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第1 好きだから、嫌いと言います
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「本当はこんな結婚なんて望んでいなかったんだ」
もう何度目になる言葉でしょう。
数えることも止めてしまったぐらいに言われ続けた言葉なのです。それなのに今日もズキズキと痛む胸に呆れながら、私は「分かっております」とアレクス様へそう言いました。
「お前はどうしてこんなに可愛げがないんだ」
表情の1つも変えない私へこの言葉も、もう何度言われたのかも分かりません。
それでも私がここで泣いたところで、心根は優しいアレクス様のことですから。きっとお困りになってしまうでしょう。
それを知っていてどうして泣くことができるでしょうか。私はただ、好きな人を困らせたくないだけなのです。
「はい、そちらも存じ上げておりますよ」
ですから私はその言葉にも、そう言ってニッコリ微笑むしかなかったのです。
そんな私に向けられたアレクス様の表情が、ますます苦々しいものへと変わっていきます。どうしてこんなに上手くいかないのでしょうか。
表情を変えずにいてもダメで、微笑んでみてもダメなのです。どうやってもアレクス様の機嫌を損ねないでは居られないのですから、今日もまた私はどうして良いのか分からなくなってしまいます。
「……お前のそういう所が好きになれん。まぁお前も私を嫌いだろうがな」
そうして今日もまた聞こえた言葉に私はふふっ、と微笑みました。
「はい、私もです」
そう言った私の心は、ズキズキと張り裂けそうな痛みを訴えます。だってこれは嘘なのです。嘘を吐くことができない守り人族の末姫である、私が吐いた嘘なのです。
でも本当は優しいアレクス様のことなのですから。私が本当はアレクス様を好きだということが分かってしまったのなら、アレクス様はきっと嫌いな私も無碍にすることはできなくなってしまうでしょう。
だから、私は今日も守り人族が吐くことができない嘘を、笑顔で吐いてみせるのです。
ただ自業自得なことですが、その言葉は毒になって私の身体を苛んでいきます。張り裂けそうな痛みは、私の場合にはただの例えではありません。
いえ、私以外の方でもきっと、同じような状況なら、同じようにツラく苦しいはずなのです。だから他の方がマシだとか、私の方がツライだとか、そういうつもりはありません。
ただ本当に痛みを訴えてしまう胸に、私の意識は遠のいてしまいそうで困ってしまうだけなのです。
しかも一緒にこみ上げてきてしまう気持ち悪さも問題です。大好きなアレクス様にそんな酷い姿は晒したくはありません。
ですからどうにかその気持ち悪さを抑えるように、私は深呼吸をそっとしました。
「またそうやって溜息か」
えっ? と思って目線を向けると、そこには苛立った様子のアレクス様の顔がありました。溜息を吐いたつもりはありませんでした。
アレクス様の気がかりになってしまうことがないように、隠したつもりだったのが悪かったのでしょうか。
「申し訳ございません…。お話しをしている内に、少し気持ちが悪くなってしまったものですから……」
隠せていなかったみっともなさと、気遣わせてしまったら、という申し訳なさに私の声は小さくなります。
「お前はどうしてこうも嫌みを吐くんだ」
でも聞こえてきたのは、そんなさらに冷たい言葉でした。
今の何がいけなかったのかは分かりません。嫌みを言ったつもりもありません。ただアレクス様に嫌いな私を気遣わせてはいけないと、そんなことを思っていただけだったのです。
でも実際は気遣わせてしまうどころか、こんな風に怒らせてしまうだけなのですから。私たちはどこまでも合わない2人のようです。
何だか色々苦しくてもう何も言えないまま、私はそっと俯きました。
「もう良い、お前は自室に下がれ」
疲れたとでも言うように大きな溜息が聞こえてきます。その言葉へも何も返せず、私は一礼をしてそのまま部屋を出て行きました。
早く部屋に帰って、休みたいと思うのです。まだ朝のご機嫌伺いのご挨拶しかしていないと言うのに、今日もこのまま寝台からは、起き上がれなくなるかもしれません。
正妃として務めを全く果たせていない状況に国民の皆様は、私のことをどう思っているでしょう。情けなくて、とても申し訳ない気持ちになります。
