忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第4章 神の器の奮闘記

第55話 交渉決裂!?

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「てんぱい!てんぱい!朝っすよ!」
「う、う~ん…もうちょっとだけ…」

 起きそうにない天貴を見下ろして、ニヤッとする玄太。

「もぉ~てんぱい、起きないとこうっすよ!」

 そう言いながら、玄太はゴソゴソと俺の布団にもぐり込んできた。

「う~ん、玄太ぁ~!お、おちるってぇ!」

 寝ぼけた俺は、抵抗するどころか玄太に全力でしがみついてしまう。

「ふおぉぉ…寝ぼけたてんぱい、最高っすぅぅぅ!」

 俺を起こすどころか、顔をうずめて動かなくなった玄太。「てんぱいの匂い全開」で、理性までどっかにすっ飛んだようだ。

 ……コンコン!

「天貴!玄太さん!準備できてる!?」

 ガチャッ!アリスが勢いよく扉を開けた。この農場の人はどうもノックの返事を待てないらしい。そしてアリス目に飛び込んできたのは、ベッドの上で玄太を抱きしめながら寝ぼける俺。

「ち、ちょっと!玄太さんは抱き枕だったのかしら!?」 

 そして、その音にビクッとして固まる玄太。

「二人とも!!今日は大事な日なのよ!!早く準備しなさ~い!」
「っふぁ!!?」

 そんなアリスの声で目を覚ました俺は、バツの悪そうな玄太の顔とゼロ距離で目が合った。

「あ…て、てんぱい、おはよっす」
「お…?おう…」


 *****

 アリスの運転する馬車は、カラカラと車輪を響かせながらのんびりとアルカ山へ向かっていた。まだ少し寝ぼけた俺と、朝からやけに元気でウキウキの玄太。そしてその膝の上にはおなじみの黒い仔牛。

「姉上、甘乳パンを忘れてはおるまいな?」

 野菜かごにちょこんと入ったクータンが、小さな前脚でランチボックスを指差す。

「ふふ!いっぱい入れたから安心して!」
「ふむ、ぬかりないのじゃな」

「ってか、クータンまでついてくるなんて珍しいっすね!」

 笑いながら言う玄太に、俺も納得。

「だな。今までこの手のイベントには、ぜったい留守番だったじゃん。どういう風の吹き回しだ?」
「ふむ。この度、人外との交渉と聞けば、我も人外なる存在。役に立つこともあろう」

 クータンはいつものドヤ顔で胸を張っている。でもその言葉の奥には、なにかもっと深い考えがある気がする。アリスと同じ“予言サイド”として、アルカに何か思うところが!?

「して、姉上。ランチタイムは何刻に開かれる予定じゃ?」

(……前言撤回)

 アリスがくすっと笑って、風に髪をなびかせる。

「さあ~?交渉次第ってところかしらね」

 その横顔はいつもよりちょっと頼もしく見えた。

「確かに相手が風ってんなら、クータンの変な風の吹き回しも役に立つかもな」

 我ながら上手い事言ってしまった。

「風には風っすね?てんぱいが冴えてるの、珍しいっすね!」
「…ぷっ!ほんとね」

「っちぇ……。バカにしてらぁ」

 冗談交じりに笑う二人をよそに、俺は馬車の進む先のアルカ山の空を見上げた。息を潜めてこっちの様子をうかがってるような、そんな疑心暗鬼に襲われる。

「交渉相手は、手ごわい…か」
「てんぱい。精霊さんと、ちゃんと話せるといいっすね」

 玄太の声はいつもより少し低くて真剣だった。珍しく、緊張してるのが伝わってくる。

「怒らせたくはないし、できれば穏便に済ませたいわね」
「もし怖い風だったら、おれが二人の盾になるっす!」

「いや、風に盾って効くのか?」

 ツッコミながらも、俺はちょっとだけ嬉しくなりつつも、ちょっと心配になった。玄太、本当に盾になっちゃいそうだから、俺が二人を守らねえと…。そんな他愛ないやり取りをしているうちに、馬車は山道の入口へ差し掛かっていた。


 *****

 アルカ山の中腹まで来たあたりで、馬車を一度止めることになった。

「スパイ牛さんが潜入したのはこの先ね。道が狭くなるから、馬車はここまでね」

 アリスが手綱を引きながらそう言った。見上げれば、先の空は雲の色が微妙に違っていた。灰色ってほどでもないけどどこか重く、風の音も耳に残る感じで吹いている。

「さぁ!ここからは歩きよ!」
「たしかにここからは徒歩で向かうしかなさそうっすね」

 そう言って先頭をゆくアリス。玄太もよいしょとクータンを背負い直して、サクサクと深部へ向かいはじめた。

「お、おい!ちょっとまって!」

 俺は、甘乳パンが詰め込まれたランチボックスを持って早々に後をを追った。


 *****

 道なき道を進むと、なんとなく様子が変わってくる。草の色も濃くて少しひんやりしてきた。

「むぅ。風が騒がしいの。精霊の監視下に入ったやも知れん」
「風が警戒してるんすかね…」

「おい…お前ら、それっぽい事言って盛り上げなくてもいいからな?」

 アルカ山デビュー組にツッコミつつ、俺たちは細い山道へと足を踏み入れた。

「いよいよここから先が深部よ! 気を引きしめていきましょう!」
「そ、そうだな…」

 見下ろした景色に見えた崖に、風の精霊に捕らわれたあの谷底の光景がふと脳裏に浮かんだ。

(うわ…高けぇ)

