2 / 5
2話※
しおりを挟む
どうにか定時までにはやるべきことを終わらせ、ハンクを引き連れて街に出た。ハンクはやはりどこか不機嫌そうな顔をしている。そんなに嫌なら引き下がればいいものを、ここまできて引くに引けなくなってしまったのだろう。
「やっぱ、やめとく? 一日経ったら不満も薄れてきたしさ」
「男に二言はないので」
「難儀な性格してんなぁ。嫌いな食べ物とかある?」
「特にないですよ」
「この店が良いとかは?」
「俺はあくまでもイリアスさんの相手なんで、イリアスさんの好きなお店にしてください」「そう? そしたら……」
選んだのは、大きな仕事をやり遂げた後によく行く、ちょっと良いお店。
「ここ、高いんじゃ……」
「全部僕の奢りだから安心して。付き合ってもらうんだからさ。ここ、個室があっていいんだよ。隠れ家みたいな感じで」
「さすが貴族家出身は違いますね」
「皮肉? 貴族っていってもそんな良いもんじゃないよ」
「俺、マナーとか全然ですけど」
「いいって。個室なんだから僕以外に見る人なんていないし、好きなように食べてよ」
運ばれてくる料理の一つ一つに新鮮に驚いて美味しそうな顔をして食べるハンクが可愛いかったのと、久しぶりの飲酒だったこともあって、お酒は随分と進んだ。
「僕よりできる弟とさ、僕よりずっと可愛い妹がいてさ、僕の存在価値ってなに? って思うじゃん」
「チェスターの言ってた面倒ってこれのことか……。イリアスさん、いつもそんな感じなんですか」
「あえ? 知らな~い。でも、この話を誰かにしたのははじめてかな。どっちも自慢の兄妹だよ。弟が家督を継ぐように父に勧めたのは僕だし、妹を世界一可愛いと思ってるのも僕。でもさ、そしたら僕っていらなくない? って思っちゃうじゃん。そんな時にさ、好きって言ってくれた人がさ、実は僕のことなんか好きじゃなかったなんてさ。もう、嫌になるよ」
「イリアスさん、俺、同性愛者なんですよ。知ってます?」
「うん、今日チェスターから聞いちゃった。ごめんね」
「いや俺は別に隠してないんで良いですけど。そこじゃなくて。こんな個室に連れ込んで、普段は見せない醜態を晒して、どうされたいんですか」
「どうされたいって……?」
伏していた顔をあげる。また不機嫌そうな顔をしているハンクが映りこむ。
「カマトトぶってんじゃねぇよ」
普段、感情の起伏のないハンクの荒ぶった口調に驚いていると、ハンクは僕の顎を掴んできて、気づけば唇を奪われていた。
「んむぅっ」
肉厚な舌が口内を弄ぶように動き回っている。息が辛い、と思い始めたところでハンクの口は離れていった。
「こういうことです。酔った頭でも流石に分かりましたよね? さ、もうお開きにしますよ」
「は、ハンクは……僕とこういうことしたいって思ってくれてるの? 嫌じゃない?」
ハンクは目を細めた。
「何ですか。肯定したら抱かせてくれるんですか」
「だっ……抱いてくれるの? 今から連れ込み宿にでも行く?」
ハンクが息をついて何事かを呟いたが、よく聞こえなかった。ただ、首を縦に振ったのだけははっきりと見えた。
◆
「あっ、あぅっ、 ふ、ふかいとこきてるっ……!」
「先輩、気持ちよさそうですね」
「ん、きもちいい」
「それは何よりです」
普段物静かなハンクは、予想外にも結構がっついてくる。腰を鷲掴みにされ、快感を逃がすこともままならない。シーツを手繰り寄せるが、気休めにしかなっていない。激しいけれど、こんなに求められるのは吝かでない。三十路も間近の男に、若い相手ががっついてくるのは、気分が良い。
「ハンクもきもちいい?」
「良すぎて腰が止まんないんですよ……!」
「んっ、んああ~~っ!」
抜けるかというところまで引いたかと思うと、ばちゅんと奥を突き上げてきた。
「昼間、きびきびと仕事してた人と同一人物とは思えませんね」
「ハンクだって……普段と全然違うっ……」
「俺も男なんで」
「あっ、んんっ……こんなきもちいいの、しらない……っ、ぼくたち、相性よすぎじゃない……?」
「そうかもしれませんね」
「ハンク、ぼくのセフレになってよ。またきもちいいことしよ」
互いに果てると、ハンクは帰る準備をし始めた。
「帰るの?」
