忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

文字の大きさ
111 / 188
第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第111話 神喰いの器、再び

しおりを挟む
「聞こえなかったか?お前も餌になりたいか?」

「……っひ!そ、早急に!!」

 怯えた兵士の一人が、鉄扉の奥へ駆け込んだ。

 ガララ……ジャラララ……。

 奥の闇から、鎖を引きずる鈍い音が近づいてくる。床の石を擦るたび、金属の冷たい響きが壁を這って耳に伝わってきた。

「な、なにを連れてくるんだ……?」

 玄太は鉄扉の奥に目を凝らす。闇の奥から押し出されてくる異様な気配に吞まれそうになる。

「ッチ!!なにをもたもたしている!」

「は、はひぃ!!」

 ゲドの罵声に驚き、兵士が慌てて鎖の端を掴み、力任せに引いた。

 ……グンッ!

 闇の中で何かが動き、鎖がぴんと張る。逆に物凄い力で引き戻され、兵士の腕が無理やり奥へ引き込まれた。

「うわっ……!」

 兵士は踏ん張ったが、鎖の先の“それ”は暴れ、腕ごと簡単に引きずり込んだ。爪先が床を擦り、足場が悲鳴を上げる。

 ギチギチ……バキン!

 石畳が割れ、兵士の体が半分闇に呑まれる。

「や、やめ――っ!」

 耳を裂く悲鳴。直後、肉が引き裂かれる生々しい音。

「んなっ……!?」

 兵士の手から鎖が抜け、血の滴る鉄環がガシャンと床に転がった。赤い飛沫が散り、石の目をゆっくりと血で染めていく。

「く、喰われた……」

 空気が凍る。息を飲む者さえいない。全員が、自分の鼓動の音すら聞かれたくないとでも言うように、身を縮めていた。

 間も無く奥の闇が脈打つように明滅し、赤黒い光が壁の模様を不気味に照らした。

 闇から“それ”が滲むように這い出る。

「な、なんだよ……これ……」

 ドス黒い人影。輪郭は歪み、赤黒いオーラが漏れ出すたび、足元の影がぬめりと波打った。全身を巻く黒鉄の鎖がギチギチと鳴り、刻印が脈打つたびに床の術式が赤黒く光る。

「化け物だ……!」

 玄太の背後で、ダストラたちが壁に背を押しつけたまま震えている。肩と肩がぶつかり合い、誰かの震えがそのまま隣に伝わっていく。

「ひぃいいっ……!」

「やだ……やだやだ……!」

 みんな、もう言葉になっていなかった。絶望感にすすり泣く声が一人、また一人へと増え、やがてあちこちから嗚咽がこぼれる。

「まさか、みんなこいつに……!?」

 玄太の心臓が、ひときわ大きく打った。全身汗だらけでパンツまでぐしょぐしょだ。

(だめだ。こんな時こそ落ち着け……てんぱいの笑顔を思い出せ……!)

 その瞬間、少しだけ肩に力が戻った。

(てんぱいてんぱいてんぱい……!)

 荒かった呼吸が少しずつ整い、張りつめた胸の奥にわずかな温もりが差し込む。恐怖の中でも、その名前だけが自分を奮い立たせてくれる。

「はは……はははははははッ!!ずいぶんデカくなったな!!」

 甲高く、底の見えないゲドの笑い声が塔の天井を震わせた。

「見ろ、ゴミども!これこそ神喰いの器だ!」

 ダストラたちの顔が一斉に絶望に染まる。膝が折れ、壁を伝ってずるずると座り込む者もいた。

(神喰いって……どういうことだ!?)

 神喰い。その言葉が妙に突き刺さる玄太。嫌な予感しかしない。

「アストラを持たぬ貴様らの怨嗟を喰い、力に変えた呪いの化身……それが間もなく完成する!」

 ゲドはゆっくりと両手を広げ、玄太に視線を定める。その眼は、品定めを終えた捕食者のそれだった。

「もうすぐ……もうすぐだ!!」

 ジャラ……。

 鎖を引きずる音が再び響く。

 ジャラララ……。

 神喰いの器が玄太とダストラたちを真っ直ぐに捉えて、ゆっくりと歩みを進めた。

 ジャラララ……。

 その一歩ごとに床がきしみ、重い鎖が塔中に鈍く反響する。

 ジャラララ……ガシャン……。

 逃げ場は、もうどこにもなかった。

「天を操る神の器も、この呪いの器に喰わせてやる!!」

 ……………は?

