忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第109話 続・赤い眼帯の漢

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「そこまでだ!!」

 港口から響いた声に、武装集団の動きがぴたりと止まった。振り返ると、馬を駆るラクターさんとコンバインさんが砂煙を巻き上げてやって来る。

「ラクターさん!」

「……ふん、来たか」

 赤い眼帯の巨漢が、わずかに目を細めた。

「待たせた、天貴!」

 ラクターさんは俺に視線を向けたあと、巨漢の前へずかずかと進み出る。

 コンバインさんは素早く馬から飛び降り、周囲の海賊に目を光らせながらラクターさんの背を守るように位置を取った。安定の二人一組フォーメーション。

「紹介しよう。こいつはガスケット。俺の旧友だ!」

「んなっ!海賊が旧友ですと!?」

 思わず声が裏返るリオックの隣で、俺も心の中で頷く。

「心配するな。ガスケットはこう見えて元軍人だ」

 ラクターはにやりと笑い、俺とリオックを交互に見やった。

 ……いや、この見た目どう見ても現役海賊。経歴でフォローになってない気がするんですが。

「お前たちが船を探していると、クータンから聞いた。舟を出せる奴となりゃ、こいつが一番早い」

「我がクータンじゃ」

 ラクターの言葉に、クータンはふんぞり返り、赤い眼帯のガスケットが顎をゆっくりと撫でる。

「ラクター、お前に頼まれりゃ断れねぇが……お前んとこの若造、威勢がいいな」

「すまん、悪気はない」

 ラクターは即座に言い返す。

「そいつは仲間をさらった連中を探していただけだ」

「小僧もそんなこと言ってたが……どういうことだ?」

「うむ。ここ数日ダストラを攫ってる連中がいる。うちの仲間もやられた」

 その言葉に、周囲の海賊たちの表情が一変する。武器を構えたままの手に力がこもり、全員がガスケットの方を見る。

「……本当か、ラクター?」

「ああ。行き先までは分からねぇが、クータンの話じゃ、仲間をさらった船は東の海へ向かったらしい」

 ガスケットの声が低くなる。

「……ダストラだけを、か?」

「間違いねぇ」

 短く舌打ちをすると、ガスケットは手を振り下ろした。

「ダストラが標的となると、捨て置けねえなぁ……」

 その瞬間、周囲の海賊たちの眼が一斉に光った。さっきまでの喧嘩腰はどこへやら、全員の空気がひとつの方向に向かう。

「ダストラが狙われてるからって、なんか関係でもあんのかよ」

 妙な連帯感に疑問がわいて、つい口が滑った。

「っち!」

 ガスケットが短く舌打ちし、俺を睨む。だがその口元は、どこか笑っているようにも見えた。

「俺たちゃ全員、その、ダストラってやつだ」

「……全員!?」

 予想しなかった言葉に、つい裏返った声が港に響いた。泣く子も黙る海の荒くれ集団が、全員アストラ持ってないって?冗談にしては笑えない。

「もとは王宮とやらに仕えてたこともあった。俺も、こいつらもな」

 ガスケットが顎で仲間を示す。なるほど、それでラクターさんと旧友なわけだ。

「そうだ。しかしこいつは、その腕一本で中隊長まで上り詰めた男だ」

 ラクターが横から口を挟む。説明というより、誇らしげな紹介に近い。

「だがよ」

 ガスケットは鼻で笑い、片目を細めた。

「重用されるのはいつだってアストラ持ちだ。俺たちみたいなのは、どれだけ功績を積もうが、最後は“その他大勢”扱いだ」

 声の奥には、長年煮詰められた怒りと諦めが混ざっていた。

「そんなクソみてぇな仕組みに嫌気がさして飛び出してやった。今はこいつらと好き勝手にやらせてもらってるってわけだ」

 背後の海賊たちが、同意するように無言で頷く。その目に宿るのは、俺が知るただの荒くれのまなざしじゃない。もっと深く、もっと刺々しい、奪われた者の眼だ。

「俺たちダストラを狙おうってんなら、無関係な話じゃねえ」

 つまり今回の件は、丸ごと自分たちの喉元に刃を突き付けられたようなもんだ。

「野郎ども!出港の準備だ!」

 掛け声ひとつで港全体が動き出した。

 ロープが外され、滑車が軋み、黒い帆が潮風を受けてふくらむ。船体が海面を押しのける音が、やけに頼もしく響いた。

「早え!すげえ手際だ!」

「あったりめぇよ!全員乗ったんなら、出るぞ!」

 黒い帆がさらに風をはらみ、船体がぐっと傾く。足元の板がきしみ、港がゆっくりと遠ざかっていく。

 *****

 やがて潮の匂いが強くなり、遠くでカモメが鳴いた。

「うぷっ!すげえ風だ!」

「天貴様、飛ばされませぬよう俺の後ろへ!」

 甲板の上、潮風が容赦なく顔に吹きつけてくる。

「なぁ、リオック。少しボスと話してくる」

「で、では俺も……い、いえ!こちらで見守っております」

 心配するリオックを置いて、俺は舵を握る海賊たちの間をすり抜ける。そして船の先端に立つ、赤い眼帯の背中に声をかけた。

「なあ」

 片目がちらっと振り返る。潮風で赤い眼帯がひらっと揺れた。

「小僧か」

「さっきは、疑って悪かった」

「…ふん。慣れてるさ」

 そっけない言い方だったけど、声は案外やわらかかった。背中越しに見える赤い布が、やけに近く感じる。

「……でさ。さっきの全員ダストラって話」

「……ああ」

「なんか、うまく言えねぇけど……いいなって思った」

「……ああん?」

 近くで縄締めてた海賊が、チラッと俺を見てすぐ舵に目を戻す。でも耳だけこっちに向いてる。

「だってよ。この不公平な社会から抜け出して、自分たちのルールで、自由に生きてるってことだろ?」

「……で?」

「正直、ちょっとうらやましい」

 ガスケットが鼻を鳴らして、片目を細める。

「小僧。神の器なんて呼ばれてるお前に、何が分かるかってんだ」

「いや、俺も似たようなもんだ。それに……」

 言いかけて、胸がちょっとチクッとする。

「連れ去られた俺の大事な奴も……能力なんてねえ」

 赤い眼帯の奥の目が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

「……ふん」

「でもさ。アストラとかそんなの関係ねえ。世界で一番、大切な奴なんだ…!」

 少し間があいて、海の音と帆のバタつきがやけに耳に残る。

「……見つけるんだろ?」

「ああ」

「なら、しゃんとしろ」

「お、おう」

 短いくせに、やけに響く声だった。海鳴りに混じってすぐ消えたけど、背中をぐいっと押された感じがした。
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