忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第4章 神の器の奮闘記

第60話 テンキの異変

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「天貴さ~ん!種まき終わりました。雨をお願いします」
「わかった!」

 畑仕事と防護柵の補強を同時進行でこなす、アルカノア農場の今の日常。今日も俺は、両手で作ったカギカッコを空に向ける。

「スカイリンク発動…雨!」

 空に光がきらりと瞬いた、その直後だった。

「……あ、れ?」

 ガクッ。フッと足元から力が抜けたかと思ったら、世界が斜めに崩れた。

「え、ちょっ、ウソだろ、また…かよ…」

 視界が、真っ暗に染まる。


 *****


「……ぱい…てんぱい!!」

 誰か呼んでる?

「てんぱい!!!」

 玄太の叫び声と腕のぬくもりが、意識の底から俺を引っ張り上げた。

「あ…?」

 うっすら目を開けると、俺は畑の真ん中で泥だらけの玄太にしがみつかれていた。

「玄太?オレ…またやった?」
「またっす!!!スカイリンク使った直後にバタンって!もうこれ絶対ヤバいっすよ!」

 玄太が涙でぶるぶる震えながら、俺の額を何度もタオルで拭ってる。

「大丈夫!?」

 そのとき、アリスとシーダさんにライラにミミがタオルや水を持って駆け寄ってきた。

「天貴お兄ちゃん…!」
「天貴!?また、倒れたのね!?」

 アリスの声は低く、いつもののんびりモードはどこにもなかった。

 ****

 休憩中の農夫たちが麦茶片手に見守る中、俺たちは日陰へ移動した。俺が倒れた原因を話し合う、緊急女子会の開催だ。

「シーダ、どう?」

 シーダさんのアストラ・エネルスキャンで、俺の体を流れる魔力の色を静かに追う。その表情を見る限り、嫌な予感しかしない。

「うん。やっぱり前より紫が濃くなってるわ」

 シーダさんの指先から走る光の筋が、俺の腕のあたりでわずかに紫を帯びて滲んだ。

「でも、なんで…!?」

 玄太が不安げにシーダさんの顔を覗き込む。

「そこが問題よね…ミミ、記録はどう?」
「はいでふ!」

 ノートを抱えたミミが、パラパラとページをめくる。

「天貴氏が最初に倒れたのは……青い剣を持ち帰った日でふ」
「青い剣…?」

 頭の奥で、稲光と熱風がよぎった。

「あの異常気象の特訓の日か…」
「そうっす!帰りの馬車でバタンっす!」

 玄太の説明に、アリスがゆっくり頷く。

「それだけじゃないっす」

 玄太が指を立てた。

「アルカ山の精霊戦のあとも、同じような兆候があったっす」

「…そうだっけ?」

 言葉のあと、女子会の空気が少し重くなる。

「…そういえば」

 ライラがぽつりと呟く。

「天貴お兄ちゃんが最初に倒れたのって、トマトの日だったと思う」
「初めての美味しいトマトの日ってーと、雨続きの畑を思いっきり晴らした時か!」

 シーダさんが口元に手を当て、なぜか楽しそうに笑う。

「て、てんぱい…おれがいなくて寂しかったんすね…」
「ち、ちげーから!」

 俺たちのやりとりに、シーダさんたちがくすっと笑い、場の空気が少しだけゆるんだ。

「でも、あれも派手に天候を動かした日ね」

 真顔に戻ったアリスが言う。

「…となると、やっぱりそれが引き金かもね」

 シーダさんがうなずく。

「それって、スカイリンクを使うとやべえってこと?」
「うん、原理はわからないけど…」

 アリスの言葉が途切れると、シーダさんが説明をつづけた。

「ひょっとしたら、体内で魔力が作られる過程に問題があるのかも…」
「体内で生成される魔力が赤い成分が混ざるってこと?」

「じゃあ、このままアストラ使い続けたら…」

 誰もその先を言いたくなかった。俺だって聞きたくない。向こうで麦茶を飲んでた農夫たちにも、話の内容はだいぶ聞こえていたらしい。

「けどよ…雨がなきゃ、畑は守れねぇ。それって天貴さんしかいねぇんだろ」

 俺たちの話を聞いていた農夫たちが突然割って入った。

「神の器だったら、いずれ英雄なんだべ?むしろ心配いらねぇんじゃ……?」

 いや、だからその英雄ってなんだよって話。

「だめ!!てんぱいが変なんなっちゃうなら、もうスカイリンクなんて使わなくていいっす!」

 玄太が、俺の肩を強く抱きしめる。

「でも、雨が呼べないんじゃぁ英雄ってより、ただの…」

 農夫のひとりが口を滑らせた。おいそれ言うな。お前が悪いわけじゃねぇけど、それ言ったらダメなやつだろ。口を開こうとしたけど、喉が詰まって何も言えなかった。

「なんすかそれ!!そもそもてんぱいはただの人っすよ!!」
「おい、玄太やめろって…」

 玄太が少し怒りながら反論するけど、農夫の言いたいことも分かる。

「で、でも…今こんな状況だしなぁ。水巻に裂く労力はねえべ…」

 確かに、畑仕事と防護柵の補強を同時進行でこなすみんなにこれ以上の負担はキツいだろう。