「一緒に寝るのは恋人だけと決めているので。俺たちはセフレなんでしょう?」
「恋人だけ……そっか」
「イリアスさんはここで寝ていけばいいですよ。お疲れでしょう。ご無沙汰だったんで、ちょっと制御できませんでした。すいません」
律儀に頭を下げて部屋を出ていこうとするハンク。よたよたと慌てて追いかけて、思わず裾を掴んでしまった。振り向いたハンクは少し驚いた風にも見えたけど、気のせいかもしれない。
「寂しくて寝れないって言ったら?」
ハンクはまた目を細めて、こちらを見下ろした。今日はよくこの表情を見る。注がれる冷たい視線。自分が口走った言葉に、はっとした。
「ご、ごめん! 面倒なこと言って。気にしないで帰って。付き合わせてごめん。また週末明けに職場で」
ベッドに戻って、布団を掻き抱くようにして集めて頭から被った。上司のくせに、情けないことを言って、情けない顔をしている自覚があった。これ以上、みっともないところを見られるわけにもいくまい。しかし、扉の開く音が聞こえてこない。しばらくして、コツコツという靴音がこちらへ近づいてくる。
「イリアスさんが寝るまでは一緒にいます」
ハンクが腰かけたのか、ベッドが沈み込む。
「いいって。寝るまでは一緒にいたのに、起きたら誰もいないなんて、そっちの方が寂しい……」
その後ハンクがどうしたのだったか。強烈な眠気に襲われた俺に、知るすべはなかった。
「やっぱ、やめとく? 一日経ったら不満も薄れてきたしさ」
「男に二言はないので」
「難儀な性格してんなぁ。嫌いな食べ物とかある?」
「特にないですよ」
「この店が良いとかは?」
「俺はあくまでもイリアスさんの相手なんで、イリアスさんの好きなお店にしてください」「そう? そしたら……」
選んだのは、大きな仕事をやり遂げた後によく行く、ちょっと良いお店。
「ここ、高いんじゃ……」
「全部僕の奢りだから安心して。付き合ってもらうんだからさ。ここ、個室があっていいんだよ。隠れ家みたいな感じで」
「さすが貴族家出身は違いますね」
「皮肉? 貴族っていってもそんな良いもんじゃないよ」
「俺、マナーとか全然ですけど」
「いいって。個室なんだから僕以外に見る人なんていないし、好きなように食べてよ」
運ばれてくる料理の一つ一つに新鮮に驚いて美味しそうな顔をして食べるハンクが可愛いかったのと、久しぶりの飲酒だったこともあって、お酒は随分と進んだ。
「僕よりできる弟とさ、僕よりずっと可愛い妹がいてさ、僕の存在価値ってなに? って思うじゃん」
「チェスターの言ってた面倒ってこれのことか……。イリアスさん、いつもそんな感じなんですか」
「あえ? 知らな~い。でも、この話を誰かにしたのははじめてかな。どっちも自慢の兄妹だよ。弟が家督を継ぐように父に勧めたのは僕だし、妹を世界一可愛いと思ってるのも僕。でもさ、そしたら僕っていらなくない? って思っちゃうじゃん。そんな時にさ、好きって言ってくれた人がさ、実は僕のことなんか好きじゃなかったなんてさ。もう、嫌になるよ」
「イリアスさん、俺、同性愛者なんですよ。知ってます?」
「うん、今日チェスターから聞いちゃった。ごめんね」
「いや俺は別に隠してないんで良いですけど。そこじゃなくて。こんな個室に連れ込んで、普段は見せない醜態を晒して、どうされたいんですか」
「どうされたいって……?」
伏していた顔をあげる。また不機嫌そうな顔をしているハンクが映りこむ。
「カマトトぶってんじゃねぇよ」
普段、感情の起伏のないハンクの荒ぶった口調に驚いていると、ハンクは僕の顎を掴んできて、気づけば唇を奪われていた。
「んむぅっ」
肉厚な舌が口内を弄ぶように動き回っている。息が辛い、と思い始めたところでハンクの口は離れていった。
「こういうことです。酔った頭でも流石に分かりましたよね? さ、もうお開きにしますよ」
「は、ハンクは……僕とこういうことしたいって思ってくれてるの? 嫌じゃない?」
ハンクは目を細めた。
「何ですか。肯定したら抱かせてくれるんですか」
「だっ……抱いてくれるの? 今から連れ込み宿にでも行く?」
ハンクが息をついて何事かを呟いたが、よく聞こえなかった。ただ、首を縦に振ったのだけははっきりと見えた。
