忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第117話 ゲンタ・ハザード 前半

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 床に転がった兵士の死体を見た瞬間、胃の奥がせり上がった。

「……う、ぅえ……っ」

 吐き気をこらえたが、口の中に酸っぱいものが広がる。立ち止まってる場合じゃないのに、足が思うように動かない。

 カラ……カラララ……。

 天井から鎖を引きずる音が耳に入った瞬間、全身の毛穴がブワッと開く。

(………上の階にいる!?)

 同じフロアにいない安心感で反射的に足が動く。

(一階じゃないと逃げれないな……てかここ、そもそも何階なんだ?)

 壁に手を這わせ、窓を探す。だが触れるのは冷たい板ばかり。

(窓が無い……なんで!?)

 刺さっていた釘の尖った感触にゾッとし、思わず手を払った。その拍子に床がギギィッと軋む。

(やば……!)

 静まり返った廊下に、その音がやけに大きく響いた。

 カラララ……カラ────。

 鎖の音が止まった。

(バレた!?)

 玄太の身体が凍りつく。

 変なポーズのまま動けない。息をすることすら怖い。鼓動だけが耳の奥でドクドク暴れ回っていた。

「ふぅ………………ぅ………………」

 汗が首筋をつたう。拭きたいのに、腕一本動かす勇気も出ない。

 ──ギシ……。

 天井の板がわずかに撓んだ。粉じんがぱらぱらと降り、玄太の肩に落ちる。

(……真上…ッ!?)

 恐怖に顔を上げることすらできない。見た瞬間、なぜか目が合う気がした。

 沈黙が続く。

 天井を隔てた向こうにヤツがいる。確実にいる。

「…………」

 唇を噛みしめ、玄太はゆっくりと腰を落とした。姿勢を低くすれば、ほんの少しでも気配を消せる気がする。

 ──ドンッ!

 突然、天井板が強烈に叩かれた。塵埃を頭からかぶり、玄太は反射的に口を押さえる。

「んぐ……んんん……!!」

 咳が出そうになるのを必死に堪える。

 カラ………………ガララララララ!!

 突然鎖の音が一気に走り出した。

 天井板がぎしぎしと悲鳴を上げ、今にも破れて飛び出してきそうに揺れる。

(動いた……!?)

 玄太は咄嗟に廊下の先の少し明るい方は移動する。喉はカラカラに乾き、呼吸が喉の奥でひっかかった。

 その時──。

 カッ、カッカッカッカッ……

 頭上ではなく、廊下の奥から階段を駆け下りてくるような足音。

「………っ!!?」

 玄太は弾かれたように飛び退き、近くにあったタンスのような棚の中に身を潜めた。

 カッカッカッ……ガガガガ──ドサッ!!

「ぐ、ぐあ……!」

 少し開けたタンスの扉越しに、階段から転げ落ちるように姿を現した兵士が見えた。

(あぶねぇぇ!)

 兵士は肩で息を切らし、顔は恐怖に歪んでいる。片腕からは血が滴り落ち、もうまともに立つことさえできていない。

「くっ……無駄な足掻きか……」

 兵士は壁に背中を背に吐き捨てると、そのままずるずると崩れ落ちた。

「もう……どうせ出られないわ!!」

 声を張り上げる兵士。

(こら!叫ぶな、やめろ!あいつに聞かれるって!!)

 ドンッ……カララ……ドンッ……カラララ……。

 案の定、その声に反応して、鎖の音が階段を降りるように近づいて来た。

 兵士の顔色がみるみる蒼白になる。

「……見つかる……喰われる…!」

(ほらみろ!!)

 鎖がすぐそこまで迫ってくる。玄太はタンスに身を潜めたまま、震える足を動かせない。

 兵士は床に手を突き、必死に立ち上がろうとする。

「くっ……くそ!」

 ドンッ……カララ……ドンッ……ドンッドンッドンッ……。

 廊下の奥の階段から、重い音が徐々に早くなる。

 兵士の顔がひきつり、目玉が今にも飛び出しそうに見開かれた。

「来る……!来る来る!」

 半狂乱で這い出した兵士が、偶然こちらを見た。

(はっ……!)

