忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第182話 引き裂かれた空

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 俺の目の前、ヴィジョンの中で大海原に浮かぶアルカノア。アリスが切り開いた「神に逆らわず」に切り開いた未来の形だ。

「てんぱい!見て下さいよ!まさかアルカウッドの秘密の作業ってこれだったんじゃ?」
「ほう。姉上は予見しておったか……」

 嬉しいはずなのに、背中がぞわっと粟立った。玄太とクータンが喜ぶ姿に、心の中から説明のつかないイライラが湧き上がってくる。

『またイレギュラー……』

 その言葉を口にした瞬間、頭の奥が嫌な音を立ててきしんだ。自分の意思と無関係に思考が引きずられる。視界がぎゅっと狭まる。

「玄太、クータン……なんか変だ……俺から離れろ……」

 自分でも驚くくらい、声が低かった。

「え、なんで?……だめ、やだやだ!!もう、てんぱいと離れたくないもん!」

 縋りつく玄太を手で押し返して、俺はふたりから無理矢理距離を取った。

「だめだ、玄太。俺の側にいたら……」
「む、主神がまだぬしの中に―――」

 クータンの声が重なった瞬間、視界が一瞬だけ赤く滲んだ。

「っ……くぅ……」

 胸の奥を、誰かに鷲掴みにされたみたいな感覚。息が詰まり、身体が言うことを聞かなくなる。

『……消えろ……器……!』
「消えろって何様だよ!これは俺の身体だ」

 度重なるいれぎゅらぁが、またもクザンを呼び覚ました。考えるより先に、俺の口から「俺」と「俺じゃないオレ」の言葉が次々とあふれ出す。

「あわわわわ!てんぱい!?いや、クザンなの!?」

 玄太とクータンの声が、急に遠くなる。耳が塞がれたわけじゃない。意識の焦点がずらされて、五感が遠のいていく。

 ――主神?クザン?

 その名を思い浮かべた瞬間、今度は逆に、頭の奥から声が直接響いてきた。鼓膜を通らない。逃げ場のない位置から、思考そのものを叩いてくる。

『無駄なあがきだ。この器は、すでにボクの色で染まっている』

 色――魔力の色。判断の基準。身体の主導権。じわじわと、何が、どこまでが、本来の自分だったのか分からなくなる。

「……はぁ……はぁ……取られて……たまるか……!!」

 言い返すたび、感覚がぎりぎりで踏みとどまる。足元が、ぐらりと揺れた。一歩間違えれば、足場が消える。そんな危うさ。
 赤、青、赤、青。二色の明滅が、玄太とクータンを交互に照らし出す。

「クータン!こ、これ、なんすか!てんぱいどうなっちゃったの!?」
「むぅ、主神とあやつが意識を奪い合っておるのじゃ!まさしく、器の争奪戦じゃ」

 身体の内側で引っ張り合いが起きている。前に出ようとする力と、無理やり引き戻そうとする力。どっちも、俺の身体を使っている感覚が最悪だった。

「てんぱい!頑張って!負けるな!!」
「ぬしよ、ここで奪われれば容易には戻れぬぞ」

 玄太とクータンの声が、必死に重なる。分かってる、ここで取られたらやべえのは分かってる、けど―――言葉が途切れた瞬間、赤い魔力が一気にせり上がった。

『器はしょせん器!黙って従えばいいんだ!!』

 踏ん張ろうとした足が、勝手に一歩前に出た。同時に、腕が引き戻される。自分の身体なのに、自分の思う通りに動かない。ただ、心の中に何かが注がれたような錯覚に襲われた。

「感情は不要だ、ボクで満たせ」

 また、青い光が赤を押し返した。研究所は激しく赤と青に明滅を繰り返した。

 *****

 そのころ地上では、創世の神と器の争いがそのまま空の異変となって噴き出していた。海で満たされた大地を覆う空が、突然紫の雷雲に呑まれると、暴風雨が吹き荒れ大波が立ち上がる。しかし次の瞬間、全ての雲が飛散し、真っ青な晴天がアグリスティアの空を包み込む。
 晴天は、長くは続かない。空気がきんと鳴ると、音もなく雪が落ちてきた。次の瞬間には一面が白い吹雪に塗り潰される。吹雪は海の上にまで雪を積もらせ、波打つ水面が白く埋め尽くされていく。
 数秒後には、さっきまでの吹雪が嘘みたいに途切れた。快晴。いや、そう思った瞬間には、もう紫雲が広がっている。紫の稲妻が大空を走ると、雷鳴の音を残したまま青空が広がる。

 その様子を見上げている者がいた。

「なんだ、この異常な天候は!!世界の終わりはまだ……」
「いいえ、お父様、違うわ!!」

 大海に浮かぶ畑の上で空を見上げる少女・アリス。

「これは、天貴が……神の器と神がぶつかる……最後の戦いなんだわ!」

 創世の神と器は今、天貴の意識の中で地上の空を通して二つに引き裂かれていた。

 *****

「てんぱぁぁぁぁぁ!!」

 玄太の叫びが、研究所の空気を裂いた。反響した声は壁に跳ね返り、床を震わせ、引き裂かれかけていた俺の意識が、その声に無理やり引き戻される。今にも切れそうだった感覚の糸が、玄太の声を支点にして、ぎりぎりで踏みとどまった。

