忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第7章:アルカノア農場戦記

第96話 不穏な足跡

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 バタンッ!

 玄太がドタバタと走り去ったあと、俺はしばらくベッドに座って、ボケ~っとしていた。

「……なんなんだよ、まったく」

 布団に置き去りにされたぬくもりが、逆に虚しい。毎朝毎朝「くっつくな!」って怒ってたくせに、いざ隣が空っぽになると……これだよ。

(いや、勘違いすんなよ!?別に寂しいとかじゃないから)

 気を紛らわせるように立ち上がると、俺はブルーストライクを腰に付けて、外へ出た。

 見慣れた畑道、いつもの中庭、朝の作業が始まりかけてる風景。なのに、今日は全部が静かに感じる。

「……はぁ」

 どうにも調子が出ない。なんて考えてた、そのときだった。

「ふんふんふ~ん♪」

 ん?……鼻歌?

 声のする方を見ると、畑の縁で土をいじってるアリスの姿が見えた。
 作業服に袖まくりして、風に揺れる髪。朝の光を浴びて、なんかやたら絵になってる。

「……朝から楽しそうだな」

 つい、声が出てしまった。

「え? あ、天貴おはよ!」

「お、おう。おはよ……」

 アリスはにこっと笑ったけど、その目が一瞬だけどこか遠くを見ていた気がした。

「………?」

 この目。これはアレだ。未来視モード。

「……なんか、視えたのか?」

「うん……。でも……よく分からない……はっきりとは言えない」

 出た、曖昧でイヤな感じのやつ。

 アリスの先見って能力は、未来のビジョンが少し見えるだけで過程は分からないらしい。「こうなるから、こうしろ!」って分かりやすく指示してくれたら……いや流石にそれはチートすぎるか。

「……ねえ天貴。今日の空、ちょっと変な感じじゃない?」

「いや、普通に晴れてるけど?」

「でも……なんか濁った青空っていうか。言葉にできないけど、胸の奥がざわざわする感じ……」

 アリスは空に手をかざす。

「ほら、アカボシが泣いてるような……」

「……おいそれ、めちゃくちゃ嫌な予感じゃねぇか」

 空を見る俺もつられてざわっとする。

「あら?そういえば今日、玄太さんは?」

「ん?ああ、あいつは今朝から買い出し班に混ざって行っちまったよ」

「ぷっ!置いてかれて拗ねてるのね?」

「はぁ!?ち、ちげーし!!」

 反射で否定したけど、なんかもう全体的にペース狂いっぱなしだ。玄太がいないだけで、俺のテンポってこんな崩れんの……?

 ──「てんぱい!今日の作業は……!」
 ──「腹減ったっすね!飯食いましょー!」
 ──「風呂行くっすよ、てんぱい!」

 ……思い返せば、あいつの声で、俺の生活って動いてたんだよな。

 やばいじゃん、俺。よく考えたら、どんだけアイツ基準で回ってたんだよ。

 朝の光はまぶしいのに、風だけが妙に冷たい。

 そして間もなく、アリスの「いやな予感」は思いっきり的中してしまうのだった。

 ***

【アルカノア農場・昼下がり】

 昼の作業がひと段落して、広場にはのんびりした空気が流れてた。

 桶の水で顔洗ってるやつ、昼飯の支度してるやつ、木陰でうたた寝してるやつ。どこにでもある、平和な昼下がりだった。

 ……だった、はずなんだけど。

「……あれ?買い出し班がまだ戻ってきてないよな?」

 誰かの何気ないひと言で、場の空気がピクッと揺れた。

「もう昼過ぎてんぞ?」

「今朝、けっこう早く出たよな?まだ戻らんのか?」

「寄り道してんだろ。干し肉屋に捕まってんじゃね?」

「今日って……三人で行ったんだよな?誰か先に戻ってきそうだけど」

 その言葉に、俺の手が止まる。

(いつもの三人…?)

 いや、今朝は玄太もついてったはず。クータンのカゴを背負って、元気に駆け出していったぞ?

 いやいや、よくある遅れだろ。玄太がはしゃぎすぎて買い食いとかしたりしてさ……。そうに決まってる。

 そう思おうとするけど、なぜか胸の奥がざわざわして仕方なかった。

 そのとき。

「天貴殿、失礼いたします!」

 リオックが広場の端からまっすぐ歩いてきて、俺の前に膝をつく。

「ただいま巡回より戻りましたが、少々気になる報せがございます」

「……え、怖いな。なんだよ」

「本日、小規模な集落で少人数の行方不明が相次いでおります。畑へ出た者が正午を過ぎても戻らず、連絡も取れないと」

「……それ、どこの村?」

「確認できたのは、周辺で三ヶ所。中でも、リューグ村の者たちは港に買い出しに出たまま戻らないと……」

 買い出しに出たまま、という言葉に思わず体が反応した。

(……いや、まさか)

「そこのダストラ二名が、夜明けに仕入れに出たきり、姿が確認されていないとのことです」

 喉が、きゅっと詰まった。

「……今朝の買い出し組が行ったのって、どこだった?」

 俺の問いに、近くにいた農場民が顔を見合わせる。

「たしか……香辛料と塩の補充って言ってたから、シーランじゃなかったか?」

「そこ、港の方だぞ」

 別の声がぽつりと呟く。

 その瞬間、背筋を氷水でぶちまけられたみたいに冷たくなった。

 もしかして。
 
 いや、でも、まさか。

 だけど、港の近くへ向かったかもしれない玄太達が今朝から戻ってない……?

 ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。

「リオック!!港までの一番近いルートは!?」

 自分でも驚くほど強い声が出た。

「はっ!農場を出て、城下方面とは逆の南の街道を進めば急げば!一刻ほどで到着できます!」

「分かった、すぐ行く!!」

「て、天貴殿!?」

 何か事件に巻き込まれてる!?今朝の玄太の顔が、ずっと頭から離れなかった。

 いつもの調子で「てんぱーい」って笑ってた、あの顔。クータンのカゴを背負って出て行った時の朝の光の中の後ろ姿。

「いなくなるなんて絶対ありえねぇ……!見つけるまで、戻んねぇからな、玄太!!」

 気づけば俺は、地面を蹴って全力で走っていた。
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