忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第170話 魔導研究室 ― 弐ノ絶門 ―

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バルデインの最期を見届け、玄太たちは扉の向こうへ足を運んだ。その先の通路では、天井に埋め込まれた魔導灯が不安定に明滅し、研究室へ近づくほどに空気がひりついていく。

「よし、あとふたつでてんぱいに会える……んだけどなぁ……」

 突き当たりにある分厚い扉。刻まれた文字は――絶門。

「“絶”とな……?またも溺愛門番かと思うたが」
「いや、ここの敵は愛もクソもねえっすよ。――でも速さはガチ……!」

 リン……リリン……。
 背後からショコタンの鈴が、小さく震えた。

「安心せいショコタンよ。我の炎の追尾から逃れるのは不可能じゃ」
「出た、謎の自信!ってか、多分火の鳥でもギリっすよ」

 玄太が喉奥で息を殺すように囁いた。
 弐ノ封門の門番は、猫科魔獣と掛け合わされた弓兵。四肢のバネも感覚器も完全に獣で、残像しか残らないほどの加速を見せる。ゲームでも“反応速度チェック”と呼ばれた高難度枠。速さに取りつかれすぎて、自ら狂魔道師に魔改造を願い出た救いようのないスピード狂――そんな設定だったはず。

 ギィ……。

 触れてもいない扉が、ゆっくりと開いた。

「出たな、弐ノ門番……」

 薄闇の中から、黄色く、細長く、肉食獣特有の鋭い二つの光が、すうっと浮かび上がる。

「あいつが俊足の狩人、アロー・レオっす!」
「シャァァ……ァァァ……」

 レオは背から伸びる“魔導弓”をゆっくりと構えた。弦に指は掛けていないのに、矢の形をした黒い魔力がにじみ出す。そして、レオの瞳孔がスッと細く絞られた。
 その変化を見た瞬間、ゲームでは主人公がやられたら ゲームオーバーになって、直前のセーブポイントに戻る。プレイヤー的には当たり前なんだけど…本来、戻らなかった未来では主人公はどうなってるんだ?

 捕食対象。レオの眼光は、まさに“それ”を物語っていた。

「うわぁ……これ、やられたら普通に喰われるやつっ!?」
「むぅ……だれが餌じゃ!」

 次の瞬間、ショコタンの鈴がかすかに震えた。音というより、空気を揺らす微振動。その音と同時に、アロー・レオの姿は既にそこにはなかった。

「っは!?消えた!肉眼だとマジクソ速っ!!」

 “跳んだ”と認識した時には、レオはすでに天井近くに張り付いている。猫のしなやかさと魔導強化の速度が掛け合わされた、常識外れの機動。

 そして――

 シュッ!

 音だけが左耳を走り抜け、玄太の頬に極細の切り傷が走った。

「――――は?」

 見えなかった。矢がいつ放たれたのかも分からない。

「っぶな!??今の矢、見えなかったっす!」

 玄太が頬を押さえたその瞬間、またショコタンの鈴がリリンッ!と鋭く震えた。

「っ来る!!」

 玄太は反射で地面を蹴る。直後、さっきまで自分がいた場所に黒い閃光が突き刺さった。

「っぶねぇ~!でも、ショコタンお前、攻撃来るのが分かるのか!?」

 チリン……ッ!

 答えるように、鈴が揺れる。

「すげ!!ショコタンって、レオが攻撃する瞬間のアイツの殺気に反応してる!」
「ふむ。こやつなりの未来視というわけか」

「よしっ…じゃ、ショコタンの鈴の音を頼りに……」

 だが――

 ……リンリンッ!

「っ!!来る!?」

 玄太がその場から飛びのくように回避する。その直後、床を貫く矢。

 …リンッ!

 続けざまに鈴が震える。

「今度は上からっ!」

 玄太は床を転げて避ける。

 リンリンリンッ!!

「うひゃっ……って、多すぎっ!足が追いつかねえ!」

 ショコタンの鈴は確かに“来るタイミング”を知らせてくれる。だが――通知の頻度が速すぎる。逃げ続けるだけで精一杯。攻撃に転じる余裕なんて一秒もない。

「くっそ……これ、避けてるだけじゃ……絶対勝てねえっす!」
「うむ。しかもあやつの弓は魔術。矢切れは望めぬぞ」

 天井に張り付くレオが、獲物を弄ぶ猫のように喉を鳴らした。

「シャァァ……ァァァ……」

 横で、クータンのツノがボウッっと赤く灯った。

「しょせん猫など愛玩家畜。神託の仔牛の比ではないわッ」

 天井の近くまで火柱が一瞬巻き上がり、そこから火の鳥が翼を広げて何羽も出現した。赤々と燃える尾を引き、一直線にレオへと突撃する。

「よぉぉぉし!いけえええ、火の鳥!!」

 だが、レオの瞳が瞬時に火の鳥を捉えると、音すら置き去りにする速度で矢が放たれる。

 バシュゥゥゥ………ン!!

