忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第183話 俺の原点

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 気づいた時、俺は紫がかった光に満たされた空間に立っていた。
 床も、空も、壁もない。立っている感覚はあるのに、足裏に何も感じない。上下の区別も曖昧で、距離や奥行きの概念が、存在しない。ただ、静かに混ざり合った光の流れだけが、どこまでも続いていた。
 理屈で考えるよりも先に、身体の奥が理解していた。
 ここは俺自身の意識。そのいちばん深いところだ。逃げることも、誤魔化すこともできない。都合のいい言葉で自分を守ることも、ここでは不可能だ。

『……なぜだ?』

 背中から、低く静かな声が落ちてくる。何かを押し付けられるような目に見えない圧が、背中越しに伝わってくる。

『なぜ貴様は、この不公平な世界をリセットしなかった』

 振り返る必要はなかった。声の主は、最初から分かっている。

 ―――――クザン。

『貴様も見ていたはずだ。スキルの優劣だけで価値が決まり、人の序列が変わる世界を。能力がある者が上に立ち、無い者は虐げられるだけの構造を』

 意識の奥に、いくつもの光景が滲み出す。街のざわめき。視線の冷たさ。値踏みするように向けられる目。どれも見覚えがあった。俺が見てきたこの世界の、目を背けたくなる部分ばかりだ。

『嫌気がさしていたのではないか?』

 ……図星だった。

 何度も思った。
 理不尽だ、と。
 くだらない、と。

 生まれつきの差。努力では埋まらない線。それに怒りを覚えた時も確かにあった。それでも俺は、肩の力を抜いて、この圧に抗おうとはしなかった。ただ、正直な気持ちで向き合う。

「確かに、さ。アストラの良し悪しで全部決まる世界、正直気持ち悪いよ」

 言葉にした瞬間、自分の声が妙に生々しく響いた。感情を乗せたつもりはない。それでも、この場所では、心がそのまま形になる。

「さっきも言ったけどさ。そうじゃない奴らも、ちゃんといたんだ」

 背後の気配がわずかに揺れた。押し付けてくる感じが、ほんの一瞬だけ緩む。

「便利かどうかで人を見ない奴。強いか弱いかじゃなくてさ」

 言葉を探しながら、続ける。頭に浮かぶ顔は、一つじゃない。

「好きとか、信頼とか、そういう理屈じゃないもので繋がる奴らが、確かにいるんだ」

 空間の色が、少しだけ青っぽくなる。そして、浮かび上がった、アリス、ラクター、コンバイン、シーダ……アルカノアの仲間たちの姿。そして最後に、玄太の笑顔。ただまっすぐで、馬鹿正直な笑顔だ。

「本当は皆がそうなれば、いい……なんてな」

 クザンが、鼻で笑う気配を滲ませる。それが綺麗事だってことは、俺自身が一番分かっている。

『甘いな、ヒトは本能で優劣をつけ、ヒトの分際でヒトの上に立とうとする愚かな生き物だ』
「……知ってるよ。俺のいた世界でも、そうだったし」

 考える必要すらなかった。否定じゃない、ただの事実だ。

「でもアストラなんて無くても、なんだかんだで優劣はつく。完璧なバランスなんて、正直俺には分かんねえ」

 一度、深く息を吸う。

「だからさお前の言う『公平』より、俺は玄太の『好きっス』の方が、ずっと世界を変えるって信じてる」

 その瞬間、空間の刺すような緊張がはっきりと後退した。

「現に俺は……」

 静かに、だが迷いはなかった。

【そんな玄太を、一生守るって決めたんだ!】

 それは誓いじゃない。もう俺の中で芽吹き始めた、素直な気持ちだ。

 土の匂い。
 笑い声。
 喧嘩して、失敗して、それでも続いていく――俺たちの農場ライフ。

「なあ。理想の世界ってのはさ、最初から完成してるもんじゃねえだろ?」

 完璧じゃない世界。完璧じゃない人間。でも、人が人を想う気持ちは、未来にちゃんと続いている。そんな繋がりの中で、少しづつ積み上げていくものだ。俺はそれを身をもって知った。 

