忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第145話 受け継がれる恵み

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 しんみりとした謁見を終え、二人は再びあの「水のゆりかご」の部屋へ戻っていた。

 ……ちゃん。

 部屋の中ではしばらくの間、水滴の音だけが響いていた。

 ……ぽちゃん。

「……玄太よ」

 天幕を見つめながらリオックが堰《せき》を切った。

「は……え?玄太っておれっすか?」

「コホン……お前以外に誰がいる?」

「あ、いえ……はい」

 玄太が情けない声で返すと、リオックは腕を組んだまま天井を見つめた。

「で?……どう思う?」

「どう……って、何がっすか?」

「セレヴィア様の話に決まっておろう!遺跡の時代、水を操る少年を乗っ取った神。あれはその後、地上で何をしたと思う?」

「力のない者を沙汰……ってやつっすよね?」

「……うむ、それだ」

 リオックの眼差しは、苔の光よりも鋭く玄太を射抜いた。

「水、かぁ……溺れる……ひぁ」

 前回ここから帰る時に、水流に呑まれて溺れた事を思い出した玄太。

「なんか、考えたくないすね」

「では、あの話に出てくる神。あれは天貴殿の中にいる存在と同じはず。お前は、どう見る?」

 玄太はしばらく黙り込んだ。

 ……ぽちゃん。

 ゆりかごの中で、ふるるっと波紋が揺れる。

「今、思えば……」

 玄太はぽつりと呟いた。

「おれ、あいつ……てんぱいの中の神の声、何度か聞いてるっすけど……」

「うむ、俺も一度聞いた。残酷で冷酷な――」

「――嫌いっす」

「……おお?」

 リオックは目を瞬かせた。

「いや、もっとこう……神が昔、地上で何をしたかを紐解いてだなあ……」

「いや、シンプルにムカつくっす。おれのてんぱいを勝手に操作して偉そうにしてるやつとか、本当ムカつく」

 リオックは数秒黙り、それから、ふっと笑った。

「……まあ、同意見だ」

 静かな泉に、二人の声だけが波紋のように溶けていった。

「あ!」

 玄太が突然、小さな声を漏らした。

「なんだ?また、屁が出たのか?」

「違いますぅぅぅ!って、あの、ふと思い出したんすけど!」

 玄太は水のゆりかごの中で半身を起こしながら、ぽりぽりと頭をかく。

「てんぱいに、前にチラッと聞いたことがあるんすよ!クザン・アストレイって名前、ラクターさんの古い文献に書いてあったらしいんす」

「なに!?」

 リオックの上半身がばしゃりと水を弾きながら起き上がった。

「あの農場に、そのような歴史書が存在するのか!?」

「みたいっす。そもそもその時、てんぱいが神の器かもしれないって話になったんすもん」

「それは、間違いないのか!?」

「はい!おれ、てんぱいが突然神の器なんて言われ始めて、すげぇムカついてたから覚えてるんす!」

「いや、しかし、そうか。ラクター殿なら王宮に伝わる古い歴史にも通じているはず……」

「そうなんすよ!だからラクターさんと情報共有して調べれば、もっと詳しく――」

 玄太はふっと声を詰まらせた。

「――だめだ」

「うむ。ラクター殿は、今……」

 リオックが額を押さえた、その瞬間だった。

 ぱしゃんっ!

