忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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第9章:アルカノア農場戦記 ~器を満たす者~

第147話 食ってよし、塗ってよし!アロエ大作戦②

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 晴れ知らずの山道を下りるたび、背中のアロエがズシッとその存在を主張してくる。

(ひぃ……重い)

 その横でリオックも黙々と歩いていた。

「ラクター殿が助かれば、農場の皆も元気になる」

「……はい……」

「このアロエは、俺たちの希望だ」

 その声はいつもの豪快さとは違い、どこか祈るような響きだった。

「希望……いい言葉すね」

 玄太が笑ってみせると、リオックも鼻を鳴らして笑った。やがて、山の稜線を越えた瞬間、見慣れた風景が視界いっぱいに広がった。

 玄太とリオックの足が、ほんのわずかに速くなる。

「……見えたすね」

 リオックが呟くより早く、玄太が声を上げた。

 黒く焦げた柵に、屋根の抜けた家屋。畑はまだ半分以上が焼け跡のままだけど。

「急ぐぞ。ラクター殿のもとへ」

「はいっす!」

 *****

 アグリスティア農場の屋敷1F――。

 壊れた屋根は簡単に補修されているが、屋敷内部の壁は崩れ一階は大きな広間のようになっていた。あちこちに簡易な寝台が並び、みなは黙々と療養に励んでいた。

「ベータ、そこの包帯取ってくれる?」
「はい、どうぞ!」

「ミミ、新しい薬草を塗ったあとの経過はどう?」
「ふむぅ……どれも目覚ましい効果は見受けられないでふねぇ……」

 戦いの爪痕は深く残っている。けど、それでもここには不思議と静かな生活感が戻り始めていた。

 その時、玄関の扉が豪快に開く音が響いた。

「誰か……来ますね」

 グロウの声に、ラクターの包帯を取り換えたばかりのアリスが顔を上げ、目を細めた。フレッシュオレンジ色の髪がわずかに揺れる。

 リビングのドアから姿を現したのは……。

「よっす、ただいま戻りました!」

 玄太が満面の笑顔で手を挙げる。

「げ、玄太さん!?」

 その背中にはパンパンに膨らんだ大きな背負い袋。リオックも、一歩遅れて入ってくる。

「天貴は……!?まさか、もう見つけたの!?」

 アリスがそう言った瞬間、玄太はブンブンと手と首を振った。

「いや、てんぱいはまだ見つかってねぇっす!でも、それとは別の収穫があって!」

「収穫……?」

「はいっす!水の国で自生したのをミルルが見つけて!」

「ミルル?あら、晴れ知らずの山に潜ったのね!」

「はい、アリスさん!女王様もウォルもよろしく言ってたっす!」

 そう言うと玄太は大きく息を吸い込み、背負っていた袋をドンとテーブルに置いた。その音に、皆が一斉に顔を上げる。

「それでは御開帳ぉ!」

 バサァッと勢いよく袋の口を開けると、みずみずしい青緑色の葉がぎっしりと詰まっていた。

「これは……野菜かしら?」

「ミミ!こんな形の植物のデータ、ある?」

 パラパラとノートをめくるミミ。その表紙には『野菜・薬草』と書かれている。

「この棘植物に似てる?いや、これは乾燥した砂地に生えるやつでふねえ……」

 見慣れない植物を前に興味津々の女子たちに向かって、玄太は得意げに指を横に動かした。

「ノンノン!これはアロエっす!!」

「アロエ……?それって食べられるの?」

「そりゃもう!皮の中のプルプルを砂糖水につけると、めっちゃ美味くて……」

「玄太、そっちではない」

 本題から脱線しかける玄太に、早々にツッコむリオック。

「あ、そうっした!本命はぁ……」

 玄太は勢いのままアロエの切り口を指でぐにゅっと押し出し、ぷるっとした果肉を見せつけた。

「塗り薬!これ、火傷に効くかもしれないっす!!」

「葉の中にプルプル?用途は食用に、火傷治療……情報量が多いでふね……」

