忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第118話 ゲンタ・ハザード 後半

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 玄太は息を整えながら、女兵士の顔を覗き込んだ。

「なぁ……あんた、ここから出る道ほんとにねぇんすか?」

 女兵士は唇を噛みしめて黙り込む。

「………っく」

 しばらくして、かすれた声で言った。

「正面は無理だ。玄関も窓も塞がれている。だけど……」

「だけど?」

「地下の食料庫と繋がる搬入用の通路がある。外の馬車に積み下ろしするための……兵にしか知らされていない抜け道だ」

 玄太の胸が高鳴る。

「マジすか!そこ行こうぜ!」

 女兵士は渋い顔をしながらも、うなずいた。

「だが音を立てればすぐに追いつかれる。奴は耳がいい……」

 タンスの扉をそっと押し開け、二人は暗い廊下へ身を滑らせた。血の匂いと冷気がまとわりつき、空気は重い。

 ──カラ……カラララ……。

 どこからか、再び鎖の音が響いた。二人の体が同時に強張る。

「……っ!」

 玄太は慌てて口を押さえ、女兵士の目を見た。彼女もすぐに頷く。ふたりは床板を踏まぬよう、壁沿いを這うように進んでいく。

 闇の先に、地下へ降りる階段の影が見えた。

(……あそこだ!)

 希望の光が見えた瞬間──。

 ギィィ……。

 真横の扉が、ひとりでに軋みながら開いた。

 中は闇の塊。

「……え?」

 ギィィ……と開いた扉の闇から、ぬらりと鎖が飛び出した。鉄臭い空気と一緒に、湿ったうなり声が廊下に満ちる。

「うそ!!待ち伏せ!?」

 玄太の喉から声が漏れるのと同時に、闇の中から巨大な影が躍り出た。床を抉りながら鎖が振り下ろされ、木片が四方に弾け飛ぶ。

「ガキ!!走れ!!」

 女兵士が玄太の腕を引っ張る。

 二人は廊下を全力で駆け出した。床板が悲鳴をあげ、背後から鎖の金属音が追いすがる。

 ──ドンッ! ガララララ!!

 振り返れば、闇の塊が四つん這いで床を這い、鎖を振り回しながら迫ってくる。

 玄太の背中に風圧が撫でた瞬間……!

「扉を閉めろ!!」

 女兵士が叫び、近くの部屋へ飛び込む。玄太も反射的に後を追い、内側から扉を思いきり引き寄せた。

 バンッ!!

 閉めた瞬間、外から鎖がドカンと叩きつけられる。木の板が軋み、釘が悲鳴をあげる。

「ドアを押さえろッ!!」

「う、うわああっ!」

 二人が必死に扉を押さえる。鎖が打ち付けられるたびに背中へ衝撃が伝わり、腕が痺れる。

 グォォォォォォォ……

 板一枚隔てた外から、低いうなり声が響いた。

「………………くぅぅぅぅッ」

 玄太は歯を食いしばり、女兵士と目を合わせる。互いに汗だくで、呼吸も荒い。それでも押し続けなければ、次の瞬間に破られて喰われるだろう。

 ガンッ! ガンガンガンッ!!

 鎖が何度も扉を叩き、蝶番が悲鳴を上げる。

「こ、このままじゃ破られるぅぅぅ!」

 女兵士が部屋を見回し、すぐに叫んだ。

「タンスを!机もだ!全部動かせ!」

 玄太は慌てて駆け寄り、肩でタンスを押す。ギギギッ……と重い音を立ててずらし、扉の前へ滑らせる。女兵士も机を引きずってきて、二人で積み上げた。

 ドンッ!

 バリケードが震え、積んだ家具がカタカタと揺れる。それでも直接扉に体を打ちつけられるよりは、わずかに衝撃が和らいだ。

「よし……!これで少しはもつ……!」

 荒い息を吐きながら女兵士が言う。

 玄太は壁際にへたり込み、震える腕を押さえた。

「……で、で、でも……出口は?」

 部屋を見渡した瞬間、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。

 ここは地下率、当然窓は無い。唯一の扉は鎖に塞がれている。天井も壁も古いが、抜け道になりそうな隙間は一つもない。

 完全な袋小路だった。

「……ウソだろ」

 玄太の声が勝手に漏れた。女兵士も険しい顔で、歯を食いしばる。

「持って、十分か……そこらだな」

 扉の向こうでは、うなり声と鎖の擦れる音が止まない。じわじわと恐怖を与え、獲物が動けなくなる瞬間を狙って。

 *****

 その時、突然屋敷全体の空気が変わった。

 ひゅう、と冷たい風が吹き抜けたように感じた。だが窓は塞がれ、隙間風など入るはずがない。 それでも部屋の空気が急に重く、湿った布をかぶせられたように肌にまとわりついてくる。

 「な、んだ?」

  玄太は思わず周囲を見回す。女兵士も顔をしかめ、壁に耳を当てた。

  ──ゴウン……ゴウン……。

  屋敷全体が低くうなるような音を立てて震えた。埃が舞い、天井から小石のような破片がぱらぱらと降る。

 「動いた?屋敷ごと、揺れたのか!?」

  玄太の背筋に冷たいものが走る。扉の向こうの鎖の音も一瞬だけ途絶え、化け物すらこの異変に反応しているようだった。 

 女兵士が険しい目で玄太を見た。

 「屋敷に仕掛けられたオートロック動いた。………誰かがここに入り込んだな」

「誰か?」

 玄太の胸に、ひとつの名前が閃く。

(それって……)

 次の瞬間、屋敷全体が大きく揺れた。その揺れに呼応するように、扉の向こうの化け物が低くうなった。怒りにも、恐怖にも似た、耳を劈く咆哮。

 ──ガラララ……ガシャアンッ!!

 バリケードを揺さぶっていた鎖の音が、ふいに止んだ。代わりに、廊下を引きずる重々しい音が遠ざかっていく。

「……動いた?」

 玄太が息をひそめる。女兵士は壁に耳を当て、低く唸る声を聞き取っていた。

「……どこかに向かったな」

「どこかって……?」

 女兵士の瞳が大きく開く。

「ここに入り込んだ誰か……。あいつを呼び寄せるほどの気配……!」

「それってまさか……てん……ぱい?」

 その瞬間、屋敷全体が唸るように鳴動した。石壁が軋み、板が裂け、まるで館そのものが生き物のようにざわめき出す。

 ──グゥゥゥゥゥゥ……!!

 廊下の奥から、地を揺らす咆哮。鎖をずるずると引きずる音が、はっきりと玄関の方角へと遠ざかっていく。

「……玄関だ!!」

 女兵士が呟く。

「あれは……そこにいる誰かを喰らいに行った!」

 玄太の血の気が引いた。

(うそ!?だめだめだめ!!)

 神喰いの器。

「てんぱいぃぃぃ、にげてぇぇぇぇぇ!!!!」

 それは、神の器を捕食するために産み落とされた存在。それが今、まさに神の器を捕食すべく、玄関へと歩を進めていた。
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