忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第126話 すれ違う心

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 もう俺に言葉はいらなかった。ってか、こいつらと話し合う事なんて何もねえ。息を吸う。手を上げる。それだけでいい。

(すぅ………)

 俺の手に合わせて空気がかすかに動く。

 ザザッ……。

 地面が渦を巻いた。砂が跳ね、炎に照らされて赤く光りながら舞い上がる。最初はただの砂塵だった。だが、俺の呼吸に合わせてうねりを増し、渦を巻き、音を立てて締まっていく。

 ヒュオオオッ。

「な、なんだ、砂が!?」

「う、うあ!!目が!目が痛えぇぇっ!」

 兵士どもが慌てて盾を掲げ、顔を覆った。遅えんだよ。

「サンドストーム」

 次の瞬間、砂は研がれて刃に変わった。耳を裂くような風切り音と、肉を刻むいやな音が一緒になって響く。

 ゴオオオオオ……ギャリッ。

「ぎゃああっ!なんだぁぁこの砂はぁぁぁ!!!」

 バシュゥゥゥ!!

「腕がっ!脚が斬れたぁ!」

 列をまるごと剥ぎ取るように、盾を砕き、鎧を裂き、肉を刻み散らす。炎の赤に照らされ、血と砂が混ざり合って渦を巻く。

 俺は手を返す。

 ザシュッ。

 そのたびに砂は刃となり、右へ、左へ。群れごと兵士を切り裂いていく。

 ザシュシュシュッ。

「後ろへ下がれっ!陣形を、ひぐわぁぁ!」

 叫んだ奴の身体を砂塵の刃で切り刻んだ。

「な、なんだお前はっ!!」

 その叫びが合図になったみたいに、周りの兵どもが一斉にざわつき始める。

「農場のやつか!?」

「こんなガキが……!」

 怒鳴り声と悲鳴が混じって正門前がざわつき立つ。

 こんなもんじゃ足りねぇ。

 騒ぎを耳にして、ゲドが眉をひそめた。黒外套を揺らしながら、余裕ぶった笑みを浮かべたまま、アリスに伸ばしていた手を止める。

「……チッ」

 舌打ちと同時に、奴はアリスの肩を乱暴に押しやった。

「邪魔だ。下がってろ」

「きゃっ!」

 アリスは胸を両腕で覆い、そのまましゃがみ込んで身を縮める。

 ゲドの目はもうアリスを見ちゃいない。ざわつく兵たちを押しのけるように、真っ直ぐ俺を睨んできやがった。

「お前……?」

 その視線に、俺も負けず睨み返した。

 ーーーーー

「アリスさん……!」

 しゃがみ込んだアリスに玄太とクータンが駆け寄った。

「げん、太……さん。助かったのね……」

「はい……てんぱいとクータンのおかげっす」

「ふむ」

 玄太は自分の着ていたシャツをアリスにかけてやった。玄太サイズなら胸も尻も隠せそうだな。

「ありがとう……」

 そう言ってアリスは振り返ると、泣き腫らした目が炎越しに俺を捉えた。

「てん、き……?」

「はい、てんぱいっすよ……!もう大丈夫っす……多分」

 ゲドはそのやり取りを無視するみたいに、俺を睨み据えて口を開いた。

「なるほど……神喰いの器から逃れたか。運のいい奴め」

 薄く笑いながら声を響かせやがる。

「だが見ろ。農場はすでに半焼半壊だ。遅かったなぁ、神の器!」

 ……うるせぇ。

 遅かったかどうか決めるのは、俺だ。お前じゃねぇ。

「そうか?」

 俺は空を睨んだ。

「……降れ!」

 最初の一滴が頬に落ち、すぐに線になる。雨脚が強まって、土が黒く濡れていく。

「ははは、雨だとよ!」

「笑わせるな、雨ごときでデスファイアが消えるか!」

 兵どもが歯を見せて笑う。黒炎はうねり、雨粒を飲んで脈打つだけ。

「天貴!」

 焦げたラクターを抱えたまま、コンバインが吠える。

「雨じゃ消えねえ!こいつは水で消えねえ炎だ!」

 振り返ると、コンバインと目が合う。

「炎?……どうでもいい」

 言った瞬間、息が白く変わる。雨がそのまま凍結して、世界が一気に冷えていく。

「……コールドスナップ」

 バキッ。

 地面が鳴った。水たまりは一瞬で凍り、草の先まで白く縛られる。畑の土なんかガラスみたいにカチカチだ。黒い炎のふちに霜が走って、火が根っこから掴まれて縮んでやがる。

「う、足が……凍って……!」

「鎧が張り付いて……動けねえ!」

 バキバキ、ミシミシ……。

 靴が地面に食われて、足ごと凍りに抱き込まれていく。脛も膝も腰も、どんどん氷に飲まれていく。

「ははッ!アホづらまで凍ったようだな」

 盾のふちも真っ白、槍の先だってもう動かねえ。さっきまでゲラゲラ笑ってたツラが、今は口の端から霜が伸びて、歪んだまま固まってやがる。

 ーーーーー

「こ、これも天候?スカイリンクなの……?」

 クータンを抱きながら、初めて見る現象にアリスが目を丸くする。

「はいっ……ほんとは農作物を壊滅させかねない、農場にとっては災害級の気象っすけど……」

「ふむ。炎と氷で暑いのか寒いのか分からぬの」

 玄太はぶるっと身体を震わせる。そこにいちゃあぶねえぞ。

「玄太!コンバイン!」

 俺は短く呼ぶ。

「みんな下がってろ。足を取られる」

「は、はいっ……!コンバインさん、こっちに!」

 玄太はアリスを庇う姿勢のまま、コンバインと一歩引く。

「玄太……!あれは、本当に天貴なのか?」

 コンバインは黒焦げのラクターを背に乗せ、期待と疑いが混ざったような眼差しで俺を見る。

 いい。俺が守りたいものはそこにいろ。

(残りは全員、殺る)

 俺は一歩だけ前に出る。氷が足の下で鳴く。兵たちは目だけが動く。恐怖で大きくなった黒目の中に、俺が小さく映っている。

「ゴミ処理にはちょうどいいだろ?」

 誰に言ったわけでもないセリフ。雨を避けたゲドが余裕かまして近づいてくる。

「面白い芸だ。だが、こんな氷で包んだところで……」

 黙れ。

「この舞台にお前の台詞はない」

 俺は掌を返し、温度をもう一段落とす。

 パキパキ……ッ!

