忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第173話 仔牛、死角を穿つ

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 黄金の影が踏み込むたびに床石がきしみ、小さな振動が地に伝わる。にらみ合う黒い仔牛と赤と金の猛牛。白い地下の空間はいま、牛と牛の決戦場となった。

「ブォォォオオオッ!」

 ゴルド・タウロスが、さっき玄太を吹き飛ばしたのと同じ突進姿勢で空間を切る。四本の脚が床石を砕きながらクータンに迫る。

「またもや!」

 クータンは咄嗟に横へ飛び跳ね、ほんの少しの差で巨体タックルは空を切った。しかし――その風圧は小さな仔牛を吹き飛ばし、クータンの小さな身体をコロコロと床の上で転がした。

「ぐ、ぬぅ……」

 クータンは転がりながらも、小さな蹄で床を引っかき、体勢をなんとか立て直した。

「なんのこれしき!ただの仔牛と侮うたか!」
「……ブォォォ!!」

 ゴルドが鼻息を荒くし、続けざまに巨腕をふり上げた。真紅の上半身に膨れ上がる筋肉。その盛り上がりが、まるで波のように動く。

「隙あり!今じゃッ!」

 叫ぶと同時に、クータンのツノの間が、ポッと灯りのように赤く光った。その光は一瞬だけ周囲を照らし、みるみるとその形を鶏へ変えていく。クータンの頭上からバシュッ!と飛び出すと、弧を描きながらゴルドの顔面へ向かっていった。

「ギュオォッ!?」

 巨牛が思わずたじろぐ。ゴルドの右肩に直撃した火炎が、真っ赤な筋肉にパチパチと弾ける。

「どうじゃ!これが我が火の鳥――」

 ドヤ顔の仔牛が台詞を言い終わる前に、ゴルドの巨腕がドォンッ!と床を叩きつけた。衝撃波だけで部屋全体がビリビリ震える。その揺れはクータンの蹄まで伝わった。

「……我をせんべいにする気か」

 しかしゴルド・タウロスは、クータンの小さな反撃にイラついたように鼻息を荒げる。

「ブォォォォオオオ!!!」

 だが、クータンは気づく。さっきの火の鳥が着弾した肩の小さな焦げ目。ゴルドの外皮は岩より硬いが、無敵というわけではない。ならば、とクータンの目がキラリと光る。

「ふむ。うぬのような者でも弱みはかならずあるはずじゃ……そうであろう?」

 その考えが形になるより先に、何度となく振り下ろされた剛腕が、白い床石を粉々に砕き、爆風のような衝撃が横へ広がる。ついにクータンは逃げ場を失い、まともに巻き込まれる!?……と思いきや。

「――今じゃッ!」

 クータン自ら衝撃の軌道へ飛び込み、身体ごと空中へ跳ね上げられる。強烈な衝撃波に乗った仔牛は、ポーンと天井へ一直線に吹き飛ばされた。
 天井の突き出し部分が目の前に迫ると、クータンは咄嗟にそこへ飛びついた。小さな蹄が必死に梁に食い込み、なんとか滑り落ちずにしがみつく。
 真下に振り返ると、赤い巨体を上から見下ろす絶景ポイント。

「ほっ!良い眺めじゃ」

 もちろんこれは、逃げでも隠れでもない。やつの攻撃の射程外まで吹っ飛ばされるのを利用した、仔牛の姑息な策略。

「ぬしの攻撃、封じたり」

 ゴルド・タウロスが上を見上げて鼻息を荒げるが、どれほど腕を振り回しても、クータンのいる高さまでは届かない。その巨体ゆえ、高く跳ぶこともできない。

「では参るぞ、大牛よ!」

 ツノの間が、ふたたび鮮紅の光を帯びる。天井の一点から、クータンの「ずっと我のターン」が始まった。

「受けてみよ!我のスカイリンク、天より降り注ぐ炎の雨じゃ!」

 クータンの叫びと同時に、天井から火の鳥が連続で飛び出した。真紅の鶏は弧を描きながら、ゴルドの頭、背中、肩へ――まるで豪雨のように降り注いだ。

 ボシュッ!ボシュッ!ボシュシュシュシュ!!

 ひとつ、ふたつ、みっつ――いや、数え切れないほどの火の雨が次々にゴルドの全身を爆ぜる。

「グオォォォッ!?」

 巨牛が明らかに痛がって暴れはじめた。

「どうじゃ!我があるじはもっと腹黒いぞ」

 このまま、クータンの一方的な戦いになると思われた矢先。

 ドォォォォォンッ!!!!

