忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第135話 てんぱい返さない詐欺

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 淡い光が消え、森に静けさが戻る。血の匂いと泥の湿りだけが現実を思い出させた。

「……てんぱい?」

 玄太の呼びかけに、見向きもしないテンキ。

「……玄太さん、あれはもう天貴じゃ無……」

 アリスが言い終わる前に、玄太は泥だらけのまま駆け寄った。そのまま力いっぱい天貴の身体に抱きついて、その胸に顔を埋めて叫びちらす。

「わあああああ!てんぱいが悪いやつ退治してくれたぁぁぁ!」

「……っちょ!!玄太さん!?」

 なりふり構わない玄太アタックに、緊張気味だったアリスはギョッとする。

「ん?ナンダ……コの人間」

 テンキの灰色の瞳が僅かに下を向いた。玄太の頭に冷たく視線を落とし、おもむろに手が持ち上がる。

「コレも、排除スルか……」

 その瞬間、アリスが鋭く叫んだ。

「うそ!?玄太さん、危ない!!!」

「え?」

 玄太は反射的に顔を上げ、思わずテンキと見つめあう。

「っ……!?」

「っ……!」

 玄太のクリクリの眼を見た瞬間、振り上げたテンキの手が止まった。空気に揺らぎを残して、ぴたりと動きを失う。

(アレ?今、コノ器、動ケナくナッタ……ナンデ?)

 戸惑う、天貴の中の神。その姿に、玄太は息を飲んだ。目の前には大好きなてんぱいの顔がある。

「アリスさん!大変です!てんぱいって……」

「どうしたの!?なにか気づいたの!?」

「神様になってもイケメンだし、やっぱ完璧っした!」

 玄太は涙と鼻水まみれの顔でうっとりしながら、しかしハッキリと言い切った。

「……は?」

 アリスが思わず素っ頓狂な声を上げる。

「いや!今、そのセリフ言う!?もっと大事なとこあるでしょ!」

 アリスは頭を抱えて叫んだ。

「ところで、神様のてんぱい!」

 神と思しき存在にもめげない玄太。

「ン?何を言ッテル?ボクの事カ?」

「おれのてんぱい、いつ返してくれるんすか!?出来れば明日にでも返却して欲しいっす!」

「愚カナ……コレより我は、コノ世界を浄化スル必要ガアル」

 テンキの口から、低く冷たい声が落ちる。

「浄化……!?うおお、さすが俺のてんぱいっす!ゲドだけじゃなくて、世界まで救っちゃうんすね!」

 玄太は勝手に盛り上がって両手を突き上げる。

「玄太さん!?浄化って、それ、そんなキラキラした意味じゃ……」

 アリスは顔を青ざめながら能天気な玄太にツッコむ。

「ねぇねぇ。じゃぁ、浄化ってやつ終わったら……おれの大好きな方のてんぱいは、返してくれるんすか?」

 玄太はにへらっと笑いながら問いかける。

「………」

 だが灰色の瞳は一瞬も揺れなかった。

「……返サナイ。浄化トハ、この世界の人間ヲ、リセットすル事ダ」

「…………は?」

 玄太はきょとんと固まり、アリスは真っ青になった。

「玄太さん!やっぱり、すぐその人から離れなさい!」

 アリスが必死に手招きするけど、玄太は聞く耳を持たない。

「……え、え?てんぱい返さない!?アリスさん!!これ、詐欺じゃないすか!?危険っすよ!」

「だから、最初からそう言ってるでしょうが!!」

(浄化って、この世界が消えるって事?じゃあおれたちが異世界に来たの、意味不明じゃね?)

 頭の中で、情報整理が追い付かない玄太。

「じゃあ、てんぱいを騙してここに呼んだんすか!?この嘘つき神!」

 玄太は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってテンキに詰め寄る。その視線の先で、冷ややかな眼差しが玄太を射抜いた。

「……騙シテナド、イナイ。最初カラ、コレガ目的ダ」

「開き直った……!くぅ……やられたぁ……」

 玄太は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

「玄太さん!だから言ったのに!!」

 アリスは必死に腕を掴んで引っ張るが、玄太はなお天貴の身体にしがみつこうとする。

「でも!でも!!おれ、てんぱい返してもらわないと、このまま引き下がれないっす!!」

「返サヌと言ッテイル……。ソモソモ、お前モ消エルノだ。返シヨウガ無イ」

「……ぐぅ……てんぱいが……おれも消すってのかよ……」

 玄太は唇を震わせるが、次の瞬間にはまた顔を擦り寄せ、叫んだ。

「それでも!おれは、死んでも離れないっすよ!!」

「やめなさい、玄太さん!ほんとに消されちゃうから!!」

 場の空気は張り詰めたままなのに、二人のやりとりだけがやけに間抜けに響く。

「消されても、離れない!!」

「玄太さん!?どう言う意味、それ!!」

 その横で、“てんぱい”を支配した存在は、一切の感情を見せず、ただ二人の人間を見下ろしていた。
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