忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第162話 第二領域 ― 境界の守り手 ―

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 螺旋階段を登り切った先は、かつて王国の中心だった城の最上層――宙には崩れた城の瓦礫や折れた塔が浮かび、今は静寂だけが支配する白い円形の広間だった。崩れかけた柱がいくつも立ち並び、その中央に巨大なクリスタルが鎮座している。

「ふぅ、着いたぁ……第二領域の頂!」

 玄太は深く息を吸い込み、白い円形の広間を見渡す。

「では、次が第三領域とな?」
「まだっすよ。第二領域からは門番がいるんで」

「門番とな?ぬし、腕っぷしはイケる口か?」
「んなわけねえっす。でも、アレがあるから大丈夫!」

 そう言うと玄太は、広間の中央に浮かぶ巨大な結晶を指差した。

「アレまた珍妙な物体じゃの」
「あれは記憶の結晶。触れて念じると、今まで見たことのあるスキルをひとつだけ使えるようになるお助けギミックなんすよ」

 ゲームでは、ここが一息つける中継地点だった。回復もできて、スキルの再セットもできて、中ボス戦に備える準備エリア。けど、今はセーブも回復も出来ない。頼れるのは、自分の体だけだ。

「ところでぬしの言う“門番”とやらは如何なる奴じゃ?」
「えーっと……この城を守ってた“聖騎士”の化身っす。昔は王国を護ってた存在が、いまはこの階層の試練になってるんすよ」

 二人のやり取りに、静かな広間がかすかに反響した。そしてその中心では、記憶の石がゆっくりと明滅を繰り返している。

「……行くっすよ、クータン」

 玄太は一歩、記憶の石の前に進み出た。掌をかざすと、石の奥で淡い光が脈打ち、玄太の記憶の中にあるアストラが浮かび上がる。

「さて……どれを選ぶかっすね」

・ラクター シューティング
・コンバイン ドライブカッター
・シーダ エネルスキャン
・ミミ エコーハント
・ベータ プラントダウン
・グロウ プラントアップ
・ライラ 光の生成
・リオック セラフィック・ブレード
・ゲド エクリプス・ブレード

「うーん?もっと見た気もするけど、割と覚えてないもんすね」
「ふむ、我が記憶する異能がクリスタルに浮かんでおるわ。摩訶不思議なり」

 はるか頭上に浮遊する瓦礫の影が揺れ、白い広間に薄い光が降り注ぐ。
 玄太はクリスタルに表示されたスキルリストを見つめ、腕を組んだ。てんぱいのスカイリンクがあればそれ一択だったのに、どうやら神に直接与えられた力は対象外らしい。

「ふぅむ。姉上の未来予知も出てこぬのぉ」
「みたいっすね。スカイリンク使いたかったなぁ」

 ラインナップを一つずつ指でなぞりながら、唸る。

「ラクター隊長のシューティング?いや、弓矢持ってないからパス……コンバインさんのドライブカッターも、おれの脚力じゃ威力半減だし……」

 ふと、視線が一番下で止まる。そこには二度と見たくなかった名前が。

「ゲド……闇の力……っくそ……!」

 かつての死闘を思い出しながら、玄太はため息をついた。皮肉なことに光の聖騎士には闇属性をぶつけるのが効果的。胸糞悪いけど、そうも言ってられない。

「仕方ない……エクリプス・ブレードで……」

 決意とともに、玄太はその名を選択した。記憶の石が深い闇色に染まり、黒い光がそのまま玄太の体に吸い込まれた。

 シュピィィ……ン!

「ふぅ……おい、クータンは何を選んだんすか?」
「我か?我は……」

 クータン返事を待つ暇もなく、結晶が震え足元に風が巻き起こった。

「そっか!これ選んだら速攻でバトルだった!」

 玄太が身構えると、結晶はふわりと宙へ浮かび、ゆっくりと形を変えていく。硬い音を立てながら、結晶の表面が鎧のように組み上がっていき、やがてひとりの聖騎士の姿を成した。
 全身を覆うクリスタルの鎧。その胸には、かつてこの王国を護っていた聖騎士団の紋章。

 ———ドンッ!!

