忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第7章:アルカノア農場戦記

第89話 エーテル攻防戦・朝の陣

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【夜・天貴の部屋】

 風呂から上がって、髪を軽く拭きながら部屋に戻る。疲れてるはずなのに、やけに目が冴えて眠れねえ。隣のベッドでは、すでに沈没中の玄太がすやすやモード。そのベッドの隅の窓際で小さく丸まってるクータン。

「なあ、クータン」
「…ふむ。何用じゃ?」

 ゆるりとした声が返ってくる。いつも通りのマイペース。俺は窓を少し開けて、夜の空気を吸い込んだ。草の匂い、虫の音。さっきまであんなに賑やかだったのにな。

「…今日さ。スカイリンク、また使っちまった」
「ぬしの異能じゃろ」

「いや、それは分かってんだけどさ」

 口に出してから、自分でも理由が分からなくなった。

「このまま使い続けたら、俺の刻印って…」

 言いたいことが、ちゃんとまとまらない。でも、ここで黙ってたら、またどっかに押し込んでしまいそうだ。

「…神の器って、この先どうなっちまうんだ?」

 俺の目を見るクータンの表情は変わらない。

「ふむ。神の器ならば、神の入れ物。そういうことじゃろ」

 返事は短くて、なんか不気味だった。

「器は、入れ物?」
「うむ。器には、中身が入る」

「え、中身って俺がいるじゃん…」

 クータンはしばらく黙っていた。

「じゃあ俺がこの先…神になるってこと?」
「ぬしは、ぬしじゃろ。神ではない」

 その言葉に、背筋がひやりとした。

 なんだそれ。まるで俺の意思とは別に、何かが始まるみたいな言い方だ。

「おい、それってつまり、俺が俺じゃなくなるってことかよ?」
「そこまでは、分からぬ。ただ…」

「……ただ?」

「器というものは、何が満たされるかで変わる。水を入れれば冷たくなり、火を入れれば熱を帯びる」

 クータンの声は穏やかだけど、優しくはなかった。現実を、いや、神託をただ伝えるだけって感じ。

「じゃあ、そこに俺に選択肢はあるのか?」
「ぬしはこの世界の神に選ばれてここへ来た。それは向こうの世界でも伝えたはずじゃ」

「そう…だっけ?」

 それ以外に言葉が出なかった。

「ぬしは選ばれた側じゃ。選ぶ立場ではない」
「…そっか」

 神の器ってのは、神のように強い人。そういう存在かと思ってた。でも今、分かりたくない事がわかった気がした。

「要するに俺って、空っぽなんだな」

 思わず出た自虐。でも、本当にそんな気がした。玄太みたいに誰かを真っすぐ好きになれるわけでもない。コンバインさんみたいに仲間のために力を尽くしてるわけでもない。アリスやラクターさんみたいに、農場を守る強い想いも、たぶん俺にはない。

「ふむ。だから選ばれたのかもしれんな」
「…なんだよ、それ。少しはフォローしろよ」

 自分で言っておいてなんだけど、思った以上にズシンときた。空っぽだから器になったんだ。何も詰まってないから、何かが入れられるから。

 ──たとえば、神とか。

 俺は、そっと目を閉じた。もしこの先、刻印が進んで、自分でも止められなくなったら?知らないうちに、俺の中身が“神”にすり替わってたら?もし、“俺”ってものが、どっかに消えてしまったとしても。それでも、忘れたくないものが今はある。朝の畑の空気。美味い飯。収穫を喜んだみんなの笑顔。そんで誰かを守りたいって、心の底から思ったこの気持ち。

(玄太…)

 俺の中に生まれた、本当の願い。それだけは、俺の中の変わらないものとして、ちゃんと残っててくれ。

「来てくれてありがとな」
「……」

「……ふむ。礼は甘乳パンでよいぞ」
「いや、玄太に言ったんだけど!ってか、真面目な流れ返せ!!」

 反射的にツッコんだ俺の声が、夜の静けさに混ざって少し響いた。でも不思議と嬉しかった。

(ああ、まだ俺は俺だ)

 少しずつ、何かが変わってきてるのは確かだ。でもこの感じ、このやりとり。俺の中にある“いつもの俺”が、まだちゃんとここにある。だから、大丈夫だ。まだ、終わっちゃいない。


 ******

 翌朝。俺は布団に包まったまま、ひたすら現実から逃げようとしていた。昨日の疲れが、体の芯まで染みついてる。豪華すぎる料理、王族たちとの応対、リオックの膝。そしてクータンとの夜の会話。全部ひっくるめて、今この布団から出る気力なんて、どこにも残ってなかった。まぶたが重い。体もだるい。もうちょっとだけ…。そんな時、なにか冷たい指先が背中に触れた。

「…ん?なに?あっ…ちょ…!?」

 びくん、と反射的に体が跳ねる。慌てて振り返ろうとする俺の耳元で、寝起きに似合わないキケンな言葉が囁かれた。

「てんぱい、さあ脱ぐっすよ…!」
「…っつ!なに?やめ……んっ…」

「観念しておとなしくするっす!」
「え、玄太!?なんで急にそんな大胆……」

 まだ脳が夢と現実のあいだで迷子してるうちに、俺のパジャマの背中がめくられていく。

「せ、背中の刻印を見るんすよ!昨日スカイリンク使っちゃったんで心配なんす!」
「あ、なんだ…でも待て…あんッ」

 何か変な声出た自分にドン引き。てか玄太、何か鼻息荒くないか?