 レオの矢が火の鳥の中心を貫き、炎がたちまち砕け散った。

「なっ……!?」

 さらに間髪入れず、レオは二射、三射、四射と黒矢を重ねると、次々と迎撃されて火花のように散る炎。火の鳥は完全にレオの射程圏で抑え込まれている。

「我が子ら……一方的に撃ち落とされおる」

 矢が火の鳥に命中するたびに弾けた火の鳥が火屑となって、クータン自らに降りかかる。

「クータン!!毛が燃えてるって!無理すんなっ!」

 レオはさらに高く跳び、天井に爪を引っ掛けて獲物を見下すように静止した。その直下では、クータンの周囲に、弾けた火の鳥の火屑がバラバラと降り注いでいた。

「むぅぅ……自滅っ」

 クータンの背中の毛がじりっと焦げる。

「クータン!!もう無理だって!!」
「無念じゃ……」

 玄太が叫びながらクータンを抱きかかえた瞬間、ショコタンの身体がぞくりと電流を通したように震えた。そして聞き慣れない警鐘のような鋭い音をジリリリと立て始める。

「え……?音、こわ……っ!」

 玄太が目を見開いた瞬間、ショコタンの瞳に獲物を狙う側の気配をまとった。そして、鈴をもう一度ジリッと短く鳴らした瞬間、ショコタンの姿がその場から消えた。

「っは!?ショコタンまで消えた!?」

 いや、違う。消えたんじゃない。ただ玄太の目が追いついていないだけだ。

「ッシャ!!?」

 天井に張り付いたレオの背後には、すでにショコタンがいた。レオが慌てて壁へ跳べば、その背後へショコタンが張り付く。振り向けば、次の瞬間にはもう反対側。
 速度そのものはレオと互角――いや、違う。ショコタンは速さで張り合っているんじゃない。純粋にレオの動きに対応してるだけだ。

 ギィンッ!!

 金属を引っかくような火花。レオの爪と、ショコタンの振りぬいた“打撃”が真正面からぶつかり合った。

「すげぇ……ショコタン、あいつに渡り合ってる!」

 レオが距離を取りながら矢を放つ。……だが、ショコタンはその矢を避けることもせずレオに向かっていく。高速で交差するたび、乾いた打撃音と火花が走り、二つの影だけが研究室を駆け回る。

「いける……!ショコタンの方が強い!」

 互角――いや、むしろショコタンが押しているようにすら見えた。

「……むぅ?」

 だが。

「……リィィ……ンッ」

 低く、短く、かすれた鈴の音。その音にも、動きにも、さっきまでの鋭さがないように見えた。

「やつは、どうしたのじゃ」

 レオの矢がもう一発、ショコタンの肩に刺さり、体制が揺らぐ。すぐに姿勢を立て直すが、その動きが明らかにぎこちない。
 そしてまた一矢。さらにもう一矢。見えない速度の応酬の中で、確実にショコタンのHPを削っている。

「ショコタン……まさか」

 玄太はようやく気づく。

 ――ショコタンは、わざとレオの意識を全部自分に向けている。おれたちが狙われないように。わざと自らヘイトを取り、おれたちの逃げる隙を作っている。

 ……チリ……ン。

「……今の音……はやく行けって……そういうこと、っすか……?」

 リリ……ン……チリリ……ン。

 レオの気を引きながら、何度もおれたちに送る音色。でも、その一つ一つが、玄太とクータンに向けた“メッセージ”にしか聞こえなかった。

「クータン……さあ!行くっすよ……!今のうちっ……!」
「否!勇敢なるあやつを放ってはおけぬ」

 そのクータンの制止を断ち切るように、ショコタンの鈴がひときわ強く鳴った。

 —————チリーンッ………。

「分かったよ、ショコタン!お前の気持ち、無駄になんてしねえっ!」
「何を言う、ぬしよ!我らはパーティじゃ!!仲間を置いては行くなど――」

 クータンが涙も声もぐしゃぐしゃにして叫ぶ。玄太の腕から抜け出そうと脚をジタバタさせて、必死にもがく。

 チリンッ!チリリンッ……!!

 その音はもう、メッセージなんてものではなかった。――行け、という最終勧告。

「……ショコタン……すまねぇ……すまねぇっす……!」
「……否じゃ!否じゃぁぁぁ……」

 玄太は泣き叫ぶクータンを抱え上げ、弐の門の出口へ全力で走った。振り返れば躊躇しちまいそうで、後ろを見ることはできない。

 ズドドドドドド……!!

 背後ではショコタンがレオの爪撃と黒矢の雨を、一身に受け止め続けていた。その攻防の轟音の中のほんの刹那、雑音を裂くように玄太の耳に”それ”が届いた。

 ――チリ……ン……。

 背中を向ける二人に、それでも届いた小さな音。
 優しくて…弱くて…それでも確かに聞こえた、声のような鈴の音。

(さよなら……)

 玄太は歯を食いしばりながら、泣き叫ぶクータンを抱えたまま全力で扉を引いた。

 ギギギ……――ガコーーーンッ!

 弐ノ門の扉が閉ざされたその瞬間、玄太の世界からショコタンの姿は消えた。


 


 ……カラン……。

 閉ざされた扉の向こうで、小さな金属音がひとつ、静かに転がった――。
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