後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

017 蕾の開き─④

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──第三王子上后・フィリ様へ。
 先日の無礼をお許し下さい。私は第四王子の長男・ハラと申します。
 あのあと、父と母、侍従に代わる代わる叱られました。上后の部屋に忍び込むなどあってはならないと。一緒に遊びたかっただけです。とても愉しかった。
 ぜひお茶会へ参加させて下さい。私はまたホットチョコレートが飲みたいです。お茶菓子は、この前食べたビスケットがいいです。



「アイラ、この前の塩の効いたビスケットはまだ残っているか?」
「あと一箱ございますよ」
「お茶会用に取っておいてほしい」
「かしこまりました」
 大人たちから一生懸命教わりながら書いたのだろう。大人びた文章力と、ときおり見える子供らしさが入り交じって微笑ましい。
 二枚目の手紙は、ハラが書いたものではなかった。



──上后・フィリ様へ。
 息子の数々の無礼を、どうかお許し下さい。第四王子の上后でございます、リンメイと申します。
 フィリ様、息子をお茶会へお誘い下さり、まことに感謝を申し上げます。ハラはとても喜んでおります。お茶会へお誘い頂くのは初めてなことです。母の私がお茶会へ参加いたしますと、いつも羨ましい、僕はつまらないと話していました。
 不躾を承知の上でご相談がございます。実は──。



 二枚目の手紙をヴァシリスに見せた。上后自らヴァシリスにも見せてほしいと書いてあったからだ。わざわざそのように書いたのは「信頼しています」という証なのだろう。
 要約すると、ハラは体長が悪くなるときがあり、もしかすると毒を盛られているのではないか、という話だ。
 薬や毒の知識があるフィリに、ハラを注意深く見てほしいと彼女の願いが綴られている。
「お会いしたこともなく、それでも僕に頼んできたんだ。しかも本来なら上后に話す内容ではない」
 信用できるかどうか判らない相手に、きっと藁を掴む思いだったのだろう。この話を受ければ、第四王子へ話が届き、ヴァシリスとの間に繋がりが生まれる。少なくとも敵にはなりにくくなる。
「受けるよ。力になれるか判らないとは添えておく。そもそも僕は医者ではないしね。この前、スコールに当たったとき、ハラの顔色や唇が悪く感じたんだ。いきなりの豪雨に当たったせいだと決めつけてしまった」
「無理はするなよ。それと、俺からも了承を得たと書いておいてくれ」
「判った」
 ヴァシリスにとっても、敵を作らないのは重要なことだ。
 ハラのためでもあるが、ヴァシリスのためにもなる。



