忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第168話 無名領域 ― ショートカット ―

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「噴水からショートカット……?あ~、これネットで共有してぇ!」

 三人を乗せて沈んでいく噴水の底。
 周囲はすぐ闇に沈み、ほんのり発光するショコタンの鈴だけが、シャフトの中でかろうじて視界をつないでいた。そして、微妙な緊張感は、仔牛の食い意地によって破られる。

「ショートケーキじゃと?それは美味いのか?」
「いや、これはショートカットな?……ショートケーキは美味いけど」

 ショート「ケーキ」だなんて、ひとことも言ってないのに流石の食い意地アンテナ。でも今は、そんなくだらない会話が、この閉ざされた下降空間の緊張をほんの少しだけ和らげてくれる。

 ――スンスン……。

 ふいに、仔牛の鼻息がシャフト内にやけに大きく響いた。

「む?そのポーチ…うぬはまだ甘乳パンを隠し持っておるな?」

 クータンの目が、玄太の腰のポーチをロックオンする。

「だ、だめっすよ!これはおれとてんぱいの分なんだから!クータンさっき食べたっしょ!!」
「ふむ、ほんのひとかじりで良いのじゃが。我としては、この長き下降にほんのり甘味があれば気も晴れるというもの」

「だめっす!おあずけ!」

 ささいなやり取りでさえ、この静かなシャフトの中では妙に響いて、誰かに聞かれてるような錯覚に陥る。クータンは未練がましくポーチを見つめていたが、ひとつ咳払いをするとようやく諦めた。

「ときにぬしよ。この下降装置はどこまで進むのじゃ?」
「えっと。多分マップの位置的に中庭の真下なら、地下牢は座標ズレてるし……」

 玄太は、脳内の崩壊王国オンラインの地図を必死にたどる。

「さらにその先ってなると…王家の墓所すね。で、そこを超えれば魔導研究室っす!」

 クータンが目を細める。

「よもや、到着したも同然じゃの」
「いやいや、それがそう簡単に行かなくってさぁ」

 玄太は慌てて手を振った。
 魔導研究室――その深核へとつづく回廊には、三人の門番が連続して配置されている。彼らは狂魔導士の手により魔改造され、人としての自我も尊厳も奪われ、ただ“侵入者を排除するためだけ”に彷徨っているという。

「いや、ゲームじゃねえし、ワンチャンいないかも…いやでも、いるんだろうなぁ…」

 ぶつぶつ……。

「……どっちじゃ?」
「そこが問題なんすよぉ~!!」

 リ……リン……。

 ショコタンが控えめに鈴を鳴らした。
 “いる”とも”いない”とも判別付かないその曖昧なひと鳴らし。

「ショコタン!?その鳴らし方、怪しすぎ!」
「ふむ。つまり“覚悟しておけ”ということじゃな」

 チリン……(肯定)

「うわぁ。やっぱり門番いる流れじゃん、それ!」
「ふむ…ぬしも言の語に不自由な人外と会話できようとは、もはや…」

 クータンの言葉は、そこでストンと途切れた。気まずい沈黙とともに、三人を乗せた噴水の底はさらに深くへと降りていく。

「…もはや、なんだよ?どこで覚えたんすか?言いかけてやめる、なんて憎たらしいテク」

 玄太はじと目になってクータンを睨んだ。

「言葉では表せぬこともあろう」

 チリン……(同意)

「ショコタン?お前まで!?…つっても、おれが普通じゃないって事はわかってるっすけどね」
「む?普通とはなんじゃ?なにが違うというのじゃ?」

 クータンの疑問に、玄太は少しだけ言葉を探した。ショコタンは小さく首を傾げ、クータンは“本気でわからぬ”という顔をしている。その真っ直ぐすぎる視線に、玄太はなんとなく胸がむずがゆくなった。

「おれ、てんぱいのこと好きすぎて、周りから見たらただのバカに見えるだろなって、まあ……思うんすよ」

 玄太は、照れ隠しに鼻の頭をかいた。

「はて?我は仔牛の身とて、姉上であればツガイとなっても良いと思うておるが」
「いやいやアリスさんかよ!?ってか、なんで上から目線!?」

 脳裏に浮かぶ、タキシード姿のクータンと涙ぐんだウエディングドレス姿のアリス。美女と野獣ならぬ、美女と仔牛の妄想に、玄太は思わず吹き出した。
 それにしてもクータンてば!アリスさんにほのかに恋心抱いてるなんて、いつの間に?

