忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第142話 それぞれの想い

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 玄太とリオックが下の世界へ降り立つと、目の前に広がったのはまるで別世界だった。

「……うっわ、なんかすっげぇ……」

 玄太が思わず立ち止まった。目の前いっぱいに広がる光景は、前に来たときの印象とはまるで別物だった。

「ここ、本当に同じ場所っすか?前に来たときは、もっとガランとしてて……」

 驚きに目を見張る玄太を横目に、ウォルがくすっと笑った。

「ふふ。そうでしょ? あの時は水脈の流れが滞っていたから、この神殿も力を失っていたの。本来の輝きなんて、ほとんど残ってなかったのよ」

 泉の水面が、青白い苔の光を反射してきらめく。その光景に合わせるように、ウォルの髪も水晶のように揺らめいた。

「でも今は、山に注ぎ込まれる雨が安定して、この地もようやく本来の姿を取り戻したの」

「はぁぁ~……おれたちが、ここの雨を止めた影響って結構デカかったんすね……」

 玄太は頭をかきながら苦笑いした。

「そうよぉ?あのまま雨が戻らなかったら大変だったわよ!」

「す、すまねっす……」

 そんな玄太を余所に、リオックは息を呑みながら周囲を仰ぎ見る。

「そなたらの事情は分からんが……まさか、この山の奥深くにこのような水の国が眠ってようとは……」

「ええ。ここは水の精霊たちが集う都でもあるわ。ほら、よく見て」

 ウォルが泉の奥を指さすと、薄靄の向こうに青白い影が揺れた。小さな精霊たちが水面を渡るように跳ね、光を散らしている。

「……!」

 玄太とリオックが目を丸くする。

「おお……」

「すごい……小さな精霊さん達がめちゃくちゃいる!!」

「そう。あなたが前に来たときは、力の無い子は眠りについてたけど、今は水の恵みを受けて精霊たちも息を吹き返したの」

 泉の奥で水の粒子が舞い、その光は聖堂全体を淡く包み込み、玄太とリオックは呼吸さえ忘れそうなほど、その神秘に見惚れていた。

「……で、女王様の瞑想っていつ終わるんすか?」

 我に返った玄太が、泉のほとりでウォルに尋ねる。

「ん~……たぶん明日には終わると思うわ」

 ウォルはゆるやかに髪を揺らし、微笑んだ。

「だから、今夜はここで過ごしてちょうだい。明日になったら、あなたたちを女王様のところへ案内するわ」

「なるほど……今夜は泊まり込みってわけっすね」

 玄太が頭をかきながら笑うと、リオックも静かにうなずいた。

「ありがたい申し出だ。しかし、ここで寝るとなると服が乾く間もないな」

「大丈夫よ!ここじゃ何だし、着いてきて!」

 ウォルが微笑むと、一角にある小さな建物に案内された。

「ほう、ここが宿っというわけか」

「ふふ、じゃあ今夜はここでゆっくり休んでね」

 そういうと部屋の中央にある泉の水面がすうっと波打ち、泉の奥から透明な泡がいくつも浮かび上がった。やがてそれは淡い光を帯び、ふたりの前でふわりと形を変える。

「え……水のベッド?」

 玄太が目を丸くする。

「水のゆりかごよ。あなた達の疲れた心も体も癒やしてくれるわ」

「おおっ……!すげぇ!」

 玄太は勢いよく飛び乗るが、ぷかりと体ごと沈みかけ、慌ててバタバタと足を動かす。

「うわっ!?ちょ、沈む沈む!溺れるー!」

「付き人、落ち着け!これ、沈みそうで、沈まんぞ」

 そう言われてジタバタを止めると、泡のベッドはしっかりとした弾力を取り戻して玄太の身体を押し返した。

「わぁ!浮いたっす!プカプカで気持ちいい!!」

「……まったく。子どもか」

 ウォルはくすっと笑みをこぼし、泉の光の中へ溶け込むように身を揺らした。

「じゃあ、今夜はゆっくりおやすみなさい。明日になれば、女王様に会えるから」

 星空のようにきらめく苔の光を天井に映しながら、二人はそれぞれの「水のゆりかご」に横たわっていた。

「……ふぅ。信じられん。水の上で眠ることになろうとはな」

 リオックが低くつぶやく。

「っすよねぇ……。けど、なんか不思議と落ち着くっす……。ふわふわして、てんぱいの腕枕で寝てるときに似てる……」

「……なに?天貴殿の腕枕だと……!?」

 リオックの目が闇の中で光る。

「付き人よ、それはよく寝られるのか?」

「え?あ、はい……不思議とドキドキするってより、めっちゃ安心するんすよ」

「……なるほど」

 リオックは天井を見上げたまま、ひとつ深く息を吐いた。

「……俺はむしろ、自分の腕で天貴殿を寝かしつけてやりたい。俺の崇めた神、その器であった天貴殿を、腕の中で慈しみたいのだ」

 普段の豪胆さとは違う、静かな声だった。

「ふうん……信仰が、そのまま愛になった感じっすかねぇ」

「時に付き人よ。おぬしはなぜ、かように天貴殿に愛を注ぐのだ?」

「えーっと、それは……」

 玄太は少し黙ったまま、そっと口を開いた。

「おれが子供の時、両親が死んじゃって。その時、近所に住んでたてんぱいが言ったんす。どうせ人はいつか死ぬから気にするなって」

「子供なのに、なんと大胆な慰め!」

「はは……っすよね?でも、おれはその時、人が悲しい時に前を向く方法ってのを、なんか教わったんす」

「……うむ。乱暴に聞こえるが、子供だからと誤魔化さない、前向きな教えだ」

 リオックの声が、水のゆりかごに淡く響いた。玄太は天井の光を見つめながら、ぽつりと笑う。

「おれ、中学に入って少しぐれちゃったんすけど。近所の人はおれを避けるようになっても、てんぱいだけは、会うとちゃんとおれの目を見て話しかけてくれて……」

「ちゃんと見守ってくれていたのだな」

「はい……だからおれ、てんぱいだけが見ててくれれば、それでいいんす」

 静かな水音だけが広がっていく。

「なんかおれたちの、てんぱいに対する『好き』って、形が違うんすね」

 玄太は少し黙り込み、それから小さく笑った。

「でも、リオックさんってスケベばっかりじゃなくて、結構ロマンチストっすね」

「な……!?」

 思わず声を荒げかけたリオックを、玄太の眠たげな笑顔が和らげる。

「でも……おれも同じっす。形は違っても、結局てんぱいのこと大事に思ってるのは一緒なんす」

 返事はなかったが、リオックの吐息がかすかに緩む。

 星空のようにきらめく苔の光がゆらめく中、二人はそれぞれの「水のゆりかご」に身を委ね、静かに目を閉じていった。
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