「げんたーっ!騎士さーんっ!!」

「お、おわっ!?び、びっくりしたぁ……!」

 玄太がゆりかごの中でひっくり返りそうになると、ミルルはぷはっと笑った。

「二人とも、もう寝てるのかと思ったよ!」

「いや、寝てたわけでは……」

 リオックがゆりかごに揺られながら唸る。

「ねえねえ、ちょっと来てほしいところがあるんだ!」

 ミルルは、ペチペチとゆりかごの水面を叩きながら、二人の前でぴょんぴょんと跳ねた。

「え?どこにっすか?」

「見せたいものがあるの!はやくきて!」

 ミルルに手を引かれ、玄太とリオックは泉の奥、外へと続く小道に出た。

 ――そこには。

「うわ……植物がいっぱいだ!」

「うむ!壮観だ……!」

 そこには見慣れない植物が群生していた。半透明な葉を持つ草、ふわふわと発光する蔓、ぷるぷる揺れるゼリー状の苔。

「水の流れがいっぱい増えたからね!そしたらね、今まで見たことない植物がたーくさん出てきたの!」

 ミルルが胸を張ると、リオックは目を細めた。

「……む、これは……白麗草(はくれいそう)か?」

「え、知ってるんすか?」

「書物で名だけだ。純水の豊富な地にしか育たぬと言われている。しかし、摘まれた瞬間に枯れてしまうので、研究も進まぬ希少な植物だ……」

「すげえ場所なんすね、ここ……」

 玄太はきょろきょろと辺りを見回し、そこでふと視線を止めた。

「……あれ?」

 岩陰に生えていた、ずんぐりした緑のトゲトゲ。ぶ厚くて、先が尖っていて。どこかで見たことがあるフォルム。

「あれ、これ……サボテン?いや、アロエじゃないっすか?」

「さぼてん?あろえ?」

 リオックもミルルも首をかしげる。

「はい!色がちょっと青っぽいけど、たぶんおれが知ってるやつっす!」

「ほう、玄太は植生学に通じているのか」

「いえ……植生学ってか、これシロップ漬けにすると美味いんすよ!!」

「……ほ、ほう」

 笑顔いっぱいの玄太に、リオックもミルルも固まった。

「お前は……食い物ばかりだな?」

「げんた、食いしん坊!!あははは」

「いやいや、笑ってる場合じゃないっす!アロエってのはですねぇ……」

 玄太はぷにっと葉をちぎり、中の透明な果肉をググっと指で押し出した。

「おい……何をする!」

 リオックの手のひらの上でアロエがプルプルと揺れる。

「大丈夫っす!毒とかじゃないんで、潰してみて下さい!」

 そのまま手の中でアロエをもみこむと、みるみるうちにゼリー状に変化した。

「うお!?すごくヌルヌルする!」

「わぁ!あろえって、おもしろいね」

  それを見たミルルも目を丸くして喜んでいる。

(本当にアロエなんだ!アロエってサボテンみたいな砂漠にできると思ってたぁ)

 手の中のヌルヌルを執拗に揉んだり擦ったりと、怪しい手つきのリオック。

「ゴクッ……確かにこのヌルヌルは……色んなコトに使えそうだ……」

「……ちょ、リオックさん?なんか変なコトに使おうとしてませんか?」

「な、ななな、何を言うか!かような少女の前で!」

「ふ~ん。じゃあ何に使おうとしたんすか?」

「それは、その……肌滑りが良いから……剣の柄に塗るとか……だな!」

「剣……ねぇ……」

「こら!ふ、含みを持たせるな!」

「あれぇ?……騎士さん、顔赤いね?どうしたの?」

 ミルルが不思議そうにリオックを覗き込むと、その純粋な眼に耐えられなくなったリオックが思わず顔を覆う。

 玄太もぷっと吹き出しながら、ふと、自分の指を見た。さっきから、ヌルヌルが着いた部分がひんやりと冷たく、じわじわと心地いい。

「……あれ?」

「どうした、玄太」

「いや、これ……ひんやりして気持ちいいんすよ。おれ、指にケガしてて、ジンジンしてたんすけど」

「ほう?確かに手がヒンヤリしてきたな。これはクール効果もあるのか!?」

 そう言って手をフーフーすると、傷が更にひんやりして心地がいい。

「そういえば前、アロエヨーグルト食ってた時、姉ちゃんが『アロエは日焼けした後に塗ると良いのよ』って言ってたような……」

 その言葉に、リオックの表情が一気に変わる。

「なに?焼けた肌に、効くと申すか!?」

「はい。ただ、原理とかは知らないっすけど……。でもこれ、おれの知ってるアロエより上質で即効性があるから……」

 玄太はぎゅっとアロエの葉を握った。

「……リオックさん!これって、試してみる価値ありませんか!?」

 玄太の真剣な目を、リオックはじっと見つめ返した。

「……やるか、玄太」

「はいっす!」

 ふたりは静かにうなずいた。

「精霊の少女よ!このアロエを、ありったけ収穫させてもらえないだろうか!」

「うん!もちろんいいよ!ミルルも手伝う!」

「やった!ミルル、ありがとう!」

「玄太!カバンを!」

「うんっ!!ハイ!!」

 水の都に、三人の慌ただしい足音が響きわたった。
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