い出の有馬温泉だ。
 大好きな加賀さんと一緒にいられることが嬉しくてたまらなくて、三日間ずっとはしゃいでいた。
 子どもだったと思う。
 当時俺は高校二年生で、当然経済力もなく、旅費のすべてを加賀さんが支払ってくれた。それが申し訳なくて、就職したら今度は俺が全額を出すから、いつかもう一度ここに来ようと約束した。
 教師になって二年目。あれから七年が経ち、ようやくその約束が果たされた。
「変わってないですね」
 チェックインを済ませ、案内された部屋を見回した。一度しか宿泊していないくせに、古巣に戻ってきたみたいな不思議な安心感がある。
「同じ部屋取れてよかったな」
 加賀さんがベッドにダイブして、俺を手招いた。いそいそと覆いかぶさり、キスをする。軽いキスを上からチュッチュと乱れ打っていると、加賀さんが笑った。
「なんかいろいろ思い出してきた」
 加賀さんが俺の尻を揉みながら言った。
「ラブホで朝までやりまくったなあ、とか」
「あのときはすいませんでした」
「高校生の性欲と体力、半端ねえわ」
「今でも朝までできますよ」
「まあ、うん、お前はまだまだ若い。って言ってるうちに、もう硬い?」
 股間の硬度を指摘され、素直に認めた。
「ベッドで抱き合ってるとこうなります」
「若い若い」
 あくび交じりに加賀さんが言って、俺の服の中に手を入れてきた。背中に突っ込まれた手は、温かい。温かい手が、俺の背中を撫でさすっている。
「眠いですか?」
「ん、平気。部屋の露天、入ろっか」
「よし、しがみついて」
 加賀さんを抱えたままベッドから下りて、客室の露天風呂に向かう。
 外は日が落ちかけていて、薄暗かった。建物や山の輪郭が黒い影になっている。
 湯船の中で、加賀さんを背後から抱きしめた。空に星を見つけ、二人でまったく同時に「星」と指差す。声を上げて笑うのも、同時だった。気が合うのが嬉しい。
 あの頃と同じ風景を、同じ態勢で眺めている。何も、変わらない。変わったのは、お互いの左手の薬指に、指輪があるということくらいだ。
 加賀さんの左手に手のひらを重ねた。右手で胸を撫で、うなじに口づける。
「はは」
 何かがおかしかったらしい。加賀さんが小さく笑った。
「今のめっちゃスマート。成長したなあ」
「成長、しましたか」
「だってお前、前にここの露天入ったとき、素っ裸で飛んだり跳ねたりしてたじゃん」
「えっ、そんなに?」
「すまん、飛んだり跳ねたりは言いすぎた」
「はい」
 ホッと胸を撫でおろす。
「老成してんなあって思ったこともあったけど、今思うとちゃんと年相応に子どもだったな。うん、可愛かった。今も可愛いけど」
 加賀さんが俺を振り返り、「今も可愛いけど」と同じことを二回言った。
「ありがとうございます」
 照れながら、目を合わせて礼を言うと、加賀さんは満足そうに微笑んだ。
「あんときは、すぐ終わると思ってた」
 ぎく、として身を強張らせる俺の膝を撫でながら、加賀さんが言った。
「十歳差だしな。うわ、やっぱおっさんじゃんって目ぇ覚めて、あっさり捨てられるだろうなって腹くくってた」
「ありえませんね」
「はは、うん。出会ったばっかで別れるときのこと妄想して泣くとか、すげえよな」
「はい、……はい、すごいです」
 鼻をすすると、加賀さんが俺を振り仰いだ。
「また来れてよかった」
「はい」
「好き」
 囁かれて、脱力する。くたくたになって加賀さんにしなだれかかる。好き、と言い返して、頬とか首とかあちこちにキスをする。
「あー、やべえ、ストップ」
「加賀さん好き、愛しい、大好き」
「ちょ、先っぽ押しつけんな。うわ、こら、待て、入るって」
「加賀さん、入りたい、加賀さんに、入りたい」
 ハアハア言いながら腰を押しつけていると、キャーアハハとどこからか人の笑い声が聞こえた。思わず動きが止まる。
 遠くのほうで、寒いー、いやー、ぎゃー、と盛り上がる複数の女性の声。別の部屋の宿泊客らしい。露天風呂付客室は、ここだけじゃない。こういうことも、起こりうる。
「女子会かな」
「楽しそうですね」
「萎えた?」
「いえ、これくらいじゃ俺の闘志は消えません。ほら、硬い」
「はいはい、強い子」
「続きは中でしましょう」
 俺の、俺だけの、大切な人。
 誰にも見せたくない。
 誰にも、声すら、聴かせたくない。
 俺の上で、みだらに蠢くしなやかな肢体。息を漏らし、自ら腰を振っている。前後に揺れる加賀さんの腰が、激しくなっていく。
 その動きに合わせて腰を揺すると、抑えていた声が、弾けた。身を震わせ、俺の上に落下する。抱きとめた。組み敷いて、腰を振る。
 両手を握り合わせ、ひたすらに腰を打ちつける。