 一心不乱にノートに書きこむミミの後ろから、コンバインがずいっと顔を出した。

「……玄太、それは本当か!?」

 同時に、包帯を巻いた患者たちの視線も、一斉にアロエへ向けられた。

「火傷が治る?」

「本当かよ!都合よすぎじゃない?」

 疑う農夫たちの間を割って前に出たコンバインが、アロエを一本手に取った。

「効くかもってんなら、疑ってる暇はないだろう!おい、成分を見てくれ!」

 期待に胸を抱くコンバインに急かされ、アリスとシーダは半信半疑でアロエのプルプルを手に取った。

「……え!?これって!」

「ええ!……手に付いた部分が、ひんやりとしますわ!」

「プルプルひんやり……っと。全部メモしておくでふ!」

 シーダは改めてアロエゼリーに手をかざし、その成分を確かめた。

「……これ、形を成してるけど、成分のほとんどが純水……それに、微弱な冷気属性も帯びてるわ」

 女子たちの好反応に、コンバインもアロエに手を伸ばした。

「おお……とろっとろじゃねえか!」

「へへ……でしょぉ?」

 期待以上に驚くみんなの反応に得意げな玄太だが、まさかの属性効果に少し戸惑う。

(やけに即効性があると思ったら……これ、普通のアロエじゃなかったんだ)

 シーダの分析に、周囲の空気がじわりと変わっていく。

「……アリスさん、コンバインさん!これ、試す価値ありますわ」

 アリスが小さく息をのむと、玄太は勢いよく背筋を伸ばした。

「じゃ、いっぱい持ってきたんで、みんなで使って……」

「待て、玄太」

 リオックが一歩前に出て、アロエを手に取った。

「このアロエ、少し天貴殿のマッサージ用に……いや、効果を実感する意味でも、まずはラクター殿に処置するのだ」

「あーっ……て、今、途中で危ない方向に行きかけませんでした?」

「コホン!気のせいだ!」

 小さな笑いが起き、張り詰めていた空気が少しだけゆるむ。アリスとコンバインはその言葉にうなずいて、手早くアロエのプルプルを絞り出した。

「……お父様……」

 ラクターの寝台のそばで膝をついたアリス。顔の包帯をゆっくりとめくると、火傷の痕が赤く焦げた肌があらわになる。

「……わ、ひでぇ」

 顔の火傷痕を見た玄太は、思わず目を覆う。コンバインは小さく息を整え、大きな手でアロエのゼリーをすくい取った。

「隊長、では行きます!」

 火のように赤く火照るラクターの頬に、すーっと塗り広げた。

 シュゥゥ……。

 プルプルしたゼリーは、音すら聞こえそうなほど火傷に浸透していく。

「おおっ!驚きの浸透力だぜ!」

 コンバインが興奮気味に叫ぶと、全員が固く息を呑んでラクターの顔を見つめていた。

 シン……。

 地下の空気が、ぴたりと止まる。

「アロエ、頼むぞ……」

 アリスの手も、コンバインの腕も、途中で止まったまま動かない。

「もう一度塗って……」

 アリスがそう言いかけた時だった。

 ピクッ……!

 ラクターの眉が、かすかに震えた。

「……っ」

「隊長……?」

 コンバインが呼びかけた瞬間、ラクターの胸が大きく動いた。

「……っは……っはぁ…………はぁ……」

 まだ、呼吸する声だけだった。

「隊長の呼吸が……!」

 それでも、その息遣いは紛れもなく「俺はまだ生きるぞ」と、そう告げていた。

 *****

 水鏡の世界・セレヴィアの玉座

「っは……」

「どうしました!女王様?」

 何かを思い出したセレヴィア。

「玄太さんが最初に問うた答えが、今、蘇りました!」

「えっと、カラミティ……なんでしたっけ」

 女王はゆっくりと泉に視線を落とした。その水面に、淡い記憶の光がゆらめく。

『僕はもう……カラミティ・トリガーなんだ』

「――彼が最後に言った言葉です」

 泉の光がゆっくりと暗まり、静かな水音だけが広間に残った。

「そうそう!それ!で、そのカラミティ・トリガーってなんなのです?」

 セレヴィアは目を閉じ、ひと呼吸置いてから口を開いた。

「それは……厄災を呼ぶ者です」 
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