忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第3章:忠犬はてんぱいを追って

第39話 バチッ、そして倒れる

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「はぁ~、風呂はやっぱいいっすね~」
「それにしてもクータン!さっきはマジ焦ったからな」

 湯船につかりながら、俺は向かいでちゃぷちゃぷと浮かんでるクータンをじろりと睨む。

「はて、何ゆえ焦ったと申すか?」

 とぼけた表情で耳をぴくっと動かす。

「姉上だよ、あ・ね・う・え!アリスをそう呼んだろ!?」
「ほんそれ!ラクターさんから秘密って言われたばっかっすよ!」

 クータンは湯にぷかぷか浮かびながら、まるで反省の色もなく涼しい声で言う。

「我は予言する者として、その力を先に得た存在を姉上と呼んだまでのこと」
「いや、だから!その呼び方がぁ…」

「やれやれ…」
(まぁ、あれだけでクダンの姉だなんて分かるわけないけどさ)

 俺が肩をすくめたその時だった。

「てんぱい、背中流すっすよ!」

 玄太がにっこり笑って手ぬぐいを手にしていた。

「おう。悪りぃな」

 玄太はタオルを湯に濡らし、俺の背中に泡を立てながらゴシゴシと心地よくこすってくれる。

「てんぱい、ちょっと力強くしますねー」
「はあ~……お前に背中流してもらうのも久々だな」

「たしか、みんなでおやっさんち別荘に行った時っすよね。温泉入る前にスイカ食って!」
「はは!そうだったな。すでに懐かしすぎるだろ!」

 ふたりでクスクス笑っていると、玄太の手がふと止まった。

「あれ?てんぱい、ここ。こんな痣ありましたっけ?」
「ん?どこ?」

「ほらこの、背中の……肩甲骨の間らへん。ちょっと黒くて、でもなんか模様っぽい…」
「模様?」

 俺が少しだけ振り返ろうとした、その時だった。玄太の指先がその痣に触れた瞬間、“バチッ”という静電気みたいな音が弾けた。

「わっ! 今、ビリッときたっす!」
「お、おいなんだ、今の…?」

「っつ~。静電気?っすかね?」

 玄太が指をぷるぷる振りながら、俺の背中を覗き込む。

「…ま、たまにあるよな。乾燥してるときとか」

 そう言いながら、玄太は俺の背中の泡を流し、俺も笑ってその場を流す。

「今時男子はちゃんと保湿っすよ?てんぱい、そういうの疎いからなぁ……」

「黙れって!」

 桶の水をぶっかけたら、玄太が「ひぇぇっす!」ってかわして逃げた。そんなやりとりの中で、なんとなくさっきの違和感も忘れていく。

 そう、俺たちはまだ知らなかった。そのバチッが、後にどんな異変を呼ぶのかなんて。


 *****

「てんぱい!飲むっすか!」
「ナイス玄太!やっぱ風呂あがりは牛乳に限るな」

 パカッとふたを開けて、一気にグビリ。くぅ~…沁みる!どの世界でも、風呂のあとは牛乳が正義だ。

「てんぱい、口に白いヒゲついてるっすよ!」
「ふぉっふぉっ!ワレはミルタン。おぬし、もう一本飲む気じゃな?」

「当たり前っす!そんなの予言じゃないっす!!」
「ふむ。我は今から甘乳パンを食らうじゃろう」

「お前まで乗っかるな!クータン!」

 そんな感じでいつも通りのバカやりながら、ソファでひと休み。

「おかわり持ってくるっす!」

 玄太は笑いながら立ち上がり、いつものように軽やかにキッチンへ向かったはずだった。

 バターン!!