「……来たな、門番!」

 玄太が構えると聖騎士は剣をゆっくりと抜き、顔を上げた。透き通るような兜の奥――そこに浮かぶ面影を見た瞬間、玄太は目を疑った。

「え……あれって……」
「ふむ。なにやら見覚えがあるの」

 聖騎士の立ち姿、剣の角度、呼吸の間合い。どれも見覚えがありすぎた。

「っぷ!なんか、リオックさんそっくりっすね!」
「それじゃ。あの、騒がしく暑苦しい男よ」

 かつて王国を護った守護者――記憶の石が再現した第二領域の門番。見た目はリオックさんでも動きは玄太のよく知る門番。パターンなら頭に入ってる。

「ぬしの恋敵ともなれば、相手に不足はないの」
「ほんとそれ!なんかおれ、思いっきりやれそうっす!」

 聖騎士の剣がゆっくりと構えを取った。その動きだけで、広場の空気が震える。

「ぬし、武器は持たぬのか?」
「あるっすよ……一応」

 玄太は、上着のポケットを探り折り畳みスコップを取り出した。土の香りが残っている、いつもの相棒。

「農場の必需品っす。これで十分っしょ」
「随分小さいの?勇ましいのか無謀なのか…」

 玄太は無理に笑って見せた。でも、これから使う力は正直笑えない。手のひらがじっとりと汗ばんでいる。

「エクリプス・ブレード、発動!」

 両手に持ったスコップを掲げると、黒いオーラが立ち込める。それを見た瞬間、脳裏によぎるあの光景。ダストラたちを何人も喰わせ、てんぱいを殺しかけた化け物。

「闇属性ならダメージ二倍……!背に腹は代えられねぇっす」
「かつての仇を利用するとは。心も体も図太いの」

 クータンをじろりと睨みつつ、握る手に力を込めた。スコップから立ち昇る黒いオーラが剣へと姿を変えていく――それはまるで、農具が呪具に堕ちていくかのようだった。

 聖騎士が剣を構えた。光が走る。
 玄太はスコップを構えた。黒いオーラがブワッと舞う。

「来るっすよクータン!!」
「見えておる」

 玄太は足を半歩ずらし、腰を低く落とした。

(やつの開幕行動は――突進からの振り下ろし!)

 クリスタルの聖騎士が床を蹴る。ザンッ――白刃が落ちる瞬間、玄太は余裕で横に回避、返す刃でスコップの切っ先を顎先へザシュッ!
 
 ――ビキビキッ……!

「ほお、ぬしのへっぴり腰でも効いておるのぉ」
「っしゃ!属性補正ってやつっす!」

 斬撃というより、ただスコップを振り抜いただけの素人の一撃。それでも、スコップの先にまとわりつく黒いオーラが、装甲の表面を焦がすように食い込んだ。

「よし、とりあえず一撃!」

 奴の二撃目、三撃目は、薙ぎ払いからのシールドバッシュ。全部知ってる。全部避けられる。玄太は最小限のステップでかわし、闇をまとったスコップでザシュッと斬っては距離を取る。

(いける、やれてる!で、次は――)

 聖騎士の構えがふっと変わった。剣を胸元に引き寄せ光をチャージすると、玄太の背筋に冷たい汗が走る。

「……しまった!次の技、“無敵時間でスルー”するやつ!!」

 ゲームならロール回避で抜ける。だが、リアル玄太に無敵なんてない。避け切れない一撃が来る。まさに絶体絶命。

「うそ……詰んだ――」

 無表情の聖騎士が一歩前に踏み出した、その瞬間。

 コケッ――!

 玄太の背後から火の鳥が真上に飛び立ち、そのまま聖騎士を追尾しながら頭上へドンッと命中。発動寸前の大技がビキンと固まり、全身の光がはじけ飛ぶ。

「……マジ!?ヘッドショットでキャンセルした!?……てか、今の何!?」

 足元へ振り返ると、ドヤ顔で前脚を揚げた仔牛と目が合った。

「どうじゃ?我の火の鳥は」
「クータン!!そういや、ゲド軍が使ってたっけ!よく覚えてたっすね!」

 それは、玄太とクータンが異世界に降り立った夜、アルカノアの空を襲っていた火の鳥だった。クータンは玄太の背に揺られながらそれを見上げ、恐ろしさと美しさが紙一重であることを初めて知った。

「ってか、鳥の形が鶏っぽいのは気のせいすか?」
「我は鳥といえばトサカ鶏しか知らぬわ」

 見た目はアレだが威力は申し分なし。クータンはちょこまか走りながらツノ先をチカチカ点滅させると、ボボッと火の鶏が生まれ、聖騎士の死角へ曲線を描いて突っ込む。

「魔術師クータンナイス!!今だ――掘り返すっ!」

 玄太は一気に踏み込み、闇を纏ったスコップで横薙ぎ一閃。火の鳥いや、火の鶏の被弾跡にスコップの斬撃が重なり、聖騎士は大きくのけぞった。

「そら、もう一羽じゃ!」
「合わせるっす!」

 火(制止)から闇(斬撃)。その連携が、完璧に噛み合った。てんぱいにちょっかいを出すリオックさんへの日頃のストレスをぶつけるように、ここぞとばかりに力を込める。

 ―――ザシュゥゥゥッ!

