忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第4章 神の器の奮闘記

第46話 仕込まれた毒

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 旧アグリスティア王国。玉座にわがもの顔で鎮座するゲドの前に、農夫の恰好をした三人の女が、静かに床にひざまずいていた。

「これが、アルカノアの内部です」

 一人が広げた布には、農場の簡易地図と住人の名簿らしきものが記されていた。名前、アストラ、役割。歯抜けながらも、正確すぎる記録。

「主のラクターと娘のアリス。やはりこの親子の統率により保っています」

 ゲドは名簿をじっと見つめながら、ある名前の上に指を置いた。

「こいつ、情報管理だと?ふむ、こいつを抑えて弱点を探れ」
「更なる内部情報をご所望で?」

「いや、とにかく内部を混乱させろ。まずはそれからだ」
「はっ」

 三人は無言でうなずき、ゆるやかに立ち上がると、一礼してその場を去った。


 *****
 
 そしてすでに、彼女たちは農場に潜り込んでいた。
 牛舎、洗濯舎、鶏小屋。それぞれが別の職務に就き、日々の雑務をこなしながら、少しずつ情報を搾取する。今、彼女らの標的は屋敷の一角にある小さな部屋の情報管理室に向いていた。
 そこにいるのは、ひとりのメガネの少女ミミ。

「さ、今日の業務も終わりでふな」
「あらミミ、寮に帰るの?」

「アリス氏、おつかれでふ」
「ミミも屋敷の部屋に移ればいいのに?ライラも喜ぶわよ」

「いいんでふ!ここにいると誘惑が多すぎて…」
「誘惑?まぁ、気が向いたらいつでも言ってね」

 そしてミミはノートを抱えて、まっすぐ自分の寮へ向かっていた。まるで命の次に大事なもののように、それを肌身離さず抱えている。 

「ねえ、あのノート…」

 洗濯物を干しながら、一人の女が目線を逸らさずに呟いた。

「あれが、情報管理の心臓か」
「中身を見れば、農場の弱点がわかるかもね」

 もう一人が、鶏小屋の影から小声で応じる。

「…抜ける。あの子、警戒心は低い」
「問題はノートをどう奪うか」

 三人目の女が、畑の片隅で道具を整えながら言った。

「いいえ。奪う必要はない。見ればいい。撹乱するネタさえ見つけちまえば、ね」

 風に揺れる農場の空気の中、日常に溶け込んだ“異物”が静かに牙を研いでいた。

 一方、本人はというと――

「むふ、今日も新ネタいっぱいでふな♡」

 ちょうど、洗濯舎の前を通りかかった、そのときだった。

 ――バシャッ!

「きゃっ!?あっ、ごめんなさいっ!」

 洗濯桶を抱えた女が、わざとらしく体勢を崩してぶつかってきた。ミミの胸元から、ノートがポトリと落ちる。

「あわっ!だ、大丈夫でふか!?びちょびちょでふ」

 ミミは慌ててハンカチを取り出し、濡れた女を心配そうに拭きはじめる。その隙に鶏小屋の女がわざとらしく近づいた。

「あら?落とし物、ですね」

 その女は音もなく近づき、地面に落ちたノートを拾い上げる。その瞳が一瞬淡く光り、アストラ【速読】が発動した。

(コンバイン氏に恋のライバル登場!?…なによこれ!?)
(ラクター氏、強引に天貴の服を脱がせる!…え、ちょっと気になるわ)

 天貴氏、神の器!?神に匹敵する力!?

「……これだ」

 ページを一切開かず、ただパラパラっとなぞっただけのように返されたノート。

「あっ、ありがとう…って、もう乾いてるでふ!?」
「あ、ああ!これね、風が吹いてたから!」

 女たちは軽く笑い合いながら、その場を離れていく。その背中を見送るミミは、何も気づかない。その数時間後には、農夫たちの間に“ある噂”が、静かに、確実に広がり始めていた。


 *****

 そして、翌朝。

「なあなあ聞いた!? 屋敷にいる天貴さんって、神の器なんだってよ!」
「マジ!? あの空操るスキルって、ただのアストラじゃなかったのか!?」

「ラクターさんが極秘に調べてるって、マジなやつじゃん!」

 誰が言い出したかもわからぬまま、噂は寮内に、畑に、牛舎に、そしてやがて天貴の耳にも届いた。

「…はぁ?」

 突然、「神の器の人」と噂になった俺は、朝食のパンを片手に固まっていた。

「俺が神の器って!?ななな、なんで?」
「天貴、ちょっと来い」

 パンを片手に固まっていた俺は、ラクターさんに有無を言わさず引っ張られ、屋敷の中にある彼の部屋に連れてこられていた。広くはないが、几帳面に整えられた空間。机には整理された文献が積まれ、壁際には弓のメンテナンス道具が並ぶ。そんな中、ラクターさんはゆっくりと椅子に腰掛け低い声で言った。