「だから俺は、玄太にいっぱい貰った『好きっス』を、俺が生きる原点にするんだ」

 空間に、初めて完全な静寂が落ちた。

 静寂―――
 
 そして。

『……ふっ…』

 低く、短い声。否定でも肯定でもない。ただ、背負っていたものを下ろした響きだった。

「てかさ、クザン。お前の作った世界、悪くないぜ?」
『……よく話す……器だな』

 そこにあった使命感や、どうしようもない絶望みたいな重りが、確かに少しだけ軽くなる――そんな感触が、俺の内側に残っていた。

 *****

「てんぱい!?てんぱい!!」

 床に崩れ落ちた天貴の身体を、玄太が必死に揺さぶる。

 呼びかけても、頬を叩いても、てんぱいの弱点をくすぐっても――反応はない。

「ちょ、ちょっと待って……起きてくださいっスよ……!」

 声が、震える。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ―――――

 その背後では、崩壊王国が悲鳴を上げ始めていた。

 壁に走る亀裂。天井から落ちる瓦礫。外郭から、ガラガラと世界そのものが剥がれていく音。

「ぬしよ!この場は危険じゃ、逃げねば!」
「無理っ!てんぱい置いてけるわけないじゃないっすか!!」

 歯を食いしばり、腕に力を込める。だが、天貴の身体は相変わらず微動だにしない。

 ――その時。

「あ、そうだ!!」

 唐突に、玄太が声を上げた。
 ポーチに手を突っ込み、取り出したのは――甘乳パン。

「むう!それは我の―――」
「てんぱい!!めざめのいっぽぉぉっぉおん!!」

 クータンの戯言を無視して、勢いそのまま一直線に、甘乳パンを天貴の口に突っ込んだ。

 *****

「う、うお!?」
『む、む!?』

 天貴の意識の中。白く溶けかけていた空間に、突然“あの味”が流れ込んだ。

 甘くて。
 やわらかくて。
 どうしようもなく、安心する味。

「げ、玄太の奴!また!!」

 同時にクザンの側にも、その甘さが広がる。同時に背後にいた神の輪郭が、ふっと緩んだ。

『ふっ……玄太か……神に真っ向から盾着いたけしからん男め…』
「ま、待て!玄太は俺と一緒にいたいだけで、おまえに盾着いたわけじゃ―――」

 振り向いた先にいたクザンは、その輪郭のほとんどがぼやけて消えかけていた。表情もなにも分からないけど、不思議と笑ってるように感じた。

『お前という器には、その玄太という者の愛で満たされているのだな』
「え、はは!いや…あの。そういうの、やめろってば」

 照れた俺は否定しようとして言葉を探す。けど、うまい言い返しが見つからないまま、言葉だけが途中で止まる。代わりに、顔だけが少し熱くなる。

『それにしても……これは、美味だな』

 俺は無意識に鼻をかき、苦笑する。

「……だろ?」

 気づけば、空間は青空のようなスカイブルーに変わっていた。雲一つない、ただ広がる空の中に放り出されたような感覚だった。そこに、クザンの赤い魔力は一切残っていない。

『お前が言う、この世界……もう少し、信じてみよう』

 俺は静かに応えた。

「……ああ!黙って見てろ、俺の中でさ!」

 クザンの姿が、スーッと光に溶けていく。

『オマエヲ……呼ンダノハ……間違イデハ……ナカッタ……ナ……』

 消え際に、その声だけがかすかに残った。

 *****

「――っ!!」

 玄太に抱かれた俺の指が、ぴくりと動いた。

「てんぱい!てんぱい!?」

 ゆっくりと目を開くと、飛び込んできた見慣れた顔。

「おい……!ここで目覚めの一本は……反則だろ?」
「や……やったぁぁぁぁぁ!!てんぱい、復活っす!!」

 抱き着く玄太の視界の奥で、崩壊王国が、ゆっくりとほどけていくのが見える。砕け落ちるというより、青空に溶けるみたいに輪郭を失って消えかけていた。
 これ、まさかこのまま次元の隅にでも取り残されるんじゃねえか!?ふと、そんな考えがよぎる。でも、不思議と怖くはなかった。こいつらと一緒なら、どこに行き着こうと、きっと大丈夫だ。

「して、ぬしよ。主神との折り合いは、ついたのか?」

 俺の背中に乗っかったクータンの声に、俺は息を整えながら顔を向ける。こいつとこうやって話すのも久しぶりだ。

「ああ、悪くねえエンディングだ」

 黒い仔牛に、俺は小さく笑って答えた。
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