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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~
第144話 セレヴィアの告白
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「さぁ、語りなさい。神の器に、何が起きたのかを」
女王セレヴィアの声に、玄太は震える声をしぼり出した。
「……はいっす」
玄太は両手の拳を握ってセレヴィアを見つめる。
「その前に、女王様。あと、リオックさん。カラミティ・トリガーって聞いたことあるっすか?」
「カラミティ……いや。聞き覚えはないな」
「……はい。わたくしも」
「そっすか…」
うつむいた玄太が考えながら言葉を探す。
「じゃあ、おれが覚えてること、いちから説明するっす」
言葉を選ぶように、そして記憶をたぐり寄せるように、玄太は語る。
「てんぱいには、天候を操るアストラがあって……」
「ええ、それはわたくしも聞いています」
「あっ、で!なぜか背中に天秤の痣があって、アストラを使うとその天秤がどんどん赤くなって……」
「天秤の……痣ですって?」
セレヴィアの眉がピクっと動く。
「最初はてんぱいの魔力の色が青から赤に変色してるって、ただそれだけだって思ってたんすけど」
「赤い魔力に変色だと…?そんなことが……」
初めて聞く症状にリオックも動揺を隠せない。
「で、そのうち意識がなくなったり、別人みたいに怖くなっちゃったりして……いつの間にかてんぱいの中でなにか、別の存在が目を覚ましたんす」
リオックが険しい顔でうなずく。
「うむ。自らを神と称した声…あれが天貴殿の肉体を奪ったのだ」
思い出すほどに、玄太は唇を噛みしめる。
「途中からアストラは使っちゃダメって分かってたんすけど、俺が誘拐されちゃったり農場が襲われたりで、使わざるを得なくて…」
声が震え、目頭が熱くなる。
「おれ…っ、おれ!迷惑かけてばっかで、てんぱいに何もできなくて……!」
拳を床に叩きつける音が、静寂の広間に響いた。その肩に、リオックの大きな手が置かれる。
「天秤…そして天候、ですか……」
セレヴィアはじっと二人を見下ろしながら、考え込んだ。
「お母さま…いえ、女王様、天秤って…!?」
ウォルが、何かに気づいたように女王の顔を見上げる。
「ええ、わかりました。天貴さんを覆う影…そして、この大地を脅かす神の正体が」
セレヴィアはゆるやかに目を閉じ、手を泉の上にかざした。水面が静かに震え、青い光の粒がふわりと舞い上がる。
「この世界司る主神、クザン・アストレイ。その主神の象徴こそ、天秤なのです」
その声は、水を通して大広間の奥深くまで染み込んでいった。玄太もリオックも、息を飲んで聞き入った。
「神は、この地に完全世界を作ろうとしています」
泉が光を放ち、天井に映る影がゆらりと揺れた。
「完全世界…?なんすか、それ」
セレヴィアは答えず、静かに目を閉じた。
「…私がまだミルルくらいの子供だった頃。この地に眠る遺跡が、まだ地上にそびえていた時代のことです」
「先ほどの遺跡…何百年も前か…!」
リオックが呟く。
「ひとりの少年がいました。天貴さんとよく似た、優しい瞳の少年…」
セレヴィアの瞳が遠い記憶を映すように細められた。
「彼は、水を操る稀有な力を持っていました。ですから、私たち水の精霊の一族は彼と親交が深かったのです」
女王の言葉に、玄太が小さく目を瞬かせた。
「水を操る?なんか、雨を操るてんぱいみたいっすね」
「はい…天候を操る力とは、つまりは水を制する力。まさに……」
セレヴィアは微かに微笑んだ。
「彼は穏やかで、優しくて…幼かった私は、よく彼に遊んでいただきました」
女王の手がそっと泉の上を撫でた。水面がゆるやかに揺れ、柔らかな光が広がる。
「当時、アストラを宿す人間は全人口の一割にも満たなかったのです。だから彼は奇跡の子と呼ばれ、人々の希望となりました」
「奇跡の子…神の器、か」
「てんぱいも、同じすよ。みんなに神の器なんて言われて…」
