忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第161話 第二領域 ― 交わる螺旋 ―

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 玄太は鏡の列を抜け、最後のひとつが静かに消えるのを見届けた。
 石畳の回廊がどこまでも続き、足音だけが冷たく反響する。そのままずんずん進むと、やがて通路の突き当たりに重厚な石の扉が現れた。

「第二領域の扉っすね。やっぱ画面で見るよりでけぇ……」

 石の扉の中央には白と灰、二つの竜が重なった紋章。そこから微かな光が脈打つように漏れている。指先で触れると、石肌が冷たくざらついている。それはゲームで体感したCGのテクスチャではなく、確かなリアルだった。

「うわぁ感動……マジで現物だよ……」

 クータンが首をかしげる。

「現物とはなんじゃ?そこにあるのは当然じゃろうて」
「んー、ちょっと昔の話っす」

 玄太は両手でそれを押し開けると、重い石の継ぎ目が低く鳴った。扉の向こう側へ空気がひゅううと吸い込まれると、背中から吹く風が頬を撫でる。そして光が一気にひらけ、その眩さの向こうに天へと伸びる二つの白と灰色の螺旋階段が姿を現した。

「ほう。まるで二つの竜が天に昇るようじゃ」
「うわぁ…ここ最初苦手だったんすよねえ……」

 ふたつの階段は一定の距離を保ったまま、上昇しながら交差していた。やがてそれは遠い頂の一点でひとつに溶け合っている。

「っほ…さすがに雑魚モンスターはいないっすね……」

 玄太はキョロキョロしながら、遠く螺旋のてっぺんを見上げた。

「第二領域の交差するらせん階段。ここからが本番すよ!」
「ふむ……試練のにおいがするの」

 この景色、間違いない――ゲームの中で何度も挑戦したステージだ。けど今は十字キーとボタンじゃ動けない。自分の足で登るしかない。

「この階段って、二人で息を合わせて進まなきゃ上に行けない仕組みなんすよ」
「ぬしとのこんびねーしょんが試される刻か。まかせよ」

 謎の自信に溢れる仔牛。

「てんぱいと二人ならもう阿吽の呼吸なんすけどねぇ。クータンじゃあなぁ……」
「なにやら失敬なことを申しておるの?我を侮るでない」

 クータンが鼻を鳴らす。

「そんなに言うならやってみよか。リズムよく歩調を合わせるんすからね!」
(ま、クータンしかいねえし)

 交差する螺旋階段――それはただの階段じゃない。パートナーとの互いの呼吸が試される道だ。二人は互いにうなずき、同じタイミングで一段を踏み出した。

 トゥン……トゥン……!

「っふぉ!遊戯のようで胸が躍るのぉ」
「なに呑気な事言ってんすか!攻略は遊びじゃないんすよ」

 それでも最初は順調だった。一定のリズムでペースを保っている間は簡単にすら思えた。だが、わずかにテンポがずれた瞬間、足元が沈むように傾いた。

「うわっ、クータン!半歩遅いっす!」
「な、なんじゃと!?ぬしの着脚が速いのじゃ!」

 階段キィィィンと鳴いて、踏み面がぐらりと傾いたが、二人は慌てて体勢を立て直す。

「ふぅ……あっぶな!完全にズレたら滑り台コースっすよ!」
「なんと、そのような奇術が仕込まれておるのか!」

 呼吸を合わせ踏み段を揃えると、傾いた段がゆっくりと元に戻った。

「やっぱ初心者と一緒じゃ先が怖いなぁ」
「ならばぬしが儂に合わせよ。年長者を敬うのじゃ」

「はいはい……わかりましたよ、おじいちゃん」
「誰が老牛じゃ」

 これは戦いの試練じゃない。心をひとつにするための試練だ。クータンと共に一歩、もう一歩。螺旋を伝う二つの陰が絡み合い、頂を目指して昇って行った。

「はい、ワン、ツッ!ワン、ツッ!」
「甘、乳!甘、乳!」

 頂の光はまだ遠いけれど、螺旋は二人のプレイヤーの踏破を待っていた。しかし、二人の呼吸がずれると、螺旋は容赦なくチャレンジャーを拒絶する。

「うわぁぉぉぉぉ!」
「不覚なりぃぃぃぃ」

 滑り落ちるたび、二人は螺旋をコースターのように滑りながら地上へド派手に逆戻り。そのたびに白い螺旋と灰の螺旋の軌道が合流する地上で、二人がごっちんと被ダメする性悪ギミック。

