忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第123話 降伏と犠牲

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「ああ……俺の仲間を傷つけるやつは、みんなぶっ殺してやる……」

 天貴は血に濡れた拳を握りしめ、よろめきながらも立ち上がる。その瞳はなお、青白く光っていた。

(まだ、怖いてんぱいなのかな……)

 玄太はその背を見つめ、不安に胸を締めつけられた。

 その時、空を駆ける大きな羊が天貴達の目の前に着地した。

 ザシュゥゥッ!

 その背にはクータンを乗せていた。

「クータン!いつの間に!」

 シェパは止まるなり、急かすように何度も吠えた。

「……こやつがやけに急かしてのぉ」

「シェパが!?」

「農場が、危機に瀕しておるやも知れぬ」

 玄太の顔から血の気が引いた。

「てんぱい!これまさか、もう攻撃が始まってるんじゃ!?」

「かもな……いくぞ!」

 三人を乗せたシェパは、稲妻のような速さで、農場へ向かって森を駆け抜けていった。

 ──だが、天貴に蹂躙され、散り散りになったはずの神喰いの器の細胞が、湖畔の片隅で、かすかに蠢いていた。

 *****

 一方、アルカノア農場では。

 黒炎と煙に包まれながらも、農場の人々はそれぞれの力を振り絞っていた。

「種に戻れ、プランダッ!!」

「よし、ベータ!次はここを退化だ!」

 ベータとグロウは畑に走り出し、燃え広がる前に植物を退化させて火の燃料を減らす。必死に大地へ手を伸ばし、黒煙の中で互いに肩を支え合う。

 ミミは高台に登り、額に汗をにじませながら耳を澄ませていた。

「……聞こえる、次の攻撃……北西でふ!」

 彼女の声に合わせ、仲間たちは盾を構えて備える。

 幼い子供たちですら、持てる力を使って、泣きながら必死に立ち向かった。その姿に、大人たちも歯を食いしばる。

「そうよ……泣いてる場合じゃない!最後まで戦うわ!」

 アリスは涙を拭い、弓を構える。矢が炎に照らされ、次々と敵兵へ放たれた。

「私は負傷者を診ます!メーちゃんの火傷がひどくて……!」

「……っ!?頼んだわ……!」

 リオックも剣を振るい、盾兵を牽制して仲間たちを守る。

「うぉぉぉぉ!器様が戻るまでここ守るぞぉぉぉ!」

 ゲドの兵たちに立ち向かう姿は、もはや一人の兵士というより、農場の仲間そのもののだった。

 皆が必死に戦う最中、ふとコンバインは辺りを見回した。

「隊長の背中は!……って、あれ?隊長?」

 背中を守るはずの、肝心のラクターの姿が見えない。慌てるコンバインの様子にアリスも気づく。

「コンバインさん!?お父様は!?」

「それが、見当たらないんです!隊長!たいちょぉぉぉぉ!!」

 呼びかけは黒炎の轟音にかき消された。

「皆なもの、すまない……」

 (……ここを守るには、この道しかない)

 その頃、ラクターは振り返ることなく、誰にも知られぬまま炎の向こうへ向かっていた。

 *****

 黒炎は夜空を焦がし、農場の建物も畑も次々と呑み込んでいく。

「ふはははは!なんと愉快な光景だ!」

 その地獄を前に、漆黒の外套を纏ったゲドは、あたかも舞台の観客のように腕を組んで眺めていた。

「報告いたします!」

 兵が駆け寄り、膝をつく。

「多少の抵抗は見られますが……農場が燃え尽きるのも時間の問題かと」

「ふふふ……忌々しい農場も、神の器も……まとめて始末できたか」

 ゲドの唇が歪む。

 ドシャァァァ!!