◆
「あっ、あぅっ、 ふ、ふかいとこきてるっ……!」
「先輩、気持ちよさそうですね」
「ん、きもちいい」
「それは何よりです」
普段物静かなハンクは、予想外にも結構がっついてくる。腰を鷲掴みにされ、快感を逃がすこともままならない。シーツを手繰り寄せるが、気休めにしかなっていない。激しいけれど、こんなに求められるのは吝かでない。三十路も間近の男に、若い相手ががっついてくるのは、気分が良い。
「ハンクもきもちいい?」
「良すぎて腰が止まんないんですよ……!」
「んっ、んああ~~っ!」
抜けるかというところまで引いたかと思うと、ばちゅんと奥を突き上げてきた。
「昼間、きびきびと仕事してた人と同一人物とは思えませんね」
「ハンクだって……普段と全然違うっ……」
「俺も男なんで」
「あっ、んんっ……こんなきもちいいの、しらない……っ、ぼくたち、相性よすぎじゃない……?」
「そうかもしれませんね」
「ハンク、ぼくのセフレになってよ。またきもちいいことしよ」
互いに果てると、ハンクは帰る準備をし始めた。
「帰るの?」
「一緒に寝るのは恋人だけと決めているので。俺たちはセフレなんでしょう?」
「恋人だけ……そっか」
「イリアスさんはここで寝ていけばいいですよ。お疲れでしょう。ご無沙汰だったんで、ちょっと制御できませんでした。すいません」
律儀に頭を下げて部屋を出ていこうとするハンク。よたよたと慌てて追いかけて、思わず裾を掴んでしまった。振り向いたハンクは少し驚いた風にも見えたけど、気のせいかもしれない。
「寂しくて寝れないって言ったら?」
ハンクはまた目を細めて、こちらを見下ろした。今日はよくこの表情を見る。注がれる冷たい視線。自分が口走った言葉に、はっとした。
「ご、ごめん! 面倒なこと言って。気にしないで帰って。付き合わせてごめん。また週末明けに職場で」
ベッドに戻って、布団を掻き抱くようにして集めて頭から被った。上司のくせに、情けないことを言って、情けない顔をしている自覚があった。これ以上、みっともないところを見られるわけにもいくまい。しかし、扉の開く音が聞こえてこない。しばらくして、コツコツという靴音がこちらへ近づいてくる。
「イリアスさんが寝るまでは一緒にいます」
ハンクが腰かけたのか、ベッドが沈み込む。
「いいって。寝るまでは一緒にいたのに、起きたら誰もいないなんて、そっちの方が寂しい……」
その後ハンクがどうしたのだったか。強烈な眠気に襲われた俺に、知るすべはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
使用人の俺を坊ちゃんが構う理由
真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】
かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。
こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ……
※ムーンライトノベルズにも掲載しています
声なき王子は素性不明の猟師に恋をする
石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。
毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。
「王冠はあんたに相応しい。王子」
貴方のそばで生きられたら。
それ以上の幸福なんて、きっと、ない。
パン屋の僕の勘違い【完】
おはぎ
BL
パン屋を営むミランは、毎朝、騎士団のためのパンを取りに来る副団長に恋心を抱いていた。だが、自分が空いてにされるはずないと、その気持ちに蓋をする日々。仲良くなった騎士のキトラと祭りに行くことになり、楽しみに出掛けた先で……。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
おしまいのそのあとは
makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる