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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~
第107話 生きたまま運ばれた理由
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【アグリスティア東の岬・灯台地下】
船が、岸にぶつかる鈍い衝撃。
「うっわ……!荒っぽい着船だな」
「……こいつら、海軍じゃねえな?」
揺れが収まると、甲板越しにカモメの鳴き声が響いた。兵士に引き連れられ外へ出た玄太は、目の前の建物を見て、思わず足を止める。
「う、うわぁ……」
岬の突端に、灰色の塔が立っていた。
「こりゃ灯台っていうより……もはや砦だな」
「で、ここが……なんだってんだ?」
ロブ兄ちゃんたちがぼそりと呟き、兵士は無言のまま背中を押す。
「降りろっ!」
訳も分からぬままゾロゾロと下船させられて、塔に導かれる。扉が重く開くと、ひやりとした空気が足元を撫でた。
「うわ……冷た。ここ、本当に灯台かよ」
「灯台は灯台でも、幽霊船用だったりしてな?」
「おい、やめろって」
中は広い石造りのエントランス。天井が高く、声を出せば反響しそうだ。兵士たちは迷いなく隅の螺旋階段へ向かい、全員を下へと促す。
「行け」
「灯台に来たのに……地下なのかよ」
訳も分からぬまま、螺旋階段をぞろぞろと降りていく一行。足音が、壁に反射してついてくる。
「………なんか、臭くないっすか」
「うん?魚の匂いか?」
降りれば降りるほど、空気は湿り、匂いが濃くなっていった。
ギィ……。
錆びた蝶番が悲鳴をあげ、玄太たちは地下室に押し込まれる。一階と似た造りの広間だが、奥には場違いな鉄扉がひとつだけ。
「うっ……きっつぅ!本当に何の匂いだ、これ」
「それに、あの鉄扉……なんなんだよ」
潮や魚の生臭さじゃない。もっと重く、喉に絡みつく匂い。壁も床も黒い染みだらけで、湿り気が靴底にまで伝わってくる。
「ん……?あの扉、ちょっと開いてる……?」
玄太は鉄扉が半端に閉じられていることに気づく。隙間の向こうがチラッと見えた。
ズズ……ズズズ……湿った何かが這うような影。金属の鈍い光が一瞬きらめく。
(……奥になんか、いる?)
だが兵士は無言で扉を閉ざし、視界を断ち切った。
押し込まれた部屋も石造りで、やはり壁も床も黒い染みだらけ。人影はないが、埃を払った跡や壁際の擦れ痕がやけに生々しい。
「……ここ、昨日まで人がいたな」
「………怖いこと言うなって」
誰もが壁際で膝を抱え、目を合わせない。湿った空気に、浅い呼吸音だけが染みていく。
「指示があるまで、ここで待機だ!」
上階への扉が閉じられると、地下室は一気に静まり返った。じっとりした石壁の冷たさが、背中から骨まで染み込んでくる。
「オレたち……何人いる?」
低くつぶやいた男に、部屋の角の隅っこに座るおばさんが指を折って数える。
「十五。あんたらで、ちょうど十五だよ」
「十五人か。この数になんか意味あんのか?」
「やめろって……」
それきり誰も口を開かない。それぞれが壁に腰をかけ、うなだれている。
「あぁ、アストラでもあればなぁ」
「ああ……チカラがあれば、こんなところすぐ脱出できるのに」
その声もすぐに途切れた。代わりに、どこからか水滴の落ちる音が響く。静まり返った空間に、その音が時計の針みたいに何度も響いていた。
*****
どのくらい水滴が落ちただろう。
ふと、通路の奥から鉄の擦れる音がした。全員が顔を上げ、息を止める。
沈黙。
次に聞こえたのは、遠くで交わされる兵士たちの低い声。何を話しているのかは分からないが、笑いはひとつも混じらない。
「はぁ……いつまでこんな所に……」
背中に石の冷たさを感じながら、ついまぶたが落ちた。はっとして顔を上げる。
(……なんだろ? さっきより空間が広く感じる)
ふとよぎった違和感。
「はぁ……気のせいか」
頭を振って、また膝を抱える。
「てんぱいに……会いたい」
てんぱいはまだあの地下にいるのかな。クータンはちゃんとてんぱいの傍にいるかな。
(いや、てんぱいが戻らなければ、農場のみんなが心配して助けに来るはず…!)
そうだ、そうに決まってる。
(でも、あんな路地裏の倉庫の地下なんて、見つけられるかな……うぅ……てんぱい……)
半泣きになりながらぼんやり考えているうちに、刻々と時間が削られていく。次第にまぶたが重くなり、ついコクリ、コクリと舟をこぐ。
バタン…!
「むにゃ?てんぱい?」
扉が閉まった音にハッと目を開けた。
薄暗い部屋をぐるりと見渡すと、妙な感覚に襲われた。目だけで壁際をざっと見渡す。
……部屋の角の隅っこ。
(……さっきまで、あそこに誰か座ってなかったっけ?)
記憶を探ると、指を折って「十五だよ」と数えてくれた、おばさんの顔が浮かぶ。
(あれ……?)
でも、残っている連中は全員顔を膝に突っ伏していて、誰が誰やら判別できない。確かにあそこに座ってたはずなのに。
(……雑用でも頼まれたのかな……そうだよな)
自分に言い聞かせるように、また視線を伏せた。けれど、耳の奥に残った扉の音が、どうにも離れなかった。
船が、岸にぶつかる鈍い衝撃。
「うっわ……!荒っぽい着船だな」
「……こいつら、海軍じゃねえな?」
揺れが収まると、甲板越しにカモメの鳴き声が響いた。兵士に引き連れられ外へ出た玄太は、目の前の建物を見て、思わず足を止める。
「う、うわぁ……」
岬の突端に、灰色の塔が立っていた。
「こりゃ灯台っていうより……もはや砦だな」
「で、ここが……なんだってんだ?」
ロブ兄ちゃんたちがぼそりと呟き、兵士は無言のまま背中を押す。
「降りろっ!」
訳も分からぬままゾロゾロと下船させられて、塔に導かれる。扉が重く開くと、ひやりとした空気が足元を撫でた。
「うわ……冷た。ここ、本当に灯台かよ」
「灯台は灯台でも、幽霊船用だったりしてな?」
「おい、やめろって」
中は広い石造りのエントランス。天井が高く、声を出せば反響しそうだ。兵士たちは迷いなく隅の螺旋階段へ向かい、全員を下へと促す。
「行け」
「灯台に来たのに……地下なのかよ」
訳も分からぬまま、螺旋階段をぞろぞろと降りていく一行。足音が、壁に反射してついてくる。
「………なんか、臭くないっすか」
「うん?魚の匂いか?」
降りれば降りるほど、空気は湿り、匂いが濃くなっていった。
ギィ……。
錆びた蝶番が悲鳴をあげ、玄太たちは地下室に押し込まれる。一階と似た造りの広間だが、奥には場違いな鉄扉がひとつだけ。
「うっ……きっつぅ!本当に何の匂いだ、これ」
「それに、あの鉄扉……なんなんだよ」
潮や魚の生臭さじゃない。もっと重く、喉に絡みつく匂い。壁も床も黒い染みだらけで、湿り気が靴底にまで伝わってくる。
「ん……?あの扉、ちょっと開いてる……?」
玄太は鉄扉が半端に閉じられていることに気づく。隙間の向こうがチラッと見えた。
ズズ……ズズズ……湿った何かが這うような影。金属の鈍い光が一瞬きらめく。
(……奥になんか、いる?)
だが兵士は無言で扉を閉ざし、視界を断ち切った。
押し込まれた部屋も石造りで、やはり壁も床も黒い染みだらけ。人影はないが、埃を払った跡や壁際の擦れ痕がやけに生々しい。
「……ここ、昨日まで人がいたな」
「………怖いこと言うなって」
誰もが壁際で膝を抱え、目を合わせない。湿った空気に、浅い呼吸音だけが染みていく。
「指示があるまで、ここで待機だ!」
上階への扉が閉じられると、地下室は一気に静まり返った。じっとりした石壁の冷たさが、背中から骨まで染み込んでくる。
「オレたち……何人いる?」
低くつぶやいた男に、部屋の角の隅っこに座るおばさんが指を折って数える。
「十五。あんたらで、ちょうど十五だよ」
「十五人か。この数になんか意味あんのか?」
「やめろって……」
それきり誰も口を開かない。それぞれが壁に腰をかけ、うなだれている。
「あぁ、アストラでもあればなぁ」
「ああ……チカラがあれば、こんなところすぐ脱出できるのに」
その声もすぐに途切れた。代わりに、どこからか水滴の落ちる音が響く。静まり返った空間に、その音が時計の針みたいに何度も響いていた。
*****
どのくらい水滴が落ちただろう。
ふと、通路の奥から鉄の擦れる音がした。全員が顔を上げ、息を止める。
沈黙。
次に聞こえたのは、遠くで交わされる兵士たちの低い声。何を話しているのかは分からないが、笑いはひとつも混じらない。
「はぁ……いつまでこんな所に……」
背中に石の冷たさを感じながら、ついまぶたが落ちた。はっとして顔を上げる。
(……なんだろ? さっきより空間が広く感じる)
ふとよぎった違和感。
「はぁ……気のせいか」
頭を振って、また膝を抱える。
「てんぱいに……会いたい」
てんぱいはまだあの地下にいるのかな。クータンはちゃんとてんぱいの傍にいるかな。
(いや、てんぱいが戻らなければ、農場のみんなが心配して助けに来るはず…!)
そうだ、そうに決まってる。
(でも、あんな路地裏の倉庫の地下なんて、見つけられるかな……うぅ……てんぱい……)
半泣きになりながらぼんやり考えているうちに、刻々と時間が削られていく。次第にまぶたが重くなり、ついコクリ、コクリと舟をこぐ。
バタン…!
「むにゃ?てんぱい?」
扉が閉まった音にハッと目を開けた。
薄暗い部屋をぐるりと見渡すと、妙な感覚に襲われた。目だけで壁際をざっと見渡す。
……部屋の角の隅っこ。
(……さっきまで、あそこに誰か座ってなかったっけ?)
記憶を探ると、指を折って「十五だよ」と数えてくれた、おばさんの顔が浮かぶ。
(あれ……?)
でも、残っている連中は全員顔を膝に突っ伏していて、誰が誰やら判別できない。確かにあそこに座ってたはずなのに。
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