忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第169話 魔導研究室 ― 壱ノ封門 ―

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 ゴゴゴ――。

 扉をわずかに押し開けた瞬間、クータンの手が横に伸びた。小さな蹄で「止まれ」の合図。玄太もショコタンも反射的に動きを止める。
 クータンが物影の中へ滑り込み、棚の角からそっと奥を覗く。「来い」の合図。玄太が姿勢を落として机の下をくぐり、壁際へ移る。息も足音も地面に吸わせながら、ただ前方の気配だけを探った。

 クータンの指先がわずかに震えながら指さすと、その先で行く手を阻むように仁王立ちする大鎧。三人は同時にさらに身を低くして、這うように前へ進む。 

「あれ、一つ目の門番か……?」

 玄太が喉奥で息を潰したまま囁く。
 壱ノ封門を守るのは魔導改造で歪んだ三門番のひとり、シールド・バルデイン。所属する隊の護衛長を守りぬけず、満身創痍なところを狂魔道師に狙われ、欠損した肉体を魔道器具で継ぎ接ぎにされた悲しい男……という設定だったはず。

 その時ふと白い光が揺らめき、影がこちらへ向いた気がした。

「やっべえ!見つかった!?」
「ぬしよ、こうなれば先手必勝じゃ!」

 クータンの声に、玄太は咄嗟に立ち上がって大鎧に思いっきり体当たりした。

「うらぁぁぁぁ!!!」

 ガシャァァン!!!!
 轟音とともに“大鎧”が派手に前のめりに倒れた。

「……え?あれ?」

 安堵とも拍子抜けともつかない空気が走った。クータンがちょこちょこと倒れた大鎧に駆け寄って様子をうかがう。

「ふむ……これは、人型を模した造形じゃの」
「え!?そんなオブジェクトあったっけな……?」

 皆が油断したその瞬間、背後の暗がりの奥から低い怒声が響いた。

「……よくも……俺様の護衛長を……!!」

 ただならぬ殺気に三人が振り返ると、物陰から“鉄壁の衛兵”が現れた。かつてゲームの世界では、別エリアに強敵“護衛長”として出現していた男。しかし、クザンが造ったこの“突貫世界”には、門番以外の敵は存在しないらしい。
 この世界線に護衛長が“存在しない”という理不尽に抗うように、バルデインは自ら大鎧を護衛長そっくりに作り替え、無理やり世界を“元の形”へ戻そうとしていた。

 その大切な護衛長が倒れる轟音。侵入者が手を出した事を悟るのに十分だった。

「貴様らぁぁ!!やり過ごすのであれば見逃すところだったが、俺様の護衛長に粗相をした報い……受けてもらうぞッ」
「やば!後ろ!あっちが本物の門番……」

 玄太が叫ぶより早く、バルデインの脚が石床をえぐった。巨体に似合わぬ速度。盾が振り上がり、叩きつけの軌道が壁を震わせる。

「どわっ――!?」

 玄太が横跳びし、床が衝撃で波打つ。盾の一撃で机が粉砕され、木片が弾丸のように飛び散った。

「ぬぅ――我の出番かッ!」

 クータンのツノから赤い閃光が奔った。天井すれすれの高さで炎が渦を巻き、瞬時に炎翼の鳥が羽ばたく。鳴き声が空気を裂き、一直線にバルデインへ突っ込んだ。

 ――バシュゥゥゥゥゥ!!

 火の鳥は大盾に吸われるようにぶつかった。炎が弾け散る。だが盾の表面が黒く燻っただけで、バルデインは微動だにしない。

「むぅ……?」
「ノーダメっすか!?」

 そうだ。こいつ魔法の類はほぼ大盾で防ぐ厄介な奴だった。でもたしか、こいつの盾には死角があったはず……!玄太の足が迷いなく踏み出す。

「俺様の護衛長を守るための盾……仔牛の炎ごときで傷がつくものか」
「じゃあ、こっちはどうだ!!」

 エクリプスブレードを逆手に切り替え、低い姿勢で滑り込む。大盾兵の懐。盾の下の死角。刃が軌跡を描き、闇の刃が一閃する。

「お前の弱点はお見通し!喰らえッす!!エクリプス――」

 キィィン!!

 ――弾かれた。

「はっ…………!?」

 玄太の体が後ろに跳ね飛ばされる。切っ先は確かに大盾兵の利き手の逆の脇を狙った。ゲーム本編ならダメージが入る角度だ。

「くっそ!ここからスタンさせてフルボッコが攻略法なのに!!」
「俺様と護衛長の絆をなめるなッ!護衛長を守るためなら、どんな攻撃も防ぐ!!」

 バルデインが誇らしげに吠える。
 これはいわゆる、怒りバフだ。本編ではなかった「護衛長人形」を傷つけた門番に、本来ないはずの強化バフが付いた状態。それにより、唯一の弱点を突けない想定外の挙動。

