忠犬男子が懐きすぎて異世界までついてきた「件」

竜弥

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最終章:崩壊王国の戦い

第185話 エレメント・リンク

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 消えていく崩壊王国を背に、俺は玄太とクータンをガッチリ抱きしめた。瓦解する世界の光が、背後でゆっくりと薄れていく。その中で腕の中にある玄太とクータンの温もりだけは、いつもよりはっきりと感じられた。

「てんぱぁい。おれら、どうなっちゃうんすかねぇ?」
「……さあな。でも世界が救えたんなら、俺たちにしちゃ十分だろ?」

 玄太は小さく笑って、目を閉じる。その表情を見て、俺も肩の力が抜けた。もう抗う必要はない。そう思えてしまうほど、静かな時間だった。

 俺も、ゆっくりとまぶたを下ろす。

 終わった。すべてが崩れて消えるんだ。それでも悪くない最期だろ?そんな考えが、頭の奥をよぎった――その、瞬間だった。

「否じゃ!甘乳パンを喰わずして、このまま終われぬ!!」

 耳元で炸裂した声に、思考が一気に引き戻される。

「はっ!?え!?」
「もぉぉぉぉ!食い意地ぃぃぃぃ!」

 さっきまで胸に満ちていた静けさが、音を立てて粉々になる。クータンの一声は、いつだって容赦がない。

「おい!せっかくのてんぱいと良い雰囲気が、台無しだろ!」
「甘乳パン無くして良いも悪いもなかろう」

 いつもの調子で真顔で言い切られ、つい言葉を失う。玄太が言い返そうとしたその時、不意に足元がぬるりと歪む。地面の感触が急に頼りなくなり、踏ん張ったはずの足がぐにゃりと沈んだ。

「うわっ!?てんぱい、床がアイスみたいに溶けてるっ!?」
「ちょ、マジか!離れるなよ、玄太!クータン!」

 腕に力を込めた瞬間、足場を失った俺たちの視界はくるりと反転した。上下も前後も分からなくなり、世界そのものが裏返った。





 ————ドシャァァァァ!!


 落ちた衝撃で尻もちをつく。

「い、いってぇ……」
「どこっすかぁ?ここ……」 

 感覚が戻ってきたと同時に、飛び込んできたのは美味そうな匂いだった。鼻をくすぐる、やけに懐かしい匂い。さっきまでの静かな終わりの予感を一気に覆す、そんな匂いだ。

 恐る恐る辺りを見回すと、そこは俺たちの良く知るアルカノア農場のキッチンだった。石床も、作業台も、見慣れたままそこにある。そして、見上げた真正面。お盆に料理を乗せたまま、俺を見て完全に固まっている聖騎士が一人。

「…………あ」

 目の前でおこった現実を、まだ理解できていない顔。数秒、時間が止まったかのような沈黙が落ちる。厨房の奥で煮立っていた鍋の音だけが、やけに大きく響いてる。

「っよ、リオック!」

 そう言う俺を見る目と、リオックを見返す目が、噛み合ったまま離れない。呼吸すら、止まってるんじゃねえか?

「て……」
「て?」

「ててててててて」

 言葉にならない音が、喉の奥から漏れ出した次の瞬間だった。

「天貴どのぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 叫びと同時に、銀色の盆が宙を舞った。料理が放物線を描き、皿がぶつかり合い、床に落ちる音が一気に重なる。

「ああああ、もったいない!!」
「生きてる!?生きてます!!?触っていいですか!?抱きしめていいですか!あと、あとっ!!」

 問いかけるより早く、一直線の突進。勢いそのまま、俺に逃げ場はない。

「ちょ、落ち着けリオック!!」
「落ち着けるかぁぁぁ!!!!!」

 全力で抱きつかれ、衝撃が身体に直に伝わる。俺ごと、玄太ごと、クータンごと、まとめて大きな体で抱き潰される形になった。

「いてえよ!離せリオック!!」
「ふぐぐぐぐ!てんぱい!潰れるっす!!」

 足を踏ん張り、どうにか倒れずに耐える間にも、騒ぎは波紋のように広がっていく。

「なに!?」
「今の声!?」

 扉が勢いよく開き、足音が重なり、人がなだれ込んでくる。アリス、ラクターさん、コンバインさん、モー&メー、いやもう農場オールスターでお出ました。誰もが状況を掴めないまま、視線だけを走らせて――そして、固まった。

