忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第136話 性従者!?なわばり対決

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「……黙レ、愚カナる者タチよ」

 空気を裂くように冷たい声がぶつけられる。

「コノ世界ハ……失敗シタノダ……」

「え?あの……失敗って……それはどういう……」

 アリスがそこまで言いかけた、その時だった。

「アリス嬢ー!!!」
「玄太さーーん!!」

 コンバインとシーダの声が、門の向こうから飛んでくる。続いて、地下に避難していた農場の仲間たちが姿を現した。泥と汗にまみれながらも、必死に駆けてくる。

「器様……!?ご、ご無事でしょうか!」

 最後に現れたのはリオックだった。肩を借りながら、覚束ない足取りで必死に向かってくる。だがその目は、様子のおかしいテンキを真っ直ぐに睨んでいた。

「おい……あれを見ろ!」

 コンバインが指さした先には、手足をもがれて絶命している血まみれの遺体。その鎧は、かつての帝国将軍ゲド。その威勢も、黒い剣も、今は跡形もない。

「ゲドが……死んでる……!?」
「まさか、器様が!!」

 仲間たちの間にざわめきが広がった。やがてそれは歓声に変わる。

「神の器様が、農場を……この国を救ったんだぁぁ!」

 疲弊した顔に、涙と笑いが同時に浮かぶ。泥にまみれた拳が次々と高く突き上げられた。

 しかし。

「違う……」

 アリスの声が、熱狂を切り裂いた。

「この人は……ここを救ってなんかいない。まだ……何も終わってないわ」

 その言葉に、一瞬だけ人々の歓声が止む。だが次の瞬間、誰かが叫んだ。

「いや!器様がいなければ、俺たちはとっくに全滅してただろ!?」

 信じたい。自分たちは助かったという確証が欲しい。そんな人たちのざわめきが広がる。混乱、熱狂、不安が渦巻き、場は揺れた。

「アリス嬢……どうなっちまってんだ?」

 ――そのすべてを、灰色の瞳が見下ろしていた。

「人間共ガ集マッテきタカ……本当コイツら、ウルサイなァ」

 主役の冷たい声が、群衆の中を走りリオックに届く。

「天貴様……!?いや……なにかが違う」

 天貴の違和感にいち早く気づくリオック。そして、テンキの灰色の瞳がゆっくりと群衆をなぞる。

「……我ガ名ハ、クザン・アストレイ。コノ世界ノ……神だ」

 その一言に、場の空気が震えた。誰かが息を呑み、誰かが膝を折る。信じられずに笑おうとした者の声すら、その場に凍りついた。

「おい天貴君!どうしたんだ、なんの冗談……」

 恐る恐る近づいた農夫が、天貴の肩に触れようとした瞬間。

 ドンッ!!

「うわっ!!」

 見えない衝撃に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「おいおい……マジなのかよ。どうなっちまってんだ、アイツ……」

