忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第7章:アルカノア農場戦記

第100話 その時、玄太は 前半

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【早朝・港:玄太視点】

「似たようなデザインの指輪、見つけたっす!」

 玄太は手に提げた紙袋を見下ろして、ニヤニヤが止まらない。

 潮の香り、空を舞う海鳥。今日は天気もいいし、風もあったかい。

(こりゃ、絶対喜ぶっすよ……!)

「クータン、見てください!この指輪、ヤバくないっすか!?」

「ふむ……飾り物か」

「おれがてんぱいにもらった指輪にそっくりなんす!」

(むふふ。これで誓いの指輪交換は完璧……)

「…む?まて、この匂いはなんじゃ!?」

 クータンが何か言った気がしたけど、そこに他のメンバーの声がかぶった。

「おーい玄太~、終わったかー?」

「あ、今戻るっす!」

 大量の塩と香辛料の袋を抱えてるのは、買い出し班の兄ちゃんたち三人。今日は買い出し要員として、この港町に来ていた。あと一、二品見たら帰るってタイミングだったと思う。

 その時だった。

「失礼。少しよろしいですか?」

 通りの角から、黒ずくめの男が現れた。背は高いけど、影が濃い。顔は帽子とフードでよく見えない。でも、声だけはやけに静かで落ち着いていた。

「ダストラの皆さん……ですよね?」

 一瞬、全員の動きが止まった。

「……ああ、まあ。だから?」

 兄ちゃんの一人が応えると、男はふっと微笑んだ。

「あななたちのような方に、よい仕事があるのですが、ご興味は?」

「仕事……?」

「いや、オラたちは仕事でここへ来てる」

「良い主人に仕えてる!職には困ってないさ」

「ほう……。ではその主人の、もっと役に立ちたい、そうは思いませんか?」

「どういうことだ?」

 黒ずくめの男は、口元だけで笑った。

「……奇跡の石をご存じですか?」

「奇跡の、石……?」

 兄ちゃんたちが顔を見合わせた。

「何すかそれ。鉱石の話じゃないっすよね?」

 警戒混じりに問い返すと、男はゆっくりとフードを直した。

「選ばれぬ者にのみ与えられる祝福。……触れた者の中に、アストラが芽吹くこともある、奇跡の鉱石」

「……は?」 

 何を言ってるのか、一瞬わからなかった。けど、兄ちゃんたちの目が変わったのがわかった。

「マジかよ、それ……!」

「アストラが芽吹くって、ほんとにか!?」

「おいおい、俺たちダストラもアストラになれるって事だぞ……?」

 疑いながらも、声に希望が滲んでいた。

 アストラ。選ばれし力。……でも俺たちには、ない。ずっと、ない。だから、ずっと、後ろで見てきた。

(おれでも、てんぱいみたいになれる……!?)

 思わずブローチの入った紙袋を握りしめる。

(いやでも、そんなオイシイ話があるわけないっすよね!?)

「さあ、見ていきますか?」

 男は静かに言った。

「おい、信じるか…?」

「実際に試すだけなら、害はありません。選ばれなければ、何も起きない。ただ、それだけのことです」

「……どうする?」
「見に行くだけなら、タダなんだろ?」
「だよな。俺たち、別にアストラが欲しいからって罪になるわけじゃぁ、なあ?」

 期待半分、疑い半分。でもなんとなく、期待が上回ってる兄ちゃんたち。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっす!!」

 思わず声を張った。おれの中で、何かがチリチリと警鐘を鳴らしてる。やっぱりこんな話、できすぎてる。そんな都合のいいもんがあったら、アリスやラクターさんが知らないはずがない。

「クータン!なんか変っすよね!?ねぇ、クータ──」

 振り返ったその瞬間。背中の籠の中にいたはずのクータンの姿が、ない。

「……え?」

 足元にも……いない。

「く、クータン!?どこっすか!?クータン!!」

 おれの声が、騒がしい港の喧騒にかき消される。おかしい。

「おい、玄太!行くぞ!」

「え、ま、待っ──!」

 兄ちゃんたちは、もう男のあとに続いて歩き始めてる。俺だけが荷物と一緒に取り残されてる。

「てんぱい。おれ、どうしたらいいっすか?」

 ……でも。

 でも、皆が先に行くなら、俺一人残るわけにも……。

「く~~~……よしっ!」

 歯を食いしばりながら、俺は小さく頷いた。

「見るだけなら、問題ないっすよね……?」

 自分に言い聞かせるように呟いて、俺は、男たちの背中を追った。

******

 一方クータンは……?

(ふむ。なんと甘やかな香り……!)

 我は見た。

 我の繊細な鼻孔が、港の一角から漂う、ほんのりと焦げたバターとミルクの香りをキャッチしたのは、つい五分ほど前のこと。

(あれは……甘乳パン……!?いやしかし……)

 買い出し中の玄太の背のかごの中、鼻先をくすぐる誘惑に、我はつい地に降り立ってしまったのじゃ。

 この小さき一歩が、すべての始まりであった……。

(ふむ。すぐ戻るつもりであったのじゃが……)

 クータンは屋台の陰にちょこんと座り込み、目の前の“甘い香りの発生源”を、じっと、まるで獲物を狙う獣のような目で見つめていた。

「男よ。これは、甘乳パンか?」

「うわっ!なんだよ、お前!」

「我か?我はクータン」

「はは!かわいいやつだな!これはマリトッツォっていう異国の菓子だ」

「まりとっと?ふむ!なんとも魅惑的な」

「お前さん、金はあるのかい?」

「否。今からあるじを呼ぶので、我のまりとっとを残しておくのじゃ」

 そして、ふと。

(……ぬ?)

 屋台の裏から通りに戻ったクータンの目に、玄太たちの姿はなかった。

(……おらぬ)

 まばたきをひとつ。その場にぴたりと立ち尽くす。

「……まさか、我は迷子というやつか」

 しばし考え込むように空を仰ぎ、鼻先をふにふに動かす。

「しかし、玄太(スポンサー)がおらねば……まりとっとが食せぬ!!!」

 尾がぶわっと膨らんだ。目がキッと鋭くなる。

 クータンはくるりと屋台に背を向けると、ほんの少し鼻を鳴らした。

「ふうむ。あやつら、変な黒ずくめに声をかけられていたな……」

 ギュルンと地面を蹴り、小さな体が屋台と屋台の隙間へと飛び込む。毛が揺れるたびに、尾がふわふわと追いかける。

 くんくんと鼻を鳴らしながら、かすかに残った玄太の匂いを追って…!

(まったく、手間のかかる奴らじゃ!)
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