忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第4章 神の器の奮闘記

第51話 てんぱいの背中 前半

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「おれの肩、良い枕になるでしょ?」

 肩に感じる重みにじんわり浸る玄太。

「ずっとこうしてていいっすよ!てんぱいの専用肩なんで!」

 でも、突然スッと立ち上がったその後ろ姿は暗いほうへと歩いていく。

「あ、行くんすか?待って、おれも行く!」

 しかし、その背中は玄太を待つことなく、どんどん進んで行く。

「え、あれ、立てない!?ちょっと待ってて!」

 何も言わないその背中は一度も振り返ることなく、やがて見えなくなった。

「あれ、なんで?ちょ待っ…」


 *****

「待ってってば!!」

 玄太は跳ね起きた。心臓がバクバク暴れ、汗がダラダラ流れてる。

「あ、玄太さん」

 声をかけたのはアリスだった。

「あれ…おれ…?」
「天貴の看病中に、玄太さん寝ちゃったから」

 玄太の横ではクータンがくっついてスヤスヤ眠っている。

「夢かぁ…良かった…」
「怖い夢、見た?」

 アリスの声は優しかったけど、玄太は答えなかった。さっき見た夢の、てんぱいの後ろ姿が引っかかって、言葉にしたくなかった。

「あ…!てんぱい!てんぱいは!?」

 アリスはうつむいて小さく首を横に振った。

「天貴はまだ眠ってる…」
「はぁぁぁぁぁ」

 これでもかってくらいのため息をついて、玄太はベッドから立ち上がる。

「クータァン…てんぱい、どうなっちゃってるんすかぁ?」

 そう聞きたくて、思わずクータンのお腹に手が伸びる。するとその時、勢いよくドアが開いた。

「ごめんなさい!遅くなりました!」

 ドアが開き、ラクターさんに続いてシーダさんが入ってきた。その後ろには、なぜかコンバインさんまでちゃっかりついている。

「シーダ、はやく天貴の背中を見てやってくれ!」

 そう言うと、ラクターさんはてんぱいのツナギに手を伸ばした。

「ラクター隊長!おおお、おれがやります!」

 玄太は慌ててベッドの前を陣取り、ツナギのチャックを緩めて肩の上からツナギを脱がせる。その背中に浮かび上がるのは、天秤のような形をしたほんのり赤みを帯びた痣。

「玄太君、シーダ!その痣には触れるなよ?」

 シーダさんは頷くとベッドに駆け寄り、真剣な表情でその刻印に手をかざす。小さく息を吸い込み、体に流れる魔力の気配を探るように目を閉じた。

「なに?これ、玄太さんの時に感じた違和感に似てる…でも、なんか違う…」

 言葉を濁すシーダさんの顔が、少しだけ険しくなる。

「ならだ、玄太君が倒れた事となにか関係が!?」

 ラクターさんの声に皆が玄太をまっすぐ見つめる。

「あ、あの…おれ実は…」

 玄太は少し手を挙げて、脱がされた天貴の背中を見つめながら静かに呟いた。

「おれが倒れる前、風呂でてんぱいの背中を流してて…その痣に触っちまったんです」

「なに…?触れた?」
「そしたら急にバチってなって…」

「魔力の干渉か。嫌な予感がしてたが…やはり、な」
「あのおれ、知らなくて!」

「うむ、だろうな」
「でもてんぱい、前はこんな痣なかったのに」

 誰よりも近くにいたはずの自分が、てんぱいの異変に気づけなかった。その悔しさが、言葉の端ににじんでいた。

「でもよシーダ。玄太ん時と同じように導流晶で治らないのか!?」
「うん…似たような魔力の気配は感じる。でも症状が全然違うの」

「シーダ、どういう事?」

 アリスも理解できないという顔でシーダに問いかける。

「そうね…」

 その問いに、シーダは軽く咳払いをして説明を始めた。

「玄太さんの魔力は透明な緑色。でも、倒れた時は濁った赤い魔力が少し混ざっててマーブル模様だったわ」
「マーブル…こっわ…」

 自分の魔力の症状を言葉で聞いて、なんとなく怖くなる玄太。

「それが、玄太さんの症状。でも天貴さんのは違う。魔力は濁っていない、むしろ澄んでいるわ」
「え!?じゃあ、問題ないんじゃ?」

 申し訳なさそうに首を振るシーダさん。

「ここからは予想の域を出ないけど…いい?」

 玄太は覚悟したように頷いた。

「天貴さんの魔力がもともと青色だったとするでしょ?」

 ラクターさんとアリスは固唾を飲んで聞き入っている。

「でも今はパープル…綺麗に澄んだ、葡萄色よ」

 シーダの言葉に、玄太が目を見開く。

「でも!それって、混ざってるってことなんすか?おれの時みたいに?」
「違うの。混ざってるんじゃなくて溶け込んでるっていうのかな。魔力そのものが変色してるっていうか…」