「いってぇぇぇぇっ!そのツノ、凶器っすよ!」
「くぅ……ぬしの頭は三日目の甘乳パンより固いのじゃ」

 二人は頭を押さえながらその場にしゃがみ込んだ。足はガクガクで、もう何回落ちたか数える気にもならない。それでも進むしかない二人。気づけば十数回目の挑戦。

 そして、それはついに訪れた。

「見えた……!見えたっすよ、頂上!」
「ふむ。恐れていた割に、余裕であったの」

 どこが余裕だよ!むしろそろそろ限界だろってところで迎えた、完全踏破の大チャンス。ここまで来たらクリア同然だ。なぜならギミックの発動に多少のタイムラグがある事を利用した小技がある。

「よし、クータン!あの手すりの白い装飾を超えたら一気に駆け抜けるっすよ!」
「ふむ。白い装飾とな?」

 そう言って玄太が指差したのは、五段先にある手すりに飾られた白い装飾。一方、クータンの目に映った白い装飾といえば、八段先の縁に埋め込まれた紋様だった。
 ――白と灰の螺旋で、お互いの「装飾」が違っていた。だが、疲れ切った玄太はそのズレに気づかない。何度も落ちて、もう思考の余裕なんて残ってなかった。

「よし、いまだっ!」

 玄太が白い手すりの装飾から一気に階段を駆けあがる。しかし――クータンは動いていなかった。

「クータン!?なんで!」
「っふぉ?白い装飾はまだ先じゃが?」
 
 ギミックが発動する前に頂上まで駆け上がってた玄太。振り返って螺旋を見下ろすと、踏み段がずれた二つの螺旋が悲鳴をあげ、階段がガコンと傾く。

「……そんな!」

 その瞬間、仔牛の小さな体が宙に浮いた。何が起きたか理解できないまま、クータンはまん丸い目で玄太を見上げた。

「……いや……だめ!あきらめちゃだめ!」

 玄太は咄嗟にポーチへ手を突っ込むと、クータンにあげた時に残しておいた半分の甘乳パンを取り出した。そして玄太は、それをクータンが昇る灰の螺旋階段の頂上付近にそれを放り投げた。

「クーーータァァァン!!おやつっすよぉぉぉ!!」

 放り投げた甘乳パンは、灰の螺旋の頂へ真っ直ぐに飛んでいった。光を受けてキラキラと輝くその甘乳パンを、クータンの眼が捉えた。まん丸の瞳が一瞬で弾ける。
 そして理解より先に、本能が動いた。
 
「そ……それは我の片割れじゃぁぁぁぁ!」
 
 小さな仔牛は重力に逆らうように、滑り台と化した螺旋を駆け上がる。玄太は頂上でその姿を見下ろしながら、拳を握った。

「……さすがの食い意地!いけぇぇぇぇ!」

 甘乳パンのため、そしてなにより、玄太が待っているその頂に向かって。

「駆け上がれ 甘乳パンは 我のものぉぉぉ!」

 五七五で叫びながら、段差のない最後の数メートルを一気に駆け上がる。螺旋の階段の理を無視した、ゲームではありえない挙動。

「すげえ!チートバグじゃん!」

 クータンが甘乳パンをがぶりと咥えたのと同時に、玄太がその手を伸ばして仔牛の前脚を掴んだ。

「っほ……!助かったぁ!」
「もぐ……我の蹄は天すら駆けるのじゃ!」

 クータンを抱きながらその場にへたれ込む玄太から、甘乳パンの香りが螺旋階段の頂上にふんわりと広がった。
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