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付き合っていた相手に振られた。されど無情にも朝はやってくる。
プリティでキュートな顔には不似合いな腫れ上がった目とクマが鏡に映る。クマは化粧で隠せるが、目が腫れているのは隠しようがない。それなりに整った顔が自慢の一つなために、気分はだだ下がりだ。それでも職場には行かねばならない。寝不足のためにひどくぼんやりとした頭で、仕事のためにふらふらと王宮に向かった。こんなんでも、俺は国の政治を支える文官だ。
一番乗りで職場に着いて、椅子にどかりと座ってぼんやり窓の外を眺めていると、後輩が元気よくやってきた。
「おはようございまーす。うわ、イリアスさん、明らかに何かありましたってくらい瞼が腫れてるっすよ⁉」
「やあチェスター。良い朝だね。そう、また振られたんだ。こんなに綺麗な顔してて、出世コースを歩いてるのにさ。僕の何が悪いんだろね」
「今度はどういった理由で振られたんすか? 前はたしか、貴族家長男なのに家を継がないっていうのが分かってすぐに振られたんすよね」
「今回は妹狙いだったんだよ。妹と近づきたいがためにバイセクシュアルを騙って俺と付き合ってたとか許せない。もちろん妹に紹介する気も起きない」
自然とため息がもれる。僕はそう、相手を見る目が壊滅的なのだ。
「一人目は玉の輿狙いで、二人目は他の身内狙い……どっちも相手が悪いっすけど、イリアスさんも見る目ないっすよねえ」
「今の僕を正論で殴るな。まあ、そんなわけだから今日は飲みに付き合え」
「嫌っす」
「どうして」
「イリアスさん、酒飲むと面倒っすもん。あー、あいつとか面倒見いいですよ。ハンク。誘ってみたらどうすか」
「ハンクが面倒見良いって? んなわけあるか」
「わかんないこと聞いたら親切に教えてくれたりして、めっちゃ面倒見いいっすけどね。イリアスさん、嫌われてるんすか?」
「そうかも」
「勿体ないっすねえ。ハンクも同性愛者だから気が合うかと思ったんすけど」
「そういう情報、勝手に人に教えたら駄目だよ」
「あいつ結構色んなとこで言ってますよ。聞いたことないすか」
「ないなぁ」
これはもしや、わりと本気で嫌われているのかもしれない。
「おはようございます」
ちょっと気だるげな声が聞こえた。扉の方を向けば、声の主は短めに切りそろえられた黒髪の頭をわずかに下げるようにして、扉をくぐってくる。長身で、そうしないと頭をぶつけてしまうのだ。
「お、噂をすれば。ハンク、今日イリアスさんの飲みに付き合ってあげなよ」
「急ですね。なんでまた」
「振られたんだって」
「また? イリアスさんも懲りないですね」
「いやもうさすがに懲りた。しばらく恋人つくるのはやめるつもり。でもなあ、夜が寂しいんだよ。セフレでも作ろっかな」
ハンクは眉をひそめた。
「そういう軽薄なところが駄目なんじゃないですか」
「僕だって基本は一途だよ。それなのに報われないなんて、軽薄にだってなりたくなるよ。正直者が馬鹿を見るなんて阿保らしいじゃん」
「感情に任せた判断なんて、碌なことになりませんよ」
「もうどうなったって良いよ。そういえばなんだっけ……文書管理課にさ、手が早いおっさん、いるらしいじゃん。若手の男ばかり狙ってるっていう噂の。声かけたら相手してくんないかな。三十近いと無理かな……」
チェスターとハンクは苦い顔をした。
「じ、冗談、冗談。あははは」
わりと本気だったのだが、あまりにも二人が引いていたので冗談を装った。今のは良くない。上司の恋愛事情なんか聞いてもいないのに、べらべらと話される身にもなってみろ、と自分に言い聞かせる。
「ほんとに冗談だから、引くなって。ごめんね、聞きたくもない話聞かせちゃって」
「わかりました。俺が今日の飲み相手になりますから、あのおっさんに声をかけるのだけはやめてください。いいですね?」
滅多に感情的にならないハンクが、肩を強く掴んでくる。よっぽど嫌だったらしい。
「ははっ、嫌いな僕の飲み相手になるって? そんな無理すんなって。自分の機嫌くらい自分で取るよ」
顔を上げれば、表情の固まったハンクが目に入る。
「俺がイリアスさんを嫌い……?」
「いやだってハンク、いっつも何か聞くとき僕じゃなくて、もう一人の責任者のラルドに話しかけるし、僕にだけなんか素っ気ないし」
掴まれた肩に乗る手を払いのけてもなお、ハンクは固まって立ち尽くしていた。
