忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第138話 運命を背負う仔牛

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「イレギュラーハ……即刻、排除対象ダ」

 クザンの冷たい宣告に、広場の空気が一変した。

 人々は無意識に一歩、また一歩とアリスから距離を取っていく。
 まるで彼女が処刑台に立たされた罪人かのように。

「みんな……?ううん。そう、そうよね……」

 孤立の輪の中心に立たされたアリスは、その光景に胸を締め付けられた。
 理解できる、でも苦しい――そんな、複雑な気持ちに支配される。

「あ~~、アリスさんが!これ、なんかやべえ雰囲気っす……!」

 玄太はクータンを抱きながら焦りに焦る。

「てんぱいの身体で、アリスさん傷つけちゃったら……もう戻れなくなるっすよ!絶対!」
「うむ……しかしこれが、件として産まれた我らの、運命なのかもしれぬ」

「いやいや!そんな運命とかいらないっす!アリスさんも、もちろんクータンも!」

 玄太の腕の中で、クータンはじっとアリスを見つめていた。

「……姉上」

 それは、同じ件の生き残りとして、その運命を本能で悟っているかのようだった。

 ……その時だった。

「待て、神さまよぉ!」

 コンバインがズイッと一歩踏み出し、アリスの前に頑丈な胸板が立ちはだかった。

「アリス嬢がイレギュラーとか…そりゃぁ、なんかの間違いだ!アリス嬢は、俺の敬愛する隊長の娘さんなんだ!」
「……コンバインさん、やめて」

 アリスはコンバインの腕を掴み、必死に首を振った。

「神の標的は私。あなたは関係ない!」

 だがコンバインの背中は、まるで岩のように一歩も動く気配がない。

「今は俺がラクター隊長の代わりだ。アリス嬢を守れなかったら、隊長に顔向けできん!」

 今。コンバインの脳裏に浮かんでいたのは、かつて戦場で見た隊長の背中だった。いつも仲間の前に立ち、矢を浴びても決して退かない、大好きな隊長の背中。

 クザンの瞳が細められる。

「ホウ……ナラ、二人まとめて排除ス……」
「アリス殿をやるというのなら、代わりに私を殺してください!」

 クザンの言葉をかき消すように、さらにリオックの声が響いた。
 
「天貴殿に命を捧げるのは元より覚悟の上!その手にかかるなら……俺は本望です……!」

 その姿に呼応するように、農場の仲間たちが次々とアリスの周りへ集まっていく。

「いや、なら俺をやれ!」
「ラクターさんとアリスさんのおかげで今の俺たちがいるんだ!」
「アリスさんを殺すなら俺を殺せ!!」

 鍬を握りしめる者、震える膝を押さえながらも立ち上がる者、母親に抱きつきながら、それでも声を張る子供。

 ――それぞれの想いがアリスを中心に渦を巻いていく。みんなの目には怯えと同時に、決意の色が宿っていた。

「みんなぁ……グス…ッ」

 アリスの胸は熱くなった。涙が滲み、視界がかすむ。仲間たちが守ろうとしてくれている。その事実が、全身を震わせるほどの力を与えてくる。

「フゥン……コレガ人間お得意ノ、情ッテヤツ?ナラ、全員マトメて浄化シチャオウか」

 クザンが改めて、帯電した右手を天へと掲げ、ぎゅっと握りつぶす。青白い稲光が走った瞬間、広場の誰もが息を呑み、次の刹那を覚悟した――その時。

「待たれよ!それは……我じゃ!」

 突如響いた声に、場は水を打ったように静まり返る。玄太はハッとした。手の中にいるはずのクータンが……いない。

「誰ダ……?」

 視線が集まった先に、小さな影がふらりと歩み出ていた。

「く、クータン!?おい、戻れ!ダメだって!」

 慌てて手を伸ばすが、クータンはちょこんとアリスの横に立ち、振り返ろうともしなかった。

「姉上よ……」

 仔牛は小さく顔を上げ、アリスにだけ聞こえる声で囁いた。

「……姉上の未来視は、皆の希望。この場で死ぬことは、かなわぬ」
「ク、クータン……どうして……?」

 アリスの瞳がかすかに揺れた。言葉を返そうとするが、声にならない。だがクータンはすぐに前を向き、小さな口からはっきりと言葉を紡ぐ。

「我が主神よ。このおなごの未来視など、まがい物じゃ」

 小さな口から紡がれた言葉に、群衆がどよめく。

「我こそ、本物の件の生き残り。いれぎゅらぁは……この我じゃ!」

 胸を張り、誇らしげに宣言するクータンに玄太は思わず一歩踏み出す。

「やめろ……そんなこと言っちゃ……!」

 だが、黒い仔牛は耳を貸さず、まっすぐクザンを見据えていた。青白い光を宿したクザンの瞳が、フッと灰色に戻る。

「……ホぅ。件の気配ハお前ダッタノカ」

 低く呟き、クザンはゆっくりと視線を落とす。

「確カニお前ハ、ボクの遣ワシた件だナ。最後に送ったのは、この器の家畜に宿した一〇五八号……」

 その言葉に玄太は耳を疑った。

(それって、おやっさん農場でクータンが産まれた日の事だ……!)

「あの時からもう……てんぱいの運命は決まってた…って事っすか……」

 仕組まれた運命に怒りと困惑が渦巻く中、クータンは小さな体で一歩も退かず、澄んだ瞳を向け返していた。

「死ぬはずの神託の道具が、なぜ生きている?」

 クザンが静かにクータンに問う。

「ふむ…人の作りし、母の味で生きられたのじゃ」

 その答えに、玄太は息を呑んだ。母の味、甘乳パンが神の計画を狂わせた?

「フン…件ガ神託以外をペラペラと……飛んダ失敗作……!」

 クザンは鼻で笑い、軽く指を鳴らす。

「デリート……!」

 パチン――。

 青白い光がほとばしり、広場を覆った。人々が悲鳴を上げる中、玄太は必死に叫ぶ。

「やめろぉぉぉ!!クータン!!」

 稲光が仔牛を呑み込んだかに見えた刹那――光が収まった時、そこには変わらず立つ小さな影。クータンが、まるで何事もなかったかのように小さな声で言った。

「ふむ。なにか、したかの?」
「……なに?」

 驚愕するクザンの声。玄太は一瞬、助かったと胸をなで下ろした。だがその安堵はすぐに恐怖へと変わる。

「むぅ……!?少し背中がかゆいの」
「ふざけてる場合かよ!こっち来い!逃げるっすよ!!」

 玄太は泣きそうな声で叫ぶ。

「ヤハリ、おカシイナ……ナゼ、ボクノちからガ作用シナイ?」

 クザンの低い声が広場に響き、空気を凍りつかせた。

「シカタナイ。不良品ヲ回収シ、一度エリアに戻ルカ……」

 その背後に裂け目のような光が走る。玄太の視界が奪われる。

「え、てんぱい、戻るって!?く、くーたぁぁぁぁぁ!!」

 足が勝手に動いていた。抱きしめようとした瞬間、仔牛を呑み込んだ光と共にクータンとテンキは消えていた。
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