忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

文字の大きさ
121 / 188
第8章:アルカノア農場戦記 ~因縁の戦い~

第121話 雷鳴の果てに

しおりを挟む
 パシュゥゥゥゥゥゥ…………!

 真っ黒な雲の隙間から閃光が走り抜け、湖畔は一瞬、まっ昼間みたいに白く染められた。

「な、なんだ!?空が!!」

 女兵士は目を見開いた。その光の中心で倒れながら空に手を掲げる青いつなぎの男。

「俺の中の神、いるんだろ?……俺に、力を貸せ!玄太を救う力を……!!!」

 その声に森は一瞬、しんと凍りついた。風すら止まり、湖面が静まり返る。

「んぐ……てんぱい今、なん……て!?」

 ゴロゴロゴロ……ッ!

「玄太、目ぇ瞑ってろ……!」

 地鳴りみたいな轟音が木々を震わせ、湖面をバシャバシャ揺らす。空気は焼けつくように熱を帯び、肌にビリビリ刺さる静電気が弾けた。

「落ちろ、聖雷!」

 地に伏していた天貴の唇が、血を滲ませながら動いた次の瞬間。

 バリバリバリィィィィッ!!

 黒雲から無数の白い稲妻がぶちまけられる。一筋二筋じゃない。幾百の閃光が雨のように降り注ぎ、森を裂き、湖畔を爆ぜさせ、館の壁を白く灼き上げた。

「ひぃぃぃッ!」

 女兵士が思わず悲鳴をあげ、玄太は目を見開いて弱々しく空を見上げる。

「馬鹿な!?こんなの、人の力で!!」

 女兵士の声が震える。

 怪物は雷の奔流に逆らうように鎖を振り回し、暴れ狂った。轟音とともに大地が裂け、鉄の鎖がしなるたび、岩も木も粉々に砕け散る。

「……へっ!ざまァみろ……!」

 玄太に庇われながら地に伏していた天貴の両手は、夜空を掴むように突き上がっていた。

「て、てんぱい……だめっす……!スカイリンクは、もう……!」

 ぼろぼろの玄太が声を震わせる。

「これ以上使ったら……本当に支配されちゃうっすよ!!」

 必死に抱きついて俺を止めようとするけど、止まる気はさらさらない。

「知るか……!お前を死なせないためなら、なんだっていい」

 その言葉と同時に天貴の全身が青白く光を帯び始めた。血に濡れた皮膚から稲光が迸り、髪は風に逆立ち、閉じかけていた瞳に雷光が灯る。

「わ……!?て、てんぱいぃぃ!その身体の光、マジでやべぇっすってば……!」

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、玄太は必死に叫んでいた。

「ふぅ……身体が……軽い……」

 俺の姿は、もう人の枠を逸脱していた。

「やばいけど……めっちゃかっけぇ……っす……!」

 玄太は泣きじゃくりながらも、俺にぽーっと見惚れてしまう。

 その玄太の肩を押し退けるように、俺の体は自分の意思と無関係に、雷そのものに引き上げられて立ち上がった。

「玄太……向こうへ行ってろ……!」

「で、でもでもっ!」

「邪魔なんだよ」

 低く突き放すような声。

 その迫力に玄太の足がすくみ、思わず一歩後ずさった。伸ばした手も、稲光に包まれた天貴の背から弾かれるように離れてしまう。

「あっ……つぅ!」

 玄太の声は涙で震え、けれどもう近づけなかった。

 目の前に立っているのは確かに大好きな人のはずなのに、圧倒的な力と狂気をまとった“何か”にしか見えなかった。

「そらっ、もう一発!」

 天貴の声に呼応するように雷鳴が轟く。

 バリィィィィィンッ!!

「グォォォォォォ……ン……」

 落雷が直撃し、神喰の器の鎖が焼き切れた。巨体がよろめき、黒煙を噴き上げながら呻く。

「やった!?」

 しかし玄太の声は一瞬でかき消えた。

「グォォォォォオオッ!!」

 怪物は稲妻を吸収し始めた。焦げた鎖が赤黒く光り、雷を吸い込むようにのたうつ。

「てめぇ、雷を食いやがるのか……!」

 天貴が目を細める。

 直後、怪物の全身に吸い込まれた雷が逆流するように爆ぜた。稲妻の矢が雨のように降り注ぎ、湖面を突き破る。

「うおおッ!」

 天貴は風の渦を生んで電撃を逸らす。しかし避けきれず、肩口を焼き裂かれた。煙が立ち上る。

「てんぱい!!」

 玄太の叫びに、天貴は口端を歪めて笑った。

「っちぃ!効くじゃねぇか……なら!」

 ゴオオオオオッ!!

 ヒートアイランドが展開し、木々が根こそぎ焼ける。その中で俺はブルーストライクに炎を纏わせた。

「俺は玄太を守るんだよッ!!」

 ズガァァァァァンッ!!

