忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第181話 アルカ・ノア

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 少し呼吸が落ち着いてきたタイミング。胸の奥でざわついていたものが、ようやく静まりかけた頃、不意に視界の端に違和感が引っかかった。

「おい玄太…なんだ、あれ」

 部屋の奥。紫色の動脈筋が這う壁の一画に、ズラリと映像が浮かんでいる。空中に貼り付けられたみたいな、でかいマルチヴィジョン。どれも青一色で、波みたいなのがぐちゃぐちゃと蠢いていた。

「あ~それ、てんぱいが出したんすよ」
「……へ?俺が出した?」

 思わず聞き返すと、玄太は当たり前みたいな顔をしている。

「いや待て。俺、こんなの出した覚えないぞ」
「正確には、てんぱいの身体に入ってたアイツが出したんすけど」

 玄太のアイツって言い方が妙に生々しくて。俺の意識が無い間、そいつが俺を動かしていたって事?考えるだけでゾッとする。

「あの、てんぱい……今から言う事、落ち着いて聞いてください」
「な、なんだよ。お前が改まると、妙に怖えぇんだけど……」

 玄太の声が一段低い。

「その、これもアイツのせいなんすけど……異世界、沈没したんす」
「……はい?」

 言葉の意味が理解できなかった。聞き取れなかったわけじゃない。頭が理解することを拒んでる。

「おれ、さっきまで強がってたんす。てんぱいがいればいいって。でも……やっぱ、農場が……帰る場所が、無くなっちゃって……グス……」

 冗談だろ、と言いかけて言葉が喉で止まる。いや、ドッキリの可能性も否定できない。このあと、みんながワッと出てきて「大成功~」とかじゃないよな?いや、そうであれ。

「おう…なんかよく分からんけど、マジでやべぇ状況って事は…分かった」
「はい、マジなんす……」

 玄太の頭をポンポンしながら、視線が勝手に壁のヴィジョンへ向いた。もう一度、確かめるみたいに視線を流す。

 青。
 青。
 青。

 世界全部が、水に覆われたような光景。所々に、塔や山の頂だけが突き出ているのが見える。それが、世界が沈んだという事実を、否応なく突きつけてくる。
 確かに、玄太の言ってることは嘘じゃなさそうだ。

「ん~……ん?」

 ――その、はずなのに。視線が、ヴィジョンのど真ん中で止まった。

 明らかに、青一色じゃないど真ん中の映像。畑。屋敷。柵。俺も玄太も、嫌ってほど見慣れた景色。これ、マボロシじゃねえよな?俺だけが見えてるのか?

「えーっと……玄太くん?」

 ほけっとした間抜けっ面で玄太が顔を上げた。

「あるじゃん、農場」
「え?」

 俺は、そのまま真ん中のヴィジョンを指した。声に出してから、改めて自分でも驚いてる。

「ほら。アルカノア農場じゃね!?これ!」
「ふぁ、…ふぁ!?」

 玄太は一瞬、時間が止まったみたいにヴィジョンを見ながら、カッと目を見開く。
 青一色の中、そこだけ世界から切り取られて取り残されたみたいだった。



 *****

 ———アルカノア農場、数刻前。

 持ち上げられた水塊が叩き落とされた直後、世界が一斉に息を止めた。
 真下に叩きつけられた海そのものが、一気に陸地になだれ込み、地表を洗い流すように広がっていく。水流は地表を削り、飲み込み、押し流しながら広がっていく。遠くで崩れる音、折れる音、悲鳴が混じる。

 だがそれが、アルカノア農場に届く前に、怒号が一つ、農場の空を切り裂いた。

「全門、閉門!!!!!」

 ギィィィ………バターーーーン!!!

 ラクターの怒号に、コンバイン率いる力自慢の男たちが、次々と門を閉じていく。

「モー!メ―!家畜たちがパニックにならんよう、頼む!」

「ご主人、了解したモー!」
「うちらにまかせるベ~!」

 モーちゃんメーちゃんコンビは、声を張り上げながら牛舎と羊小屋へ駆けていった。その背中を見送った直後だった。畑を渡る風が、ほんの一瞬、妙に止んだ。

「……うん?」
「どうしました?隊長!」

 牛たちが、落ち着きなく鼻を鳴らした。羊たちは、寄り集まる。嫌な予感は、いつも説明より先に来る。

 ラクターは、無意識に柵の南側の海の方角を見た。

 ――――――ドドドドドドド!!!

 直後、濁流が真横から農場を囲む柵にぶつかった。重く、鈍い衝撃音が地面を震わせる。だが、柵は揺れない。軋みも、歪みもない。

「っうぉ!!一気に来たかっ!」
「想像より当たりが激しい!!ノーグ、この柵は本当に持つのか!?」

 農夫たちがノーグに問う。

「ふふ!この新しい柵は、反属性効果の高いアルカウッドなのよ!水も火もそう簡単には通さないわ!」

 ノーグが両手を広げて自慢げに言い放つと、人々はしばしの安堵と希望に包まれた。

 ゴォォォォォォ――――

 だが、アルカノアを囲う水の勢いは止まらない。外柵に掘られた溝に流れ込んだ水は、行き場を失い、農場を包囲するように両側へ流れ込む。
 やがて、堀に水が溜まり始めると、その流れが水位へと変わっていくのが、誰の目にもはっきりと分かった。