「いや。俺、やりますよ。大丈夫、今度は倒れないから」

 自分の口から出た言葉に、何の根拠もなかったけど、とりあえずこの場をおさめたかった。

 そのとき。

「じゃあ、オレが水やるっす!」

 玄太が、突然立ち上がった。

「オレが、てんぱいの代わりに全部水撒きするっす!」

 その声は震えてたけど、目だけは真っすぐだった。俺はそんな玄太を見上げて、思わず笑ってしまった。

「っば!こんな広い畑で手作業は無茶すぎるっての、玄太」
「無茶でもやるっす。てんぱいがてんぱいでいられるならおれ、なんだってやるっす!」

 泣きそうな顔で、こんなにまっすぐ言われてどうしろってんだよ。アリスも農夫たちも、何も言えずに黙ってるし。

「…ありがとな、玄太」 

 俺は立ち上がった。ふらついた身体を、玄太が無言で支えてくれる。

「俺もやれること、ちゃんとやるよ。スカイリンクなしでも、な」

 畑の空はまだ中途半端なスカイリンクで灰色のままだ。

「何か対策は考えます!みんなも少し協力してください!」

 アリスが農夫の皆に説明するが、農夫たちは少し不満そうだ。——どうすれば、俺は“俺”のまま、みんなを守れるのか。その答えを探す戦いが、今、始まろうとしていた。

 *****

「なに?天貴のアストラの調子が悪い?」

 俺と玄太は、朝の作業前にラクターさんとコンバインさんに昨日の出来事を報告していた。

「ま、たしかに天貴の雨に頼りっぱなしだったしなぁ!へへっ……俺も反省だな!」

 コンバインさんが、妙に明るい声で頭をかく。

「いや、コンバインさん、俺が無理してただけなんで…気にしないでください!」

 笑ってはいるけど、内心では申し訳ない気持ちが湧いていた。あのとき玄太が抱えてくれなかったら、マジで泥の中で沈んでたかもしれない。

「…こんな時こそ、雨呼びの石でもあればな」

 ぽつり、とラクターさんが呟いた。

「え、そんな便利アイテムあるんすか?」

 玄太が目を輝かせて食いつく。

「ええ。雨呼びの石と晴れ呼びの石っていう、天候を操作する魔道具があるわ」

 シーダさんがテーブルにお茶を置きながら説明する。

「あれにはこの農場もひっかきまわされたのよねぇ」

 いやなことを思い出したようにアリスが苦笑い。たしかにゲドの陰謀で最初はやられたな。でも、晴れ呼びの石のおかげで玄太を救えたんだ。

「それって、どこにあるんですか!?拾えるんすか!?掘れるんすか!?作れるんすか!?」

 玄太がめちゃくちゃ食い気味で前のめり。おい、落ち着け玄太、お前が一番元気だよ今。

「わからん。ゲドから取り上げた晴れ呼びの石は、俺が王に返還したあとに王国が堕ちてるからな……」

 ラクターさんの言葉に、場が一瞬静まり返る。

「しかも、王城が今どうなってるか誰も知らねえんだ…」

 コンバインさんが不安そうにつぶやく。

「多分、ゲドが城主って感じだと思うんだけど…下手すると魔道具の類いは帝国内部に持ってかれてるかも…」

 確かに。王国が堕ちたって日を境に、誰もが農場を守ることに集中し始めたから、詳しいお国事情を誰も把握していない。

「つまり…雨呼びの石がまだどこかにあるとしても、その行方は闇の中ってことか」

 しんと静まるリビングに、ため息だけがこぼれる。

「ところで、晴れ呼びの石の方は、今どこに…?」

 シーダさんがポツリと疑問を投げる。

「あれは晴れしらずの山に埋めて、そのままよ」

 玄太を助けるために、晴れ知らずの洞窟に潜った時だ。

「ん?晴れ知らずの山ぁ…?」

 そのネーミングに玄太が眉をひそめる。なにかひっかかるような顔。

「ほとんど晴れ間が見えない山域よ。山頂に雲がたまりやすくて年がら年中降るの。今は晴れ呼びの石の力で抑えられてるけど…」

 アリスが即答する。

「っすよね?じゃあその山って…雨を呼ぶ何かと、関係あるんじゃないっすか?」

 玄太がそう口にした瞬間、みんなの目が集まった。

「たしかに。あの山だけが極端に雨に選ばれてるみたいな場所だもんな?」
「確かに!その場所そのものが、何か持ってるのかもね」

 シーダさんが静かに言う。

「もしかすると、あの洞窟に雨を呼ぶ力の核になるような、何かがあるのかもしれない?」
「え、それって!!」

 玄太がぱっと顔を上げた。

「雨呼びの石の材料とか、ヒントとか、そういうのが眠ってるってことっすか!?」
「可能性としては、あるわねぇ…」

 アリスは顎に手を添えて考え込んだ。でも、そうと聞いたら、行かないわけにはいかないだろ。

「やれるかどうか、じゃねえよな…やるしかないんだよな」

 そう呟いた俺の横で、玄太が勢いよく拳を握る。

「てんぱい!オレ、いつでも行けます!絶対、何か見つけるっす!」
「だから落ち着けって、まずは色々準備してからな」

 ……とは言ったけど、俺たちの心の中はもう決まっていた。
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