忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第139話 旅立ちの始まり

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 広場には、ひとまず静けさが戻っていた。

「行ったのか……俺たち、助かった……のか?」
「ああ、もう大丈夫だ……」

 みんながそう口にして、肩を抱き合ったり、泣き笑いしたりしている。

 でも。

 玄太には、全然ちがって見えていた。

 腕の中は空っぽだ。あの温かい重みも、大好きな笑顔も、どっちも消えてしまった。

「……てんぱい……クータン……」

 声は震えて、呼んでも返事はなくて。胸の奥がごそっと抜け落ちたみたいに苦しかった。

「天貴殿……」

 リオックも同じだった。空をにらみつけるように見上げながら、拳をぎゅっと握りしめる。

「俺がお救いしたかった」

 それ以上、言葉にならなかった。

 周りが「助かった」と涙をぬぐう中で、玄太とリオックだけは、大切なものを同時に失った現実に、立ち尽くすしかなかった。

 *****

 農場に戻ると、出迎えたのは崩れかけた屋敷だった。壁に大きなひびが走り、瓦や木片が散らばっている。

「かぁ~!よく見たらひでえ有様だぜ」

「落ち着いたらすぐに直さないとね」

 二人の声が、静まり返った屋敷にやけに響いた。

「……みんな、良かった。無事に戻ったのね」

 地下に降りると少し疲れた顔のシーダとノーグが出迎えた。でも、みんなの姿を見て少し安心した様子だ。

「お父様!」

 アリスは駆け寄り、ラクターの手を握った。返ってきたのはかすかな呼吸だけ。

「ずっとこの調子で……回復の兆しが見えないの」

「私が作った呼吸補助装置でなんとか持たせてるけど……」

 ノーグの言葉にシーダが唇を震わせる。

「みんな……無事だったモか……」

 部屋の奥から煤だらけのモーちゃんがとぼとぼと現れた。

「モーちゃん……メーちゃんの具合はどう?」

 モーちゃんが後ろのベッドを振り向くと、火傷を負ったメーちゃんがシェパの身体に包まれていた。

「ラクターさんほど酷くはないモ……ミノ太と水汲んでくるモ……」

 そう言って、力なく外に出ていくモーちゃん。

「モーちゃん……メーちゃん……私、自分の事ばっかりで……ごめんね……」

 傷ついた仲間たち全員に気をかける余裕がないアリス。

「お父様……私、やっぱりだめね……」

「アリスちゃん……」

 ノーグ製・呼吸補助機に助けられ、ラクターの胸はわずかに上下していた。だがその動きは頼りなく、息を吸うたびに喉の奥からかすれた音が漏れた。

「せっかく仇は取ったのに……ゲドをやっつけたのに……」

 アリスの目に涙があふれる。

「うぅ……隊長ぉぉぉ……!」

 コンバインが叫んだ。真っ赤な目で、必死に歯を食いしばっている。

「隊長がいなきゃ、俺……生きてても意味なんかねえ!逝くなら俺も一緒に行きますからぁぁぁぁ!」

 布団にすがりつき、声を振り絞りながら涙をこぼす。

 ――その姿を、玄太は少し離れた場所からぼんやりと見ていた。

 耳に届く言葉が、どこか遠い。胸の中は空っぽだった。

「はぁ……おれも、てんぱいがいないんじゃ、生きててもしょうがないな……」

 玄太の呟きは誰に届くこともなく、崩れた屋敷の片隅でかき消された。

 その肩をそっと叩く大きな手があった。

「……付き人よ」

 振り返ると、そこにはリオックがいた。顔は強張り、目の奥には同じ喪失の影がある。

「俺もだ。天貴殿を失ったままでは、おめおめと生きてはいけぬ」

 そう言い切ると、リオックは立ち上がった。半壊した屋敷を出て行くかのように一歩踏み出し、背を向けたまま続ける。

「ならば!俺は天貴殿を探しに行く。付き人はどうする?」

「……探すって、どこを?どうやって……?」

 玄太は思わず聞き返した。

 本当は誰よりも自分が探しに行きたい。でも、この世界の事がよく分からない。そんな不安と焦りが声に混じる。

「俺だって分からん。だが、探さずにはいられん」

 探すなんて、無茶だ。どこから?どうやって?……でも、探さずにいられない気持ちは、自分だって同じだった。

「お前は……違うのか?付き人」
 
 玄太は口を開きかけて、すぐに閉じた。喉の奥が熱く、胸がぎゅっと縮む。

「……おれも行くっすよ。行くに決まってる!」

 それでも、胸の奥から湧き上がるものを押し込められなかった。

「てんぱいとこのままお別れなんて、生きていけねえっすから!」

 玄太の叫びに、リオックはゆっくり振り返り、短く頷いた。

「……ならば、共に行こう」

 二人の影が、同じ方向を見据えるように重なった。あてもなければ、手がかりもない。それでも、進む道だけははっきりしていた。

「……二人とも、行くのね?」

 アリスは涙を拭いて、それだけ言った。

「すまねぇっす、アリスさん。ラクターさんが大変な時に……でも、おれ……」

 それでも、玄太の頭の中には、天貴とクータンの姿しか浮かばなかった。

「いいんだ、玄太!」

 横でコンバインが拳を握りしめる。

「お前らが行かなきゃ……このままアイツをほっといたら世界が終わっちまう!」

 涙をにじませながらも、無理に笑ってガッツポーズを作る。

「だから頼んだ。隊長は俺たちが守る。お前らは天貴を連れ戻せ!」

 その声に、仲間たちが次々とうなずいた。

「……天ちゃんのこと、絶対に、連れて帰って来なさいよ!」

「はい……!ノーグさん!」

 励ます声や、強がる声が次々と響く。

「おい、クータンも忘れんなよ!?」

 みんなの視線が、玄太とリオックの背中を押していた。微かに芽生えた希望にアリスはそっと顔を上げた。

「……必ず、帰ってきて。二人とも」

 玄太とリオックは視線を交わし合った。

「わっかりましたぁ!」

「よし、付き人!行くか!」

 失ったものを取り戻すための旅が、ここから始まろうとしていた。
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