 初めてのお茶会は、後宮内の庭園で開かれることとなった。
 準備の最中から誰が開くのだと持ちきりだった。
 フィリが現れたときは目を奪われる者、悔しさで目を逸らすものと様々な反応を見せた。
 お茶会の相手が現れたときはどよめきが起こるが、フィリは我関せずと、ハラに向けて椅子を勧めた。
「こ、このたびは……お招きいただき……、」
「堅苦しいのはいらない。この前のように、お茶もお菓子もお腹いっぱいに食べてもらいたいだけだ。さあ、座って」
 身分を聞かされたのだろう。可哀想なくらいがちがちになっていた。
「あとで一緒にカートゲームでもしないか? ふたりで遊びたくて持ってきたんだ」
「ほんと!?」
「ああ。一緒に遊んでくれ」
 ハラの顔色は良くない。声は元気だが、ときおり空咳をしている。
 むしろスコールの影響ではなく、気づかないうちに毒を盛られているのでは、と疑念が強くなっていった。
 食欲はあるようで、ホットチョコレート、ビスケットはもちろん、小さなタルトにも目を輝かせている。
 彼の首元には、青く煌めく宝石が並んでいる。前回、つけていなかったものだ。
「ハラ、そのネックレスはどうしたんだ?」
「これ? キャラバンで買ったんだ。どうして?」
 年相応なものにはあまり見えなかった。ハラの性格的に、宝石が欲しがるとは思えない。
「前に会ったときはつけていなかったから、珍しいと思っただけだ。キャラバンか。羨ましい」
「フィリも正式な后になったんだから、次来たときにいろいろと買い込めばいいよ」
 あのヴァシリスのことだ。フィリがねだればなんでも買おうとするだろう。
「すごく高かったんだけど、値段はぐんと下げてくれたんだ。確か、半額以下で」
「半額以下? そんなに? 最終日にでも行って売れ残っていたのか?」
「行ったのは初日だよ。いっぱいいっぱいいろんなものがあったんだ」
 侍従を見ると、彼女は困惑した顔を崩さなかった。
 何か言いたげな目で、主とフィリを交互に見やる。
「詳しく話してもらえるか?」
 侍従に声をかけると、彼女は一礼した。
「ハラ様とご一緒にキャラバンへ行ったときです。アクセサリー点で声をかけてきた店主がぜひ見ていってほしいと言い、そこで立ち止まりました。とっておきの商品があると出してきたネックレスで、熱処理をしていない宝石のみで作ったアクセサリーだと、鑑定書付きで見せてくれました。第四王子であるスィル王子は、ハラ様が着飾れるようなアクセサリーを購入してほしいとお達しがございました。ハラ様もこちらが良いと判断され、購入いたしました」
「ハラ、もしよければアクセサリーを見せてくれないか?」
「うん。別にいいよ」
 高価なものだと認識があまりないのだろう。ハラは乱雑に首から抜き、フィリへ渡す。
「フィリって宝石に詳しいの?」
「いや、全然。けれど毒には詳しい」
「え」
 ハラの目はさらに大きくなった。
「安心しろ。飲んだり食べたりしているものに関しては一切入っていない」
「それは大丈夫だよ。フィリはそんなことするような人じゃないし」
 アクセサリーをハンカチの上に置き、宝石を擦ってみる。
「アイラ、水の入ったボウルを用意してくれないか?」
「かしこまりました」
 毒を察知するものはいくつか用意していた。
 フィリは小袋から乾燥させた植物を取り出し、水につける。
 宝石に触れた指を水に入れるが、何も変わらない。
 だが勘が吠えている。このアクセサリーには何かある、と。
「もしや…………」
 新しいアクセサリーとは裏腹に、留め具がやけに古びているのが気になった。
 留め具を擦り、指をつけてみる。するとボウルの中の水がみるみるうちに紫色へと変化した。
 辺りからは小さな悲鳴が起こり、アイラは慌ててタオルを差し出した。
「早くお手を」
「大丈夫。それより、見事なネックレスだ。僕も騙された」
「どういうことですか?」
「非加熱で大粒の宝石がついている。当然目を引くのは宝石だ。ネックレスを作るメインのようなものだからな。だから僕も石が怪しいと踏んだ。ところが、石は目を引くための罠で、本物はこちらだ。留め具に毒が隠されている」
 侍従たちは口元を押さえ、お互いの様子をうかがっている。
「毒が塗られているのか留め具を作るときに毒が練り込まれたのかは、僕は専門家ではないのでそこまでは調べようがない。この国でアクセサリー作りに詳しい者はいるか?」
「おります」
「調べてもらうべきだが……」
「憚りながら……こちらは本当毒なのでしょうか? とても、とても信じられなくて……」
 ハラの侍従は声が震えている。
「水の色が変化しただろう。中へ入れたものは母国で育つ植物だ。ハラ、今から僕が入れるお茶を飲んでほしい。とても苦いが、身体の毒素を排出してくれる」
 ハラは賢い子供だった。大人たちの言動を理解し、しっかりと頷く。
「アイラ、準備を頼む。それと第四王子とリンメイ様宛に手紙をすぐに書きたい」
「ご用意いたします」
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