玄太の言葉に、リオックがバツが悪そうに下を向く。
「彼は人々に求められるまま、力を使い続けました。人は彼を奇跡の子と呼び、彼自身もその期待に抗えなくなっていました」
女王の声が、わずかに震えた。
「力のない人々が、そうさせてしまったのですね」
ウォルが静かに言葉を添える。
「はい。誰よりもこの世界を愛していたのに、戦にまで駆り出されて…」
セレヴィアは目を伏せた。
「やがて、彼の中で何かが壊れたのです。限界を越えた魔力(マナ)の奔流に、彼自身が呑み込まれてしまい、そして……」
「そして……?」
「その空いた器に…神が降りたのです」
「器を…奪われた?」
玄太が震える声でつぶやく。
「ええ。そして彼は言いました。力なき人間は、この世界の進化を妨げる。淘汰されるべきだ、と」
広間の空気が一瞬、張り詰めた。リオックは息を呑み、玄太は呆然と立ち尽くす。
「……彼が最後にここを訪れたときには、すでにほとんど自我を失っていました。それでも、ほんのわずかに残った彼自身が……最後に私たちを救ってくれたのです……」
「救った?」
リオックが問い返すと、セレヴィアは泉の水面にそっと指を滑らせた。光が淡く広がり、波紋が女王の姿を揺らす。
「ええ。神の意志を止められぬと悟った彼は、最後の力で水の循環を刻み、私たちの住める世界を残しました」
「じゃあここを作ったのは、その人なの?」
当然のように暮らしていた自分の国が、人間の力によって作られていた。意外な事実に、ウォルが息を呑んだ。
「そ、それで!?外の世界はどうなったんすか?」
玄太の震える声に、女王は静かに首を振った。
「その日以来、私たちはこの地にとどまり、彼の事も、外の世界に何が起こったのかも、知るすべはありませんでした」
セレヴィアの頬に流れた涙が、キラリと光る。
「ミズキお兄ちゃん……ごめんね…私は当時、気づかなかったの……」
「お母さま……?」
ウォルがセレヴィアの手を握る。
「大好きだったミズキお兄ちゃんの腕にあった、あの天秤の痣。それが何を意味していたのか、今更分かってしまったわ……ごめん……ごめんね……」
泣き崩れるセレヴィアを、玄太とリオックはただ静かに見守っていた。
女王セレヴィアの声に、玄太は震える声をしぼり出した。
「……はいっす」
玄太は両手の拳を握ってセレヴィアを見つめる。
「その前に、女王様。あと、リオックさん。カラミティ・トリガーって聞いたことあるっすか?」
「カラミティ……いや。聞き覚えはないな」
「……はい。わたくしも」
「そっすか…」
うつむいた玄太が考えながら言葉を探す。
「じゃあ、おれが覚えてること、いちから説明するっす」
言葉を選ぶように、そして記憶をたぐり寄せるように、玄太は語る。
「てんぱいには、天候を操るアストラがあって……」
「ええ、それはわたくしも聞いています」
「あっ、で!なぜか背中に天秤の痣があって、アストラを使うとその天秤がどんどん赤くなって……」
「天秤の……痣ですって?」
セレヴィアの眉がピクっと動く。
「最初はてんぱいの魔力の色が青から赤に変色してるって、ただそれだけだって思ってたんすけど」
「赤い魔力に変色だと…?そんなことが……」
初めて聞く症状にリオックも動揺を隠せない。
「で、そのうち意識がなくなったり、別人みたいに怖くなっちゃったりして……いつの間にかてんぱいの中でなにか、別の存在が目を覚ましたんす」
リオックが険しい顔でうなずく。
「うむ。自らを神と称した声…あれが天貴殿の肉体を奪ったのだ」
思い出すほどに、玄太は唇を噛みしめる。
「途中からアストラは使っちゃダメって分かってたんすけど、俺が誘拐されちゃったり農場が襲われたりで、使わざるを得なくて…」
声が震え、目頭が熱くなる。
「おれ…っ、おれ!迷惑かけてばっかで、てんぱいに何もできなくて……!」
拳を床に叩きつける音が、静寂の広間に響いた。その肩に、リオックの大きな手が置かれる。
「天秤…そして天候、ですか……」
セレヴィアはじっと二人を見下ろしながら、考え込んだ。
「お母さま…いえ、女王様、天秤って…!?」