「あの日の話が、漏れている」
「え!?でも、俺じゃないっすよ!?誰にも話してないし!」

「分かっている。だが、“誰かの耳”があった可能性は否定できない」

 俺の心臓が、ドクッと跳ねた。まさか、とは思った。でも、もしかして。とその時だった。ノックもせずに扉がバンッと開く。

「突然すみません!聞いてましたでふ!天貴氏、ラクター氏!」
「ミ、ミミ!?」

 乱入してきたのは、髪をくしゃくしゃに乱したメガネの少女。ゼェゼェと息を切らしながらも、彼女はしっかりと、一冊のノートを胸に抱えていた。

「噂…おそらく、私のせいでふ!」
「ミミ…やはり、聞かれていたか」

 ラクターさんの言葉にミミは首を激しく振る。

「ちが、ちがうんでふ!わたし、あの夜、エコーハントを使ってしまったのは事実でふ。でも…!」

 彼女は手に持っていたノートをぎゅっと握りしめた。

「ノートに、ちょっとだけ書いただけで誰にも見せてない!読ませてない!誰にも共有してないでふ!」
「なら、なぜそれが広まった?」

 ラクターさんの声は低く冷静だ。でも怒っているわけじゃない。あくまで、事実を求めている目。

「わからないでふ。でも、落としたりはしてない。肌身離さず、ずっと…」

 ミミの手が、ぎゅっとノートを抱きしめる。俺は、その姿を見て静かに言った。

「ミミにも気づかれず見られたってことか。誰かに…」

 ラクターさんが黙って頷く。ミミは膝をついて震える声で言う。

「天貴氏!ほんとに、ごめんなさいでふ!」

 俺は少しだけ間を置いて、肩をすくめた。

「まあ、俺は“神の器”なんてたまじゃないしな。でも、誰が噂を流したのかは突き止めよう!」

 ミミは何度も強くうなずいた。

「ミミ!協力してくれ」
「もちろんでふ!必ず犯人を特定してみせまふ!」


 *****

 アルカノア農場で、意図せぬ方向に広がっていく神の器伝説。そして、それを遠くから冷ややかに見つめる三人の女たち。

「…動き出したわね?ちょろい人たち」
「人が持つ小さな不安、それをちょっと刺激すれば、こんあものよ」
「この農場、ダストラが多くて操りやすいったらない」

 こうして、アルカノアの日常は、静かに、だが確実に揺るぎ始めていた。


 *****

「うん……?」

 玄太はゆっくりと目を開けた。まだ少しぼんやりしているけど、体は軽い。

「あ、治った」

 すっかり元気を取り戻した玄太は、布団ごとベッドから飛び起きた!

「てんぱーい!!おれ、HP全快っすよ!」

 天貴の姿を探して、部屋の中をバタバタと駆けまわる。

「持ちなおした途端、ぬしは騒がしいの」

 布団の中から、クータンのクレームが飛び出した。

「クータン!てんぱいはどこっすか!」

 しかしその問いに、クータンはふと目を細めて天を仰ぐ。

「禍事が…そこまで迫っておる」
「なにそれ!? どういうことっすか!?」

 玄太はクータンを野菜かごで背負うと、勢いよく部屋を飛び出した。

「…なんか、騒がしくないっすか?」

 屋敷の外に出ると、朝の農場がやけにざわついていた。騒がしい人達をたどっていくと、いつしか農夫たちの住む寮にたどり着いていた。

「天貴って子、実は“神の器”なんだって?」
「……は?」

「じゃあ、神の力でこの国を取り戻してもらおうよ!」
「え、何言ってんすか?」

「神の器なら弱者を助けるのは当然だろう!?」
「いやいやそれは違うだろ!!」

 ツッコミかけた玄太だったが、どこを歩いても「神の器」ワードばかりが耳に入ってくる。

「なにこれ。てんぱい、どうなっちゃったんすか?」

 混乱する玄太の後ろで、ぴょいっとクータンが顔を出す。

「騒ぎが広がっとるの」
「いやいや、他人事みたいに! こっちは心配してんすよ!」

 両手を腰に当てた玄太の目がキラリと光る。

「よし、調査っす!おれがぜってー真相を突き止めてみせます!」
「ふむ、隠密のまねごとか」

「てんぱいに変なこと言ったやつ、全員正座っす!」

 野菜かご in クータンという相棒を連れ、玄太は農場の中を駆け出した。

「てんぱい異世界探偵・玄太!出動っす!」
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