「姉上を伴侶とすれば、農場にて一生安泰の甘乳ライフを満喫できるからの」
「いや、動機が不純すぎだろ!」

 恋心なんてときめいた勘違いは、一瞬で打ち砕かれた。

「否……欲することに、理屈など問わぬが道理。甘乳の為であればこの身、姉上に捧げる覚悟」
「いや、だからなんでなんで上から目線なんだよ!」

 玄太は呆れ半分に笑い、勢いよくツッコミを入れる。
 いつの間にか、さっきまでモヤッてた“普通かどうか問題”なんて、どうでも良くなっていた。ゆっくりと沈んでいく暗いシャフトに、にぎやかな声がこだまする。

 チリリ~ン…!

「なんだよ、今の“良い余興だったぞ”みたいな鳴らし方」
「こやつ、こう見えて明るい性格やも知れぬ」

 そんなやり取りをしているうちに、噴水の底がふっと減速した。

 ギィ……ギギィ……。

 擦れるような低い音とともに、三人の視界に“ずらりと並んだ何か”がゆっくりと降りてくる。最初はただの風景の一部に見えたそれが、少しずつ形が浮かび上がる。

「そうだっ、ここって王家の墓所じゃん!」

 三人の目の前に、薄暗い王家の墓所が現れた。巨大な棺の列が左右に並び、足音を吸い込むような深い静寂が続く。

「うわ。ホラー系って、リアルだとやべえくらい不気味」
「ふむ。しかし、遠回りせずにここに辿り着けたのは幸いなのじゃろう?」

 冷気――いや、霊気じみた何かが頬を撫でる。光源はないのに、なぜか薄明かりのような光が地面を照らし、石壁に刻まれた古い紋章が闇の中でぼんやりと浮かぶ。

「なんだろ。このエリア、記憶があまり無いんだけど……なんでだっけ?」

 玄太がつぶやいた瞬間だった。

 ……ゴゴ……ゴゴゴ……!

 左右に並んだ棺が一斉に、まるで合図でもあったかのように震え出す。

「ぬ、ぬしよ!?これ、なにか始まったのじゃ!?」
「っは、なんで覚えてないか思い出した!ここっていつも……」

 バンッ!!っとひとつの棺が跳ね、白い腕が飛び出す。続いて反対側の棺からも、ずるり、と骨と皮だけの指が縁をつかむ。

「ゴリ押しで走り抜けてたからだぁぁぁぁ!全員撤退ぃぃぃぃ!!」
「またれい!置いていくでない!!」

 チリンッ!チリンッ!チリンッ!

 即撤退にショコタンも全肯定。三人は最速ダッシュで王家の墓所を駆け抜けた。

 *****

「はぁ……ッ、はぁ……ッ……怖かった……」
「ショコタンの奴め、我を追い抜くとは…不覚」

 チリン……(得意げ)

 息を整えながら、玄太はゆっくりと顔を上げた。
 
「ここだ……魔導研究室のひとつめの門!」

 回廊の突き当たりに静かにたたずむ巨大な扉。石と金属を混ぜ合わせたような手触りに、複雑な紋様が何重にも刻まれている。ゲーム画面の中じゃ伝わらなかった、違和感バリバリの存在感。

「この先にてんぱいが……いる!!」
「いよいよ、正念場というわけじゃな」

 玄太は喉の奥が乾いていくのを感じた。
 ――てんぱいは、この先にいる。だが、それ以外の“何か”も、確実に玄太を待ち構えていた。
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