忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第112話 ここで何があった?

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 影はさらにロブを引きずり込もうとする。

 けれど、ロブは血走った目で自分の右腕を睨み、歯をギリっと食いしばった。

「このまま喰われるくらいなぁぁぁぁ!!」

 次の瞬間――。

 ズバァァァッ!!

 自らの片腕を引きちぎるみたいに、無理やり引っぺがした。

「ぐおおおおおおお!!!」

 ロブはその勢いのまま、玄太の腕の中へ倒れこんだ。

「………え?……えええええ!?」

 片腕が……無い。

 目の前の現実が、玄太の頭を真っ白にした。

「……な…なんで……いやそうか、でも……」

 足も手も、全身が震える。耳の奥で自分の心臓の音ばかりが響き、視界がにじむ。

「やれ!そのガキごとまとめて喰わせろ!!」

 兵士が鎖を引くと、呪いの器が低く唸った。

「フシュゥ………」

 赤黒い瞳が、再び玄太を射抜いたその時。

「待て」

 低く鋭い声が響き、場の空気が凍りつく。

「このガキ、興味深い……」

 その眼が、玄太を捉えながら、好奇と企みに細められる。

「お前さきほど、神の器を喰わせると言った時、『そんなことさせるか』と、そう言ったな?」

 ゆっくりと口角を上げ、兵士たちを見回す。

「っは……!?か、神の器なんて、知るか!!」

「こいつは、面白い!神の器をおびき寄せる餌に使える」

(ふざけんな……!俺を使って、てんぱいを……!)

 ゲドがちらりと視線を横に滑らせる。

「それに……」

 そこに立っていたのは、黒い体で完全な人の形を模した異形だった。ぬらぬらと光を反射する表面には幾つもの顔が浮かび、呻き声とも嗤い声ともつかない音を漏らしている。

 眼孔は赤黒く輝き、全身に巻き付いた分厚い封魔鎖の隙間から、脈打つ赤い光が漏れた。鎖はうなるような低音を響かせ、魔力を抑え込むたびに火花を散らす。

「見ろ……ついに完成だ。神喰いの器!!」

 膨れ上がった肉体は怨嗟と呪詛の塊。鎖越しでも、肌を焼くような圧と、喉を絞められるような重苦しさが場を支配していた。

「ふはははははは……」

 塔の空気が、不吉に笑うゲドの声と共に、さらに重く沈んでいった。

 ******

 同じ頃、天貴たちを乗せた海賊船は、東の海を裂くように進んでいた。

 頬に当たる潮風が、刺すように冷たい。

「……なんか、風が変わったな」

 舳先に立つ天貴の声は、潮騒にかき消されそうだったが天貴の肩でそれを聞いていたクータン。

「この風……塔から放たれる何かが、周囲の空気を歪めておるの」

「っ……!」

 胸のざわめきが、言葉にされた気がした。

「まるで……囚われた者の声が、風に混じって泣いておるようじゃ」

 クータンの声はめずらしく、冗談めかした響きがなかった。

「……やっぱり、そうなのか」

「天貴殿、いかがいたした?」

 背後からリオックが尋ねる。

「いや……嫌な感じがする」

 説明できない。けど、胸の奥がざわついて仕方がない。

 その瞬間、遠くの水平線に影が見えた。

「見えた!あれが灯台か!?」

 細く伸びる岬、その先端にそびえる塔――。

「おっしゃ!全速全開で突っ走るぜ!」

 ガスケットの怒号と同時に、船がさらに傾くほどの加速を見せた。黒い帆が裂けそうなほどに風をはらみ、波しぶきが容赦なく甲板を叩く。

「……待ってろよ、玄太」

 天貴の目は、白くそびえる灯台から離れない。岬の突端に、まるで空を突くように立つその影は、近づくほどに不吉な存在感を増していく。

「天貴様!着きます!」

「ああ……!クータンは船で待ってろ」

「ふむ。だが……あれに近づけば近づくほど、わしらの声さえ呑み込まれそうじゃ。まるで獣の喉笛のように、風を震わせ、怨霊のように、怒りと恨みを吐き出しておる。言うなれば呪われた祠のように怨嗟を垂れ流し……」

「お、おう……もう分かったって!」

 クータンの口から不穏な言葉が次から次へと飛び出して、だんだん不安になる。

「けど。そんなの関係ねえ!!」

 ******

 やがて、船底がごつりと岩肌をかすめ、甲板がドンと跳ねた。

「着岸!縄を回せ!」

 海賊どもが素早く舷側から飛び降り、杭に縄をかけていく。

 ……待ってられるか!