「イリアスさんはラルドさんよりも忙しそうなので。あと、俺が素っ気ないのはいつものことです。イリアスさんにだけ変えてるつもりはないんですけど」
「自覚なし? そういうの意外と分かるもんだから、他の人には気を付けなよ」
「いやほんとにそういうつもりはなかったんです。不快にさせていたみたいで、すみません」
「僕は全然気にしてないけどね。誰にだって苦手な人の一人や二人はいるだろうし……ちょっとチェスター、なんで笑うの」
「いや、なんかおかしくって……ははっ。まあせっかくハンクが飲み相手になるって言ってるんすから、あのおっさんに声をかけるのは一旦踏みとどまってもいいんじゃないすかね」
「まあ、ハンクが本当にいいなら相手になってもらおうかな」
「俺は全然構わないんで、一旦踏みとどまるとかじゃなくて、今後一切、あのおっさんに声かけようとしないでください」
「そんなに難アリなんだ」
そこまで言われると逆に気になる、という言葉を飲み込んだ。
「さ、仕事始めなきゃ」
チェスターもハンクもそれぞれの仕事場に向かった。
僕の仕事は山のようにある。
「イリアスさん、これ……」
「ああ、それは僕の机の上に置いといて。片付けておく」
「他の部署からの依頼なんですけど……」
「ああ、これね。ちょっと相談行ってくる。あー、もう僕、人気すぎて参っちゃうな」
他の部署での話し合いが長引いたせいで、休憩時間が犠牲になった。
「イリアスさん、まだ一時間休んでないじゃないですか」
ハンクがしかめっ面で聞いてくる。
「僕がどんなに仕事早いって言っても、今ここで休んだら飲みの約束に間に合わなくなりそうでね」
「飲みの時間なんかいくらでも遅くなっていいですから、しっかり休んでください」
「短い限られた時間の方が集中できるだろ? 短い時間の方が集中して休めるんだよ」
「もう俺からは何も言いません。倒れても知りませんから」
なんだかまた嫌われてしまったような気がする。ただでさえ今日の気分は悪いのだが、気持ちがさらに沈み込みそうになる。でも今この場での自分は「優秀で顔もそこそこ良くて頼りになる上司」だ。落ち込んでるところを見せるわけにはいかない。それは朝の短い間だけで終わらせたのだ。
プリティでキュートな顔には不似合いな腫れ上がった目とクマが鏡に映る。クマは化粧で隠せるが、目が腫れているのは隠しようがない。それなりに整った顔が自慢の一つなために、気分はだだ下がりだ。それでも職場には行かねばならない。寝不足のためにひどくぼんやりとした頭で、仕事のためにふらふらと王宮に向かった。こんなんでも、俺は国の政治を支える文官だ。
一番乗りで職場に着いて、椅子にどかりと座ってぼんやり窓の外を眺めていると、後輩が元気よくやってきた。
「おはようございまーす。うわ、イリアスさん、明らかに何かありましたってくらい瞼が腫れてるっすよ⁉」
「やあチェスター。良い朝だね。そう、また振られたんだ。こんなに綺麗な顔してて、出世コースを歩いてるのにさ。僕の何が悪いんだろね」
「今度はどういった理由で振られたんすか? 前はたしか、貴族家長男なのに家を継がないっていうのが分かってすぐに振られたんすよね」
「今回は妹狙いだったんだよ。妹と近づきたいがためにバイセクシュアルを騙って俺と付き合ってたとか許せない。もちろん妹に紹介する気も起きない」
自然とため息がもれる。僕はそう、相手を見る目が壊滅的なのだ。
「一人目は玉の輿狙いで、二人目は他の身内狙い……どっちも相手が悪いっすけど、イリアスさんも見る目ないっすよねえ」
「今の僕を正論で殴るな。まあ、そんなわけだから今日は飲みに付き合え」
「嫌っす」
「どうして」
「イリアスさん、酒飲むと面倒っすもん。あー、あいつとか面倒見いいですよ。ハンク。誘ってみたらどうすか」
「ハンクが面倒見良いって? んなわけあるか」
「わかんないこと聞いたら親切に教えてくれたりして、めっちゃ面倒見いいっすけどね。イリアスさん、嫌われてるんすか?」
「そうかも」
「勿体ないっすねえ。ハンクも同性愛者だから気が合うかと思ったんすけど」
「そういう情報、勝手に人に教えたら駄目だよ」
「あいつ結構色んなとこで言ってますよ。聞いたことないすか」
「ないなぁ」
これはもしや、わりと本気で嫌われているのかもしれない。
「おはようございます」