 草むらのざわめきすら自然の音とは思えない。木々の葉が揺れるたび、ビクッと体が反応してしまう。俺、かなりビビってるな…。額にじわりと汗がにじむ中、アリスがふいに足を止めた。

「…開けたわね」

 目の前の木々をすり抜けると、そこに現れたのは広い空き地のようなだだっ広い草原。

「こんな山奥に、すげえ草原だ!」
「綺麗っすねぇ…てんぱい」

 たしかに牛さんが草を喰みに来たくなる気持ちが少しわかる気がする。

「あ!あそこ!祠みたいなのあるわ!」

 アリスが指差す先のその奥には、いかにもって感じの古びた石造りの祠。祠の周囲だけ木がなびく風の流れが不自然で、まるで空気が反転してるかのような錯覚に陥る。

「うわ、それっぽいやつ発見!」
「やつらのアジト発見って感じだな…」

 俺が言葉を飲み込んでいると、不意に強い突風が吹き抜けた。

「っわ!」

 風は俺たちの前で渦を巻き、葉と砂を巻き上げながらその中心に“何か”が現れる。

「おい、見ろ!」

 最初は光の粒が浮かんでいるだけだったが、やがてそれは風の中で形を取り始めた。人型の、けれど人とは明らかに異なる存在。

「来たか!山の精霊…」

 髪のような風の束がたなびき、全身が風と布で構成されたようなその姿。目にあたる部分には、青く発光する模様が浮かんでいた。

《我らの地を踏む人の子よ。ここが禁区と知っての狼藉ですか》

 風の中に、言葉が響いた。

「青い…。アリス!この風、前の奴と違う…!」
「そのようね。でも、初対面の方が話しやすいかも」

 アリスは俺の声にうなずいて一歩前に出る。そして、震える声を押し殺しながら叫んだ。

「アルカ山の意思よ!我らは風との対話を望む者!警戒を解かれよ!」

 その声に、風が一瞬止まる。
 静寂……。そして聞こえてくる風の声。

 《天地の狭間に佇みしその身にて、アルカの風に何を望む?》

 祠の前、風の精霊は俺たちを測るように見つめていた。その問いかけにどう答えるか、全てはここから始まる。アリスと更に一歩前に出て、風の意思を正面から受け止めた。

「私たち人は、草を刈り、花を摘み、木を切る」

 言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。

「けどそれは、共に生きるため。私には、救いたい人たちがいるの!」

 風がそよいだ。さっきまでの冷たさとは、どこか違う気がした。

「そのために私たちに、この山の恵みを!アルカウッドを分けてほしい!」

 アリスは祈るように胸に手を添え、強く願いを込める。しかしその言葉を境に、風がヒヤリと冷たさを取り戻した。

《あれは、我が山にのみ根を張る原初の樹木。持ち出すことは叶わない》

「でも!持ち出した分は必ず育てるわ!株を残し、苗木を植えて、次の世代に繋げていくから!」

 アリスは一歩踏み出すと、まっすぐに風を見上げた。空気が、やわらかくなる。

「あ、あれ?なんか…」

 山の木々が静まり返り、さっきまでうるさかった葉のざわめきも消えている。

「これ、オッケーって感じっすかね?」
「っしぃ!…油断すんじゃねえ」

 ほんの一瞬だけ、希望の手応えがあった気がした。

 けれど。

 ──ズズ……ッ!突如として、別の風が逆巻いた。

「ひぇ……」

 山肌を揺らすほどの強風が左右から迫りくる。

「おいでなすったな…!」

 そして、どこからともなく現れた二筋の旋風が、俺たちを取り囲んだ。

《……領域侵害を検知……》

 気がつけば緑、青、黄色の風の人外が祠の前に集まっていた。

《求める者よ!其方らも戦士で在れば、その力を示せぃ!》

「揃ったって感じか?風の三精霊が……!」

 突如風が一変する。

《……天を操る徒……再来を検知……》

 二つの風が交差し、言葉ではなく圧力で押し潰してくるような気配。その声たちのテンションは、さっきの風の精霊とは明らかに違っていた。

「てんぱい!これ、ヤバくないっすか!?」
「どうも山の風さんは、意見が一致してないようだなぁ?」

 俺はとっさにアリスの腕を引いて、一歩下がる。

《人の子、我ら風の総意……得られず》 

 空気が、一気に冷え込んだ。

「さっきまで穏やかな風だったのに…!」

 アリスの声が、かき消されるほどの突風が吹き荒れる。

《そなたの言葉に、偽りは感じられぬ。されど、風は一つにあらず》
《アルカの意思は多重なる流れよ!一筋縄では纏まらぬわ!》
《天を操る徒よ……内に巣食いし意思……確認を要す!》

「へっ……確認ってどういうことだよ?」

 俺の問いに、風はもう答えなかった。かわりに、三体の精霊が同時に地を這うように低く唸り声をあげる。

《風を鎮められずして、山の恵みを口にするなかれ》

 三体の風が牙をむいた。

「…待って!お願い、話を!」

「やっぱ、こうなるか!鎮めるしか道はねえか?」

 前に出ようとするアリスを腕で制止する。

「てんぱい!」
「アリス、玄太!下がってろ!」

 アリスとクータンを背負う玄太を下がらせて、俺はずいっと前に出た。

《私はアルカの渦風ハリケーン。……私たちを鎮めるだなんて、随分大胆なのね?》
《我輩は、アルカの暴風トルネード!我が風ごときで飛ばされるようなら、帰るがいいわァ!》
《……我、アルカの旋風サイクロン……空に手を伸ばし者……我らに抗う意思を確認する……》

 交渉の場は、今、戦場へと変わろうとしていた。
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