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僅かに開いたカーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。見知らぬ部屋に一人。そうだ、昨日ハンクと……。やらかした。完全にやらかした。悲しいかな、全て覚えている。いっそのこと記憶を無くしていた方が嬉しかった。まさか、部下と一線を越えてしまうとは。訴えられでもしたら、否定のしようがない。誘ったのはこちらの方だ。部下と体の関係を持ってしまうなんて、文書管理課おっさんのことを悪く言えたもんじゃない。
週末明けの職場。僕はハンクとの距離感を今まで通りでいることに努めた。
「うわ、イリアスさん、もう相手見つけたんすか?」
「え、なんで分かったの? もしかして、どっかに痕付いてる?」
チェスターがうなじの辺りをを指さす。
「いち、にい、三つくらいすかね、見えてるっすよ。首元隠れる服の方がいいんじゃないすか」
「うわ、本当? 気付かなかったな……そんなしつこく痕を付けるような人じゃないと思ってたんだけど」
ちらりとハンクを見る。今までと変わらない様子で、淡々と仕事をこなしている。
「随分と盛り上がったんすねぇ」
「も、もうこの話は終わり。ほら、さっさと仕事して」
「うぃっす」
盛り上がった。それは間違いない、けれど、寂しさはあまり埋まらなかった。
セフレになってほしいなどと口走ってしまったが、上司と部下だ。二度目はもうない。ハンクも、酔った勢いの言葉のあやだと理解してくれているはずだ。
夜、ひとりぼっちでベッドに入る。布団を被っても、目は冴えたまま。仕事で疲れているはずなのに、眠気がやってこない。
寝たのだか起きていたのだか分からないまま、夜が明けた。空が白んできたことに半ば絶望しながら、眠るのを諦めてベッドを出る。
顔を洗って、鏡を覗き込む。
「うわ、肌の調子わる」
クマを隠すクリームをこんもりと肌に乗せる。肌の調子が悪いから、伸びも悪い。
そんな日が続いていたある日のこと。
「イリアスさん、次、いつ会えますか」
事務連絡以外でハンクから声をかけられた。珍しいこともあるもんだ。
「いつって、毎日会ってるだろ」
「そういうことじゃないって、分かってますよね?」
壁際に追い詰められ、逃げ場がない。こんなときに限って、部屋には僕たちのほか誰もいない。
「な、なんのことだか」
「シラを切るつもりですか? 先輩が覚えてるのは、この前のチェスターとの会話で分かってるんですよ」
「じ、上司が部下に手を出すのはよくないし」
「手を出されたのは先輩の方じゃないですか」
「そういう問題じゃなくて」
「セフレだからって、一回切で捨てるんですか」
「う、うぁ……」
「イリアスさん、もしかして最近ちゃんと寝れていないんですか?」
「三十近くもなれば肌の調子よくないのがデフォルトだよ。そんな近くで見るなって」
「本当にそれだけですか」
口がくっつきそうなほど、顔が近づく。顔の前に手を出して、待ったをかけた。
「は、ハンクはなんでそう僕に拘るんだ。遊び相手にしたって僕以外にいくらでもいるだろ。わざわざ、こんな三十路間近の男を相手にしなくたって……」
「イリアスさんの本質はそれなんですね。いつもは自信があるように見せておきながら、本当は自信がない。まあ、お酒入った時の様子で分かってはいましたけど。大変、可愛らしいと思います」
本当は自信がない。ハンクの言う通りで、何も言い返せない。
「ちわーす、戻りましたー」
チェスターの声が聞こえ、ハンクを突き飛ばす。しかし、チェスターは何かを察したようだった。
「あー、イリアスさんの新しい相手ってハンクなんすか」
「え、えっと……」
「そうですよ」
誤魔化そうと言葉を探している間にハンクが肯定してしまった。
「マジすか」
「まあ、一回切で捨てられそうになっているところなんですが」
「うーわ、イリアスさん、それはないっすわ」
「そ、その気がないのに引きずるよりもよっぽど誠実だ。ハンクなんて、いくらでもモテそうだし、いつまでも俺に付き合わせるのは悪いよ」
「イリアスさんらしくないっすね。いつもは『プリティでキュートな俺に付いてこい』みたいな感じなのに」
「イリアスさんは『俺』なんて言わない」