 ゴルド・タウロスは怒りに任せて壁に突撃した。突撃の衝撃が部屋全体を揺らし、天井の石片が落ちる。

「な、なんと!?」

 必死にしがみつくクータンだったが、何度も突進が続くうちに少しずつ蹄がずり落ちる。

「うぐ……限界じゃ」

 そして、クータンは天井からそのまま真下へ振り落とされた。落下の最中、視界がぐるりと裏返り、冷たい空気が耳元を切り裂く。下では、怒りに震えるゴルドがちょうど突進の体勢へと身を沈めていた。

 その瞬間を、怒りの巨牛が見逃すはずがない。

 ドゴォォォォッ!!!!

 黄金のタックルが、逃げ場のない空中でクリーンヒット。

「ぐべっ……!」

 小さな身体が壁に叩きつけられ、骨ごと軋む感覚がクータンを襲う。壁に跳ね返った反動で地面を無様に転がり、視界の端で火花が散った。起き上がれない。そこへ、さらに追撃の突進が迫る。

「……もはやここまで!」

 覚悟が胸に浮かんだ、その刹那――。

 ズバァァァァッ!!

 突進の風圧だけがクータンの体毛をなぎ払い、黄金の巨体はクータンの真上を通り過ぎていった。たまたまの、ラッキー回避。粗削りな突進は、小さな体を偶然にも避けたのだ。

「……むっ?」

 諦めかけていた仔牛の頭上を、ふわりと桃色の腹がスローモーションのように横切った。柔らかそうで、妙に愛らしい、無防備な“そこ”を、まじまじと見上げながら――クータンは目を瞬かせた。

「……そこが……うぬの泣き所か」

 どれほど表皮が固くても、どれほど上半身の腹筋が鋼のように鍛え上げられていようとも――神の作りし肉体を魔改造でねじ曲げた副作用。そこだけは鍛えようがない牛の死角。

 クータンの口角がむにゅっと上がる。

「……ブォォォォォォォォ!!!」

 ゴルドが床石を削って止まり、大きく咆哮する。

 ――――――だが振り返った先に、小さな仔牛はどこにもいなかった。

「……ブォ?」

 鼻息を鳴らし左右を探す。しかし、見当たらない。

 当然だ。

 クータンは――。

「ここじゃよ、阿呆が」

 すでにゴルドの腹の“真下”に潜り込んでいた。

 上からでは絶対に見えない、完全な死角。柔らかい桃色の腹が、まるで闇に浮かぶ灯りのようにすぐ頭上にある。

「うぬは知っておるか?我ら一族の、一番柔らかい部分を」

 ツノの根元が、再びボッと灯る。今までの可愛い火の鳥とは違う、覚悟の炎。腹の真下から放つ、至近距離の――。

「火の鳥・乱れ突きじゃぁぁぁ!!」

 バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュシュッ!!!

 桃色のやわらかい腹へ、火の鳥が次々と突き刺さる。直撃、直撃、直撃――防御も回避も不可能。

「グオォッ!!?」

 ゴルドにとって牛部分の腹の真下は、自分でものぞき込めない“完全な盲点”だった。その見えない空白から、突然、腹の奥を突き上げる熱さと痛みが走る。どこを誰に攻撃されたのか、理解する暇すらないまま黄金の四肢と深紅の剛腕を振り回すが、腹の真下だけはどう足掻いても届かない。

「大きすぎるのも考え物じゃな」
「……ブォォッ!ブォッ!ブォォォオオオ!!!」

 巨体を揺らして暴れれば暴れるほど、クータンの位置を完全に見失う。天井の石片が雨のように落ちてきても、腹の真下に張りつくクータンへは一つも届かない。巨体そのものが、落石から火元を守る“盾”になってしまっている。

「まだまだじゃ!我の魔力、全て喰らうがよい」

 火の鳥が立て続けに放たれ、桃色の腹へ一点集中で突き刺さる。焼け焦げる熱と火の粉がクータンの頬をかすめる。

 ――そのとき。

「あ、あれ?おれ……?」

 参の禁門の隅、小さく積もった瓦礫の上で玄太がうっすらと目を開け、揺れる視界の中でクータンの小さな姿を捉える。

「クータン、す、すげぇ……やってんじゃん!」

 玄太は痛む身体を震わせながらも、思わず口元が緩む。死にかけた自分の代わりに、小さな体で巨大な怪物を追い詰めている――その光景に、胸の奥が熱くなる。

「おお、ぬしか!見よ、我の勇士を!」

 クータンは腹の下から、余裕のドヤ顔を玄太に向けた。

「クータン、マジで倒し――」

 言いかけた玄太の目に、ゴルドの異変が映った。

(……え?あいつ……なんか……)

 ゴルドの四脚がぐらりと揺れた。踏ん張りが利かず、巨大な腰がわずかに沈んだように見えた、次の瞬間、黄金の膝がカクンと折れた。

「クータン!!危ねぇ!!逃げろ!!」

 玄太の叫びが、石壁で反響して跳ね返る。

「心配は無用。奴はもう―――」

 クータンが見上げた瞬間、その頭上に巨大な影がふわりと覆いかぶさっていた。
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