でもとりあえず今はそんなことよりも、どうにか部屋までは絶えなくてはいけません。しきたりに則った婚姻だとは言っても、アレクス様の正妃として嫁いだ立場なのですから。こんな使用人の方達が多い場所でみっともない姿だけは、せめて見せないように務めなくてはいけないのです。
ですから、私は今日も両手を強く握り締めて、真っ直ぐ前を見つめます。そうして気を必死に張りながら、通路を歩き出しました。
もう何度目になる言葉でしょう。
数えることも止めてしまったぐらいに言われ続けた言葉なのです。それなのに今日もズキズキと痛む胸に呆れながら、私は「分かっております」とアレクス様へそう言いました。
「お前はどうしてこんなに可愛げがないんだ」
表情の1つも変えない私へこの言葉も、もう何度言われたのかも分かりません。
それでも私がここで泣いたところで、心根は優しいアレクス様のことですから。きっとお困りになってしまうでしょう。
それを知っていてどうして泣くことができるでしょうか。私はただ、好きな人を困らせたくないだけなのです。
「はい、そちらも存じ上げておりますよ」
ですから私はその言葉にも、そう言ってニッコリ微笑むしかなかったのです。
そんな私に向けられたアレクス様の表情が、ますます苦々しいものへと変わっていきます。どうしてこんなに上手くいかないのでしょうか。
表情を変えずにいてもダメで、微笑んでみてもダメなのです。どうやってもアレクス様の機嫌を損ねないでは居られないのですから、今日もまた私はどうして良いのか分からなくなってしまいます。
「……お前のそういう所が好きになれん。まぁお前も私を嫌いだろうがな」
そうして今日もまた聞こえた言葉に私はふふっ、と微笑みました。
「はい、私もです」
そう言った私の心は、ズキズキと張り裂けそうな痛みを訴えます。だってこれは嘘なのです。嘘を吐くことができない守り人族の末姫である、私が吐いた嘘なのです。
でも本当は優しいアレクス様のことなのですから。私が本当はアレクス様を好きだということが分かってしまったのなら、アレクス様はきっと嫌いな私も無碍にすることはできなくなってしまうでしょう。
だから、私は今日も守り人族が吐くことができない嘘を、笑顔で吐いてみせるのです。
ただ自業自得なことですが、その言葉は毒になって私の身体を苛んでいきます。張り裂けそうな痛みは、私の場合にはただの例えではありません。
いえ、私以外の方でもきっと、同じような状況なら、同じようにツラく苦しいはずなのです。だから他の方がマシだとか、私の方がツライだとか、そういうつもりはありません。
ただ本当に痛みを訴えてしまう胸に、私の意識は遠のいてしまいそうで困ってしまうだけなのです。
しかも一緒にこみ上げてきてしまう気持ち悪さも問題です。大好きなアレクス様にそんな酷い姿は晒したくはありません。
ですからどうにかその気持ち悪さを抑えるように、私は深呼吸をそっとしました。
「またそうやって溜息か」
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アレクス様の気がかりになってしまうことがないように、隠したつもりだったのが悪かったのでしょうか。
「申し訳ございません…。お話しをしている内に、少し気持ちが悪くなってしまったものですから……」
隠せていなかったみっともなさと、気遣わせてしまったら、という申し訳なさに私の声は小さくなります。
「お前はどうしてこうも嫌みを吐くんだ」
でも聞こえてきたのは、そんなさらに冷たい言葉でした。
今の何がいけなかったのかは分かりません。嫌みを言ったつもりもありません。ただアレクス様に嫌いな私を気遣わせてはいけないと、そんなことを思っていただけだったのです。
でも実際は気遣わせてしまうどころか、こんな風に怒らせてしまうだけなのですから。私たちはどこまでも合わない2人のようです。
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でもとりあえず今はそんなことよりも、どうにか部屋までは絶えなくてはいけません。しきたりに則った婚姻だとは言っても、アレクス様の正妃として嫁いだ立場なのですから。こんな使用人の方達が多い場所でみっともない姿だけは、せめて見せないように務めなくてはいけないのです。
ですから、私は今日も両手を強く握り締めて、真っ直ぐ前を見つめます。そうして気を必死に張りながら、通路を歩き出しました。
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