 今、なんて言った?

 神の器?

 それって、おれのてんぱいの事?

「あの生意気な青いツナギの小僧の恐怖にゆがむ顔が楽しみだ」

 こいつ、何言ってんだ?

 てんぱいを、喰わせるだって?

「………ば…」

「ふははは!恐怖で声も出ないか!」

「…………ばぁか」

 バカ?

 今こいつ、バカって言った?

 俺に?この状況で?

 ゲドが不思議そうに眉をひそめる。

「おい……お前、今なんて……?」

 ゲドが声のした方に振り向くと、目の前にはすでに玄太のグーパンチ。

 ドゴォォォォォン!!

「ぐおぉぉぉぉ!!」

 玄太は勢いに任せて、怒声と共に顔面へ拳を叩き込む。

「ばぁぁぁぁぁか!!!!そんなこと、させるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 骨を殴る鈍い衝撃が拳に伝わり、ゲドの頭が横に弾けた。

「ぐっ……!?」

 予想外の一撃にゲドの目が見開かれる。

「こんのガキがぁぁぁ……っ!取り押さえろ!!」

 兵士たちが一斉に飛びかかり、玄太の両腕を後ろからねじ上げる。

「きぃぃぃ!離せぇぇぇ!てめぇらぁぁぁぁぁ!!」

「ふん……クソガキが!そのまま、呪いの器の前に突き出せ」

 押さえつけられたまま、玄太は鎖を引きずる“それ”の前へと引き立てられる。

「やめろぉぉぉぉぉくっそぉぉぉぉぉ!!」

 フシュゥ………フシュゥ………。

 玄太の目の前で、もはやゼロ距離。赤黒い瞳がギラリと光り、やつの吐息が頬に当たる。

「てんぱぁぁぁぁぁぁぁ!」

 玄太、絶体絶命のその瞬間――。

「うらぁぁぁぁぁッ!!!」

 横から飛び込んできた影が、玄太もろとも兵士を突き飛ばす。

「ぐあっ!?」

 何が起こったか理解できないまま、床に転げる玄太。

「玄太!!!立て!!逃げるぞ!!!」

「ロブ兄ちゃ………あ!!!危ない!!」

 だが、その瞬間、ぬめりを帯びた黒い影がロブに向かって蛇のように走り出す。

 ――ガシュッ。

 あまりの速さに避ける間もなく、ロブの右腕が肘から先が闇に呑まれた。

「うがぁぁぁ!!」

 耳を裂く悲鳴が塔の空気を震わせ、壁の石までビリビリと響いた。赤黒い光がちらつく中、影は脈動を繰り返し、ロブの腕を骨ごと締め上げる。

 ミシ…ミシ…バキッ…。

「ぎゃああああああッ!!」

 骨のきしむ音と、肉が潰れる湿った音が混ざり合い、吐き気がするほど生々しい。ロブの喉から絞り出される声は、もはや叫びというより断末魔だった。

「ロブ兄ちゃん!わあああああああ!!」

 玄太はロブの腕を掴もうとするけど、ずるずるとさらに奥へと引きずり込まれていく。

 ズズズ………ズズズ………

 神喰の顔は、赤黒い瞳を細め、獲物を味わう獣のように微かに歪んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O
BL
執着王子 × 異世界転生魔法使い 魔法使いが逃げられなくなる話。 『上』『中』『下』の全三話、三連休中に完結します。 二万字以下なので、ショートショート𖤣𖥧𖥣 Special thanks illustration by okiagsa様(X:@okigasa_tate)        MBM様(X:@MBMpaper) ※独自設定、ご都合主義。あしからず。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...