忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

文字の大きさ
176 / 188
最終章:崩壊王国の戦い

第176話 忠犬、神に噛みつく

しおりを挟む
 その瞬間、はっきり分かった。

 自由にできるてんぱいなんて、いらない。いや嘘。欲しいっちゃ欲しい。けど、本当に隣にいて欲しいのは、そんなてんぱいじゃない。

 泥だらけの畑で、「腹減ったなー」って文句言いながら笑ってる顔。風呂上がりにタオルで頭ガシガシ拭きながら、「今日も疲れたなー」って向けてくれる笑顔。おれの知らないところであれこれ考えて、「これだ!」なんて言いながらおれの手を引っぱってくれる―――

 そんな、自分で考えて、自分で決めて、自分で生きてる顔だ。なにも特別じゃない日々。世界を救うわけでも、英雄になるわけでもない。ただ、一緒に働いて、一緒に笑って、当たり前にいつも隣にいてくれる毎日。
 それでいい。いや、それがいい。クザンの言う永遠より、玄太が欲しいのは、こういう“てんぱいがくれる毎日”だ。

 こんな虚構の世界で、てんぱいの身体と「だけ」一緒にいられたって……!

「中身がてんぱいじゃないなら、意味ねえんだよ!」

 玄太は顔を上げ、てんぱいの姿をした存在を真正面からにらみ返した。戦いになる覚悟を持って言い切ったその顔に、もう迷いはない。

「ふぅん、いらないんだ?じゃあ、あーげない!」

 そんな玄太に反して、軽く子どもをからかうみたいな声のクザン。

「あーげないってか、そもそもお前のもんじゃねえし!」

 玄太の胸の奥で、何かが弾けた。神に逆らうとか無謀にもほどがあるけど、理屈より先に体を突き動かす、もっと単純で幼い衝動だった。

「おれのてんぱい、返してもらうから!その為にここまで来たんすから!」

 言い切ると同時に、勢いそのまま胸ポケットに手を突っ込む。指先が柄の感触を探り当て、反射的に引き抜いた。折り畳み式の手持ちスコップ。慣れた手つきでカチャッと可動部を伸ばしたと同時に、ぱきっと真っ二つに折れたスコップが、両手から滑り落ちていた。

 カラン……カラーン…………ラーン。

 金属が石床を転がる、間の抜けた音。静まり返った魔導研究室に、その音だけが、やけに虚しく響き渡る。

「……あ?」

 玄太はぽかんとしながら立ち尽くし、足元に転がる半分ずつのスコップを見下ろした。

(そっか……そうだよな)

 安物の折り畳みスコップに、闇の力のエンチャントなんて無茶をさせた。何度も叩きつけた力に耐えられる構造じゃない。エレメタル製のてんぱいのスコップじゃあるまいし、壊れるのはむしろ当然だ。

「……なんだい、それ?」

 あまりに情けない展開に、ぷっと吹き出す創世の神。

「あはは!武器……いやゴミ?人間って、ここまで来てそれなの?」

 面白くて仕方がないという声に、玄太は思わず視線を逸らした。カッコつけた反動で耳まで熱くなる。

「う、うっせぇ!お前なんてこれで十分だし!!」

 と言っても初期装備ですらない、ただのゲンコツ。それでも玄太は拳を振り上げながら、一気にクザンめがけて走っていく。

「うりゃぉぉぉぉ……っ!!」

 叫び声は、完全に裏返っていた。喉の奥が潰れそうになるのも構わず、玄太は一直線に駆ける。
 考える余裕なんて最初からない。ただ、目の前にいる“それ”に食らいつきたい一心で、拳を振り上げていた。
 足取りはめちゃくちゃ、踏み込みも間合いも全部無視。ただ前に出る勢いだけが、身体を突き動かしている。
 でも。距離が詰まったのは十歩と少しだけ。拳が届くより早く、目に見えない何かが玄太の全身をバチンと弾いた。