「ハンクはちょっと黙って。振られたのが続いて自信無くしたんすか」
「まあ、そんなところかな」
「イリアスさん、とにかく今日は飲みに付き合ってもらいますから」
「今日、仕事が立て込んでるから遅くなるよ」
「手伝いますし、いつまでも待ちます」
週末明けの職場。僕はハンクとの距離感を今まで通りでいることに努めた。
「うわ、イリアスさん、もう相手見つけたんすか?」
「え、なんで分かったの? もしかして、どっかに痕付いてる?」
チェスターがうなじの辺りをを指さす。
「いち、にい、三つくらいすかね、見えてるっすよ。首元隠れる服の方がいいんじゃないすか」
「うわ、本当? 気付かなかったな……そんなしつこく痕を付けるような人じゃないと思ってたんだけど」
ちらりとハンクを見る。今までと変わらない様子で、淡々と仕事をこなしている。
「随分と盛り上がったんすねぇ」
「も、もうこの話は終わり。ほら、さっさと仕事して」
「うぃっす」
盛り上がった。それは間違いない、けれど、寂しさはあまり埋まらなかった。
セフレになってほしいなどと口走ってしまったが、上司と部下だ。二度目はもうない。ハンクも、酔った勢いの言葉のあやだと理解してくれているはずだ。
夜、ひとりぼっちでベッドに入る。布団を被っても、目は冴えたまま。仕事で疲れているはずなのに、眠気がやってこない。
寝たのだか起きていたのだか分からないまま、夜が明けた。空が白んできたことに半ば絶望しながら、眠るのを諦めてベッドを出る。
顔を洗って、鏡を覗き込む。
「うわ、肌の調子わる」
クマを隠すクリームをこんもりと肌に乗せる。肌の調子が悪いから、伸びも悪い。
そんな日が続いていたある日のこと。
「イリアスさん、次、いつ会えますか」
事務連絡以外でハンクから声をかけられた。珍しいこともあるもんだ。
「いつって、毎日会ってるだろ」
「そういうことじゃないって、分かってますよね?」
壁際に追い詰められ、逃げ場がない。こんなときに限って、部屋には僕たちのほか誰もいない。
「な、なんのことだか」
「シラを切るつもりですか? 先輩が覚えてるのは、この前のチェスターとの会話で分かってるんですよ」
「じ、上司が部下に手を出すのはよくないし」
「手を出されたのは先輩の方じゃないですか」
「そういう問題じゃなくて」
「セフレだからって、一回切で捨てるんですか」
「う、うぁ……」
「イリアスさん、もしかして最近ちゃんと寝れていないんですか?」
「三十近くもなれば肌の調子よくないのがデフォルトだよ。そんな近くで見るなって」
「本当にそれだけですか」
口がくっつきそうなほど、顔が近づく。顔の前に手を出して、待ったをかけた。
「は、ハンクはなんでそう僕に拘るんだ。遊び相手にしたって僕以外にいくらでもいるだろ。わざわざ、こんな三十路間近の男を相手にしなくたって……」
「イリアスさんの本質はそれなんですね。いつもは自信があるように見せておきながら、本当は自信がない。まあ、お酒入った時の様子で分かってはいましたけど。大変、可愛らしいと思います」
本当は自信がない。ハンクの言う通りで、何も言い返せない。
「ちわーす、戻りましたー」
チェスターの声が聞こえ、ハンクを突き飛ばす。しかし、チェスターは何かを察したようだった。
「あー、イリアスさんの新しい相手ってハンクなんすか」
「え、えっと……」
「そうですよ」
誤魔化そうと言葉を探している間にハンクが肯定してしまった。
「マジすか」
「まあ、一回切で捨てられそうになっているところなんですが」
「うーわ、イリアスさん、それはないっすわ」
「そ、その気がないのに引きずるよりもよっぽど誠実だ。ハンクなんて、いくらでもモテそうだし、いつまでも俺に付き合わせるのは悪いよ」
「イリアスさんらしくないっすね。いつもは『プリティでキュートな俺に付いてこい』みたいな感じなのに」
「イリアスさんは『俺』なんて言わない」
「ハンクはちょっと黙って。振られたのが続いて自信無くしたんすか」
「まあ、そんなところかな」
「イリアスさん、とにかく今日は飲みに付き合ってもらいますから」
「今日、仕事が立て込んでるから遅くなるよ」
「手伝いますし、いつまでも待ちます」
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