 無我夢中で、動く。
 あ、と小さな声が上がる。
 加賀さんの太ももが、細かく痙攣したのがわかった。きつく締めつけられ、密着した腹に生温かい感触がじわりと広がった。加賀さんが射精したのだと悟ると、俺も後を追って吐精する。
 繋がったまま、加賀さんの体を抱きしめた。余韻に浸り、目を閉じる。
 気持ちいい。幸せだ。ふわふわした快感に、身をゆだねる。
 ビクン! と唐突に身体が震えて目を開けた。
「ね、寝そうだった」
「はは、入眠時ミオクローヌス」
「え、なんのラスボスですか?」
 訊き返すと、加賀さんが「ぶっは」と吹き出した。
「ウトウトしてるときにビクッてなるやつあるじゃん」
「あれにそんな立派な名前があるんですね」
「うん、倉知君の立派なやつもそろそろ抜いて?」
 はい、と素直に離脱する。
 そうこうしているうちに夕食の時間だ。浴衣に着替えて食事場所に向かうと、出迎えた着物の仲居さんが「あっ」と目を丸く見開いた。
「おかえりなさいませ!」
「え?」
「あ、前回お世話になった仲居さん」
 ぽかんとなる俺のとなりで加賀さんが言った。彼女はお辞儀の格好のまま、「はい」と応えた。
「ようこそ、おいでくださいました。またお会いできて光栄でございます」
「こちらこそ。覚えててくださってありがとうございます」
 二人揃って会釈すると、彼女はさらに深く、腰を折り曲げて頭を下げてきた。
「いえいえ、とんでもございません。それではお席にご案内いたしますね」
 頭を上げた彼女は完璧な笑顔のままだったが、その目は赤く、潤んでいた。個室に案内しながら、「何年ぶりでしょうか」とか「お変わりなく」とか、何度も俺たちを振り返った。リピート客は珍しくはないだろうが、とても喜んでくれているのが伝わって、加賀さんと笑顔を見合わせた。
「おー、すげえ」
「豪華ですね」
 個室に通されると、テーブルには華やかな会席料理が並んでいた。
「お飲み物、何になさいましょう」
 一通りの料理の説明をしたあとで、仲居さんがメニューを渡してきた。
「加賀さん、何します? ビール?」
 メニューを開いて訊くと、加賀さんが「自家製梅酒のロックで」と言った。
「前来たとき、めっちゃ美味かったの覚えてる」
「恐れ入ります」
 ニコニコして、仲居さんが俺を見る。
「じゃあ、同じので」
「かしこまりました」
 少々お待ちくださいませ、と言い置いて、ニコニコのまま部屋を出て行った。
「仲居さんってお客さんのこと、一人ひとり覚えてるんでしょうか」
 七年ぶり二度目の宿泊だと言うのにものすごい記憶力だと感心したが、向かい側の加賀さんが「いや、まさか」と苦笑した。
「男二人で露天風呂付き客室に泊まって、食事の最中に個室でキスしようとする客なんて滅多にいないだろうしな」
「え、キス? そうでした?」
「そうでしたよ。キスする?」
「はい」
「こらこら、真に受けるな」
 腰を上げた。もう一度、「こらこら」と止められたが、加賀さんのとなりにあぐらをかき、肩を抱きかかえ、静かにキスをする。
「大好き」
 鼻先をくっつけてそう言うと、加賀さんがおかしそうに笑った。
「めっちゃ可愛い」
 二人でクスクスして、もう一度軽く唇を重ねた。あんまりイチャイチャすると止まらなくなる。なので、三回目で強制終了をした。
「写真撮りましょう。せっかく結婚記念日なんだし」
 浴衣の袖からスマホを出して、至近距離から加賀さんを連写する。
「あー、そうだな。去年の今頃はハワイだったな」
 と言いつつ、加賀さんも俺にスマホを向ける。
「一年早いな」
「早すぎますね」
 お互いを撮影し合っていると、加賀さんが「ははっ」と声を弾ませた。
「普通こういうとき、料理撮らない?」
「そうかもしれませんね」
「会席バックに自撮りすんぞ。自撮り棒の用意をしろ」
 自撮り棒とは、俺の腕のことだ。
「任せてください」
 キャッキャウフフとはしゃいで撮影会をしていると、「失礼いたします」と声がかかった。仲居さんは、俺たちをそっとしておいてくれた。ほほえましそうに笑って梅酒のグラスを置くと、何も言わずに忍者のように去っていった。
「気が済んだ。食うか」
「ですね」
 そそくさと自分の席に戻ると、梅酒のグラスを持ち上げた。
「その前に乾杯しましょう」
「おう」
 グラスを掲げた加賀さんが、目を細めて綺麗に笑う。
「一周年おめでとう。おめでとう? ありがとう?」
「両方ですね。これからもよろしくお願いします」
「うえーい、よろしく」
 グラスの音が、高く、響く。

〈おわり〉
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