ちょっと気だるげな声が聞こえた。扉の方を向けば、声の主は短めに切りそろえられた黒髪の頭をわずかに下げるようにして、扉をくぐってくる。長身で、そうしないと頭をぶつけてしまうのだ。
「お、噂をすれば。ハンク、今日イリアスさんの飲みに付き合ってあげなよ」
「急ですね。なんでまた」
「振られたんだって」
「また? イリアスさんも懲りないですね」
「いやもうさすがに懲りた。しばらく恋人つくるのはやめるつもり。でもなあ、夜が寂しいんだよ。セフレでも作ろっかな」
ハンクは眉をひそめた。
「そういう軽薄なところが駄目なんじゃないですか」
「僕だって基本は一途だよ。それなのに報われないなんて、軽薄にだってなりたくなるよ。正直者が馬鹿を見るなんて阿保らしいじゃん」
「感情に任せた判断なんて、碌なことになりませんよ」
「もうどうなったって良いよ。そういえばなんだっけ……文書管理課にさ、手が早いおっさん、いるらしいじゃん。若手の男ばかり狙ってるっていう噂の。声かけたら相手してくんないかな。三十近いと無理かな……」
チェスターとハンクは苦い顔をした。
「じ、冗談、冗談。あははは」
わりと本気だったのだが、あまりにも二人が引いていたので冗談を装った。今のは良くない。上司の恋愛事情なんか聞いてもいないのに、べらべらと話される身にもなってみろ、と自分に言い聞かせる。
「ほんとに冗談だから、引くなって。ごめんね、聞きたくもない話聞かせちゃって」
「わかりました。俺が今日の飲み相手になりますから、あのおっさんに声をかけるのだけはやめてください。いいですね?」
滅多に感情的にならないハンクが、肩を強く掴んでくる。よっぽど嫌だったらしい。
「ははっ、嫌いな僕の飲み相手になるって? そんな無理すんなって。自分の機嫌くらい自分で取るよ」
顔を上げれば、表情の固まったハンクが目に入る。
「俺がイリアスさんを嫌い……?」
「いやだってハンク、いっつも何か聞くとき僕じゃなくて、もう一人の責任者のラルドに話しかけるし、僕にだけなんか素っ気ないし」
掴まれた肩に乗る手を払いのけてもなお、ハンクは固まって立ち尽くしていた。
「イリアスさんはラルドさんよりも忙しそうなので。あと、俺が素っ気ないのはいつものことです。イリアスさんにだけ変えてるつもりはないんですけど」
「自覚なし? そういうの意外と分かるもんだから、他の人には気を付けなよ」
「いやほんとにそういうつもりはなかったんです。不快にさせていたみたいで、すみません」
「僕は全然気にしてないけどね。誰にだって苦手な人の一人や二人はいるだろうし……ちょっとチェスター、なんで笑うの」
「いや、なんかおかしくって……ははっ。まあせっかくハンクが飲み相手になるって言ってるんすから、あのおっさんに声をかけるのは一旦踏みとどまってもいいんじゃないすかね」
「まあ、ハンクが本当にいいなら相手になってもらおうかな」
「俺は全然構わないんで、一旦踏みとどまるとかじゃなくて、今後一切、あのおっさんに声かけようとしないでください」
「そんなに難アリなんだ」
そこまで言われると逆に気になる、という言葉を飲み込んだ。
「さ、仕事始めなきゃ」
チェスターもハンクもそれぞれの仕事場に向かった。
僕の仕事は山のようにある。
「イリアスさん、これ……」
「ああ、それは僕の机の上に置いといて。片付けておく」
「他の部署からの依頼なんですけど……」
「ああ、これね。ちょっと相談行ってくる。あー、もう僕、人気すぎて参っちゃうな」
他の部署での話し合いが長引いたせいで、休憩時間が犠牲になった。
「イリアスさん、まだ一時間休んでないじゃないですか」
ハンクがしかめっ面で聞いてくる。
「僕がどんなに仕事早いって言っても、今ここで休んだら飲みの約束に間に合わなくなりそうでね」
「飲みの時間なんかいくらでも遅くなっていいですから、しっかり休んでください」
「短い限られた時間の方が集中できるだろ? 短い時間の方が集中して休めるんだよ」
「もう俺からは何も言いません。倒れても知りませんから」
なんだかまた嫌われてしまったような気がする。ただでさえ今日の気分は悪いのだが、気持ちがさらに沈み込みそうになる。でも今この場での自分は「優秀で顔もそこそこ良くて頼りになる上司」だ。落ち込んでるところを見せるわけにはいかない。それは朝の短い間だけで終わらせたのだ。
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