「ぐへっ……!」

 勢いよく跳ね返された玄太の視界は、グルグルと天井と床が入れ替わり、重力の向きが一瞬わからなくなる。そして最後は情けなく尻餅をつき、床の上に転がった。

「いっ……てて……」

 痛みより先に、頭がくらっとする。息がうまく肺に入らない。さっきまでの勢いが嘘みたいに、身体が言うことをきかなかった。

「ひっひっ……ふぅぅぅ~」

 どっかで覚えた呼吸法で息を整え、ゆっくり視線を上げると、クザンはもう玄太をまともに見ていなかった。

「はぁ……もういいや」

 吐き捨てるでもなく見下すでもなく、本当に心の底からどうでもいいって感じの声。

「粛正の時間……ボクは忙しいんだ。そろそろ消えてくれるかな?」

 その言葉と一緒に向けられた視線は、敵に向けるものじゃない。床に落ちたゴミを見るような、雑な目だ。

「そらっ」

 クザンの指先が軽く持ち上がると、青白い光が、何もない空間から集まり始める。音はないのに、肌がピリつく。玄太の背中を冷たい汗が伝う。

「青雷……やばっ」

 あれをまともに喰らったら終わる。そう思った瞬間、玄太は反射的に両腕を上げ、顔を覆った。守りにもならないと分かっていても、身体が勝手にそう動いた。

 バシュゥゥ……!

 クザンが放った青雷は、逃げるという選択肢そのものを許さない角度で、玄太という一点だけを狙った。避ける時間も、覚悟を固める猶予も与えず、それは静かな殺意を帯びたまま一直線に吸い寄せられた。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ……」

 直撃。

「ふぅ……君が悪いんだよ、せっかくの神の慈悲を不意にしたんだから」

 襲い来るであろう衝撃を予想して、ありったけの悲鳴をあげた玄太。しかし、その悲鳴は行き場がないまま宙を漂った。

「あぁぁぁ………ぁ……あ?」

 普通の人間なら、確実に致命傷になるはずの神の青雷。てんぱいが空から呼ぶ青雷とはレベチ。肉を焼き、骨を砕き、魂ごと消し飛ばす――そういう類の力だ。

 けれど。

 玄太の身体には、痛みが来なかった。焦げる匂いも、衝撃もない。身体を引き裂くはずの熱も、なにも感じない。ただ、雷に貫かれたはずの時間だけが、空白みたいに抜け落ちている。

「……あ…、あれ?」

 恐る恐る顔を上げて辺りを見回すと、どうやらまだ天国でも地獄でもないらしい。いや、ある意味、地獄ではあるけど。そして気が付いた自分の右手の薬指――その第二関節の少し下。
 
「……あ」

 雷は、そこにあった。玄太の身体を貫くはずだった青雷は、すべて指輪へと吸い込まれている。
 玄太は一拍遅れて、理解が追いつく。

「これって、てんぱいの…」

 視線を落としたまま玄太は呆然と呟いた。ブルーストライクが完成した時にてんぱいにもらった、玄太曰く、アイテム名「愛と誓いの指輪」だ。貰った時から指に嵌めたまま、一度もはずさなかったやつ。
 青雷を喰らい尽くした指輪は、何事もなかったみたいに、ひときわ強く光っている。

「……そうだ」

 なんで今まで気づかなかったんだ、と今さら思う。ブルーストライクと同じエレメタル製なら、鉄壁の属性吸収効果が備わっている完全防具だ。

「いや、防具なんかじゃねえっ…」

 玄太は、小さく息を吸った。
 頭の中に、はっきりと焼き付いている光景がある。てんぱいが、ブルーストライクに吸わせた属性を、振り抜いたあのシーン。
 玄太は、ぎゅっと指輪に力を込める。吸い込まれていた青雷が、指先でざわりと脈打った。

「お返しだっ!」

 クザンに向かって、思い切り右手の拳を振り抜くと、溜め込まれていた青雷が一気に解き放たれた!

 青白い雷光が、魔導研究室を裂く。

「――は?」

 クザンが、初めてはっきりと目を見開いた。神が放った力が、神自身へと返ってくる。その、ありえない光景を前にクザンの指がわずかに止まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O
BL
執着王子 × 異世界転生魔法使い 魔法使いが逃げられなくなる話。 『上』『中』『下』の全三話、三連休中に完結します。 二万字以下なので、ショートショート𖤣𖥧𖥣 Special thanks illustration by okiagsa様(X:@okigasa_tate)        MBM様(X:@MBMpaper) ※独自設定、ご都合主義。あしからず。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

処理中です...