 その時、炎の中から現れた人影に、兵たちが次々となぎ倒されていく。

「な、なんだ!?」

「どけぃ!邪魔だ!」

 アルカノア農場の主、ラクターだ。

 煤に汚れ、血にまみれながらも、その瞳は鋭くゲドを射抜いていた。

「……ほう。さすがはアグリスティア最強の元将軍」

 ゲドが冷ややかに目を細める。

「お前ほどであれば、仲間を見捨てれば簡単に逃げられるんだろう?だが残念、ここは退路じゃない」

 ラクターは答えず、ただ前へ進む。その巨躯からは炎にも負けぬ熱気が溢れていた。

「ゲド……なぜ燃やす!なぜ殺す!」

 ラクターの怒号が轟く。

「金や物資は奪えば手に入る……だが命は!命は奪っても、手に入れる事はできないぞ!」

 ゲドの口元に、冷たい笑みが刻まれる。

「ちぃッ!説教をしにここまで来たのか。相変わらずムカつく男だ」

 その瞬間、弓弦が鳴った。

 ヒュッ!

「んぐっ!」

 ラクターの太腿に矢が突き刺さり、膝が崩れる。

「違う……!そうじゃない……!」

 膝をつきながらも、ラクターは必死に叫んだ。

「俺の命で……皆を……勘弁してくれ……!」

「なに?」

 イラつきの頂点だったゲドの顔がみるみる崩れる。

「……ふ。ふふ……ふはははは!あの英雄ラクターが命乞いか!」

 ゲドの瞳が愉悦に細められる。

「やれっ!」

 ゲドの命令でラクターは兵に押さえつけられ、地に額をこすりつけさせられた。

「ふぐ……!」

「どうした、元将軍。威勢はどこへ行った?」

 ゲドは足を差し出し、冷笑する。

「……たの、む……!」

 ラクターは必死に耐えたが、兵に頭を掴まれ、ゲドの足元へと頬を押し付けられる。

「ほぉら、泥で汚れている。舐めろ!命を差し出すというのはこういうことだろう?」

 その光景を、炎の裂け目から駆け込んできた男が目にした。

「た、隊長ぉぉぉぉ!!やめろぉぉぉ!!」

 ラクターを追ってきたコンバインは、右手にアストラを発動し、怒りに燃える瞳でゲドを睨みつけた。

「貴様ァ……よくも隊長を……!!」

「待って、コンバインさん!」

 その背後からはアリスが必死に追ってくる。

「今ここで逆らえば、皆が死ぬ。……だからお父様は!」

 アリスは震える声でゲドに向かい合った。

「ゲド!どうかやめて。私が……私があなたのものになるから……お願い、許して……!」

「ふん」

 ゲドの口元に嗤いが浮かぶ。

「お前ごとき女はいくらでもいる。だが……そうだな。戦火の中で俺の足元にすがる花嫁、というのも悪くはない……」

 彼は炎の光に照らされながら、指を伸ばしてアリスを指差した。

「ここで服を脱ぎ、俺にひざまずけば……考えてやってもいいぞ」

「服を……!?ここで!?」

 ゲドと男兵士たちはニヤニヤしながらアリスの反応を楽しむ。

「ほ、本当に、それで……許してくれるのね?」

「んな!?やめろっ!!アリス!!」

 ラクターが血を吐くような声で叫んだ。

「そんな必要はない!俺ひとりで――」

「黙れ!」

 ゲドが指を鳴らすと、兵士のひとりが松明を持ち、ラクターの太い腕へ押し付けた。

「ぐっ…ぐああっ!!」

「うわぁぁ!!隊長ぉぉ!!」

 焦げる匂いと共に、ラクターの悲鳴が響く。

「やめて!!わかったから……!わかったからぁ!!」

 震える声でそう言い、アリスは胸元へ手を伸ばした。

「アリス!やめろぉぉぉ!!」

 ラクターが必死に叫ぶ。しかし兵に押さえつけられ、声は炎にかき消された。

 アリスの指が震え、布の結び目を解いていく。

 一枚、また一枚……衣が炎に照らされて落ちるたび、兵士たちが下卑た笑いを洩らした。

「くっ……隊長!アリス嬢……うぅ!」

 コンバインは目を逸らしながら、涙をこらえて歯を食いしばった。

「ははは……いいぞ。もっとだ」

 ゲドは愉悦に口元を歪め、獲物を嬲る獣のように瞳を光らせた。
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