 ──その時。

 バァン!!

「天貴殿~!朝の見回りに参上しました!」

 リオックが勢いよくドアが開くと、やつの目に飛び込んだ衝撃映像。

 同じベッドの上で密着の背中まくりに、しなだれる俺。まさに、あられもない姿。

「………」

 俺の部屋の時が止まった。

「………」

 布団から半分顔を出した俺と、脱がそうとするパジャマ握ったまま固まる玄太。

「なっ……なんと!?同室ともなれば、これほどまでに破廉恥な行いが許されるのか!!」
「えぇぇ!?いや、ちょっ、違うから!!」

「くっ!なんという羨まし……いや、許しがたき展開!!」

 リオックが手を握りしめ、震えながら膝をつく。

「だから違うっての!誤解を自己完結で加速させるな!!」
「…付き人よ、君を侮っていた!その愛らしく丸っこい姿の内には、かように欲望が渦巻き…!」

「待つっす!本当に違うんすよ!刻印…いや体調チェックで!!」
「なに?器様の体調チェック?」

 うんうんと頷く俺たち。

「ならば、入念にせねばなるまい!」

 リオックも、ふむと真面目な顔で頷いた。あれ、意外とすぐに落ち着いた?

「では付き人が上半身のチェックを!俺が下半身のチェックを引き受けよう!」
「や、やめろぉぉぉ!!」

 俺と玄太、完全シンクロで叫んだ。いや、すがすがしい顔でしれっと爆弾発言すんじゃねぇよ!!

「どさくさに紛れて、なにチェックしようとしてんすか!?」
「何と問われれば、若い男子たる器様!下半身のエーテルの確認をば…」

「は!?」

 俺は反射的に股間を手で覆う。

「エーテルとか言うな!謎の専門用語で包むな!」

 すると玄太が俺の股間をガードするように、スッと体を乗り出してきた。 

「っく!てんぱいのエーテルは俺が守るっす!」
「お前までエーテルって言うな!俺の尊厳の話だ、これは!」

「これは失礼した。では三人での共同作業に切り替えよう!」
「やめろバカぁ!余計に卑猥だわ!」

 朝っぱらから『俺のエーテル』について真面目に議論するのやめろ。

 好きすぎて『触れてはいけない聖域』として、エーテル守護派の玄太。国家的神体として、エーテルを『点検対象』と言い張る欲望のリオック。そして俺は、なぜかその“聖域”を中心に繰り広げられる攻防戦の、哀しき神の器だ。

「だいたい突然来ていきなりエーテル拝もうなんて、欲張りすぎるんすよ!」
「もうやめろっ玄太!エーテルエーテル言うな!恥ずかしい!」

「む…その口ぶり、付き人はもうエーテルを確認済みとみた!」
「まぁ、風呂でチョチョっと…って何言わせんすか!!」

「くっ…これまた羨ましい…!」

 その後も終わらない玄太とリオックのエーテル攻防戦。たかが俺のちん…エーテルにそこまで価値を見出すなよ!

「ったく。リオック初日の朝からドタバタじゃねえか…」
「くぁ…今朝も騒がしいの…」

 流石のわちゃわちゃ安眠妨害で起き出したクータン。

「ぬし、かように興奮して。昨夜の悩みが消えたようじゃの」
「はは…なんかコイツらいるとそれどころじゃねえって感じ」

「ふむ。曇り空が無理矢理晴れたようじゃな」

 それは本当にそう。昨夜クータンと話した「俺の行く末」にモヤモヤしてたのが嘘みたいだ。

「ちょっと天貴!!朝からなに騒いでんのよ!!」

 勢いよく開く俺の部屋のドア。なんで異世界の人はみんなノックしねえんだよ。

「おい、アリス!リオックの野郎なんとかしてくれよ!」
「ん~、彼は勅命でここにいるから、私にはなんともできないわ」

「流石ラクター殿の御息女!話がわかる!」
「んなバカな!!」

 でも、こうやってバカやって、騒いでさ。ドタバタで不安を掻き消してくれるのは正直ありがたい。

「こうなったら…ファランクスだ!」

 そう言ってまくらで股間をガッチリガード。いや、俺まで何言ってんだ。

「そ、それは我が軍の鉄壁ガード!それをされたら破れませぬ!」
「てんぱい流石っす!!」

 俺はまくらで聖域をガッチリガードしながら、心の底から神に祈った。

「頼むから、朝だけでも静かに迎えさせてくれ…」
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