 目が合った瞬間、玄太の胸がバクンと跳ねる。

(……やばっ!)

 しかし、兵士の瞳に浮かぶのは、助けを乞う色。このまま放っておけば確実にやられる。

(……くっ……敵なのに!いや、敵だけど……!)

 考えるより先に、玄太の手が動いていた。

 ギィッとタンスの扉を開け、兵士に手を伸ばす。叫びかけた兵士の口を押さえ、そのままタンスの中に引きずり込んだ。

「お、お前は……人質のガキ!?」

 狭い空間に二人の体が押し込まれる。

「んぐ……っ!」

 兵士がもがくが、玄太は必死に目で訴える。

(しー!しー!静かに……!)

 二人分の荒い呼吸がピタッと止まった。

 タンスの外では、鎖の音がカラララ……とすぐそこまで迫っていた。

 ****

 タンスの中は狭く、兵士の血と汗の匂いが鼻を突いた。暗闇の中、二人の荒い呼吸が重なっている。

(………すぐ横にいる!?)

 カラララ……カラ……。

 鎖の音が真横まで迫り、ぴたりと止まった。

 ドクドクドクドク……

 玄太は心臓が破裂するのではと思うほど胸を押さえた。
 
 兵士の震えが腕越しに伝わる。板一枚隔てた向こうには、神喰いが立っている。

 ──ギィィ……。

 タンスの外、床板がきしむ。

「…………」
 
 もう、息すらまともに出来ない。

「……………っ!」

 低いうなりが耳のすぐ横をかすめ、鎖が扉に擦れる音を立てた。兵士がビクリと震え、咳がこみ上げたのを玄太が慌てて口を押さえる。

(やめろ……声出すな……!)

 時間が止まったかのように、外の気配はしばらくその場を動かない。

 冷たい汗が頬をつたった瞬間──。

 カラ……カララ……。

 鎖の音が遠ざかっていった。

「…………は、はぁぁぁ」

 玄太はようやく喉の奥で息を吐き出す。

 兵士も同じく、肩を小さく震わせながら空気を吸い込んだ。

 やがて気配が完全に消えたのを確認すると、二人はそろそろとタンスの扉を押し開ける。

 廊下の冷気が押し寄せ、張り詰めた空気を和らげた。

「……あぶなかった…」

 玄太が小声で呟くと、兵士はタンスの内壁に背を預けて息を整える。

「……結局は無駄だ。どこにも出口はない。窓も玄関も、全部塞がれてる」

「え……?」

「探したけど、どこも開かない…。ここは檻だ。外へは出られない」

 その言葉に玄太の背筋が凍りつく。

「でもなんで……あんたらが連れてきた怪物だろ?」

 兵士が兜をはずし、髪が耳にかかる。

「はっ…!一介の兵など、所詮捨て駒よ……」

 そう言って苦笑いする兵の顔に、玄太は思わず目を凝らした。

「……やっぱり」

 血と埃に汚れた顔の輪郭──。

 ……女だ。

 兵士は顔を背け、唇をかみしめて言った。

「……なぜ私を助けた。お前を縛った敵だぞ、私は」

 玄太は一瞬ためらい、けれどすぐに答えを口にした。

「なんか……おれの姉ちゃんに似てたんす」

 女兵士の瞳が驚きに揺れる。

「……は?」

 玄太は気恥ずかしそうに頭をかき、視線を逸らした。

「悪ぃかよ。でも……似てるんすよ。だから放っとけなかった」

 女兵士はしばらく呆然とした後、ふっと笑みをもらした。

「……バカな理由だな」

 その声色には、かすかな震えと……どこか安堵の響きが混じっていた。
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