「くっそ……!弱点無しとか卑怯すぎ!バランス崩壊っすよ!」

 玄太が半歩後ろに下がると、その隙にバルデインが床を踏みしめ一気に距離を詰めてくる。

「覚悟しろ。我が愛しの護衛長に手出しした罪……死して償え」

 玄太がエクリプスブレードを構え直し、クータンが再び火の鳥をまとめる。

「バルデインバッシュ!喰らったらやべえっす!」

 ――が、その瞬間、やつのヘイトが不気味に“かちり”と角度を変えた。

「……な!?……なん……」

 玄太の言葉より早く、バルデインの咆哮が爆ぜた。

「そこの貴様ぁぁぁァァァッ!!何を、踏んでおるゥゥゥッ!!」

 バルデインの視線の先――ショコタンが、いつの間にか倒れた護衛長人形の胸の上に乗り、首をかしげていた。全く悪気のないショコタンと裏腹に、バルデインの怒りゲージが物理的に見えるほど跳ね上がった。

「どけぇぇえええぇぇぇッ!!我が護衛長の御体を穢すなァァァ!!」

 床を抉る踏み込み。盾が唸りをあげてショコタンへ一直線。

「やっべ!!ショコタン逃げろ!!」

 玄太が横へ飛び込む。でも、間に合わ――

 ……ふわっ。

 ショコタンはまるで空気に乗るように身体をひねり、バルデインの背後へ跳んで着地した。

 チリン……!

「おおぉぉぉ!?ショコタンすげえ!」

 玄太も一瞬目を丸くするが――なるほど、使える……!玄太の脳内で電撃のように線がつながった。バルデインは護衛長人形に異常なほど執着している。そしてその執着は、やつの行動パターンをぶっ壊す鍵。

「不埒な輩よ!逃がさぬ!」

 ショコタンがひらりと背後へ跳んだ瞬間、バルデインは完全に彼にヘイトを固定した。

 その刹那。

「――今だ!」

 玄太は足を地面へ叩きつけるようにして走った。狙うのはバルデインではない。全力ダッシュで向かった先は、倒れていた護衛長人形。

「バルデイン!!こっちこっち!」

 護衛長人形の首元ギリギリに構えたエクリプスブレードに、バルデインの巨体がまるで石像のように止まった。

「……っ!?小僧、貴様何を……!?」
「これ……人質っ!」

 空気が一気に変わる。さっきまで暴走機関車だった男が、今は息をするのも怖いという顔をしている。

「や、やめろ……離せ……!護衛長だけは……!!」
「……動くなっすよ?」

 玄太は喉奥を震わせながら、エクリプスブレードを軽く押し当てた。

「ふむ。ぬしもなかなか卑怯じゃの」
「おれだって……てんぱいの為なら手段は選ばねえっすよ!」

 玄太はニッと犬みたいに歯を見せて笑うと、護衛長人形を思いっきり真上へほうり投げた。

「うりゃ!!」
「なっ……!?貴様……!!」

 ドンッッ!!

 バルデインの足が床を砕く。反射的に、護衛長人形を追って跳躍した。

「護衛長ォォォォォ!!!」

 巨体とは思えない跳躍力だった。盾を放り投げて両腕を大きく広げると、まるで恋人のように護衛長人形を抱きとめる。

「次こそは守り抜きまするぞ!!」

 その瞬間、玄太の目に映ったのは、空中で完全に無防備になったバルデイン。
 盾は真下へ落下。腕は護衛長人形を抱きしめてふさがり、そして何より、彼の目には護衛長しか映っていない。

「卑怯上等……!」

 玄太は走りながらエクリプスブレードを構えると、バルデインの真下から静かに叫ぶ。

「これで――攻略完了っす」

 ズバァァァン!!

 玄太のエクリプスブレードの闇色の刃が、護衛長人形ごとバルデインの胸部を一直線に貫いた。

「――――あ!?」

 それは悲鳴でも怒号でもなく、初めて聞くほど静かな声だった。

「エクリプス、解放!!」

 玄太は二体の鎧を貫いたまま、闇の力を最大限に引き出した。

「ぐおおおおおおおおっ!!!」

 空中で護衛長人形を抱きしめていたバルデインも、力なくそのまま、ゆっくりと落ちていった。

「護……衛……ちょ……う……」

 ――ガンッ。

 巨体が床に倒れ、粉塵が静かに舞う。バルデインは苦しげに息を吐きながらも、最後まで護衛長を離さなかった。

「……はぁ……はぁっ……よし……!!」

 玄太は荒く息をつき、エクリプスブレードを引き抜くと、ショコタンとクータンが玄太に駆け寄った。

「……ぬしの“腹“黒い一撃、見事じゃったの」
「腹は余計っす!」

 玄太は息を整えながらバルデインを見下ろした。人形を抱いたまま倒れた姿は、敵というより不器用な男の最期に見えた。

「……だよね……俺でもてんぱいだったら、同じことするもん」

 バルデインの肩に落ちた埃を指で払う。敵であっても、踏みにじりたくないものがあった。

「なあ……お前、本当のゲームの世界だとさ。この戦いの後半で、お前の隊長――この人形そっくりの人が駆けつけて共闘してくるんだ。最後まで一緒に戦って、一緒に……だから、安心しなよ」

 その言葉を聞いていたのかは分からない。けれど門番は、ほんのわずかに口元を緩めた気がした。そして、護衛長をギュッと抱いたままシールド・バルデインは静かに息を引き取った。

 壱ノ封門を守る門番――攻略完了。

 玄太は立ち上がり背を向ける前に、ほんの少しだけ振り返って頭を下げた。
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