「てんぱいに手を出すやつはこうっすよぉぉぉ!」
「……ぬしも、なかなかに闇が深いのぉ」

 偽・リオックさんは、唸るような音を立てて立ち上がるが、装甲の亀裂から結晶の粒子がパラパラ。その動きは明らかに鈍っていた。
 そして聖騎士は体勢を立て直すと、盾を放り捨て、攻めに全振りした構えへと変わった。

「第二形態!クータン気を付け……」

 次の瞬間、聖騎士の剣が音を置き去りにして閃く。地を砕くような一撃。玄太はとっさに飛び退くが、空気の圧だけで足元が吹き飛んだ。

「くっそぉ!来るって分かってても厳しいって!」
「ぬしよ!勝機を待つのじゃ」

 聖騎士が回転斬りを放ち、光の衝撃波が螺旋状に広がる。玄太は汗と鼻水にまみれながら転がるように回避。その脇を、三羽の火の鳥がシュバッと横切った。赤い軌跡が空を走り、追尾するように聖騎士へ殺到する。聖騎士は光の剣でそれらを弾き飛ばすが、最後の一羽が奴の顔面に食らいついた。

「今だっ!」
「今じゃ!」

 膝をつく聖騎士。そこへ玄太の闇刃が走る。

「エクリプス・スコォォォップ!」

 ガシィィィ――――ン!!!

 黒い刃が、やつの胸甲にある聖騎士団の紋章を斜めに断ち割った。シュウゥゥ……胸甲の亀裂から光が漏れる。

「弱点むき出し!クータン!押し込むっすよ!」
「承知した。狙うは胸元の亀裂じゃな」

 クータンが勢いよく跳ねた。小さな体が回転しながらボボボボ!と火の鳥を次々と発射すると、弧を描いて聖騎士の胸元へと吸い込まれるように突っ込んだ。

 ボフッボフッ!バシュゥッ!

 燃えさかる鶏が亀裂に入り込んだ瞬間、聖騎士の胸甲が内側から破裂するように光を散らした。

「よっしゃぁぁ!!ストライク!」
「狙い通りじゃ」

 だが聖騎士は、まだ倒れない。胸の中心にぽっかりと穴が開いたまま、クリスタルの体をギギ……ギギギ……と軋ませて、なお立ち上がってくる。
 光の粒子が全身から逆流し、剣へと集中していく。

「なかなかのしぶとさよ……敵ながらあっぱれ」
「あの穴……あそこぶっ刺せば……!」

 光が溢れ、広間全体を白く染めたその瞬間――玄太は地面を強く踏み込んだ。足が、勝手に前へ飛び出した。怖いとか、間に合わないとか、全部どっかに飛んでいた。

「無茶じゃ!」
「長期戦は不利!もう今しかねぇっす!!」

 聖騎士が剣を振り上げたその隙。玄太はスコップの柄を逆手に握り、鋭い刃先を胸の亀裂へと振り下ろした。

「うおおおおおおぉぉぉ!!」
 
 ブシュゥゥゥッ!!!畑へ突き刺すように、スコップが亀裂の奥深く、結晶の深部へ潜り込む。

「杭打ちバーストぉぉぉ!」

 玄太は、左手でスコップを押さえ込みながら、右拳で持ち手の末端を“ハンマーみたいに”思い切り叩きつけた。拳の衝撃で刺さったスコップがさらに深く、奥の結晶核までズブリとめり込む。
 ドゥンッ……鈍い衝撃が聖騎士の全身に広がった。刺さったスコップの刃から、黒い闇のオーラが逆流するようにブワァッと噴き出す。

「――あ……?」

 聖騎士の全身が、ゆっくりと内側から黒く染まり始めた。胸部の亀裂から滲んだ闇が、筋肉の代わりに走る光のラインをひとつずつ塗りつぶすように侵食していく。
 そのたびに、内部の魔力機構がひとつずつ停止していく音が鳴った。

 ギギ……ギギギ……ピシッ!

 光で構成された関節が黒く固まり、腕が下がる。

「鎮めたか」
「動き……止まったすね……」

 クータンと玄太が息を呑む。
 闇はやがて首・肩・脚へと広がり、やがて聖騎士の全身が黒い結晶の亡骸となった。
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