忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第106話 誰も知らない場所へ

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 ガキーーーーーン……。

 俺を縛る鎖が、火花を散らしてボロボロと崩れ落ちた。

「……っ、はぁ……っ!」

 肺いっぱいに空気を吸い込むが、足はまだ鉛みたいに重い。膝をついたまま、まともに動けねぇ。

「天貴殿!お身体の方は!?」

 リオックが駆け寄り、片腕で俺を支える。

「……それより!玄太は……どっちだ……!」

「裏手から出た、大きな水の方じゃ」

 クータンの一言で、頭の奥がカッと熱くなる。重たい足を無理やり持ち上げる。視界が揺れても構ってられねぇ。

「くっ、船かよ……!」

「……とすると、すでに海の上。ケツから追っても、そう簡単には追いつけませぬぞ!」

「間に合うかなんて知るか……行くぞ!リオック!肩貸せ!!」

「っは!!このリオックの肩、いかようにも!!」

 その声と同時に、俺はリオックの肩を半ば強引に掴み、地下を飛び出した。玄太を、このまま奪われてたまるか。

「あれだ!赤い帆……帝国の船です!」

 港に飛び出したリオックが、海に目を凝らして叫んだ。

「玄太……」

 靄のかかる水面。その水平線の向こうに、沖へと遠ざかる帝国船。

「げんたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫ぶ声もむなしく、声は波に飲まれていった。

 *****

 ──そのころ、船の甲板。

 玄太は、はたと顔を上げた。

「今、声がした!?」

 風の向こう、かすかに聞こえた気がした。波音に混じって、誰かが叫ぶ声。

「……てんぱい?」

 思わずこぼれたその名前に、胸がぎゅっと締めつけられる。ざわめく波と、軋むロープの音。玄太は必死に辺りを見回した。

「グス……クータン……大丈夫だったかな……?」

 広がる海。背後には無表情の兵士たちが立ち、重たい剣を腰に下げている。逃げ道なんて、どこにもない。

「はぁ……翼でもあればなぁ……」

 声にならない願いが、波間に溶けていく。

 ────どれくらい経っただろう。

 陽はすでに傾き、空が赤く染まり始めていた。玄太は壁際に縮こまり、肌寒い潮風に身をすくめていた。

「……玄太!!無事だったか!」

 不意に声がかかり、顔を上げる。買い出し班のロブ兄ちゃんだった。完全に忘れてたけど、そういえば一緒に捕まっていたんだっけ。

(おれ、最低だ。自分とてんぱいのことで……頭がいっぱいで……)

「みんなは……無事っすか!?」

「何人か殴られたけど、命に別状はない。船内ではみんな雑用してるさ」

 玄太は小さく息を吐いた。

「それなら、良かったっす……」

「そう言えば、地下で誰かが来てくれたみたいだが……あれは天貴君じゃなかったか?」

「え、えっと……」

 思わず視線を逸らす。

「てんぱいじゃぁ……無かったっす」

 あんな酷いこと、てんぱいにはできるわけがない。そう、自分に言い聞かせるように。

 ロブはそれ以上は何も言わず、小さくうなずいた。

「……そうか。なら、似た声だったんだな」

 そう言って、雑巾を絞る手を止めた……が、すぐ隣でもう一人の兄ちゃんがぽつりと呟いた。

「なぁ……俺たち、このまま帝国に連れて行かれるのか?」

「……ちがうな。最初はそう思ってたけど、舵の角度が違う。南に向かってる」

「南?」

「ああ。アグリスティアの東にある岬……あそこに、灯台がある。その方角だ」

 灯台という言葉に、玄太は息を呑む。

「灯台って……誰かが住んでるとか?」

「いや、人の気配なんてねぇ。昔、漁の手伝いで近くを通ったことがあるが、崖と岩場ばかりで、鳥くらいしか寄りつかねぇよ」

「じゃあ……なんでそんなとこに……?」

 誰も答えられなかった。甲板に沈黙が広がる。

「分かんねぇけど、助けが来るのは期待できねぇな」

「でも、一応みんな無事だし……そこは、まだ……!」

「……そうか? でもな」

 ロブはかすかに唇を噛み、声を潜めた。

「誰も殺されてねぇってことは……“生きたまま”連れてくことに意味があるってことだろ」

 ゾクリと、背筋が凍る。わからない。だけど、嫌な予感だけが、濃くなっていく。

(てんぱい……なんか、マジでヤバそうっす……)

 そのとき。

「おい、なにを喋っている!」

 怒声が飛び、ロブ兄ちゃんがとっさに玄太の前に立った。

「す、すみません!すぐ戻ります!」

 慌てて雑巾を手に取って床を擦るロブ。その背中を見つめながら、玄太は固く拳を握りしめていた。

(灯台で……何が始まるんだよ)
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