 コンバインが一気に警戒の色を強める。

「聞ケ。愚カナル者タチよ」

 灰色の瞳が群衆を貫く。

「コノ世界ノ人間ニハ、我ガ恩寵――アストラヲ与エル理(ことわり)ヲ施シタ。オ前タチはソレヲ抱キ、チカラを振ルウよう創ラレタ」

「アストラを……いや、世界を……造った存在だって……!?」

 誰かが震える声を漏らす。

「シカし。アストラ同士ノ配合ニヨッテ、ソノ作用ヲ打チ消シあイ、持タザル者ガ産マレてイル。イレギュラーだ」

 その言葉に、人々は息を呑んだ。

「ボクハ、イレギュラーが大っ嫌イなンダ」

 誰もが思い当たる。ダストラの存在を。
 
「結果、世界はアンバランスで醜い。早急に、全テの人間ヲ洗い流シ……」

 冷酷に淡々と、そこまで言いかけたその時だった。

「わっかりましたぁぁ!じゃ、おれも手伝うっす!!」

 玄太が突然、両手を広げて叫んだ。

「ええぇぇ!?」

 その場にいた全員が、一斉に驚きの声を挙げる。

「ちょっと玄太さん!なんでそんな物騒な話に乗るんですか!?しかも、助手って!」

 アリスが思わず、皆を代表して総ツッコミ。

「だって!てんぱいのやる事に、おれが逆らえるわけないじゃないっすか!」

 謎にさわやかな笑顔で、玄太は振り返って親指を立てた。

「念ノタメニ言ウガ、人類ヲ一度滅ボス、トイウ事ダゾ……?」

 神は初めて、ほんのわずかに声を揺らした。

「手伝ウと、本気デ……言ッテルノカ?」

「本気っす!てんぱいが右ならおれも右!てんぱいが滅ぼすならおれも滅ぼす!以上!!」

 言い切ってやった!と、気持ちよくなった玄太はふんぞり返った。

「はあああああ!?」

「ちょっとぉぉぉ!!玄太さん、人を滅ぼす側に行く気!?」

 その場にいる全員の、ツッコミでは表現しきれない叫びのような悲鳴が上げる。

「どっち側もクソもないんす!おれは常に、てんぱい側なんで!」

 灰色の瞳が、玄太の顔をジッと見つめる。

「ね!おれは、身も心もてんぱいに捧げてるんで!おれを自由に使ってください!」

(ナンダ、コノ胸の疼キハ……コの器は……コノ男とイルト、危険ダ……)

 その瞳の奥で、なにかが微かに揺れた。

「ちょっと待ったーーー!!!」

 このやりとりに我慢ならないリオックが、告白タイム風の叫び声を挙げた。右肩を押さえながらも、堂々と一歩前に出た。

「うぬぅ!付き人の独り占めには、させんぞ!」

 低く、力強い声が辺りに響く。何が起こるんだと言わんばかりに、周囲の空気が一瞬、固まった。

「俺の……この身体も、天貴殿に好きに使ってもらうぞ!必要なら……毎晩でも、かまいませぬ!!」

 言い終えると、リオックはテンキの前に跪くようにかがんだ。

「いやリオックさん!その言い方、ただのスケベじゃないっすか!!」

「まぁ……毎晩っていうと、アレだよなぁ」

 理解しがたい状況とはいえ、農場の男たちもそのツッコミには同意する。

「ちょ!この状況で、オス同士の縄張り争い!?」

 アリスも思わず声を挙げた。

 玄太とリオックが、互いに天貴の前へ一歩も引かずに並び立つ。どちらも「俺の方が捧げる!」とばかりに必死だ。

 仲間たちはただ、ぽかんと眺めるしかなかった。

「フン……ボクにハ相棒も、ソンナ慰ミも、必要ナイ」

 クザンの冷たい声が、ふたりの間に落ちる。……しかし。

「なにを言う!中身は神でも、その身体は若く健康な男子!絶対に溜まる!」

 すかさず、リオックが力説した。その場にいる男連中は小刻みにうなずく。

「ん~……でも、この器はオスでショ?。なら女子の方が……ほら、ちょうどそこにいるじゃん」

 クザンがアリスとシーダを指さして、その灰色の瞳を向ける。

「へっ!?な、ななな、なんで私!?」

 アリスは顔を真っ赤にし、両手をぶんぶん振りながら慌てふためく。だがその表情には、なぜかほんのり嬉しさがにじんでいた。

「わ、わたくし……?し、仕方ないですわね……」

 シーダは頬を赤らめ、指先をもじもじと絡めながら小さく答えた。

「おい……何の会話してんだこれ……?」

 会話についていけないコンバインが、誰にでもなく問いただす。

「なんか……終末感が……」

「台無しですねぇ……はは」

 ベータとグロウが、お互いの顔を見ながら呆れかえった。

「尊い……でふ」

 その陰では、ノート片手に大興奮でペンを走らせるミミの姿が。

「玄太VSリオックの性従者なわばり対決!!?まさかの女子参戦で、三角関係大乱戦でふ!」

 ページいっぱいに矢印や♡マークを書き殴り、“性従者”の文字に二重丸を付けて強調するミミ。

「むふ……天貴殿の中身が神様って設定も、更に尊いでふ……!!」

「ちょっと、あの……ミミちゃん?」

 世界滅亡の危機においても、鼻息を荒くするその姿に仲間たちは無言で戦慄する。

「ふむ……あれは……もしや……」

 そんなミミの背中に隠れるように張り付いていたクータンが、目を細め、ぽつりと呟いた。

「……我ガ主……ついに、顕現したか……」

 クザンの神託の徒、件《クダン》。3日で死ぬはずだった存在。

 見つかれば、処分される――その本能的な恐怖に、仔牛の瞳は大きく揺れ、小さな蹄がかすかに震えていた。
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