 突如、玄太の体が床に崩れ落ちた。

「おいおい玄太!足でも滑ったか?」

 風呂出てちゃんと足を拭かなかったのか?そう思った俺は冗談半分ぽい声で呼びかけながら立ち上がる。でも玄太からの返事はない。

「ちょ、おい?大丈夫かよ?」

 思わず駆け寄って、倒れた玄太の肩を揺さぶってみても反応がない。

「玄太!おい、玄太ってば!?」

 何度呼びかけても、いつもの「っす!」は返ってこない。目を閉じたまま、ぐったりとしていて、呼吸が…おかしい。

「…ぁ、てん…はぁ…ぁ…」

 かすれた声は弱々しすぎて、今にも消えそうだった。

「おい!しっかりしろ!今部屋で寝かしてやるからな!」

 俺は玄太をなんとかおぶって、必死に部屋へと運んだ。ベッドに寝かせた数分後、騒ぎを聞いたアリスとラクターさんが、バタバタに駆け込むように現れた。

「玄太さん、どうしたの!?」
「わ、わかんねぇ!風呂から出たら急に……い、医者とか呼べねえのか!?」

「おい、アリス!シーダを呼べ!」
「はい!お父様!」

 その後、玄太を部屋に寝かせると、ラクターさんが急いで玄太のおでこや首筋に手を当てた。

「熱はない、脈も大きな乱れはないな。顔色から見ても毒の類ではない」

 首をひねるラクターさん。

(マジで玄太、どうしちまったんだよ…)