ウォルが、何かに気づいたように女王の顔を見上げる。
「ええ、わかりました。天貴さんを覆う影…そして、この大地を脅かす神の正体が」
セレヴィアはゆるやかに目を閉じ、手を泉の上にかざした。水面が静かに震え、青い光の粒がふわりと舞い上がる。
「この世界司る主神、クザン・アストレイ。その主神の象徴こそ、天秤なのです」
その声は、水を通して大広間の奥深くまで染み込んでいった。玄太もリオックも、息を飲んで聞き入った。
「神は、この地に完全世界を作ろうとしています」
泉が光を放ち、天井に映る影がゆらりと揺れた。
「完全世界…?なんすか、それ」
セレヴィアは答えず、静かに目を閉じた。
「…私がまだミルルくらいの子供だった頃。この地に眠る遺跡が、まだ地上にそびえていた時代のことです」
「先ほどの遺跡…何百年も前か…!」
リオックが呟く。
「ひとりの少年がいました。天貴さんとよく似た、優しい瞳の少年…」
セレヴィアの瞳が遠い記憶を映すように細められた。
「彼は、水を操る稀有な力を持っていました。ですから、私たち水の精霊の一族は彼と親交が深かったのです」
女王の言葉に、玄太が小さく目を瞬かせた。
「水を操る?なんか、雨を操るてんぱいみたいっすね」
「はい…天候を操る力とは、つまりは水を制する力。まさに……」
セレヴィアは微かに微笑んだ。
「彼は穏やかで、優しくて…幼かった私は、よく彼に遊んでいただきました」
女王の手がそっと泉の上を撫でた。水面がゆるやかに揺れ、柔らかな光が広がる。
「当時、アストラを宿す人間は全人口の一割にも満たなかったのです。だから彼は奇跡の子と呼ばれ、人々の希望となりました」
「奇跡の子…神の器、か」
「てんぱいも、同じすよ。みんなに神の器なんて言われて…」
玄太の言葉に、リオックがバツが悪そうに下を向く。
「彼は人々に求められるまま、力を使い続けました。人は彼を奇跡の子と呼び、彼自身もその期待に抗えなくなっていました」
女王の声が、わずかに震えた。
「力のない人々が、そうさせてしまったのですね」
ウォルが静かに言葉を添える。
「はい。誰よりもこの世界を愛していたのに、戦にまで駆り出されて…」
セレヴィアは目を伏せた。
「やがて、彼の中で何かが壊れたのです。限界を越えた魔力(マナ)の奔流に、彼自身が呑み込まれてしまい、そして……」
「そして……?」
「その空いた器に…神が降りたのです」
「器を…奪われた?」
玄太が震える声でつぶやく。
「ええ。そして彼は言いました。力なき人間は、この世界の進化を妨げる。淘汰されるべきだ、と」
広間の空気が一瞬、張り詰めた。リオックは息を呑み、玄太は呆然と立ち尽くす。
「……彼が最後にここを訪れたときには、すでにほとんど自我を失っていました。それでも、ほんのわずかに残った彼自身が……最後に私たちを救ってくれたのです……」
「救った?」
リオックが問い返すと、セレヴィアは泉の水面にそっと指を滑らせた。光が淡く広がり、波紋が女王の姿を揺らす。
「ええ。神の意志を止められぬと悟った彼は、最後の力で水の循環を刻み、私たちの住める世界を残しました」
「じゃあここを作ったのは、その人なの?」
当然のように暮らしていた自分の国が、人間の力によって作られていた。意外な事実に、ウォルが息を呑んだ。
「そ、それで!?外の世界はどうなったんすか?」
玄太の震える声に、女王は静かに首を振った。
「その日以来、私たちはこの地にとどまり、彼の事も、外の世界に何が起こったのかも、知るすべはありませんでした」
セレヴィアの頬に流れた涙が、キラリと光る。
「ミズキお兄ちゃん……ごめんね…私は当時、気づかなかったの……」
「お母さま……?」
ウォルがセレヴィアの手を握る。
「大好きだったミズキお兄ちゃんの腕にあった、あの天秤の痣。それが何を意味していたのか、今更分かってしまったわ……ごめん……ごめんね……」
泣き崩れるセレヴィアを、玄太とリオックはただ静かに見守っていた。
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