電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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ふわっと

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〈加賀編〉

 キッチンに立つ倉知が、何かに苦戦している。
 こう? 違うか……、こうかな? と首を傾げながらブツブツ言っている。
 何か珍しい料理にでも挑戦しているのだろうか。
 ソファから腰を上げ、どれどれと覗き込む。
 耐熱ボウルにラップをかけていたが、何かが気に入らないらしく、「違うなあ」とぼやいている。
「何作ってんの? なんか難しい料理?」
「ラップをかけてるんですけど」
「うん」
「ここ、レシピのところにふわっとラップをかぶせてってあるじゃないですか」
 スマホを指差して倉知が言った。
「ふわっとっていうのがちょっと上手くいかなくて」
「はいはい」
「どうすればふわっと感が出るか、いろいろ試してるんですけど」
「なるほど、可愛いな」
 倉知が俺を見た。
 俺は倉知のことをなんでも可愛いというので、いちいち「何が?」とは問わないが、可愛いことなど何もないと言いたげな、凛とした表情だった。
「加賀さんの思うふわっとを見せてくれませんか?」
「任せろ」
 力強く答え、俺は倉知をふわっと抱きしめた。
「はい、ふわっと」
「ほんとだ、すごい、ふわっと抱きしめられてる」
「だろ」
「あの」
「うん」
「なんでもないです」
 笑いを含んだ声。
 倉知が俺を抱きしめ返す。
 完璧な、「ふわっと」だ。

〈おわり〉
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