 そこへ、アリスがシーダを連れて戻ってきた。

「天貴さん、場所を空けて!彼の魔力の流れを視ます」

 そう言って、シーダが静かに玄太の額へ手をかざした。

「………」
「どうなんだ!病気かなんかか!?」

 焦る俺の声に、シーダが顔をしかめたまま答える。

「原因は分かりませんが、体内の魔力が……恐ろしく濁ってます」
「魔力が、濁ってる?」

「はい。まるで、無理やり流し込まれた魔力が拒絶反応を起こしているような…」
「じゃ、じゃあその場合どうすりゃいいんだよ!治す方法はあるんだろ!?」

 思わず声を荒げる俺に、シーダは一度目を伏せ、そして静かに口を開いた。

「魔力の流れを正常化する導流晶どうりゅうしょうという魔鉱石があります。それがあれば、身体に馴染む魔力の流れを再構築できるかもしれません」

「そ、それはどこにある!露店か?王宮か!?」
「うむ。王宮の研究室にもあるだろうが、今は…」

「そうね、王宮はゲドと帝国の目が光ってるわ」
「っくっそ……肝心な時になんで王国が堕ちてんだよ!」

 こうなりゃゲドも帝国もぶっ飛ばして、ぶんどってやろうかと考えたその時だった。

「導流晶は晴れ知らずの山で発掘できると聞く。洞窟の奥なら確実に手に入るだろう」
「晴れしらず…洞窟?」

 ラクターさんの言葉に、空気がわずかに重くなる。

「うむ。その山は常に豪雨が降りしきっている。例え洞窟の中でも五里霧中だ」
「聞いたことあるわ。その山の上空は絶えず雨雲の集まるらしいの」

「ああ。天貴のスカイリンクで一時的に散らしても、長くは持たないだろう」
「っち、また止まない雨かよ…」

 そのときだった。

「……てん、ぱい……」
「天貴!玄太さんの意識が…!」

 かすかに聞こえた玄太の声に、アリスがいち早く反応した。

「玄太!?聞こえるか、玄太!」

 俺は慌てて駆け寄ると、玄太がうっすらと目を開けていた。熱はないのに、顔色はひどく青ざめている。

「大丈夫か!?どっか痛いとこあるか!?」
「…ん、へへ…なんか、変な夢見てたっす…ごめんっす…みんな、心配かけて…」

 苦笑いを浮かべてそう言った玄太に、俺は言葉が出なかった。

「…ばか、何言ってんだよ」

 ほんのわずかに安堵が広がった、その矢先。

「っ…う、あ……」

 玄太の眉がひそまり、呼吸が急に浅くなった。体がぴくりと痙攣する。

「玄太っ!?」

 シーダがすぐさま駆け寄り、玄太の額から胸元にかけて手をかざした。

「…あら?なに、この波動…」

 シーダが目を細めた。

「胸のあたり…これ、体内からじゃないわ」

 彼女が指差した胸ポケットをまさぐると、出てきたのは小さな赤い石のネックレスだった。取り出した瞬間、石がかすかに光を放つ。

「…ん、なんだっけこれ」

 手の中の石を見下ろして、俺は思わずつぶやいた。

「おい……これは、晴れ呼びの石じゃないか!なぜこの子が!」

 弱った玄太の目に赤い石が映る。

「こ、これ…スイカ畑に埋まってて…」

 そういや玄太、昨日割れたスイカ片付けてたっけ。

「分かった、玄太!もうしゃべるな!」
「しかし晴れ呼びの石は、ゲドが持っていたはずだ!」

「はっ、まさか!襲撃のとき、急に天貴さんが雨を呼べなくなったのって…!」

 シーダが何かに気づくと同時に、察したアリスの声が震えた。

「雨を呼べないように仕組んで、農場を火で襲ったってことね…ほんと、卑怯なやつ」

 手の中の赤い石が、今は静かに光っている。

「ゲド……皮肉だよな」

 俺はゆっくりと立ち上がり、石を握りしめながら口を開いた。

「ムカつく野郎だけど、今回はやつに感謝しなきゃな」

「…え?」

 アリスが振り返ると、俺はほんの少しだけ呆れ混じりに笑った。

「こいつがあれば、晴れ知らずの雨を止めて、その洞窟に入れるんじゃねぇか?」

 その言葉に、みんなの視線が一斉に集まる。

「スカイリンクでも晴れは長く持たないって場所だろ?」
「そうか!この石を山に埋めればこいつが勝手に雨を止めてくれるって事か!」

 俺の思い付きに、部屋の中に少し希望の足音が近づいた。


 *****

 そしてリビングでは、早速アリスと俺が出発の支度をしていた。

「すまん。俺ぁ今、農場を空けるわけにゃいかねぇ」

 コンバインさんが俺に申し訳なさそうに呟いた。

「いえ、当然です。玄太の事、頼みます!」
「玄太の事はまかせて安心して行ってこい!アリス嬢を頼むぞ」

 俺はコンバインさんに頷くと、ソファにいたクータンに声をかける。

「クータン、なるべく早く戻る」
「ふむ」

 あいかわらず表情に出ないけど、多分あいつなりに心配してくれてるんだろう。クータンに別れを告げ外に出ると、ラクターさんが馬車を用意してくれていた。

「ラクターさん、よろしくお願いします」
「よし。アリス、天貴!出るぞ」

 そして馬車は晴れ知らずの山へ向かって動き出す。ところでその山って……?あぜ道に馬車を揺られながら、ソワソワする俺はたまらずアリスに話しかけた。

「なぁ、その洞窟って広いのか?見つけられそうか?」
「導流晶がある場所は未来視でだいたい把握してる!心配しないで」

「おぉ!カッコつけて出て来たけどさ、ちょっと心配だったんだ!アリスのアストラ、頼もしいな」
「ふっふっふ!まかせなさい!」

「でもさ、視える未来と視えない未来って、どう違うんだよ」
「んー、そうねぇ…」

 アリスは少し考えてから、言葉を選ぶように話し出す。

「天貴はこれから、何時間かかっても導流晶を探す。見つけようとする、じゃなくて必ず見つける気でしょ?」
「ああ。死んでも持ち帰ってやる」

「うん。だからこそ、“手にしてる未来”が視えたのよ」
「なるほど。ってことは俺はいま、やり切った未来に向かってんだな?」

「そう。天貴がそこに辿り着く未来があるから、私はその場面を先回りして視えたって感じかな」

 ラクターさんが、手綱を操りながらうんうんとうなずいているのがチラッと見えた。

「で、そのビジョンが逆に私たちの手がかりにもなるっていう……言葉にすると不思議な感覚」
「なるほど。タイムリープじゃないけど、未来の結果を前借りしてる感じか」

「結果を前借りかぁ。おもしろい言い方ね」
「じゃあさ、玄太が助かるかどうかは視えないのか?」

「それはまだ…分からないわ。見たい未来が視えるわけじゃないの」

 そうか。アリスの意志で視ているわけじゃないんだ。これ、前にも聞いたような気がするな。

「でも、導流晶を手にした瞬間ならひょっとすると…。だから今はそれを目指すしかないわ」

 アリスの言葉に、俺は黙ってうなずいた。そして、馬車の速度がゆっくりと落ちていく。

「む…。山、見えてきたぞ」

 手綱を引きながら、ラクターさんが前を見つめる。

「あれが、晴れしらずの山か」

 馬車から見える空の向こう、霧と雨にけぶる灰色の山が静かに姿を現していた。
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