忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第116話 閉ざされた館と、迫る炎

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 夜の農場を後にした俺は、シェパの背にまたがりクータンを抱えて闇を駆け抜けていた。

「速ぇ……!」

 姿勢を少しでも上げると、体全体に風がぶち当たる。体が振り落とされそうになるたび、必死でシェパの毛にしがみついた。

「天貴よ、我を落とすでないぞ」

 腕の中でクータンが目を光らせて呟く。

「分かってるって!けど、危ねえって分かってて、なんで着いてきたんだよ!?」

「ふぁみりぃの危機に駆け付けるのは当然じゃ」

 まぁ、そうかもなんだけど。クータンって戦力になるのか?なんて思ったけど、言うのはやめた。

「なぁクータン……玄太、無事だと思うか?」

 沈黙のままいくつかの枝葉が頭上を掠める。

「ふむ……気休めの言葉が欲しいか?我らを敵視する者の手にあるならば、保証もあるまい」

 俺は唇を噛んだ。

「しかし、そうならぬよう飛び出したのじゃろ」

「そうだ……!あいつは生きてる!絶対に」

 でも玄太は泣いてる。1人で震えてる。それでも、あいつは俺を信じて待っている。

「絶対、間に合うよな!うん!」

 そう心に誓った瞬間、森の木々の合間から、水面がちらついた。夜の月を映す黒い湖面。

 青欒の湖。

 シェパが速度を緩め、湖畔へと滑り込む。

「シェパ…?ここか……!」

 息を呑む。

 そこにあったのは、外観は立派な洋館風。だが窓という窓は分厚い板や鉄格子で覆われており、まるで中に何かを閉じ込めているように見える。

「なんだよ、ここ……」

 森の中に取り残された異様な存在感。その奥から、かすかに、低いうなり声のようなものが響いてくる。

「ぬしよ……感じるか?」

「……ああ」

 背筋に悪寒が走る。

「こやつ、ただの館ではないぞ」

 クータンが俺の腕の中で目を細めた。

「分かってる。……けど、行くしかねえだろ」

 シェパの鼻先も館に向かって震えている。動物の勘なのか、あの建物を前にして明らかに警戒していた。

 俺はシェパから降りてクータンを肩に乗せ直すと、息を吸い込んだ。

「玄太、俺はもうお前のそばにいるぞ…!」

 ギギギギギギ………

 湖畔に月光が照り返す中、洋館の鉄の扉を力任せに押し開ける。軋む音と共に異様な空気が鼻先をなでる。

「よし、入った!」

 正面から駆け込んだ瞬間だった。

 ──ガチィィン!!

「っ……!?」

 振り返った時にはもう遅かった。

 扉はひとりでに閉じ、無数の錠が噛み合うように光っていた。外からではなく、中から封じ込められた感覚。

「っく、開かない!?」

 扉は押しても引いてもびくともしない。

「ぬしよ……これは入った者を逃さぬ牢ぞ」

 肩の上でクータンが低く呟いた。

 館の中は薄暗く、冷たい石の壁が続いていた。空気が淀み、誰かの息遣いのような湿った音が漂ってくる。

「……上等じゃねえか。だったらここでぶっ壊して、玄太を連れ出すだけだ!」

 叫んだ声が館の奥へ吸い込まれる。返ってくるのは、不気味にこだまする自分の声と、どこかでかすかに響いた呻き声のようなものだった。

 ******

【同刻・青巒の森のはずれ】

「ゲド様!何者かが湖の館へ足を踏み入れました!」

「……くく、入ったか。計画通り……」

 低く笑む。

 湖の廃館には劣等感に蝕まれた神喰いの器を潜ませてある。民に讃えられし神の器様が無事で済むはずがない。

「隊長、兵の準備は整いました!」

 闇の奥から声が返る。ゲドが顎をしゃくると、森の影に潜んでいた軍勢が一斉に現れた。

 ザッザッ……ザッ……。

 松明が掲げられ、炎の赤が兵の顔を照らす。

 ただの兵だけではない。火のアストラを持つ者たちが列に並び、両の掌から橙の火を揺らめかせていた。

「……指示通り、火のアストラ持ちを揃えたか」

「はっ、二十名以上を投入しております」

 そこへ別の副官が前に出て、声を潜める。

「しかしゲド様!報告では……農場の柵はアルカウッドで作られているとか」

 副官の声にゲドが鼻で笑う。

「そうよ。アルカウッドは属性耐性が高い。並の火炎ではびくともしない」

「では……どう攻めますか?」

 ゲドは赤黒い瞳を細め、にやりと笑った。

「逆に好都合だ。燃えぬ柵は外から封じれば檻となる。そして、農場の中を火の海にしてやればよい」

 背後の兵たちがどよめく。

「用意はしてあるな?」

 兵士たちが押し出してきた荷車。その上には鉄の輪で固められた巨大な樽が並んでいた。蓋の隙間から、火薬と油が混じり合ったような、鼻を突く匂いが溢れ出す。

「デスファイアの樽……!」

 兵たちの間にどよめきが走る。油と火薬の匂いが、夜気を刺すように漂った。ゲドは赤黒い瞳を細め、口角をにたりと吊り上げる。

「そして……これだ」

 覆いが外される音。暗がりの中に、異様な影が姿を現した。

 木組みと鉄枠で組まれた巨体。縄と梁が悲鳴をあげるほどに張り詰め、まるで獣が喉を鳴らして獲物を待つかのよう。

「大投擲器……」

 誰かが震える声を漏らす。

「そうだ。農場そのものを焼き尽くす為の爪牙よ」

 兵の誰かが思わず息を呑む。ゲドはその反応を楽しむように、わざと低く笑った。

「こいつで農場内にデスファイアを叩き込めば……奴らは逃げ場を失い、燃え盛る檻の中で灰と化す」

 兵たちの顔に戦慄が走る中、ゲドの嗤いだけが夜に響いた。

「天を操る小僧は湖で足止め。農場にこの炎、防ぐ術はない」

 兵たちの喉がごくりと鳴る。樽に詰め込まれた油と火薬が、すでに犠牲者の悲鳴のように思えた。

「……今度こそ、王国の心臓を焼き尽くしてやろう!」
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