「玄太……大丈夫だ。俺は……もう、取られない……!」

 息を吸って、吐く。意識を無理やり自分の身体に戻す。踏みしめている感覚が、確かにある。地に足がついている感覚が、まだ残っている。

『……く……なぜだ……理解できない……』

 クザンの声が、内側で歪んだ。
 これまでの冷静さも、余裕もない。焦りと苛立ちが、その音に滲んでいる。

『この器は、一度完全に沈めたはずだ。意識も抵抗も削除し、空白にした……それなのに、なぜ戻る』

 赤い魔力が、研究所の中心で脈打つ。壁を走る紫の動脈が、赤に染まりかけて、青に戻る。その明滅が、空間の呼吸みたいに不規則になっていく。クザンは支配できないことに苛立っているというより、もっと根本の「理屈が通らない」ことに動揺している。

『何もないはずの器。欲望も、野心も、支配欲も持たない……なのになぜ、ボクが収まらない』

「違う!おれのてんぱいは、何も無くなんかない!そもそもさ!お前、てんぱいを支配できてないから!!」

『……何を、言っている』

「この領域!神の領域!これ、お前が創ったつもりなんだろ!?でもこれさ、全部てんぱいの記憶なんだよ!!」

 クザンの意識が理解する前に、玄太の言葉が次々と叩きつけられる。

『これが……この領域の形が……器の、記憶だと……?』
「そう!!てんぱいとおれが、二人で何度もやったゲームの世界!崩壊王国オンライン!」

「ステージの形も!敵も!なにもかも!お前は、自分で考えて創ったつもりだったんだろ!?でも違う!!お前はずっと、てんぱいの記憶の中で動いてただけ!!」

 赤が、中央で弾かれるように後退した。空間が一瞬、軽くなる。俺の指先に、じわっと感覚が戻る。クザンが握っていたつもりの支配は、俺の記憶という地盤の上でしか成立していなかった――それが露呈した瞬間、神の論理の継ぎ目に亀裂が入った。

「ふむ。主神は、器を支配しているつもりで、記憶という土俵の上で踊っておっただけじゃな」
「そういうこと!!この神様、てんぱいにぼろ負けなの!!」

『だ、黙れ……!三日で死ぬはずの道具と、無能な人間風情が……!』

「ちげえ。そいつらは、道具でも無能でもねえ。神のルールは絶対なんだろ?玄太もクータンも、そのルールの上で……俺が選んだ、俺の大事なもんだ」

 俺が言う神のルール。俺が異世界に来るときにもらった最初のルール。「これと思ったものを三つまで持ち込める」っていうアレ。俺が選んだものは、俺のもんだ!

「てんぱい!それってさ、野菜の種と……おれ、ってやつだよね?じゃあ、三つ目……!てんぱいが選んだ三つ目って、何だったんすか!?」

 玄太も知らない俺が選んだもの。まあ、玄太も俺が選んだものだったんだけど。そんな玄太にも伝えていなかった、三つ目の持ち物。それは――――

「――使命を終えた、クータンだ」

 俺が言葉を積むほど、赤い圧の“正しさ”が崩れていく。クザンにとって世界はルールで、ルールは絶対で、絶対は従属を生む。俺は、そのルールを否定していない。ただその上で「俺の選択」を置く。

「我も長い事、考えておった。最初は甘乳パンが弧の命をつないだ、そう思うておったが……」
「えぇ!?違うんすか!?」

 驚く玄太。

「しかし、神のルール上でかように都合の良い事は起こらぬ」
『当然だ!そんな事では……いや、なんであれ覆ることなどあり得ん』

 神の論理の穴はそこに開く。拒否もしないが、服従でもない選択。神の許したルールの中で、神の決定を否定していく矛盾。クザンの計算が、そこだけ噛み合わない。

「す、すげ、てんぱい!さすがっす!クザンのルールに従って、その上で上書きしてたんだ!しかも転生前から!!やばあああああああ!!好きぃぃぃぃぃ!!」

『許さない。このボクのルールの穴を突くなど』
「むう?それでも、主神自らが定めたルールであろう。それを否定するなら…」

“破った”んじゃない。そこが、クザンにとって一番認められない。守らせたはずのルールが、ルールのまま別の結果を生む。神が作った秩序が、神の手から滑り落ちる。

「主神こそが、イレギュラーじゃ」
 
 赤い圧が、怒りで膨らむ前に、裂け目を生む。研究所の空気が軋み、紫の動脈が一斉に脈打つ。赤と青の明滅が、もう魔力というより“意識の奪い合い”そのものになって、空間全体が引き裂かれるみたいに震えた。

「見よ、主神を。我らの世界の中心――アルカノアじゃ」

 宙に浮かんだ中央のヴィジョン。そこに映し出されたのは、大海原に浮かぶ一つの塊だった。沈みきった世界のただ中で、アルカノア農場だけが浮いている。
 沈没で終わったはずの世界に、終わっていない一点。その一点が、今この場の支配を崩している。

『な…なぜ、対策された?なぜ、この結末が漏れた?人間に、予言の力は……アストラにはその類は許していない』

「アストラではない。かつて主神が遣わした件の娘。我と同じく死の運命を逃れ、その目で、この未来を看破したのだ」

『1096号の前にも、いたというのか……イレギュラーが』

 赤い魔力がわずかに乱れる。それは、理解の遅れだ。神は世界を計算する。計算できないものは排除する。だが今、排除より先に「見落とした」という事実が喉に刺さっている。

 もはや創世の神から、言葉は消えていた。クザンの支配が強さじゃなく“前提”で成り立っていたことが露呈した瞬間だった。
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