 ブルーストライクが直撃し、怪物の胸が抉れる。焼け焦げた肉片が飛び散った。だが怪物も負けてはいない。雷をまとった鎖を振り回し、ヒートアイランドの大地をまとめて薙ぎ払った。

「ぐはッ……!」

 天貴の体が吹っ飛び、湖畔を転がる。血が口から溢れた。

「てんぱい、もうやめてってば!!」

 玄太の必死の声。それでも天貴は笑みを深める。

「……やめる?バカ言え……まだこれからだろ」

 青黒い雲を召喚し、天貴の上空に氷の粒が次々と現れた。瞬く間に雹つぶてへと変わり、流星のように神喰いに降り注いだ。

 ドドドドド……!!

 怪物は鎖を振り回し、雹を叩き落としながらのたうち回った。その隙を逃さず、天貴の体が怪物の懐へと踏み込む。

「玄太を踏んだのは……この足かぁぁぁ!」

 炎を帯びたブルーストライクが奴の右足をえぐる。膝が砕け、怪物がのけぞった。

「グゥゥゥゥゥ!!」

 怪物は咆哮し、湖畔ごと薙ぎ払う。しかし天貴は暴れる鎖をガシッと掴み、力任せに引き寄せる。

「この腕が、俺の玄太を殴ったのかぁぁぁ!!」

 ブルーストライクが怪物の右腕を粉砕した。

 ゴキッ!!

「グギャアアアアアアア!!」

 悲鳴を聞いた天貴の顔に、笑みが浮かぶ。

「はは……思ったより簡単に壊れるじゃねえか……!」

 ブルーストライクが肉を裂き、えぐる。一撃ごとに鋭利な炎で怪物が削れていく。

「熱そうだな?じゃあ、これをやるよ!」

 天貴が指を鳴らすと、空から降り注いだ氷塊が直撃し、巨体がよろめく。

「やめて……てんぱい!もう十分っすよ!!!」

 玄太が必死に叫ぶ。だが天貴は雷鳴と心臓の高鳴りに酔いしれていた。

「はは……たまんねぇな……!」

 壊すたび、天貴の力は増していく。

「……全部、ぶっ壊してやる!!」

 女兵士はその光景に息を呑む。守るために戦っていたはずの少年が、今や怪物以上の残酷な顔をしている。

「あれが……神の器のちから!!」

 神喰いの器は半壊した体でなおも拳を振るう。その中で少年の笑い声だけが異様に響いていた。

「ははは……!玄太ぁ!見ろよ……!お前の男はもっと強くなるぞぉぉ!!」

 ──ズガァァンッ!!

「や、やめて!!そんなてんぱい、おれのてんぱいじゃない!!」

 玄太の悲鳴。それでも止まらない。血に濡れた顔で笑い、壊すたびに雷が体を駆け巡る。

「玄太ぁ!お前、俺が欲しいんだろう?」

 唐突な言葉に玄太は息を呑む。

「な、なに言ってんすか……!」

 怪物の胸を貫きながら天貴は嗤う。

「お前は俺から離れられねぇ、そうだろ?」

「っ……!」

 図星を刺され、玄太の体が熱を帯びる。恐怖と別の感覚が背筋を這った。

「なら玄太……!お前を守るために、俺は全てをぶち壊すぜ」

「やめてっ!てんぱいの顔で、そんなこと言わないで!」

 涙で否定するけど、胸の奥ではゾクゾクとした感覚が芽生える。

「おれ、もう……怖いのか、嬉しいのか……わけわかんなくなっちゃう……!」

 戸惑う玄太の腕の中で、クータンが低く呟いた。  

「むぅ。神の器が……神喰いの器を喰いおったか」

 グオォォォォォォォォォ…………!!  

 最後の鎖が焼き切れ、怪物の断末魔が湖畔を震わせる。  

「ふぅ……玄太ぁ、まだ怖がってんのか?」 
 
 月明りに包まれた天貴が、かすかに笑って振り返る。  

「て、てんぱい……!やっぱ、いつものてんぱ……」  

 涙目で玄太が笑い返した、その瞬間──。

 ──ズガァァンッ!  

 天貴の足が怪物の頭を踏み砕いた。

「ほら、もう大丈夫だぞ」

 血と火花が四散し、 玄太の笑顔は一瞬で凍りつく。

 喉から声にならない悲鳴が漏れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O
BL
執着王子 × 異世界転生魔法使い 魔法使いが逃げられなくなる話。 『上』『中』『下』の全三話、三連休中に完結します。 二万字以下なので、ショートショート𖤣𖥧𖥣 Special thanks illustration by okiagsa様(X:@okigasa_tate)        MBM様(X:@MBMpaper) ※独自設定、ご都合主義。あしからず。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...