忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第141話 水の都へ

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 青白い苔の光に照らされながら、二人はさらに奥へと進んだ。天井は高くなり、壁には古い紋様が刻まれている。

「むう。この山の内部にこんな場所があったとは……」

 リオックは剣の柄に手を添えたまま歩みを進める。

「はい。アリスさんも驚いてました。意外と知らないことが多いんすよね、世の中って」

「そうだな……天貴殿を支配した神の存在も、その一つだ」

「そりゃそうっすよね……てんぱい本人すら知らなかったんすから……」

 やがて通路が開け、二人の目の前に荘厳な光景が現れた。

「聖堂か?この様式……我がアグリスティアの聖堂と通じるものがある」

「そうなんすか!?じゃあリオックさん達の先祖様なんすかね」

 石造りの聖堂のような大空間。中央には大きな女神像がそびえ、その足元には泉が湧き出している。泉の水面は光を帯びてゆらめき、天井の苔の輝きを映して神秘的な輝きを放っていた。

「……やっぱすげぇ……」

 玄太は思わず足を止め、口を開けたまま女神像を見上げた。

「ここが……水の精霊の神殿なのか?」

 リオックの表情は普段の険しさを和らげ、敬意を滲ませている。

「いえ、この泉の中にあるんすよ……たぶん」

 近づくにつれ、泉からは澄んだ冷気のようなものが立ちのぼり、二人の頬を撫でていった。

「この泉の中だと?俺はそんなに息は続かないぞ」

「いえ、そこは大丈夫っす……」

 玄太はごくりと唾を飲み込み、泉の縁に歩み寄った。水面は不思議なほど静かで、触れればすぐに声が返ってきそうな気配が漂っていた。

玄太はそっと膝をつき、泉に手を伸ばした。

「失礼しまーす……ウォルさん、いますかー?」

 指先が水面に触れた瞬間、泉がぼうっと青く光を帯び、女神像の足元からさざ波が広がっていく。

「……水の神殿に近づく者よ……」

「ぅお!」

 玄太が慌てて手を引くと、水面から小さな波紋が立ちのぼり、聖堂全体に声が響いた。

「……って、あら?」

 泉の光がふわりと立ちのぼり、人の形をした水の影が現れた。透き通る髪が流れるように広がり、泉そのものが命を持ったかのように形を成していく。

「水の精霊……さま……」

 リオックが思わず膝をつきかける。

「ウォルさん!!」

「……やだ、あなたじゃない。えーっと、恋する忠犬、玄太さん!」

 柔らかな声が泉から響いた。

「ウォルさん!いきなり『恋する』とか言わないでくださいって!」

 玄太は顔を真っ赤にして抗議する。

「あら?そういえば、今日の彼氏は違う人なのね?空系男子とは別れたの?」

 ウォルが意地悪っぽく微笑んだ。

「いや!別れてないっすから!……ってか、そもそもてんぱいとはそういうんじゃないっすから!」

 玄太が言いかけたところで、リオックがゴホンと咳払いする。

「……くだらぬ世間話は後にせよ。水の精霊よ。我らは、神と名乗る存在について聞きに来た。そなたが遣える女王への謁見を所望する。……そして!!」

「そして……?」

 ウォルが目を細める。その隣で玄太もつられて身を乗り出した。

「天貴殿のつがいの座は、まだ誰のものでもない!!」

「なっ……!?」

 玄太が盛大にひっくり返りそうになり、ウォルは目を瞬かせる。

「これが恋のバトルなのね!?噂に聞いた通り、複雑だわ!」
 
「いや、リオックさん!つがいって……いきなり色々すっ飛ばしすぎっすよ!」

 玄太が慌てて抗議するが、リオックは真顔のままだ。

「何を言う!つがいになりたい男を取り戻したいからこそ、ここまで来たのだろう!?」

「そ、そりゃ、そうっす……けど……」

 その真剣さに、ウォルはくすりと笑う。

「なるほど……天貴さんのピンチってわけね。確かに大事な用件みたいだけど……」

 ウォルは泉に腰をかけ、水の髪をさらりと揺らした。

「でも残念。女王様は今、瞑想の儀に入られているの。だから今すぐには会わせられないわ」

「……瞑想の儀?」

 リオックが眉を寄せる。

「そう、一年に一度だけ水脈と心をつなぐ大事な時間。途中で邪魔したら、あなたたち滝壺に沈められちゃうわよ?」

 ウォルはさらりと言って微笑む。

「ひぃ……」

 玄太が肩をすくめる。

「ま、とりあえず!ここじゃなんだし、ふたりとも下まで案内するわ」

 そう言ってウォルは立ち上がり、泉の水面をすっと指でなぞった。光の道が走り、水の奥に青白く輝く門のようなものが浮かび上がる。

「さ、ついてきて!」

 同時に、泉の中へ消えるウィル。玄太とリオックは顔を見合わせ、無言でうなずいた。
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