「天貴!?玄太さん!?……クータンまで!?」

 一瞬の沈黙。全員が、目の前の光景を脳に通すまでの、ほんの刹那。

「きゃああああああああ!すっごぉぉぉぉい!!!!」
「お、お前ら!!!!戻ってきたのか!!!?」

「天貴もお供も、みんな生きてるモー!」
「みんな帰ってきたべ~~!!」

「みんなぁぁぁぁ!!天貴が!玄太が戻ったぞぉぉぉ!!!」
「わあああああああ――――」

 農場中が、一気にひっくり返った。悲鳴と歓声が入り混じり、厨房は一気に修羅場と化す。足音が走り、誰かが転び、鍋が落ちる音が鳴り響く。

 その喧騒の中心で、俺はようやく息を吐いた。肩の力が抜け、反射的に天井を見上げる。

「……まったく、みんな相変わらずだぜ」

 腕の中では、玄太が声を立てずに笑っている。安堵と疲労が混じった、柔らかな表情だった。

「どうやら、俺たちのホームはちゃんと無事らしい、な?」
「……っすね!」

 そしてクータンはというと、いつの間にか甘乳パンをGETして、胸に抱えて誇らしげにうなずいている。甘乳パンが我らを導いた、とかなんとか言いながら。いや、まさか……うん、本当にそうかもな。

 こうして世界を救った三人は、いつもの騒がしいアルカノア農場へと確かに帰ってきたのだった。

 —————そして。

 ひとしきりの再会の感動が終わると、皆が見守る中、俺は畑の中心に立っていた。

「本当に戻せるのか?この世界を」

 畑は海の上に浮いているのに、不思議なほど確かな重みで身体を支えている。波の匂いはするのに、土は土のまま踏み応える。農場はただ浮いているんじゃない。ここに残ることを選び、残したいものを抱えたまま、しぶとく“在る”のだ。

 視線を上げると、少し離れたところにアリスがいた。農場の中心線みたいな場所に立ち、ただ真っ直ぐに俺を見ている。沈んだ世界の只中で耕すことをやめなかった日々も、俺と玄太がいない時間を引き受けて畑を守り続けた覚悟も、ここに残った全員の「帰ってきてほしい」という願いも、全部を一人で抱えて立っていた目だ。

 ラクターさん、シーダさん達、いつも騒がしいモーちゃんとメーちゃんすらも、言葉も交わさずこれから起こる奇跡を待っている。屋敷の前では王が静かに立ち、王女たちがその前に並ぶ。リオックと重鎮たちも静かにその横に並ぶ。いま必要なのは、ここにいることだけだ、と。

「……てんぱい……本当に?」

 後ろから聞こえた玄太の声。本当に出来るのかって?結末は俺には分かんねえけど、やってみるしかない。だろ?

「……お前はそこで見てろ」

 短く返した言葉が、畑の真ん中で静かに落ちた。玄太がうなずく気配がする。クータンは言葉を挟まない。ただ、いつものように甘乳パン片手にそこにいる。

「では、いいですね?天貴さん……」

 セレヴィアが一歩、前に出る。その動きに合わせて、風が畑の上をなぞり、水の気配が地の底からゆっくりと立ち上ってくる。畑の上にある空が、少し重くなる。

「でも俺、世界を戻す天候の名前とか、方法とか、分かんねえよ」

 言い訳じゃない。俺は農場で生きてきた。守ってきたのは、ただ、俺たちの暮らしだ。空と海と陸を、どうやって“戻す”のか――そんな奇跡の名は、知らない。

「無理に言葉を探さなくていいのです」

 セレヴィアの声は穏やかで、でも揺るぎはなかった。

「あなたが見てきた世界を、そして、生きていく世界を、そのまま思い描きなさい」

 その言葉が、畑にいる全員へと静かに広がる。

「天貴!頑張って!」
「天貴お兄ちゃんなら出来るよ!」

 ウォルとミルルが小さな声援をくれる。

「天貴殿!ご無理をなさらず!」
「ああ、リオック……心配すんな!」

 そして俺が精霊たちに向き合うと、農場のみんなが静かに息を吸った。誰一人、声にはならない。でもその一息が、「オレたちの世界はこうだ」と描いているのが分かった。
 畑の匂い、土の温度、窓の灯り、みんなの笑い声、牛の泣き声、甘乳パンの甘さ、種袋の重み――ここで生きてきた日常が、いま「世界の基準」になる。

 水の精霊と風の精霊たちが俺を囲むと、円を描くように並び、低く重なる声を落とした。

「水は、低きへ戻りたがっている」
『風は、吹きぬける大地を探している』

 その声を合図にするように、俺の中で何かが開く。心の中で風と水が還る道を示すように、両手を空に思いっきり掲げた。

 緑の風が云う。
『水と風が、同じ意思を持つ時――』


 俺は、目を閉じて、俺がいた場所を思い描いた。
 朝、まだ冷たい土の感触。靴の裏に残る重み。風に揺れる作物の葉が、肩や腕に触れる感じ。あこがれの都会じゃない。理想の世界でもない。この手で触れて、踏みしめて、汗を落としてきた場所だ。


 青の風が云う。
『歪んだ境目はほどける術を知る』


 俺は、俺が好きなものを思い描いた。
 いつも隣に立つ玄太とクータン。アリス、ラクターさん、農場の仲間たち。ご飯の匂い。焼き立ての甘乳パンの匂い。笑い声が飛び、怒鳴り声が飛び、それでも必ず一日の終わりには同じ場所に戻ってくる、あの日々。