 船が安定する前に、俺は陸へ飛び移り、そのまま岬の細道を駆け上がった。

「天貴!早まるな!」

 コンバインさんが後ろから叫ぶ。

「敵の人数が分からん、油断するな!」

 ラクターも低く警告してくる。

「分かってる!」

 返事はするが、足は止めない。いや、むしろ加速してやる。

「器様は俺がお守りします!」

 リオックが長剣を抜いて、俺の横に並んできた。

「ラクター!コンバイン!そいつは止まらねえよ!このまま全員突撃だ!!」

 ガスケットの怒声が響いた直後、灯台の正面扉が体当たり一発で吹っ飛んだ。金属が悲鳴あげながら壁にぶち当たり、その勢いのまま俺たちは一気に雪崩れ込む!

 ――が、そこで足が止まった。

「……おい、なんだこれ」

 出会い頭の乱戦を覚悟してたのに、聞こえるのは俺らの靴音と息だけ。兵士の一人も見当たらねえ。

 ……まるで最初から誰もいなかったみてぇだ。いや、不気味すぎるだろ。

「天貴様……どこからか嫌な匂いがします」

 リオックが腕で鼻を覆いながら言ってくる。

「……ああ。それに、なんか変だ」

 広間は妙に静まり返っている。周りを見渡すと、奥まった通路の端に地下への階段が口を開けていた。

「地下か……!!」

 階段の下から、湿った冷気が這い上がってきた。

「うっ……!」

 鉄が腐ったみたいな、血の混じった生臭ぇ匂いが鼻に突き刺さる。

「なんだよ、この匂い……」

 一段、また一段と降りるごとに、空気がどんどん重く沈んでいく。石段は冷たくて、靴底を貫通して足の裏まで冷えが突き抜けた。

 そして、階段を降りきった先の広間から、かすかなうめき声。

「……っ!」

「誰かいるのか……!?」

 広間に飛び込むと、縄で縛られたダストラが数人、うずくまっていた。

 その奥で壁にもたれて、ずるりと座り込む片腕の男。肩口は血でべっとべと、顔色は死人みたいに青白く、唇はカッサカサだ。

(……って、ちょっと待て。こんな姿になるまで何があったんだよ!)

 その顔を見た瞬間、背後のコンバインさんが叫ぶ。

「……ロブか!?」

 慌てて駆け寄るコンバインさん。

「ロブ!しっかりしろ!」

「……っは、はぁ……生きて……?いや、オレはもう……」

「バカ言え!お前まだ酒代返してねぇだろ!」

 俺も膝をつき、ロブの肩を軽く叩く。

 ……正直、仲間のこんな姿見るのはキツい。

「コンバイン!あまり動かすな。それでロブ、何があった!?」

「あぁ……ラクターさん……長くは話せねぇけど……」

 そう言って、ロブ兄ちゃんは淡々と説明を始めた。

 ──この塔に、ダストラが十五人連れてこられたこと。
 ──“神喰いの器”とかいう化け物に、ダストラを喰わせていたこと。
 ──そして、すべての黒幕はゲドだということ。

 でも、それよりも。自分勝手だってわかってるけど……。

「悪りぃ、こんなになってんのに……玄太はどうなった……?」

 ロブは苦しげに息を吐き、血の気のない顔をこちらに向けた。

「……玄太君は……ここから……連れ去られた……」

「連れ去られた?どこへだ!」

 問い詰める俺に、ロブの目がわずかに揺れる。

「……分かんねぇ……。けど、あの化け物を連れてここを出た……」

 一瞬、何かを思い出したように、唇をかすかに震わせた。

「そう、たしか……玄太君は……“神の器”をおびき出す餌だって……」

(神の器って……標的は俺だったのかよ!?)

「じゃあ、お前たちはなんでここに?」

 ロブは視線を伏せ、かすかに首を振った。

「……俺たちは……食べ残しだとよ……」

 その言葉を吐き出すと同時に、ロブの身体から力が抜けた。

「おい、ロブ!」

 脈は弱ぇが息もある。

(玄太は人質だ。ムカつくけど……まだ生きてる!)

「リオック、ロブの止血を!コンバイン、海賊たちとみんなで縛られてる連中を船へ!」

 ラクターさんがテキパキと指示を出す。その間にも、俺は焦りで腹の奥がじりじり焼けていく。

(今すぐ追えば、間に合うかもしれねえのに……!)

 そう喉まで出かかった言葉を、ぐっと噛み殺す。
 今は隊をまとめなきゃ動けねえ。わかってる、わかってるが……!

(待ってろ、玄太……!)

 おびき寄せる罠だろうが何だろうが、行ってやらぁ!
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