「だめ…!流れる先が無くなった!水位が増えてる!」

 農場の周囲をぐるりと取り囲むように、水の壁が形成されていく。

「シーダお姉ちゃん、怖いよぉ」

 高台からその様子を見るライラ。その様子に、誰かが怒鳴り、誰かが喚き、意味のない作業を始める者まで出る始末。

「大丈夫、アリスを信じましょう」

 シーダは祈るように柵の外を見つめ、ライラの手を握った。
 コンバインとラクターは門の前から一歩も動かない。水が門を破ろうとするならば、すぐに抑え込む態勢だ。

 屋敷の中では、王族を守るようにリオックと重鎮たちが側で控えていた。

「王よ。このリオック、いざという時は水の下から皆を支えます!」
「何を言う、死ぬときは皆一緒じゃ……助かる時も、な」

 王の言葉に、跪く重臣たち。

「お姉さまぁ……」
「リシェル、こっちに来なさい!」

 妹を抱きしめて、窓の外に目をやるリゼリア王女。

「……お願い……みんなを助けて……」

 しかし、リゼリア王女の祈りに反して、柵の外では水位は上がり続け、やがてその高さに追いつこうとしていた。
 アルカウッド製の柵は、未だ軋み一つ立てていない。だがそれは、強度が足りているという意味でしかない。水は、壊そうとしているのではなく、越えようとしているのだ。

「あぁ!うまく行ってよ……私の一世一代の設計なのよ……!」

 ノーグは両手を組み、上がり続ける水位を見つめていた。頭の中には、これまで積み上げてきた数式と設計図。計算は完璧、試算も限界までやった。これ以上、もう手を入れる余地はない。
 自分に言い聞かせるように、それでも、震えは隠しきれない。そんなノーグにアリスが駆け寄った。

「ノーグさん……そろそろよ!」
「ええ、分かってる。でも、水が柵を越えたら、終わりよ……」

 ノーグは柵の頂点を睨むように見つめる。風に揺れた波が、時折その高さを超えて農場を覗くたびに、ノーグの心臓が一拍遅れて跳ねる。

 ———もう、だめか。

 そんな言葉が、誰の口からも出ないまま農場全体に広がった、その時だった。

 ドドドドドドドド………ズ、ズズ……ギィィィィ………

「あれ…?音が……変わったでふ……」

 ミミの声だった。張り詰めた空気の中で、その小さな声が妙にはっきりと響くと、全員が一斉に耳を澄ます。

「水流が、柵にぶつかる音が消えました!」
「本当に?……でも、それって……?」

 ミミのエコーハントが、柵を殴り続けていた音の変化を捉えた。しかし、消えたわけじゃない。ただ、その音が農場の下に抜けていくような感覚。そして――――

「ねえ!!!見て!!なんか、水位下がってない……?」

 シーダが珍しく声を張った。でも、その言葉に誰もすぐには頷かなかった。
 水流は南からどんどん流れ込んでくる。遠くでは、塔も山も確実に沈み続けている。下がるはずがない。

 それでも――

「……待て」

 門の側で耳を澄ませていたラクターが、サッと物見台に上がった。さっきまで際まで迫っていた水面と、柵の上端との距離が、ほんのわずかに――でも確実に、開いていた。

「本当に……水位が下がっているぞ……」
「た、隊長…そんなバカな…って、おぉ?」

 ラクターを見上げるコンバインの足元が、わずかに揺れた。ふっと持ち上げられる感覚。地面が、下から押し上げられるような、あり得ない浮遊感。

「……た、隊長……なんか地面が、変ですぜ!?」

 ラクターの下から、コンバインの声が上がる。

「ほら、お前も来てみろ…ここだ!」
「は、はい!」

 ラクターが昇った物見台に飛び乗り、柵の外を見るとコンバインは信じられない光景を目にする。

「た、隊長…!なんか、景色が!」
「ああ……こりゃぁ、どうなってる?」

 柵の向こうの水面が、みるみるうちに相対的に遠ざかっていく。

 畑が。建物が。アルカウッドの柵が。――この大地そのものが、水面から離れていくように。

 その時だった。

「みんなぁぁぁ!!!もう、大丈夫よ!!!」

 アリスのその一言が、ようやく形になって農場を駆け巡った。

「ええ!安心して!浮いたわ!大成功よ!!」

 続くノーグの宣言に、全員の視線が自分の足元へ向いた。

 水位が下がったんじゃない。世界が沈んだ中でアルカノアだけが、浮上していたのだ。
 アリスの視た未来とその備え。大量のアルカウッドを周囲に包囲させ、地上から地中にまで張り巡らせる大改造の正体。アルカ山まるごと伐採した大量のウッドが、この農場の下部に、張り巡らされていたのだ。

「さぁ!大船艦アルカノアの出航よ!!!」

 ノーグの設計は、最後までその答えを沈黙したまま、ただ結果だけを突きつけてきた。

「間に合ったわ…ヒヤヒヤしたわよ!」

 ギリギリだった。ほんの指一本分でも浮上が遅れていれば、水は柵を越えていた。柵を超えたら、もう浮上する保証はなかった。そんな間一髪の浮上。

「アリス!これは船なのか!?この農場が!?」

 ラクターが走りながらアリスに詰め寄った。その言葉に農場に乗る人々の目が一気に見開いた。
 
「ええ、そうよお父様!!今まで詳しく説明しなくて、ごめんなさい!」

 大量のアルカウッドの搬入から、ひたすら目的を伏せて皆で作業したここ数ヶ月。

「この農場、まるごと船にしたの!!私の見た未来。それは、大海原に浮かぶ、アルカノア農場よ!!」

 少しの沈黙のあと――――

 ―えええええええええっ!!!!!!!!

 大海原に浮かぶアルカノアから、遠く、崩壊王国に届きそうな勢いで、驚きの大合唱が響き渡った。

「だって!大洪水が来るかも、なんて言ったらみんな怖がるでしょ?」

 アリスが、そう言いながらイタズラっぽくウインクすると、流石の父も黙るしかなかった。
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