 言葉の意味が、じわじわと胸の奥に冷たい悪寒を走らせる。

「でもでも!てんぱいの魔力の色が最初から紫なのかもしれないっす!高貴な男って感じっすから!」
「そ、そうね。でも、違うの玄太さん。魔力の色って性別でだいたい決まってるのよ」

「男なら青色や緑色、女性なら黄色か橙色…俺はそう聞いたことがある」

 ラクターさんの言葉に静かにうなずくシーダさん。

「そ、そんな…」
「天貴の青い原色に、赤色が干渉してるのね?」

「ええ」

 静まり返るリビングの中。

「じゃあ、てんぱいはもうイケてるスカイブルーに戻れないんすかぁ?」

 そう言った玄太の声は、泣きそうに震えている。

「混ざってるものなら取り除ける。でも、溶け込んだものは…」

 その言葉にラクターさんが腕を組み、低く唸った。

「近づいているのね?その天秤が示す赤色に…」
「神の、器すか…」

 その言葉に、玄太がきゅっと拳を握った。

「てんぱいは…そんなの、望んでないっす」

 玄太が見つめる天貴の背中の痣が、ぼんやりと赤く脈動した気がした。

「視えない…この件、結末がなにも視えてこないわ…」

 無言だったアリスが珍しく動揺する。

「でもよ?神の器ったって別に天貴は天貴なんだろ?強くなるのは悪い事じゃねぇ!のかも」

 空気を切り替えようとコンバインさんが景気のいい一言を言い放つ。

「古い文献には、こうあった。神と対話し、神の力を行使し、何かを成し遂げる存在と」
「それだけ聞くと、まるで…」

 皆が次の言葉を待った。

「英雄?いや、勇者っすか?」

 玄太の見透かすような言葉に、部屋の中はしばらく静まり返った。

 その時だった。

「否」

 玄太のベッドから突然聞こえたその声に、皆が振り返る。

「勇者ではない。カラミティ・トリガーじゃ」

 クータンが布団にくるまったまま、顔を出して言った。

「クータン!?寝てたんじゃ…!」
「ちょっとクータン!なんすか、その辛味?鳥みたいな名前!」

 玄太が眉をひそめると、クータンは細い目でじっと天井を見上げた。 

「我の口からは言えぬ」
「てんぱいは緊急事態なんすよ!そんなケチはやめるっす!」

「ケチとは否じゃ。言いたいが言えぬ…そう縛られておる」
「縛られてって?クータンあなたは一体…」

 アリスが意を決したように問う。

「我か?」

 その場にいる全員が、クータンの次の一言に意識を集中する。

「我はくだん。神託を告げる者」
くだんってなんだ?…まぁ、普通の仔牛ではないとは思っていたが」

「神託って、神のお告げ?」

 今まで何も聞かずに受け入れてきた‟ふわふわの仔牛”の正体に、誰もが言葉を失った。だが、その静寂を破ったのは玄太だった。

「違う。神託を告げる存在『だった者』っすよ!」

 玄太が前に出て、クータンをかばうように立ちはだかる。

くだんってのは三日で死ぬ運命なんす…でもクータンは、もうずっと生きてる!」

 拳をぎゅっと握ると、玄太のまぶたがジワッとにじむ。

「クータンの中の件はもういない!でも、おれとてんぱいが一緒にいたから、クータンは生きてくれてるんす!」
「もう神とか運命とか、そんなの関係ないっ!大事な家族っすから!!」

 玄太の声が響いた瞬間、静まり返っていた室内で椅子が音を立ててラクターさんが立ち上がった。

「…その通りだ!くだんであったかどうかなんて関係ない!」

 ぽかんとするアリス。誰もが一瞬、言葉を失う。

「アリスが俺の娘であるように、お前たちも、かけがえのない家族だ!」
「お、お父様…?」 

「うっ…俺は今、全力で隊長を抱きしめたい!」

 コンバインさんはすでに感動して泣いていた。すると、クータンはゆっくりとまぶたを閉じて、ぷしゅっと鼻を鳴らす。

「むぅ。家族ふぁみりぃ、か…」

 その声に、少し涙の音が混じっていた気がした。…鼻水かもしれないけど。

「そんで、てんぱいは!おれにとって家族以上の存在!」

 そう叫ぶと同士に、寝ているてんぱいにガバァッとしがみつく。

「こらっ、玄太っ!?痣に触れるぞ!!」

 慌てたコンバインさんが引きはがそうとするも、玄太は意地でも離れない。

「ぐぬぬぬ!離れるもんかぁぁぁ!ずっと一緒って言ったもん!」

 玄太の腕が、一層強く――まるで、てんぱいの命まで抱きしめるように締めつける。

 その瞬間だった。

「……ぅ……」

 わずかに、天貴の喉から声が漏れた。

「て、てんぱい!?」

 玄太が叫ぶ。

「天貴!」
「今、反応した!聞こえたっすか!?ねぇ、返事して!!」

 思わず全員が駆け寄るなか、俺はゆっくりとまぶたを開けようとしていた。
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