 赤の風が云う。
『散らばる配は、元の座へ帰る』


 俺は、俺が護りたいものを思い描いた。
 誰かが立ち止まれる場所。疲れたら腰を下ろせる場所。帰ってきたらただいまって言える場所。そして、おかえりって暖かい声が貰える場所。

 さあ、始まる――――

 俺のスカイリンクが、自然と溶け合い、世界を再生するんだ。クザン、悪いがお前が壊した世界、お前の力で戻させてもらうぞ。俺はもう一度大きく息を吸い込んで、腹から思いっきり吐き出した。

「スカイ……」

 いや、違う。空じゃない。空だけじゃない。空も大地も海も、全部と繋がらなきゃだめだ。俺は腰にあるブルーストライクを手に取って、ビシッと空に掲げた。

「全ての属性が、自然が、あるべき姿へ―――エレメント・リンク!」


 パァァァァァァァァ――――

 その叫びに反応するように、ブルーストライクを通じて吐き出された青い光が、波動のように世界中を駆け巡った。
 それは、港にも、王城にも、そして遠く帝国にまでも。遮る物も拒む物もなく、世界全土に一瞬にして広がった。

 ―――――大地は世界を創るものだ。踏みしめても崩れず、逃げず、ちゃんと足を受け止めてくれる場所。畑があり、道があり、誰かの足跡が残る場所だ。

 ―――――海は、世界を繋げるものだ。大地を呑み込むものじゃない。奪うためでもない。ただ、陸の終わりにあって、俺たちが生きる場所を、押し縮めずに外へ開いてくれる場所だ。

 ―――――空は、世界を見守るものだ。見上げたら、ちゃんとそこにいて、いつでも俺たちを包みこんでくれる存在だ。

 —————そして。そこに、俺と玄太が生きている。仲間たちが、それぞれの場所で笑っている。怒って、ぶつかって、それでも同じ世界に立っている。


「これが、俺たちが生きる世界だ!!」

 エレメント・リンクが世界と完全に重なった。そして、動いた。

 シュゥゥゥゥゥ――――― 

 畑を覆っていた湿った空気が、ふっと軽くなる。大地を覆い尽くしていた水そのものが、まるで思い出したかのように、ゆっくりと持ち上がり始めた。

「てんぱい、やべえ……どんだけ好きにさせるんすか……」
「……玄太よ。お前には悪いが、このリオックも同じ気持ちだ……」

「……うん。仕方ねえっすよ、あんなカッコいいんだし……」

 エレメント・リンクで、ふたりの男のハートをさらに奪ってるなんて知る由もない俺。

 ズズズ……ズズ……ズズズズズ―――――

 平原を覆っていた水が、薄い膜を剥がすように大地から離れ、空へと引き上げられていく。屋根を呑み込んでいた水が、木々を半分沈めていた水が、町を「海」に変えていた水が、空へ昇り、雲となり、光を含みながらゆっくりと南へ流れていく。

「天貴!農場がゆっくり沈んでるわ!」
「ああ、水位が下がってるぞ!その調子だ!!」

 見上げたアルカノアの空が、少しづつ高くなっているのが分かる。

 水を吐き出した土が、黒々と姿を現し、長く水に押し潰されていた地面が、ようやく空を仰ぐ。木々は枝を震わせ、重さから解放された葉が、風を受けてざわりと音を立てる。生きている大地が、再び動き始めた音だった。
 同時に、海はその深さを取り戻し、満ちるべき場所に満ちていく。水平線が正しい位置へと引き直され、陸と海の境界が、はっきりとした線として世界に刻まれ直される。

 空を仰ぐ人たち。目の前で起きているのは、クザンの云う創造ではない。ただ、あるべきものが、あるべき場所へ還っているだけだ。

「綺麗……!なんて美しいの、ねえ?王様!」
「ああ、リゼリア。アグリスティアが息を吹き返しておる!」

 国王は再生する国土に安堵する。

「すげえ……こんな光景、人生で二度と見れないだろうぜ」
「っふん。こんな参事は二度とごめんだぜ……クソっ」

 男ながらに、涙が止まらないガスケットたち海賊団たち。

「アリス、帰ってきたな!俺たちの農場だ!」
「はい、お父様……!」

 そして、海に浮かぶ箱舟から、大地に根ずく農場に戻るアルカノア。

 世界の輪郭が、水の名残を振り落としながら姿を現す。道が道として続き、丘が丘として起伏を取り戻し、人が歩いていた痕跡が、再び世界の表面へと浮かび上がる。

「玄太、見てろ!仕上げだ……!」
「は、はい……!てんぱい!」

 俺は掲げたブルーストライクをゆっくり下げながら、大地を固定するように刺し込んだ。

 ドスッ……ゥゥゥゥ……ゥゥン………

 不思議な共鳴音と共に、畑の足元に残っていた湿り気がゆっくりと消えていく。青く澄み切った空の下で、畑が畑としてそこにあり、大地が大地として広がり、海が遠くで静かに光っている。

 世界は、世界であることを取り戻した。
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