「はぅ……!!」

 兵の睫毛が凍り、まばたきができなくなる。頬に貼り付いた雫が白い棘になる。口を開こうとした奴の唇の端に細い氷柱が伸びた。

「くっ…生意気な小僧め!動ける奴はいないのか!?小僧を焼け!!」

 ゲドは火のアストラに命令を出そうにも、ほとんどの奴はまともに動けねえ。

「そろそろ、か」
 
 冷気が十分回った。凍結の檻は閉じた。逃げ道はない。空気中に漂う水分が俺の合図を待っている。

「ひ、火よ!あいつを焼き払え!」

 ゲドの兵が一人、無理やりアストラを使おうとして体制を崩した。脛の骨が嫌な音を立てた。悲鳴は白い息になって、すぐに凍った。

「焦るなよ、これからが本番だ」

 俺は空を見上げる。ここから先は、誰にも優しくしない。

「お、おい!逃げるぞ……!」

「な、何言ってる!……動けねえんだよっ」

 凍りついた足を必死に引き抜こうとする兵士たち。青白く光る氷の鎖に縛られ、奴らはまるで処刑台に並んだ罪人そのものだった。

「ゲ、ゲド様!た、助け――」

 兵士の一人が必死に叫ぶが、その声をかき消すように、俺は腕をゆっくりと掲げた。

 シュウウウ……ッ!

 次の瞬間、冷たい雲が渦を巻き、凍えるほどの風が吹き荒れる。

「フローズンレイン」

 俺の口から、氷よりも冷たい合図が飛ぶ。

 天から降り注ぐのは、雪じゃない。雹でもない。鋭利な氷の槍だ。

 シユバババババッ!!!

 それは無慈悲に、氷に囚われた兵士たちの肩を、胸を、頭を、無造作に貫いた。

「ぎゃああああ!!」

 叫びは悲鳴に変わり、悲鳴はやがて喉を裂かれた断末魔に飲まれて消える。

「やめっ……ぐぶぅっ!」

「助け……っひぎゃ!」

 氷柱に串刺しにされた兵士が、次々と地面に突き立つ。

「神というのは……容赦ないのぉ」

 クータン目に映るその光景は、もはや神の断罪だった。

 それでも俺の手は止まらない。

 氷の雨はなおも降り注ぎ、逃げ場を求める者の背を貫き、盾を持つ者の腕ごと串刺しにして地面へ縫い付けた。

「てんぱい……」

 玄太の見つめる先には、大好きな男が氷の雨を操つり殺戮する姿が。

「こんなん、やっぱてんぱいじゃないっすよ……」

 玄太の震える声が背中に届いた。

 振り返ることはしない。ただ、冷たい笑いが喉を揺らした。

「玄太ぁ、まだ生ぬるいよなぁ?もっとやべえ異常気象あったっけ?」

 玄太が絶句する気配を感じた。でももう止まれない。止まる気もない。

 アリスは両手で口を押さえ、呆然と立ち尽くしていた。涙で濡れた目元が震え、気づかぬうちに口角がほんのわずか上がる。

(……やっちゃえ)

 胸の奥でもう一人の私が囁く。

(もっと……もっとやっちゃえ!)

 父を焼き、仲間を弄んだ敵が、氷に串刺しになっていく。その惨たらしい光景を自分が望んでしまっている。

「……わたし……?」

 気づいた瞬間、胸の奥がゾクっとした。「いい気味だ」と思ってしまった、そんな自分に。

 だが、隣にいる男は違った。

 アリスが胸の奥に押し込めたその言葉を、彼は何のためらいもなく吐き出した。

「……いい気味だ……」

 焦げた腕でラクターを抱き寄せ、煤にまみれた顔で兵の断末魔を睨み据えるコンバイン。

 隠しもしない。戦場で生き残ってきた男にとって、敵の死はただの現実だ。

「……隊長……これで……報われますか……?」

 ラクターは目を閉じたまま動かない。返事はない。

「隊長……」

 氷雨の轟音だけが、答えの代わりに降り注いでいた。

 *****

 一方その頃、青巒の森にて。

 静まり返っていた薄暗い樹海に巨体のレッドボアが木立を揺らしながら現れた。牙をむき出しにし、縄張りを荒らす何かに警戒している。

「グルルゥゥ……!?」

 踏みしめた後ろ脚に、ぬるりとした何かが絡みつく。粘つく感触にレッドボアは咄嗟に足を振り払おうとしたが、それはびくともせず、逆にじわじわと肉に食い込んでいく。

 ズル……ズルル……ッ。

 漆黒の筋が皮膚の下に入り込み、血管を這うように広がっていく。レッドボアの目が大きく見開かれ、耳をつんざく咆哮が森に響いた。

「グギャァァァァアアアアッ!!」

 その声は、森を揺らすほどの絶叫だった。

 ……シン、と静まり返る青巒の森。

 跡に残ったのは、地面に滲む黒い染みだけだった。
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